第三十四話 ラズの葛藤

 ラズはヒナタが風呂へ行くと、リュックから抜け出し、風呂の扉を見詰めた。水音が聞こえヒナタの存在を感じる。


『…………』


 あのとき……、ジークを呼んだことに後悔はない。ジークがいなければと思うとゾッとする。だが安心したのと同時に悔しかった。自分の手でヒナタを助けてやりたかった。人間の姿ならば自分が助けてやれたのに、と思ってしまう。


 安心、悔しさ、嫉妬、後悔…………、色々な感情が渦巻き、自分が情けなくて、どうしたら良いのか分からなくて…………。


 そしてラズはヒナタが風呂へ行っている間に窓からそっと外へと抜け出した。


 今はヒナタの側にいたくない、いや、側にいることが出来ない。



 下の階の出窓の屋根を利用し、器用に下へと降りると、トボトボと歩く。中央広場にはまだたくさんの人がいた。夕方に差し掛かろうという時間のためか、ちらほらと夕食らしき匂いも漂って来る。

 その匂いを嗅ぐとラズのお腹がぐぅぅうと盛大に鳴った。


『腹減った……』


 下山した後は一気に街まで帰り、そのまま貯蔵庫への移動作業をしていたため、昼食を抜いていたことを思い出した。


『こんなときにでも腹は減るもんなんだな……』


 そう言いながらラズは苦笑した。


 中央広場から城への入口。今は固く閉ざされた門の前でちょこんと座るラズ。門の脇には見張りの騎士が立っている。

 じっと城を見詰めるラズに騎士は不思議そうな顔をしていたが、追い払うでもなく、真っ直ぐに見据えたままだった。


『……アル……』


 小さく呟くとラズは溜め息を吐き、再びトボトボと歩き出した。どこへ行くかあてもない。アルティスに頼りたいが城へは入れない。というか、人間の姿に戻れていないのに戻るわけにはいかない。


 そんなことをぐるぐる考えながら行きついた先は、ヒナタと出会った森だった。


 森にあるにしては不自然な円形の石畳に石造りの門構え。ここは異世界人がよく現れるとされる森の中心。ヒナタもここにいた。






 あの日、ラズはアルティスと別れを告げた。


『どうしても出て行くのかい?』

『あぁ、だってここにいても何も変わらないだろう?』


『…………、まあそうだけど……』


 城の一角、月夜の元、ラズが決断した言葉にアルティスは頷いた。


『アル、すまなかった…………。じゃあ行くよ。後はよろしく』


 城の裏口から外へと向かい、そしてあてもなくフラフラと歩いていた。

 歩き回るうちにあの森の中の石畳へとたどり着いたのだ。その場が何なのか最初は分からなかったが、しばらく考え込むと以前アルティスが嬉々として語っていたことを思い出した。


 異世界人がよく現れる場所の中心地点に遺跡のようなものがあるらしい、と。


 それが分かったところで何なのだ、とラズは石畳の上にゴロンと寝転がった。アルティスが知ったら喜ぶんだろうな、とぼんやり考えながら、そのまま眠ってしまった。


 翌日になり朝日が眩しく目を覚ますと、明らかな目線の高さの違い……。


『はぁぁあ、やっぱり猫……』


 自分の姿は見えないが、黒くもふもふの手足に肉球。長い尻尾に鋭い爪。そして首にはあの首輪……。


 がっくりと肩を落とす。


 何をする気もなれず、石畳の上でひなたぼっこ状態で丸くなって眠ってばかり。さすがに腹が減り、森の中に果物でもないか、と探しに行ったときだった。


 何も見付からずがっくりしながら戻って来ると、石畳に誰かいる。

 何かブツブツ言っている……どうも女のようだが……。

 もう少し近付いてみるか、と草を掻き分け進むと、その音に気付いた女が悲鳴を上げ、逃げ出すのかと思ったら…………盛大にこけたな。


 ブフッと吹き出し、その女の元へと近付いた。その後あんなことになるとは思わなかったが……。






『あのときヒナタに近付かなければ良かったのか……』


 ヒナタに近付かなければ、にもならずに、ヒナタと行動を共にすることもなかった。

 ヒナタの側にいなければ、「守れない」なんて思うこともなかった。


 ラズは項垂れた。しかし……


『でもあいつといて何か楽しかったしな……』


 ヒナタと過ごした日々を思い出し、思わず吹き出す。

 アルティスの元を去ったときは、これからどうしたら良いのが分からなかった。


 ただただ途方に暮れた。そんなときに出逢ったヒナタ。


 臆病なのかと思えば大胆で、異世界という見知らぬ土地にいきなり連れて来られても、めげずにひたすら頑張る。


 生意気かと思えば、素直に感謝を口にしたり。笑顔が可愛かったり、抱き締められると柔らかく良い匂いがしたり…………、いや! いや! 違う! 違うぞ! そんなこと考えてない!!


 慌てふためき、誰に言い訳をしているんだ、とハッとした。


『やたら距離感が近いのは考えものだがな。まあ俺が猫だから当然か……』


 いつの間にやら日もすっかり落ちて、夜になっていた。


『今日は満月か……』


 満月の光を浴び、ゆるゆると人間の姿になったラズは自分の掌を見詰めた。


「俺が人間だと知ったらヒナタはどうするかな」


 ヒナタを守るには猫の姿では到底無理だ。人間の姿ならばいくらでも守ってやるのに。そう思うと悔しく思うが、それは叶わない。しかもヒナタに人間であることがバレた場合どうなるか……


「めちゃくちゃしばかれそうだな……」


 ヒナタの反応を想像し、ゾッとしながらも、何だか笑いが漏れる。


「ブフッ、きっとめちゃくちゃ驚いた顔をするんだろうな。んで、めちゃくちゃキレる……」


 石畳にバタンと仰向けに寝転がり月を見詰めた。


「ヒナタといて楽しい。ヒナタとまだ一緒にいたいと思う…………、でも俺は…………ヒナタを好きなわけじゃない……はず……だって俺はが好きだから…………」


「そのはずなんだよ。だからヒナタのことは何とも思ってないはずなんだよ! ずっと一緒にいるからといって、好きになんかならない! そんな節操なしじゃない、俺は!」


「あ! あれだ! 父親的な! 父親が娘を心配するやつ! それだ! きっと! …………ヒナタのほうが歳上だけど…………」


 ジタバタと自問自答し、違うと言い張り、言い訳を口にし、悶え自分を納得させる。


「ヒナタへの想いが何であれ、今はまだ一緒にいたい……、でも側にいるのに守れないのも辛い……、でも離れると……きっと気になる……」


「どうしたら良いんだよ……」


 ラズは顔の上に両腕を乗せ、視界を遮った。

 何度考えても答えが出なかった。



 堂々巡りのまま、何度考えても答えが出ない。悶々としたまま朝を迎えてしまった。

 すっかり辺りは明るくなり、姿も猫に戻っていた。


『はぁぁあ、あーもう!』


『どうすりゃ良いんだ――――!!』



「何を?」


 思い切り叫んだ後、背後から声が聞こえギクリとする。

 振り向くとヒナタがいた。



****************

後書きです


ラズの年齢が今まで出ていないのでご紹介。

いずれ登場人物紹介を作ろうかとは思っています。


ヒナタ 22歳

ラズ 21歳

ジークアス 20歳

クラハ 29歳

ランブル 32歳


アルティス 21歳

エルフィーネ 16歳


ジークとヒナタ・ラズが初めて会ったときに、ラズがジークの年齢を聞いて驚いたのは、自分よりも歳下だったからです。

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