第二十九話 ラズはやはり寒さに弱かった

「わあぁぁ!! 綺麗!!」


 地面は雪で覆われ真っ白だ。轍以外にはふかふかの雪が積もったまま。荷馬車から降り立つとザクリと雪の中に足が埋もれた。


 子供のようにザクザクと足跡を付け喜んでいるとクラハさんに笑われた。


「アハハ、ヒナタは雪は初めてなのかい?」

「え、あー、いえ、少しは私が住んでいたところも積もりましたけど、こんなにたくさんの雪が初めてで」


 子供みたいにはしゃいでちょっと恥ずかしい。

 日本にいたとき私が住んでいた場所では冬でもさほど雪が降ることはなかった。だからこんなに大量の雪はテレビのニュースとかで見るくらい。

 思わずはしゃいでしまうのも仕方ないでしょ!


 辺り一面銀世界。地面だけでなく、周りの木々にも雪がかぶり、見渡す限り真っ白だ。太陽の光を浴び、キラキラと煌めいていて、まるで一枚の絵画でも見るかのように美しい。


「はぁぁ、本当に綺麗」


『寒い』


 うっとりしているとラズが水を差す。


「人がせっかく感動してるのに……」


 ムムム、とラズを睨んだが、本当に寒そうに縮こまるラズを見ると何も言えず。


「ヒナタ! とりあえず荷物!」


 クラハさんが一台のソリの横で叫んだ。あれが私たちの乗るソリか。


 仕方ないので、ラズをリュックに突っ込む。『おい!』とか文句を言おうとしていたラズを無視し、リュックを背負い、他の荷物をソリに運んで行く。


 かなり大きいソリ。木で出来ていて人が座るであろう場所は精々二~三人しか座れないほどの幅。

 後ろの荷台部分はとても長く、大人が寝転んでもまだ余裕がありそうなほどの長さ。


「サンタさんのソリみたい」


 そう思いながら前を見ると、トナカイのような、でも角がちょっと違うような? 見たことのない動物がソリと繋がれていた。


「トディーダだよ」


 背後からいきなり声をかけられビクッとなった。

 振り向くとジークさんがいた。


「トディーダってこの毛皮とかのトディーダですか?」

「あぁ」


 自分の着ている毛皮を見ながら聞くと、ジークさんが肯定する。


 この毛皮にグローブやブーツもトディーダの皮……、そして目の前にはトディーダ……ちーん、思わず合掌。


「何やってんだ?」


 ジークさんに不思議そうな顔をされる。


「え、アハハ、なんでもないです」


「トディーダは雪に強いんだ。体温が高いから寒さに強いし、雪の中でも歩きやすい足をしていてね」


 クラハさんが荷物を積みながら説明してくれた。


「そうそう、で、毛皮や皮も暖かく水を通さないから、こうやって加工されてるんだ」


 さらに追加説明をしながらジークさんが私の手を取り、ニギニギと握る。えっ! と少し固まり、グローブ越しとはいえ緊張した顔をすると、ジークさんが慌てて手を離した。


「す、すまん! グローブの皮もトディーダだからそれを言おうとしただけなんだ!」


 あわあわしながら両手を身体の前で振り必死に否定している。


「フフ、はい、分かってます。すいません、私も変な態度で」


 その姿がおかしくて笑った。それを見たジークさんは安堵したように息を吐く。


 背中でジタバタとラズが唸ってる……、かと思ったら、首だけズボッとリュックの口から突き出した。


 それを見た私とクラハさんとジークさんの三人は……、


「「「ブフッ」」」


 思い切り吹き出した。


「ラ、ラズ……ブフッ、猫ダルマ……フフ、フフフ……」


 リュックから生首状態で顔だけ出したラズ。首から下にはリュック。あまりに滑稽……いや、うん、ね。


 皆で笑ったものだから、ラズはブスッとした顔。


『おい』


 ラズが低い声で一言呟いた。さも『お前分かってんだろうな』という顔。

 はぁ、ラズって結構心配性? しつこいな。


「分かってるよ、危機感を持て、でしょ?」


 フン、と鼻を鳴らしたラズはそっぽを向いたが……、なんせ猫ダルマ……、おかしくてしょうがない。何とか笑いを堪えながら、荷物を積み終えた。


 二人一組でソリに乗るようだ。ジークさんももう一人の男性とペアになっている。

 ジークさんのペアらしき人が大声でジークさんを呼んでいた。そろそろ出発かしら。

 ジークさんはペアの男性に手を振るとこちらに振り向きじゃあなと言い、あ、と何かを思い出したような顔をした。


「そういえば敬語じゃなくて良いぞ? 名前もジークって呼び捨てで良いし。ヒナタのほうが歳上だろ?」


 ニッとちょっと意地悪そうな顔で笑った。

 うっ、そうですね……、私のほうが歳上でしたね……。苦笑した姿に気付いたのかジークさんは吹き出した。


「ブフッ、アハハ、無理しなくて良いけど、俺は普通に話してるのに何か敬語で返されるとよそよそしくて嫌だからさ、まあ気が向いたら普通に喋ってくれよ」

「はい、あ、じゃなくて、うん」

「アハハ、じゃあな」


 そう言うとジークさん、じゃなくて、ジークはペアの男性の元へと戻った。


 フレンドリーなイケメン……、慣れないわ……。そういえば今まで歳が近い異世界人て周りにいたのはクラハさんだけかぁ、クラハさんもイケメンなんだけどねぇ、何が違うのかしら……。

 ま、クラハさんは雇い主だしね……、決して残念なイケメンだからではない……はず……。


『おい』


 ラズの再び低い声。


「もう、分かってるってば! しつこいな」

『しつこいってなんだよ! 俺はしっ…………、心配してんだよ!』


 今度はちゃんと心配だって言い切った。言い切ったけど……、なっがい溜めだったな。どんだけ言うのに躊躇うのよ。


「心配してくれてありがと」


 まあでも心配してくれてるのは有難いから素直にお礼を言うと、ラズは照れたのか無言のままそっぽを向いた。


 ソリに乗り込むとラズの入ったリュックを膝に置き、隣にはクラハさんが手綱を握る。


 二台で来た荷馬車から積み荷をソリに移し替え、もう一人の御者をしていた男性が一人この場にある待機小屋に居残るそうだ。荷馬車を引いていた馬の面倒があるしね。


 それ以外の人間はソリに二人ずつ乗り込み、ランブルさんを先頭に出発する。



 一面銀世界の中を進むソリ。風をもろに受け走るので、かなり寒い。持って来ていた帽子で耳まで隠し、上着をもう一枚重ね着した。しかしそれでもなお寒い。


「大丈夫かい?」

「え、えぇ、何とか。ラズが死にそうですけどね」


 リュックから首だけ出していたラズは走り出してしばらくすると、顔面凍り付いたような顔になり、動かなくなった。これはまずいと思い、リュックにずぼっと頭を押さえ込み突っ込んだ。何やら変な声が漏れていたが無視。

 そしてなるべくリュックを両手で抱え込みぎゅっと抱き締める。それだけで私の方が少し暖かくなり助かった。ラズはというと少し小刻みに震えていたが、抱き締めてやると震えが止まった。


 道は徐々に狭くなり、ソリ一台分の通る幅しかなかった。荷馬車が通って来た道よりも斜面が徐々に傾いていき、標高がどんどん上がって行く。徐々にトディーダの脚も遅くなって来た。

 周りは白く凍り付いた世界だ。雪が音を吸収してしまうのだろうか、とても静かだった。ソリが進む音と男たちの話し声だけが響き渡る。


「もう少しで着くよ」


 クラハさんが少し先を指差した。ここからは見えない位置だが、今見えている小高くなった場所を越えた先にゴールがあるらしい。


 先頭のランブルさんのソリが右に曲がり見えなくなり、それに続くと見事に開けた場所へと到着した。

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