第二十八話 ドラゴンが飛んでいた
『おい!! 危機感持てって言ってるだろうが!!』
抱き抱えたままだったラズは、後ろを振り向き、私の顔を見上げると、あからさまに牙を剥きながら怒っていた。
「ジークさんは良い人じゃない! 助けてくれたし」
まあ子供と思われてたんだけど。
『さっきの奴だけじゃない!! 他にも今回男ばっかだろうが!! しかも体格良い奴ばっかだし!! お前なんか襲われたらひとたまりもないぞ!! ちょっとは警戒しろ!!』
「…………」
『何だよ!! 何か言えよ!! 今回は絶対俺が正しいんだからな!!』
そう怒鳴り散らしたラズはプイッと前を向いた。
うーん、確かに屈強な男性ばかりで、ちょっと不安にならないこともない。
でも最初から疑うのも失礼かなぁ、とか思うと、やはり警戒した態度は取りにくい。
どうしたら良いんだろう……。
ラズは私の反応が気になったのか、チラッとこちらを見た。するとギョッとしたような顔になり、慌ててこちらに振り向き身体をよじらせると、身体ごとこちらに向いた。
『お、おい! な、何だよ、調子狂うな、泣くなよ』
「え?」
ラズはおろおろしていたが、私は泣いてないけど? と、思っていたら、ぽろりと一粒だけ涙が落ちた。
え? 何で涙? 意味分かんない。自分自身で全く意味が分からず、ラズがおろおろしている姿が面白いだけだった。
何で涙なんだろう。
ラズに怒られてショックだったから? いや、それはないな。
ラズに怒られて怖かったから? いや、それも違うな。全く怖くないし。
やっぱり思っている以上に、大勢の男性が怖かったから? …………、そうなのかなぁ。
この異世界に来てから色々忙しく動き回っていたから何も考えてなかったけど……、それなりに不安だったのかもしれない。
そこに来てこの大勢の見知らぬ男たちの中に一人入り込む、ということが、自分で思っていた以上に不安や怖さがあったのかも。
それがラズに怒鳴られることで気付いてしまったのか。
ラズめ、余計なことを。じとっとラズを見た。
『な、何だよ、お、俺は悪くない……、ヒナタが無防備だから……』
うん、ラズは悪くないんだよね。ラズは正しいよ。溜め息を吐いた。
「うん、ごめん」
『な、何だよ、やけに素直だな。調子狂う……』
「何よ、人がせっかく謝ってるのに」
『いや、まあ、うん。俺も言い過ぎた、すまん。心配だっ…………何でもない!』
ラズは言いかけて途中で止めた。
フフ、心配だからって聞こえたよ。ありがとね。ラズのおかげでこの異世界でも、最初から楽しく過ごせてるよ。だからこそ今まで不安な気持ちに気付かずにいられたのよね。
ん? なのに、ラズのせいで不安な気持ちに気付いたのか、駄目じゃん!
と、脳内突っ込みを繰り広げていると、クラハさんがお昼のパンと飲み物を持って来てくれた。
「ヒナタ、大丈夫かい?」
「ありがとうございます、大丈夫です」
脳内突っ込み中に涙はすっかり乾いていた。
「後、もう少し荷馬車で進んだら、次はソリに乗るからね」
「ソリ!?」
「うん、荷馬車では山を登れないからね。途中まで。登ることが出来るギリギリまで進んだらソリに乗り換えるんだ」
「へぇぇ」
渡された飲み物をいただきながら、話を聞いていると、ふと上空から何か動物の声らしき音が聞こえ、空を見上げた。
「?」
遥か上空に黒い影が三つ並んでいる。日差しを手で隠し、じっと見詰めると、鳥ではない、それよりもっと大きそうな生き物が飛んでいるようだった。
「ドラゴンだね!」
クラハさんが同じように見上げながら叫んだ。その声に合わせるように、気付いた男たちも空を見上げている。
「ドラゴン!? そんなのいるんですか!?」
「あー、うん、滅多に見かけることはないけど、いるにはいるよ。俺も間近で見たことはないね」
「へぇぇ、そうなんですね!」
さすが異世界! ドラゴンなんているんだ! 近くで見てみたいなぁ、と思ったけど、いや、でも危ないか。ドラゴンなんて危険以外ないよね。
見上げていると、ドラゴンの腹の辺りしか見えないが、身体の全体的な色は何となく分かる。黒いドラゴンと深紅のドラゴンのようだ。
ん? 一匹はなんか違うな。何か虎? ライオン? いや、でも翼生えてるしな。何だろう。うーん、分からん。
「そういえばそんなドラゴンがいるって危険なんじゃ……」
街の外に初めて出たけど、よく考えたら獣に襲われたりとかないのかしら。
「あー、まあごく稀に魔獣が出たり、獣が出たりするね」
「え……それってめちゃくちゃ危険なんじゃないんですか!?」
「うん、まあ危険だよね」
クラハさんはそう言いながら笑った。ちょっと! そんな呑気な!
「まあでも本当にごく稀にだよ。しかも荷馬車の周りに結界石が付いてるから大丈夫」
「結界石?」
「うん、気配を消すための結界を張る魔石。正確には気配を歪ませるんだけど」
「気配を歪ませる?」
「うん、荷馬車自体の気配を歪ませて、周りの空気に溶け込ませる結界かな」
「へぇぇ、そんなことが……」
魔石って本当に凄いわね。ん? でも魔石が凄いんじゃなくて、魔石に魔術を施せる人が凄いのか? うーん、まあどっちでも良いか。
遠ざかって行くドラゴンをぼんやりと眺めていた。
「ん?」
『どうした?』
ラズが私の顔を見上げて聞いた。
「いや、あのドラゴンたち、背中に何か乗せてない? 人間?」
もうかなり離れてしまっているため、はっきりとは見えないが、ドラゴンたちの背中に人影のようなものが見えたような?
『そんな訳ないだろ。ドラゴンが人を背に乗せる訳……』
そう言いながらラズが考え込んだ。
「ラズ?」
『あー、いや、そういえば何か魔獣を騎獣化させたとか話を聞いたことがあるな、と思ってな』
「魔獣を騎獣?」
『あぁ。…………、基本的には魔獣は人間に懐くような生き物じゃない。だから人間が近付くと襲われるし、討伐の対象でもある訳だ』
「ふんふん」
『だから人間を乗せるなんてありえない話なんだが……、どっかの国で魔獣を懐かせたかで騎乗することが出来たとか噂を聞いたことがあったような気がする。それが本当なら人が乗っていてもおかしくはないな』
「へー、そうなんだ」
ならあれは、やはり人が乗っていたのだろうか。もう完全にドラゴンの姿は見えなくなってしまった空を眺めた。
「おーい、そろそろ出発するぞー」
ランブルさんが休憩している全員に向かって大声を張り上げた。
それを聞いた皆は片付けをし、再び荷馬車へと乗り込む。
そしてまたひたすらガタガタガタガタと揺られ、山の麓までたどり着いた。そこからはまだ比較的平坦な道が続いていたため、そのまま荷馬車で進んで行く。
木々が少なくどちらかと言えば草原に近いような道が続き、荷馬車の通る道だけは轍が出来ている。
「寒くなってきたね……」
徐々に標高が上がって来たからか、山へ入る前より明らかに気温が下がってきた。周りには木々も多くなり、ちらほらと雪が見え出してきた。この世界も雪なんか降るんだね、と呑気なことを考えながら揺られていると、吐く息もすっかり白くなり出していた。
『寒い……』
ラズが丸まっている。ハハ、確かに私ですら寒いんだから、ラズにはもっと寒いかもね。膝で丸まっているラズに持って来ていたもう一枚の上着を掛けてやる。
それに安心したのか少し顔を見せたラズは外をチラリと眺めると再び顔を上着の中に埋めた。
「さあ、乗り換えだ!」
ガタガタと揺れていた荷馬車の動きが止まったかと思うと、ランブルさんが大声で叫んだ。どうやらソリへと乗り換える場所に着いたようだ。
ラズを抱っこしたまま荷馬車から降りるとそこは一面銀世界だった。
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