第二十七話 お尻が痛くてたまらなかった

 かなり大きめの荷馬車には大人の男たちが並んでも、さらに大量に荷物を積み込めるほどの広さがあった。クラハさんと一緒に荷馬車の中へと乗り込む。


 椅子と呼べるほどでもない腰掛ける台がベンチのように両脇に並べられ、すでに乗り込んでいた男たちは腰掛けている。

 見た感じ皆さん若そうね。それなりに屈強な人を集めたのか、皆さん良い身体をしてらっしゃる。そのおかげかちょっと暑苦しい……、じゃなくて、男臭い……、あ、でもなくて……、いや、うん、ね? 触れないでおこう……。


「お? 珍しいな、女がいるのか」

「ん? お、本当だ」


 一番手前にいた男性がこちらに気付くと物珍しいものでも見るように、上から下から眺められ、ちょっと不快感が……。


 その言葉に反応するように全員が驚きの表情でこちらを見る。さすがに全員に見られると少したじろいだ。

 クラハさんがそれに気付くと、庇うように私の前にたち、背後に庇うと笑いながら軽く挨拶をする。


「今日はうちの新人も一緒によろしくお願いしますね~」


 クラハさんが庇ってくれたのが有り難かった。そのおかげで少し落ち着く。


「ヒナタです、よろしくお願いします!」


 なるべく元気に挨拶。皆、女ということに少し怪訝な顔をしたが、とりあえずは受け入れてくれたようで、皆口々に「よろしく」と言ってくれていた。若干変な視線も感じたが……。


 クラハさんと共にならんで座ると、御者席からランブルさんが叫んだ。


「じゃあ、出発するぞ!」


 その言葉と同時に荷馬車が動き始め、初めての動きに予測出来ず身体が動く。座席から滑り落ちそうになりクラハさんに腕を引っ張られた。


「大丈夫かい?」

「は、はい。すいません」


 おぉ、こ、これは……、結構な乗り心地ね……。


 最初に踏ん張れず身体が思い切り揺れたのはともかくとして、それ以後街の外を荷馬車は進むが、初めてこの街に向かったときを思い出しても、道はずっと砂利道だった。


 同様にカナル山へ向かう道も砂利道。街の近くは舗装されているのかと思いきや、街を一歩出るとすでに砂利道。人が通れるように開けていて、平坦には保たれているが、なんせ砂利道。

 何回言うねん! と言われても砂利道なのよ! ボコボコなのよ! ガタガタなのよ!


 おかげで荷馬車は揺れる~、いや、歌っている訳ではない。ずっとガタガタガタガタ揺れているものだから、お尻が痛いのなんの。

 皆、結構平然としているから、きっと慣れているのよね。私は初めてだから驚いてしまったけれど、これが普通なんだろうなぁ。


 しばらく進むとすっかり街も見えなくなり、完全に周りには自然のみ。木々が並び、大きな岩があちこちに鎮座していた。

 途中で休憩をすることになり、ようやく荷馬車から降りられる! と喜び立ち上がると、今までの振動から身体の感覚がおかしくなっていたようでふらついた。


『おい、大丈夫か?』


 ラズが小声で聞いて来る。


「う、うん。何とかね……、アハハ、荷馬車って結構疲れるんだねぇ」


 お尻は痛いし、身体の感覚がおかしいわよ。もう止まっているはずなのに、何だかずっと揺れてるみたいだ。


「おーい、お嬢ちゃん大丈夫か?」


 降りようとしていたのに中々私が降りないものだから、後ろがつかえていた。クラハさんは先に降りていて下から心配そうに見上げている。


「あ、すいません、慣れてないもので、身体が少しおかしくなっていまして……アハハ」

「ハハ、確かに慣れてないやつが乗ると辛いかもな」


 そう言いながらその男性がいきなり私を抱き上げた。


「きゃ、え? ちょっと! え?」


 いきなりのことにプチパニック中。ラズが物凄い顔をして、男性の脚にしがみついた。


『ニャー!! ニャー!!』

「なんだぁ?」


 足元にしがみつくラズに構わず男性は私をお姫様抱っこしたまま荷馬車から颯爽と降りた。

 ラズはしがみついたままぷらーん……。


「ほれ」


 男性は荷馬車から降りると私を下ろし支えながら立たせてくれた。あ、中々降りられない私を抱えて降りてくれたのね。

 びっくりした。初めてお姫様抱っこなんかされちゃったわよ。しかもそこそこイケメンだし、良い身体……、っていやいや、余計なことを考えたら恥ずかしくなるからやめとこう。


「あ、ありがとうございます」


 チラリと男性を見ながらお礼を言うと、その男性はニッと笑い頭に手を置いてポンポンと軽く触れると、ひらひらと手を振り休憩をしに行った。

 か、かっこいいわ……、お姫様抱っこに頭ポンポンて!!


 ちょっと見惚れてしまった。クラハさんが心配して声を掛けてくれる。


「大丈夫? あっちでお昼と飲み物用意してくれてるから、休憩しよう」


 クラハさんに促されゆっくり歩く。やはりふわふわ? ゆらゆら? いつまでも揺れているような感覚。さらにはお尻や腰が痛い。


「あー、ケツがいてー」


 何人かが腰を伸ばしながら叫んだ。

 なんだやっぱり皆痛いんじゃないの。良かった、私だけじゃなかった。


 あ、さっきの王子様だわ…………。


 いやいや! 王子様って! お姫様抱っこからの発想が王子様て! 安直!!

 思わず自分で突っ込んじゃったじゃないよ! 何言ってんのよ! 恥ずかしい!


 自分の馬鹿な発想に恥ずかしくなり顔が熱くなった。


「おー、お嬢ちゃん、大丈夫だったか?」


 ヤバい、目が合った。変なことを考えてるときにこっち来ないでー!!


『ヴヴッ……ニャー!!』


 急にラズが唸り声を上げ、そちらに目を向けると、今まで見たことないくらいの変な顔をしていた。

 変な顔はおかしいか。なんだろ、怒ってる? 睨んでる? 泣きそう? 情けない顔? なんかよく分からない顔だな。


 近付いて来た男性に向かいジャンピングキック!!


 って、いやいやいや!! 意味分からーん!! 真っ青になりそうだったが、男性にそのキックが当たることはなかった。


 見事にキャッチされたラズは男性に脇を抱えられ……ぷらーん…………。


「ブフッ、な、何やってんのよ、ラズ」


『キーッ!!!!』


 ラズは頭から湯気が出そうなくらい怒りながら、脚をジタバタさせ、男性に向かって、引っ掻こうと思っているのか、前脚をバタつかせ爪を伸ばすが、届く訳もなく……。


「すいません!」

「お嬢ちゃんの猫か? 護衛でもしてんのか! アハハ!」


 そう言って笑いながらラズはぷらーんとしたまま、私に渡された。


 今にも飛び掛かりそうな勢いのラズを押さえ込むように抱っこする。


「本当にすいません!」


 ラズの馬鹿、さっき助けてもらってるのに何で喧嘩腰なのよ。


「アハハ、良いよ。俺はジークアス。みんなからはジークって呼ばれてる。歳は二十だ、よろしくな」


『「えっ!!」』


 ん? ラズも驚いた? 何かハモったような。


「ん? 何にそんな驚くんだ?」

「あ、いえ、歳上かと思ってたもので……アハハ」


 異世界人! やっぱり年齢謎過ぎるー!! かっこいい兄貴! って感じかと思ってたら、まさかの歳下だった。


「ん? 歳上かと思ってた、って、ヒナタは何歳なんだ?」

「…………二十二です…………」


「えっ!!」


 今度はジークさんが驚いていた。


「てっきりまだ十四〜十五くらいの子供かと……」

「あー、ハハ……」

「す、すまん!」


 そっか、だからさっき簡単に私を抱き上げてくれた訳だ。お嬢ちゃんていうのも、子供だと思われてたから……アハハ……。


「そうとは知らずにいきなりその……断りもなく抱き上げて悪かった!」


 あわあわしながらジークさんが謝ってくれる。その姿が何だか可愛く見えておかしかった。

 見た目は凄く背も高く筋肉質で、がっしりとしていて黙っていれば少し怖くも見えそうな人がおろおろしていると、ギャップ萌えってやつね! うん! 良いですね! ギャップ!


「いえ、動けなかったんで助かりました! ありがとうございます」

「そ、そうか? なら良かった」


 ジークさんは頭をガシガシと掻きながら、少し照れたように笑った。


 うーん、やっぱりかっこいい人だな。


 葵色の短髪に銀色の瞳。光に当たるとキラキラする瞳が宝石みたい。クラハさんよりもさらに背が高く、体格も程よい筋肉! 所謂細マッチョ!


 ジークさんは「じゃあな」と手を振り、他の仲間たちの輪に戻って行った。

 その後ろ姿を見詰めていたら、ラズがキレた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る