第三十二話 ラズが変だった
「すまんな、俺の監督不行届だ。怖かっただろ、本当にすまなかった」
ランブルさんは頭を下げる。足元には手首を縄で縛られた男が二人。あの二人がさっきの……。ゾワッと寒気がした。ラズをギュッと強く抱き締める。
ラズは身動きもせず、何も言わずただ抱き締められたままだった。
「いえ、私が来たことが悪いんです……。男性ばかりの中に入って来た私が……」
「それは違う!」
ランブルさんはガバッと頭を上げ、ベッドの上の私を見上げた。
「それは違うぞ。ヒナタは何も悪くない。悪いのはこいつらだ。そこに何か理由があったとしても、男が力づくで女をねじ伏せる理由にはならん。そこは間違えるな」
ランブルさんは落ち着いた声で言った。
「こいつらは山を降りたらちゃんと然るべきところで処分するから、今は捕縛だけで許してくれ」
「い、いえ、そんな、特に何かされた訳ではないですし……、何か起こる前に助けてもらいましたし……」
されたことと言えば馬乗りで口を押さえ付けられたくらいか……、それでも思い出すとゾワッとする。
ブルッと震えたことにラズが気付いたのか、少しこちらに振り向きそうな仕草をしたが、ラズが振り向くことはなかった。
「いや、それもヒナタが我慢することじゃない。こういうことはちゃんと処分すべきだ。同じことを繰り返さないように」
「…………はい、すいません」
私は何て短絡的なんだろうか。私は今をやり過ごそうとしているだけだ。この場が早く落ち着くように。
ランブルさんは私は絶対に悪くないと言い切ってくれる。そして今後この人たちが同じことを繰り返さないために処分をする。
それは私のためでもあり、この人たちのためでもあるのだろう。
「フッ、謝るな。ヒナタは何一つ悪くない」
「はい、ありがとうございます」
少し微笑むと、ランブルさんは少し安堵したのか、険しい顔からようやく表情を緩め微笑んだ。
その後、その二人の男たちは手首を縛られたまま、ランブルさんが連れて行った。
クラハさんとジークが心配そうな顔で声を掛けてくれる。
「ヒナタ、大丈夫かい? 眠れそう?」
「大丈夫か、ヒナタ?」
同じ部屋にいた男性たちも、皆口々に「大丈夫か?」と聞いてくれる。
皆のその姿が嬉しくて、私には味方がいるから大丈夫だ、と思わせてくれた。
「ありがとうございます、大丈夫です。心配をかけてごめんなさい」
ニコリと笑うと、クラハさんもジークもホッとしたようで、表情が和らいだ。
「何かあったらすぐ起こしてくれたら良いから」
ジークがそう言うとクラハさんもニコリと笑った。
そして各々再びベッドに入り眠りについた。皆、中々寝付けないのは同じだったが、明日の朝が早いため、何とか眠りに就いていたようだ。
私は何も言ってくれないラズを、ただ力一杯抱き締めて、無理にでも眠りに就くのだった。
ヒナタが眠りに落ちると、ラズはヒナタの腕から抜け出す。そして横にちょこんと座ると、ヒナタの顔をじっと見詰めた。
『俺は…………、俺じゃあヒナタを守れない…………』
『俺はどうしたいんだ…………、側にいたいわけじゃなかった……一緒にいる理由だって…………、俺はヒナタを好きなわけじゃない。違うんだ、
ラズは項垂れた。
「うぅ……」
ヒナタが眠りながらうなされ出した。さっきのことを夢に見ているのか、苦しそうだ。
『ヒナタ…………』
ラズはそっと鼻先を擦り寄せると、ヒナタの頬に頬擦りをした。酷く切ない顔をし、そして深い溜め息を吐くとヒナタから顔を離す。
『俺はどうしたら良いんだ…………、なあ、アル、教えてくれよ…………』
ラズは泣き出しそうなほどの苦悶の表情を浮かべた。
早朝、まだ夜が明ける前にランブルさんからの号令が響き渡った。
「朝だ! 起きろ!」
その大声に皆、眠い顔をしながらも必死に行動に移す。朝食を終えると、すぐさま切り出し作業に!
「ヒナタ、大丈夫か? やれるか?」
ランブルさんが心配そうに聞いてくれる。
「はい! 大丈夫です!」
昨夜捕縛した二人が抜けてしまうため、通常よりも人数が少ない。いつも以上に全員気合いを入れて頑張らねば終わらない。
それが分かるからこそ、昨日の今日だからと休んではいられない! 二人減ってしまったのは私のせいでもあるんだし! 皆に負担がいかないよう頑張らないと!
気合いを入れてクラハさんに続く。クラハさんもジークも心配はしてくれたが、腫れ物に触るような感じではなく、普通に接してくれていた。今はそれが有り難い。
ラズはというと、トボトボと元気なく後に続く。
いくらラズは悪くないと伝えても、ラズのおかげだと感謝を伝えても、いつもの元気が全くなく、こっちが心配になるほど、心ここにあらずといった感じだった。
一体どうしたのかしら。意外とデリケートなところがあるし、昨夜のことをやはり自分のせいだとでも思ってるのかしら。
心配にはなるが、今はラズに構ってる余裕もなく、仕方ないので気にはなりつつも、氷の切り出し作業に集中した。
最初に全員で氷の上に積もった雪を掃き出していく。全員で横一列に並びT字型の板で掃き出していくだけなのだが、広さもあり、雪の重みもあり、結構な時間がかかる。
雪を掃き出し終えると、切り出し要員と積み込み要員とで別れて作業していく。私はというと初めてだったため、切り出しは難しいからと強制的に積み込み要員にされた。うーん、切り出ししてみたかった。
切り出しているところを見学させてもらうと、三十センチメートルほどの厚みのある氷をのこぎりのような刃物で切って行く。氷の下はまだ凍っていない水があるため、切られた氷は水の上に浮いている。
その浮いている氷を鉤爪のような形の巨大なハサミで氷を鋏み、足場である氷の上に引っ張り上げる。それを滑らせ積み込み要員が受け取り、ソリに積んでいく。
それを足場の氷がなくなるまでひたすら繰り返していくのだ。
私はクラハさんと一緒に氷を受け取り、ソリに積んでいく。
氷と氷の間には藁のようなもので編まれたものを挟んでいく。これが結構な重労働。なんせ重い! 二人がかりで持ち上げるが、滑るし重いしで落としそうになり四苦八苦。
クラハさんに迷惑をかけないように必死だ。そのおかげで昨夜のことはすっかり頭から抜けていた。とにかく必死。
汗だくになりながら氷を次々に積んでいく。たまに休憩がてら腰を伸ばすと、ラズがふらふらと歩いていた。まだぼんやりとしている。
本当に一体どうしちゃったのかしら。あんなにぼんやりしたラズは初めて……。
ボーっとしながら歩くラズに声をかける。
「ラズ! ぼんやりしてると池に落ちるよ!」
そう声をかけた直後だった。
《ドボン!!》
「「え!?」」
クラハさんと二人で声が重なり目が点になった。
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