第二十一話 引っ越した
翌朝、重たい身体を無理矢理起こし、身支度を整える。朝食はまたキミカさんが作ってくれたおにぎりを朝食に。
ラズと一緒に食べながら今日の予定を確認。
「今日は引っ越しをするとして、役所に連絡ってやっぱりしたほうが良いのよね?」
『あー、多分しとかないと駄目だろうな』
「だよねぇ、証明タグって仕事決まったら回収されちゃうのかしら?」
まだお給料はもらっていない。今この証明タグがなくなってしまうと生活が出来なくなる。それはさすがに困る。
『証明タグは二ヶ月の間はずっと持っていて良かったはずだぞ。役所に報告行くときに聞いてみろ』
「そうなんだ! 良かった! じゃあとりあえず先に役所に報告してから引っ越しかな」
おにぎりを食べ終えると、部屋を出て二階へ降りる。役所で最初に住民手続きを行った場所だ。そこで階段近くに立つ案内人らしき人に声をかける。
「あの、すいません、ここの三階を借りているヒナタですけれど、仕事と部屋が決まったので報告を……」
何て言えば良いのかよく分からなかったため、最後は尻すぼみに。役所の女性は「あぁ」といった顔でにこやかに案内をしてくれた。
最初に住民手続きをした机とは違う机へと促される。
「今日はどういったご用件でしょうか」
「えっと、新しい部屋と仕事が決まったのですが……」
「あぁ、おめでとうございます。では三階の部屋の解約ですね」
「あ、あの、証明タグは……そのまま使えますか?」
係の女性は一瞬キョトンとした顔をしたが、すぐに笑顔で答えた。
「えぇ、大丈夫ですよ。新しく仕事が決まっても、すぐに給与が安定することはないでしょうし、二ヶ月の契約はきっちりと守られますのでご安心ください」
「そうですか、良かった」
思わずホッとし安堵の溜め息を吐いた。
「それでは新たに書類を作成しますので、仕事と新しい部屋の場所をお教えください」
住所はよく分からなかったので、地図を出してもらい指差した。
「ありがとうございます、では登録をしておきますので、何か連絡がある場合、職場か部屋かに連絡が行くように致します。それと通常二週間から三週間前後で城からの召喚通知が来るはずですので、ご了承ください」
「…………はい」
キミカさんが言っていたあれだな。城への召喚。行きたくはないけど、仕方ないんだろうな……。城にいる日本人の人にも会ってみたいし、まあいっか。
引っ越してからの注意事項などの説明を少しだけされ終了。さて、これから片付けと引っ越し!
ちなみに引っ越し用に荷車を貸してもらえた。
「さてと、とりあえず全部買ったときの袋に詰めるかな」
大して荷物はないとはいえ、細々と色々とあるため、まとめるのにそれなりに時間がかかった。ラズは役に立たないしね……。
そのまとめたものを一階にある荷車に。そこへ運ぶのに三階までの階段を何往復か……、これだけで疲れるわ……。
「何とか積み終えた……、疲れた……」
『昼飯は?』
すっかり昼だね。片付けをし、荷車に荷物を運び、部屋を軽く掃除し、役所へ鍵を返し、いざ出発! となったときにラズのお気楽発言。ブチッと何かが切れる音がした、ような気がした。
「荷物を運び終わってからよ!」
んぎぎぎ、とラズを思い切り絞め上げた。
『わ、分かった! 分かったから! ぐ、ぐるじい……』
まったくもう! とラズを荷車にポイッと乗せ、いざ出発!
ガラガラと荷車を引くのは少し恥ずかしいわぁ、と思っていたが、意外と他にも荷車を引く人や、馬車も通るため、あまり目立たなかった。
しかしあの距離を荷車を引いて歩くとなおさら遠く感じる。お腹空いた……。
昼時になってきたため街のあちこちから良い香りが漂いだし、余計にお腹が鳴る……。
「お腹空いたよぅ」
『休憩がてら露店で何か買ったらどうだ?』
「露店で?」
『あぁ、中央広場には露店がたくさん並んでる。どうせ部屋に着いたら片付けで、食べに出られるかも分からないんだろ? なら、買ってその場で食べて、休憩用にも何か買って行ったらいいじゃないか』
なるほど!
「ラズ賢い! それでいこう!」
ラズはフフンといった顔付きで荷車でふんぞり返っていた。それはそれで腹が立つが、とりあえず今は露店!
楽しみになってきたため足取りも軽い。さくさくと歩き、中央広場まで到着。
たくさんある露店。どれにしようか迷ったが、最初に美味しそうな匂いが漂っていた露店へ。
なんだろう、これ。作っている工程を見ていても何か分からない。
「いらっしゃい! 何にする?」
「これってなんですか?」
「ブブルを知らないのかい?」
「えぇ」
「ブブルは薄い皮の生地に野菜とタレに漬け込んだ肉をたっぷりと詰め込んだものだよ」
薄い皮、見た感じクレープみたいね。それで野菜と肉を包んでいるのか。うん、美味しそう。
「じゃあ、そのブブルを二つとジュースをください」
「あいよ!」
店のおじさんはクレープ生地のような薄皮を広げ、その上に野菜や肉を山盛り乗せる。そこに何かのタレをかけ、丁寧に包んでいく。綺麗に包まれ出来上がったブブルを紙で包み、ジュースと共に手渡してくれた。
「ありがとな! また来てくれよ!」
おじさんは手を振り笑った。
ブブルを持って、近くにあるベンチに腰掛けた。ラズは荷車からひょいと降り、同じくベンチにちょこんと座る。
ラズの前に包みを開けて置いてやると、ラズはそれにがっついた。
「いただきまーす」
かなりの厚みがあり、顎が外れそうだわ。
がぶりと思い切りかぶりつくと、シャキシャキと野菜の良い音がした。
見た感じ葉っぱものが多い感じだが、トマトのような赤い野菜や、見たことのない黄色い野菜も入っていてとてもカラフルだ。
肉は甘辛いタレで漬け込まれていて肉によく馴染み思わずよだれが垂れそうな味と匂いだ。何時間も煮込まれたような柔らかさで、しかも表面をさらに焼いているのか香ばしさもあり絶妙な食感。
「美味しいー!!」
お腹が空いていたのも相まって、最高に美味しかった。かなりのボリュームだったので、満腹にもなり大満足。
ベンチに座り日向ぼっこ状態で座っていると、満腹もあり眠気が……。
『おい!』
ラズの猫パンチで起こされる。
『部屋に向かうんだろ!』
「…………」
じとっとラズを見るとラズはたじろいだ。
『な、なんだよ』
「別に〜」
猫のくせに日向ぼっこでお昼寝、とかしないんだな。
「はぁ、やれやれ、後少し頑張りますか!」
休憩のときに一息つけるように、違う露店でおやつを買って行く。見た感じ一口サイズのドーナツのようなもの。それとドリンクを紙袋に入れてもらい荷車に。
昨日掃除したばかりの部屋。中央広場沿いにある建物二階。玄関は中央広場と反対側、裏手にある。
建物自体は石造りの二階建てで、一階に四軒分、二階にも四軒分、合計八軒分の部屋がある建物だ。
一階の部屋の玄関横に、二階の部屋のための階段がある。その階段にも扉が付いているため、実質玄関は一階になるのかしら? とか、どうでも良いことを考えていた。
その建物の二階の角部屋。中央広場に面し、居住区側の通路にも面している。
扉の鍵を開けると薄暗く長い階段が真っ直ぐに伸び、二階へたどり着くとさらに扉があり鍵を開ける。
その扉を開けると昨日掃除をした部屋。キッチンの横から入りダイニングへと荷物を運ぶ。ダイニング側の出窓からは中央広場が見え、寝室の部屋の出窓は中央広場側と居住区側へと向く出窓がある。全ての窓を開け放し、再び荷車から荷物を運ぶべく何往復か階段を昇り降りする。
「一応一通り荷物を運び終えたから、とりあえず休憩! 疲れた!」
買って来たおやつを床に広げた。
「テーブルや椅子やら買いに行かないとね……、ベッドもないし!! 今日寝れないじゃん!!」
『今日片付ける前に買いに行ったら良いんじゃないか?』
「でもそんなすぐに配達してもらえるの?」
『? 同じ街の中なんだ、すぐ来るぞ?』
「え!? そうなの!?」
ラズはおやつを頬張りながら、なんで驚いているのか分からないといった顔をしていた。
「こら! 全部食べるな!」
ラズがおやつを全部食べそうな勢いで食べていたため絞め上げる。
『地方の街とかに送るなら時間もかかるが同じ街ならすぐだ!』
ラズが脚をばたつかせ逃げようとするが羽交い絞め。押さえ込んだまま、ひょいひょいとおやつを食べた。
『あー!!』
ラズは私の顔を振り向き見上げ口をあんぐりと開けていた。ハハ、変な顔。
甘さはかなり控え目だったが、やはりドーナツのようなもので揚げたお菓子だった。
ラズを離してやると若干涙目で私の膝を猫パンチしていた。そんなに悔しいのか……。その姿が可愛く思わず吹き出しそうになるが、ぐっと我慢。ずっと見ていられるわね。我慢するとニヤニヤしてしまう。
「あー、えーっと荷車を返すついでに、じゃあベッド、テーブル、椅子を買いに行こうか。他に必要なものも買えたら良いけど」
ラズはぶすっとしながらも後に続いた。
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