第二十話 新居を手に入れた

 クラハさんは寝室になるであろう部屋を掃除担当、私はキッチンダイニング担当。こちらは少し手間がかかりそうなため、クラハさんが終わり次第手伝ってくれることになった。


「よし、やるか」


 腕まくりをし気合いを入れた。コゴンじぃさんが結構汚れていると言っただけあって、かなりキッチンは汚れていた。


「おぉう、どうやったらこんな汚せるんだろか」


 流しにもキッチン台も何だか煤汚れのような黒ずんだ汚れが大量に付着していた。


 そういった大量の汚れを念入りに落としていく。

 ラズはというと……、出窓の縁にちょこんと座り外を眺めている。

 窓を開けているため、良い風が吹き込む。その度にラズの耳がピクピク動いているのが面白かった。


 しかしこれからはラズもここに住むのなら、あんたも住人!今までのタダで住ませてもらっていた役所とは違う!働かざる者食うべからず!


「ラズ! ラズは床拭き!」

『は?』


 驚いたラズが振り向いた。


 バケツに水を入れ、雑巾を絞り渡してやる。無理だとは分かっているが、やる姿勢が大事!


「はい! 拭いて!」

『は? え? 俺が!? どうやって!?』

「床くらいなら雑巾ゴシゴシくらい出来るでしょ? よろしくね」


 ラズは目を丸くし呆然としていた。そして『えぇ!?』とブツブツ言いながらも、雑巾に前脚を乗せ前後にゴシゴシと動かし出した。

 その姿がまた……、か、可愛い。


 猫背で前脚をちびちびと前後させている。た、たまらん、この可愛さ。全く役には立ってないけど、これは癒やしだわぁ。


 そんなことを考えながらチラチラとラズの愛くるしい姿を堪能しつつ、掃除を終わらせていく。


 途中からはクラハさんもダイニングの掃除に戻って来てくれ、ラズの姿を見るや吹き出した。


 おかげでラズはブスッとしていたが、私もクラハさんもそんなラズにほっこり。


 ひとしきり部屋の掃除を終えると最後は風呂場などの水回り。クラハさんと分担しながら掃除していく。

 ラズはもう戦力外通告をしました。床で伸びてるわ。



 夕方に差し掛かろうとしているときに、全ての掃除を終えた。


「終わったー!!」


 見違えるほどにピカピカ!! いやぁ、気持ちが良い!!


「お疲れさん」

「クラハさん、ありがとうございます!」


 ラズは呑気に身体を伸ばしている。


「さて、じゃあコゴンじぃさんとこ戻って契約しないとね」

「はい!」


 掃除道具を手にし、コゴンじぃさんの家まで。

 コゴンじぃさんは労うようにお茶を出してくれた。コゴンじぃさんと世間話をしながらまったりとお茶をいただいた。


「さて、契約だな? あの部屋は月五万ルテナなんだが……」


 確か……、一ルテナが約一円くらい、一ルテナ、十ルテナ、百ルテナとコインがあり、五百ルテナは銅貨、一千ルテナは銀貨、一万ルテナは金貨、だったはず。


 今まで役所から支給された証明タグで買い物をしていたため、ぶっちゃけるとあまり値段を気にしていなかった。なので、この国の物価がよく分かっていない。パン一つが確か百ルテナくらいだったかな。

 月五万ルテナというのは安いのかしら? それにお給料はいくらくらいもらえるのかしら……。


 チラリとクラハさんを見ると説明をしてくれた。


「月五万ルテナはまあ普通だね。中央広場に面している部屋は比較的安いんだ」

「そうなんですか?」


 てっきり中央広場に面している方が高いのかと思っていた。


「中央広場は夜も灯りが灯されているし、夜までずっと人が大勢いるからねぇ。皆、静かな暮らしを好むから居住区の奥まったところのほうが高いんだ」


 なるほど、確かに四六時中灯りがあったりうるさかったりすると、煩わしいかもね。


「うちから出せる給与は月十五万ルテナくらいかなぁ」

「十五万ルテナ、家賃が五万ルテナ、光熱費ってどれくらいかかりますかね?」

「コウネツヒ?」

「えっと、水道とかのお金です」

「水道のお金?」

「え?」

「え?」


 クラハさんと二人で「え?」となって固まった。

 それを見たコゴンじぃさんはフォッフォッフォッとサンタのように笑う。見た目からしてサンタだけど。


「日本人は皆、水やガスにお金を払うらしいなぁ。部屋を借りようとする日本人は皆そのことを聞くよ」

「お金払わなくて良いんですか!?」


 ようやくクラハさんが理解したらしく笑った。


「この国では水やガスにお金は払わないよ。全部国で管理されているから、税収でまかなわれているんだ。多分地方の街でも同じだと思うよ?」

「へぇぇ! そうなんですね! じゃあ、住むときに必要なのは家賃だけ?」

「そうだね」


「家賃はさっき約束もしたし、月四万ルテナで良いよ」

「え!? 四万ルテナ!? 良いんですか!?」

「あぁ、構わんよ。その代わりたまにこうやって二人でお茶でもしに来ておくれ。かみさんに先立たれてから、一人で暇なもんでなぁ。話し相手が欲しかったんだよ」


 少し寂しそうな顔でコゴンじぃさんは笑った。クラハさんと二人で顔を見合わせ笑い合う。


「喜んで」


 コゴンじぃさんとはこれ以後、良い茶飲み友達だ。週に一度、休日に数時間程お茶やランチをする仲となった。



 コゴンじぃさんと契約を終えると、何でも屋へと帰った。その帰り道に道端で街の人に声を掛けられ、仕事の依頼が何件か入る。案の定口約束なんだな。うーん、これ、ちゃんとしたほうが良いのでは……。


 でもこの国の人、結構アバウトな感じだし、あまりきっちりすると余計に嫌がられるのかしら。


 悶々と考えているうちに何でも屋に到着した。


「今日はお疲れ様! どうだった? 仕事してみて?」


 クラハさんがニコニコと聞いて来る。


「そうですね、力仕事もあるし大変だけど、楽しかったです!」


 日本にいたときはデスクワークばかりで、こんなに体力を使ったのはいつぶりだろう、というくらい身体が疲れていたが、気持ちのいい疲労感だ。


「続けられそうかい?」

「はい!」

「そっか、良かった! じゃあまた明日からもよろしくね」

「よろしくお願いします!」


「今日は疲れただろうし、もう帰って良いよ。明日はどうする? 引っ越しをするならお休みでも良いよ? 手伝えないのは申し訳ないけれど」


 明日引っ越しか……、早めのほうがここに通うのも楽だしね……。


「じゃあ、お休みいただいて良いですか? 手伝いは気にしないでください、大した荷物の量もありませんし」

「分かった、じゃあ明日は引っ越し頑張って」

「ありがとうございます!」


 クラハさんにお礼を良い、夕方だしキミカさんに報告がてら夕食を食べに行こうかな、とラズをチラリと見た。


「ラズは今日ご飯どうするの? また先に帰るの?」

「ん? あー、いや、今日は行ける」

「行ける?」

「あ、いや、行く」

「ふーん?」


 行ける……、ま、いっか。


 キミカさんには何でも屋で働き出したこと、新しい家を見付けたこと、明日引っ越しをすることを報告した。コタロウさんにも報告しないとね。


 キミカさんはとても喜んでくれ、引越しを手伝ってくれると言っていた。しかしキミカさんはお店もあることだし、丁重にお断りをした。


 夕食をいただき、部屋へと戻るとどっと疲れた。

 あー、疲れたからすぐに寝たいけど、やはりお風呂も入りたいなぁ、と疲れた身体でなんとか湯船に入る。


 疲れた身体が解れていくのが分かり、ホケーッとしながらいつの間にやら夢の中へ……。



『おい!! 起きろ!! そんなところで寝るな!』


 バシャンと顔面に水がかかり、目が覚めると、ラズが湯船の縁に前脚を掛け身を乗り出し私の頭を猫パンチしていた。


「あれ?」


 状況を飲み込めず、ボーッとラズを見詰めた。


「しっかりしろ! 起きろ!」


 ラズがしつこく猫パンチ。


「だぁぁぁあ!! もう起きたから!!」


 あまりにしつこく猫パンチされるものだから、イラッとしラズの前脚を掴んで叫んだ。


「また一緒にお風呂入りたいの?」

『んな訳あるか! お前が風呂で寝るからだろ!! 全く起きないから溺死するかと思ったわ!!』


 かなりまともに怒られ、さすがに少し反省した。少しだけね。


「だって疲れてたんだもん……、でもごめん、ありがとね」

『あ、う、いや、うん、まあ早く服着て出ろ』


 素直に謝るとラズは少したじろぎ、くるりと後ろを向くと風呂場から出て行った。


 その日はあまりの疲労感に泥のように眠ったのだった。

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