第二十六話 ラズヒルガ

「ラズヒルガ様……、アルティス様の従者の方ですよね?」


 アンがエルフィーネに聞く。


「えぇ、私たちの乳母ターナの息子で、お兄様と同い年だから、私たちは兄妹のように育ったの。成長してからはラズヒルガ自身がお兄様の従者になるって言うから、お父様がお認めになったの。今まで従者として片時もお兄様から離れたことがないのに……」


 エルフィーネは頬に手を当て、首を傾げた。


「そういえばそうですね、最近全くラズヒルガを見かけない」


 護衛の騎士たちもラズヒルガとは親しい。いつもアルティスの側にいたはずのラズヒルガを最近めっきり見なくなった。どういうことだろうか、と同じく首を傾げる。


「いつも必ずお兄様の側にいたのに、最近見かけない上に今日も一緒に来るのかと思ったらいないのですもの。一体どうされたのですか? ターナも探していましたわ」


 エルフィーネはアルティスを真っ直ぐに見詰めた。


「え、あ、いや、えーっと…………」


 アルティスはたじろぎ、どう答えて良いのか迷い、ラズヒルガと交わした言葉を思い出していた。




『どうしても出て行くのかい?』

『あぁ、だってここにいても何も変わらないだろう?』


『…………、まあそうだけど……』


 城の一角、月夜の元、ラズヒルガが決断した言葉をアルティスは頷くしかなかった。


『アル、すまなかった…………。じゃあ行くよ。後はよろしく』


 一人闇夜に消えたラズヒルガを止めることも出来ずに、何の言葉を掛けることも出来ずにただ見送るしか出来ないことを歯痒く思った。


『ラズ……』




 アルティスはあのときのラズヒルガを思い浮かべ、エルフィーネを真っ直ぐ見詰めた。


「お兄様?」


 エルフィーネはキョトンとした顔をし、アルティスを見詰める。


「ラズヒルガは…………、やらなければならないことが出来て、少しの間城を出ているんだ」


 思ってもいなかった言葉なのか、エルフィーネは驚いた顔をした。


「やらなければならないこと?」

「うん」


「では、ラズヒルガはしばらくは帰って来ないということですか?」


 護衛の騎士が声を上げた。やはり驚いた表情だ。アルティスはそんな騎士に向かって頷いた。


「うん」

「で、でもいずれ帰って来るのですよね!?」


 エルフィーネは少し泣きそうな顔。アルティスと同じように兄妹同然に育ったのだ。やはり急に何も言わずに消えたとなると心配にもなるだろう。


「うん、きっと帰って来るよ」


 多分……、その言葉は口に出すことはなかった。アルティスにも分からないのだ。いつラズヒルガが城に戻って来るか。それとも戻って来ないのか……。戻って来ると信じたい、それだけだった。



 微妙な空気のまま便利屋らしき店の前に到着した。


 あの後、結局誰もラズヒルガの話題には触れず、不自然なほどに違う話題で会話をしながら便利屋を目指した。


「ここです」


 看板には「何でもお手伝い致します! クラハの何でも屋」と書かれていた。


「ここに例の日本人の方が……」


 ようやく会える! アルティスは緊張した面持ちで店の扉に手を掛けた。


「??」


 ガチャガチャと音はするが一向に開く気配がない。鍵が掛かっている。


「え? 何で? 開かない」

「え? そうなんですか?」


 エルフィーネもアルティスの横に並び、同じように扉に手をやるが開かない。


「お休みかしら」

「えぇ、そうなの!?」


 せっかく来たのに! とアルティスは項垂れる。


「そ、そんなはずは……、両親に定休日を聞いたので、今日はお休みではないはずなのですが……」


 アンが焦った顔で説明をする。


 店先でごちゃごちゃと話していたせいで、何でも屋の隣の店から店の人間らしき男が出て来た。


「あんたたち何やってんだい? クラハに用事か?」


「え、えぇ」


 アンが前に出て男と話す。


「今日はお休みなんですか?」

「いや、いつもは休みじゃないが、今日、というか一昨日から一週間後まではいないぞ」

「え、何でですか!?」

「氷の切り出し依頼に行ってるんだよ」


「「氷の切り出し依頼!?」」


 アルティスとエルフィーネは声を揃えて驚いた。


「こ、氷の切り出し依頼って……、そんなこともしているのか……、興味深い」

「氷って切り出しに行くのですね、知らなかったですわ。どんな感じなのかしら」


 そんな二人の様子にアンと二人の護衛騎士は苦笑した。


 二人は氷がどうやって手に入れられているか知らなかった。そもそも自分たちの手元にも氷があることは滅多にない。食べ物や飲み物を冷やすために使われている、という知識だけだ。それらをどうやって手に入れているかなど知る余地もなかった。


「今日出発していたから、三日後くらいまでは戻らないと思うぞ」

「そうなんですね……」


 あからさまにがっかりするアルティス。その様子にエルフィーネは苦笑するが、いないものは仕方がない。


「お兄様、仕方がありませんわ。今日は諦めましょう?」

「はぁぁ、そうだね……」


 アンとエルフィーネは隣の店の男に丁寧に礼をし、アルティスと騎士たちもお辞儀をするとすごすごと店から離れた。


「さて、じゃあ仕方がないのでお兄様、今日はデートでもして帰りましょう」


 エルフィーネは明るく励ますようにアルティスを促した。

 アルティスはデートよりも他の日本人に会いたいと思っていたが、どこにいるのかも情報を持っておらず、むやみにうろつくのもどうかと思い、仕方なくエルフィーネのお供をすることにしたのだった。


 エルフィーネに引っ張られるアルティスの深い溜め息だけが響き渡っていた。





 クラハさんの後を付いて街を出ると、少し離れた場所にかなり大きな荷馬車が二台止まっていた。


「あれに乗り込むよ」


 クラハさんはそう言いながら、並んだ二台の荷馬車の前の荷馬車に近付いた。

 御者に声を掛けている。荷馬車の中には十人ほどの男性が。


「ヒナタ、今日の依頼主のランブルさんだ」


 呼ばれてそちらに振り向くと、クラハさんよりも一際大柄な男性。歳はクラハさんと同じくらいな感じかしら? まあ私の年齢当ては全く当たらないのだけれど。

 鮮やかな真紅の短髪に茶色の瞳。少し浅黒い日焼けしたような肌に、白い歯が眩しい。

 さすが力仕事をこなしているからか、クラハさんよりも明らかに筋肉量が違うことが服の上からでも分かる。


 人懐っこい笑顔でニッと笑うと、ランブルさんは御者席から飛び降りた。


「ランブルだ、よろしくな。女には辛いと思うが大丈夫か?」


 事前にクラハさんから聞いていたのだろう、ランブルさんは怪訝な顔などは一切なく、普通に受け入れてくれているのが分かる。


「足手まといにならないように頑張ります!」


 そう宣言すると、ランブルさんは少し驚いた顔をしたが、すぐに声を上げて笑った。


「アッハッハ!! 威勢のいいお嬢さんだな! よし、ヒナタ、頑張ってくれ! まあでも無理ならちゃんと言えよ?」

「はい、ありがとうございます」


 気の良い兄貴って感じね。うん、頑張れそう!

 ラズは…………、ブスッとしてるわね。


 荷馬車にいた男性たちにも挨拶をし、さあ、カナル山へ!

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