第三十七話 ラズがさらに変になった

「あー、とりあえず入るか」


 ジークが頭をガシガシと掻きながら言う。


 な、何か変に思われてそうな……大丈夫かしら……、ラズの馬鹿!


 ジークは店の扉を開け促す。さ、さすが外人さんは違うわね、レディーファースト。

 いや、外人さんじゃない、異世界人さん……、それもどうなの。


 扉を押さえて中へ促し、自分も入ると店員に席を確認する。スマートだわ! スマートな対応!

 細マッチョでイケメンだし、力仕事している人ってガサツなのかと思ってたけど、いやそれは失礼だけど、うん、でもそんなイメージだったのよね。でもジークは全然そんな感じはないし、むしろ紳士的。


 店員とやり取りをするジークの背中を見詰めていると、ラズがひょこっと目の前に顔を出した。

 あまりに近い顔面でビクッとする。


「な、何よラズ、びっくりするじゃない!」


 鼻先が当たりそうな位置にラズの顔が出てきたものだから、そりゃびっくりするでしょ。


『…………』

「な、何よ」


 ラズは無言のままじとっとした顔で見詰めて来た。うぅ……、な、何だろう、別に悪いことは何もしていないのに、思わず目を逸らしそうになる……。ま、負けるもんですか!

 何とか必死に目を逸らさず、じっと見詰め続けると、ラズはおもむろに口のすぐ横をペロリと舐めた。


「!? ちょ、ちょ、ちょっと!! な、何してんのよ!!」


 何かラズが変だ! 明らかに変だ!! 私の側にいてくれるとお互い気持ちを確かめた後から、何か明らかに今までと違う!!


 今まで顔なんて舐めて来たことないのに! いや、顔どころか手とかですら舐めたことなどない。普通の猫ならば愛情表現で舐めたりするんだろうな、とは思うけど、なんせ喋る猫だしな。そこは普通の猫とは違うだろう、と愛情表現などなくても、ラズは喋ることが出来るんだし、必要ないとすら思っていた。何でここにきて急にこんな舐めてくるようになったのよ!


 意味分からん! しかもく、口……いやいや、口じゃない! 口の横! わずかに口じゃなかった!! そこ大事!

 普通の猫なら口を舐められようが何とも思わないだろうけど、いや、むしろ嬉しいかもしれないけど、ラズは喋るし! 人間並みに喋る雄! やはり普通の猫に舐められるのとは訳が違う!


 あわあわしていると、ラズはツーンとした表情でくるりと前を向いた。


 ぐぬぬ、何なのよ一体。


 ジークが店員から聞いた席にエスコートしてくれる。さすがに手を持って、とかじゃないけど、腰に手を当てられ歩くことを促される。エスコートって……、何だかムズムズするわね。


「大丈夫か? さっきからずっと顔が赤いけど……」

「え、あ、うん、だ、大丈夫!」


 あぁ、まだ赤いままなのね……恥ずかしい……、思わずラズを力いっぱい抱き締めた。ラズから変な声が漏れたがそこは気にしない。


 ジークが椅子を引いてくれ、そこに座る。ジークは向かいの椅子に座りメニューを見た。

 ラズは横の椅子に座るでもなく、私の膝の上……。


「何にする? 俺はいつも同じものを食べているんだが、ここの料理は何でも美味いぞ」

「何がおススメなの?」

「うーん、そうだな、この店、肉がメインだが魚も美味いんだ。俺がいつも食べてるのはかなりボリュームのある肉だから、ヒナタは魚を食べてみても良いんじゃないか?」

「へー、じゃあ魚料理にしてみようかな」


 何の魚なのかはメニューを見ただけでは全く分からなかったため、料理の説明書きを見て何となくで決定。


 料理が来るのを待っている間、ジークと色々話をした。ラズは邪魔になるくらい姿勢よく私の膝の上にお座りしている。普通の猫よりもでっかいからちょっと邪魔なのよね……。それを言うとまた機嫌悪くなりそうだし、まあいいか、と膝の上のまま。



「ヒナタって日本人なのか」

「あー、うん」

「そうか、大変だったな」


 少ししんみりとした顔をされ、慌てて手を振り話す。


「ううん、まあ大変だったんだろうけど、ラズが最初からずっと側にいてくれたから楽しく過ごしてたよ」


 ラズの背中を撫でながら言う。

 ラズは『ニャ~』と一声上げながら、身体をよじり顔を私の首元にスリスリとした。

 ぐっ、またか……、またスリスリし出したよ。


 ジークが苦笑しているし……。


「ジークはずっとこの街なの?」

「ん? いや、俺はこの王都から離れた遠い小さい街出身だな」

「そうなの?」

「あぁ、小さい頃から王都に憧れててな! 地元の街から出て来た!」


 アハハ! とジークは笑った。


 聞けばジークは様々な仕事を請け負っているため、あちこちと多くの土地や国にも行っているらしい。



 この国ルクナは島国で周りを海に囲まれているらしく、小さい国ながらも国独自のやり方で発展してきた国。海を隔てて大国に囲まれてはいるがその独自の発展のおかげで侵略されることもなく、なおかつどこかの国の属国になるでもなく、一国だけで中立を保ってきた国だった。


 魔術が長けているため、周りの国々はルクナを警戒したり、同盟を結ぼうとしたり、様々な思惑が渦巻いたらしいが、代々ルクナの国王はとても穏やかで意思の強い者たちでもあった。どこの国にも侵略しないさせない、同盟は結ばない、中立を貫いた。


 そのおかげでルクナは一線を画す国となる。



 ラズと一緒に言葉の勉強をしたときに、一緒にこの国についても少し勉強をしたのだ。そんな凄い国にやって来たんだなぁ、としみじみ思う。

 島国というのも日本と似ているし、日本とルクナが繋がっているのは必然なのだろうか。


「俺が行ったことある国は海を挟んで南側にあるダナンタスだな」

「ダナンタス……」

「もう一つのコルナドアともこの国は比較的友好な関係だけどな」

「へ~」


 他の国か……、いつか行ってみたいけど、まあ無理なんだろうな。


 そんなことを考えていると料理がやって来た。


 ジークの肉料理からか、物凄く濃いタレの匂いが漂い、お腹が鳴った。

 店員さんが料理をテーブルに並べてくれ、眺めると、私の前に置かれた魚料理は所謂ムニエルのような感じかしら。白身魚の切り身にオレンジ色のようなソースが掛かっていた。付け合わせに蒸し野菜も乗っている。何の野菜かこれまた分からないけど。


 ジークの肉料理は唖然とするくらい、でっかい肉の塊! 凄いボリュームだわ。綺麗にカットされた肉は中がピンク色でレア感がたまらない感じね。茶色のソースが掛かっていて、肉汁もたっぷりな感じ。


 パンと果実酒も並べられ、いただくことに。ラズから小声で『果実酒はやめろ』と囁かれたのは言うまでもない。分かってますよ。


 ラズにも同じものを注文していたため、ようやく膝から降りると隣の椅子に登った。


「いただきます」


 ムニエルはホロホロと身が崩れるほど柔らかく、バターのような、少し違うような? 少しスパイシーな感じもするような、不思議な味だったが、とても食欲をそそる美味しさだった。

 蒸し野菜もにんじんぽいものや芋っぽい野菜は分かったが、黄色い芋のような、果物のような甘酸っぱい不思議な野菜もあった。


 焼きたてパンもふわふわで香ばし香りが漂い、とても美味しい。果実酒……果実酒飲みたい……。


「飲まないのか? ヒナタ」

「え、あ、うん、私はやめとくよ」


 本当は飲みたいですけどね! 飲みたいけどラズが怒るから! ……今度果実酒買って帰ろう。


「肉、食べてみるか?」


 ジークが肉を切り分けてくれた。


「え、良いの!? やった!」


 切り分けた肉をジークがナイフとフォークで持ち上げようとしたときに、思わず……


「え!?」


 あーん、と口を開けて待ってしまったのですよ……、しまった。ジークが驚いた顔をしている……。

 そしてラズの唖然とした顔……。


「え、あ、ご、ごめんなさい!! 違う! いや、違わないけど、間違えた! いや、あの、すいません」


 あまりの恥ずかしさに俯いた。あぁ、何やってんのよ……。


「ブフッ、そんな謝らなくても、クククッ」

「笑わないでよ……」

「ブ、クク、す、すまん、アハハ」


 ラズに思い切り睨まれていたことは言うまでもない。

 肉はね、しっかりいただきましたよ、お皿にね。美味しかったですよ、うん。

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