第三十三話 抜け殻のようなラズだった

「ラズ!!」


 慌ててラズの元に駆け寄ると、氷の浮かぶその池に完全に沈んでしまい溺れていた。


 急いで飛び込むと凍て付く冷たさで、足が凍ってしまいそうなくらい。膝上くらいの深さだったため、何とかザブザブと歩いてラズの元へ。


 溺れるラズを抱き上げ、池から上がる。


「ヒナタ! ここはいいから小屋に戻ってすぐに身体を温めるんだ!!」


 クラハさんが持っていたタオルでラズを包んでくれ、そう叫んだ。


「すいません!」


 言われるがままに、ラズを抱え小屋に走る。濡れたスボンが酷く冷たい。足の感覚もなくなる。


 小屋に入ると真っ先に暖炉へ向かい、ラズを下ろすと、着ていた服を全部剥ぎ取りタオルでガシガシと拭いた。


「ラズ! ラズ! 大丈夫!?」


 ガクガクと震えていたラズは暖炉のおかげか、徐々に震えがおさまってきた。

 それに少し安心すると、ホッとしてしまい力が抜けた。


「はぁぁあ、良かった……」


 その場にへたり込むと、自分の靴も脱ぐ。すっかりグショグショだ。いくら水を通さないにしても、どっぷり水に浸かれば、そりゃ内部に水が入ってくるわよね。


『……すまない……』


 ラズが消え入りそうな小さな声で呟いた。


「ラズ……、一体どうしちゃったの? 何かずっと元気ないけど」


 いつもならラズが池に落ちようものなら、きっと盛大に馬鹿笑いをしているに違いない。

 でも今のラズにはさすがにそんなことが出来るはずがなかった。ただただ心配。


『…………なんでもない…………』


 何も言ってくれない。何で? 明らかにいつもと違うのに……


「なんでもない訳ないじゃない!!」


 いつもと明らかに違うくせに、何も言ってくれないことが何だか悔しくて、腹立たしくて……、そして寂しかった。そんなに私は頼りにならないのか! …………、ならないか……、昨夜ラズに物凄く心配をかけたことをすっかり忘れていた。


 うぅ、でもでも!! 心配かけたけど、私だってラズがこんな状態だと心配するし! 何も言ってもらえないほど、私のことを信用出来ないのかと寂しくなるし、ラズにとって私って、悩んでるときに打ち明けてももらえない存在なんだとがっかりした。


 暖炉の前でぼんやりしているラズを思い切り抱き締めた。


「ねえ、私じゃ頼りないかもしれないけど、何でも言ってよ」

『…………』


 それでもラズは何も言わなかった。


『もう戻れ。仕事があるだろ』


 こちらを見ようともしない。


「分かった……」


 これ以上聞いてもきっとラズは何も言わないのだろう。溜め息を吐き、暖炉を見詰めたままのラズをじっと見詰めたが、いつまでもそうしてる訳にもいかない。

 そっとラズを離すと、予備で持って来ていた服に着替え、後ろ髪を引かれながらもクラハさんの元に戻った。


 クラハさんは心配してくれていたが、大丈夫だと伝え、作業を再開した。



 池に張った氷のほとんどが切り出され、ソリに積み込まれた。


「さあ、ここからは時間との勝負だ!」


 ランブルさんが声を上げると、皆少し休憩した後、ソリに乗り込み下山していく。


 ラズは結局一言も発しないまま、リュックの中で丸まっていた。


 行きにソリへと乗り換えた場所まで戻って来る。小屋から御者の人が出て来ると、荷馬車の準備を始め、ソリから荷馬車へと氷を移し替えていく。

 全ての氷を移し終えると、行きと同じく荷馬車に乗り込みさらに下山していく。

 ちなみに昨夜事件を起こしたあの二人はもう一台の荷馬車のほうへ縄で繋がれていた。


 荷馬車へと移るとさらに速度を速め、下山していく。徐々に標高が下がってきたため、氷が溶け出してくるからだ。


 行きは途中で休憩も挟んだが、帰りは一切休憩は挟まず一気に街まで戻る。速度も行きより速いためさらに揺れが酷い。ガタガタガタガタ……、よ、酔いそう……。


 もう少しこの揺れを味わっていたなら、きっと吐いてしまったのではないかしら、というくらい気分が悪くなったよ。つ、疲れた……。


 街に着くと荷馬車は大通りをゆっくり進み、とある一角で止まった。


「到着だ! 下ろすぞ!」


 再びランブルさんの叫び声が響き渡り、今度は積んだ氷を下ろしていく。


 どうやらランブルさんの店? 店自体は小さいのだが、裏庭には地下へと続く階段があった。


「ち、地下!?」

「うん、地下にね、貯蔵庫があってそこで氷を少しの間保管しておけるんだ」


 クラハさんと氷を抱えながら、地下に降りて行く。


 降りた先には巨大な冷蔵庫のようなスペースが広がっていた。ただただ何もない。ひたすら広い四角い空間。地下だからなのか、何か細工をしているのか、ひんやりとして寒いくらいだった。


「魔石で四辺全てを囲んであってな、冷気を保ってるんだ。まあそこまで効果がある訳じゃないから気休めだけどな。氷同士の冷却効果もあるから何とか溶け出さずに保てている感じだな」


 ランブルさんが四辺を指差し教えてくれた。

 なるほど、確かに見渡すとこの貯蔵庫の四辺全てにみっちりと魔石が埋め込まれている。


 そこに氷を保管し、貴族に売りさばいていくそうだ。


 全部の氷を運び終えると、ランブルさんは皆に「おつかれ! ありがとな!」と労い、報酬を渡していった。


「ヒナタ、今回は本当にすまなかったな。あの二人は騎士団警邏隊に引き渡しておくから」

「はい、ありがとうございます」

「いや、こっちこそきっちり働いてくれてありがとうな、これに懲りなければまた手伝いに来てくれよ」


 ランブルさんは右手を差し出した。


「はい! 私の方こそ、やはり女は駄目だと言わないでいただきありがとうございます」


 そっと右手を差し出すと、ランブルさんはガシッと手を取り握手をした。

 そしてお互い笑顔で別れたのだった。



「ヒナタ、お疲れ様。今回のことは本当に申し訳ない。俺がもう少し気を付けていれば……」


 クラハさんと一緒に何でも屋に帰りながら話す。


「いえ! クラハさんが悪い訳じゃないですよ! 私の考えが足らなかっただけですから……」


 ラズにもずっと危機感を持てって言われてたしね。チラリと抱えているリュックを見たが、ラズは全く動かなかった。


「いや、ヒナタのせいでもないから。ランブルさんも言ってただろ?」

「そうですね」


 クラハさんと二人で笑った。良かった、私の中でもあの事件はそれほど辛い記憶にはならなそうだ。これなら辛くはない。


「おーい、ヒナタ!」


 そんなことを考えていると、後ろから呼ぶ声が聞こえ振り向いた。ジークだ。


「今朝からバタバタで全く話せずだったが、大丈夫だったか?」

「うん、ありがとう、大丈夫」

「そうか、良かった。あー……、あのさ……」

「?」


 ジークの目が泳ぎ出し、歯切れが悪くなったが何なの?


「どうかした?」

「あー、今度さ、休みが合えば一緒に食事でも行かないか?」


 リュックの中のラズがビクッとした。


「食事……」

「あ、まあ休みが合えばな! 俺もそこそこ忙しいし! 本当に休みが合えば!」


 そんなに強調しなくても。


「フフッ、そうだね。休みが合えば食事でも」


 ジークはパッと笑顔になり「じゃあな!」と言って去って行った。


「ハハ、ヒナタ、モテるね」


 クラハさんが笑いながら言った。

 モテる……、あれはモテているのかしら。社交辞令なんじゃ……。実際食事に行くのかどうか怪しいしね。


 何でも屋に着くと、クラハさんから休息のために二日間休みだと告げられた。


 解散すると部屋に帰り、リュックを下ろしラズに声を掛ける。


「ラズ、着いたよ? 出て来ないの?」


 リュックの中で丸まったまま出てこない。

 まだだんまりか……はぁぁあ。


 仕方がないのでそのままにし、一人お風呂で疲れを取る。

 汗だくの作業や氷水に浸かったりや、疲労感と安堵感で湯船で寝てしまいそうになる。


 ジャブン!! と顔面を水面に打ち付け目が覚めた。危ない、寝てしまうところだった。


 何とか眠気を振り払い風呂から出る。お腹空いたな……。


「ねぇ、ラズ、夕食どうしようか……」


 そう言いながらリュックの中を覗くともぬけの殻。


「ラズ?」


 部屋に戻るとラズの姿がなくなっていた…………。

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