第十九話 最高の部屋だった

「ちょっと!! ラズ!! 何やってんのよ!! 意味分かんない!!」


 厨房から飛び出し店を飛び出し、大通りに出るとラズは抱えていた腕から無理矢理抜け、下へとするりと降りた。


 そんなラズに周りの目も忘れ思い切り怒鳴る。

 しかしラズは『ふん!』といった様子で横を向いたまま、こちらに向きもしない。


「ラーズー!?」


 怒りで物凄い低い声が出た。

 そのおかげかラズはビクッとしこちらを向く。しかし目が合うと、ギギギッと音が出そうなぎこちなさで再び横を向こうとしたため、ラズの目の前でしゃがみ込み、ラズの頬を思い切りつねるように引っ張った。


『な、何すんだ!! 痛いだろうが!!』


 若干言いにくそうに喋る姿が面白くて笑いそうになってしまい、何とか我慢。今吹き出したら駄目だ。


「ラズが悪いからでしょう!」


 ラズが無理矢理逃げようとするため、今度は顔全部を鷲掴みに両手で包み、グキッとなりそうな勢いで顔をこちらに向けさせた。


 ラズの綺麗なスカイブルーの瞳が泳ぐ。


「ラズ……、さっきのは駄目でしょうが。トーマスさんに蹴り入れるなんて」


 極めて冷静に言った。これじゃあロノアのことを色々言える立場じゃない。


『う、うぅ、分かってる……、分かってるがお前は俺の…………』

「お前は俺の? 何?」


 何なんだ?


『もう良い!! 俺が悪かった!!』

「何よ! 言いかけてやめないでよ!!」

『良いだろ、どうでも! 何でもない!!』


 またしてもグギギッとお互い力を込め格闘。

 いや、だって! 何なのよ! お前は俺の、何なのよ!! 意味分からん!!


 そう格闘している最中にまたしてもクラハさんに見られ、クラハさん再びドン引き。あぁ、もう!


「あー、ヒナタ、今良いかい?」

「あ、はい、すいません」


 仕方なくラズから手を離し立ち上がる。ラズをチラッと見ると、ツーンとした澄まし顔。何か腹立つー! はぁぁあ、もう何なのよ、一体。


「トーマスさんはまだヒナタに働いて欲しそうだったよ」


 アハハとクラハさんは笑いながら言った。

 ラズが尻尾で脚をビシッと叩くし。ムムム。


「今日はずっとヒナタのおかげでやたらと評判が良いよ、だから俺としては何でも屋続けてくれて嬉しいよ」

「評判?」

「うん、今日は今までにないくらい、依頼後に感謝される」

「そうですか、それは良かった! 私も嬉しいです」


 頑張った甲斐があるってもんよね。まあ今までクラハさんがどんだけ雑だったのか、とも思うけど……。


「さて、今日最後は部屋の掃除だね」

「部屋の掃除?」

「そ、居住区にある一室に空きが出たらしくて、家主さんから次住人が見付かるまでに掃除して欲しいって依頼が来たんだ」

「一室に空き!?」


 物凄い大声で反応してしまった。


「え、あぁ、うん」

「どこの部屋ですか!?」

「えーっと確かうちと近かったような……、とりあえず向かおうか」

「はい!」


 これはもしやラッキーなのでは!? その部屋の立地もあるけど、新しく住む部屋を探さなくても良いかもしれないじゃなーい! うん、ラッキー!


 ラズとの一悶着を忘れルンルンでクラハさんの後に続いた。

 ラズはまあ……、もう良いや。部屋のほうが気になるし! とぼとぼと後ろから付いて来るラズに振り返ることなく歩いた。


 まず家主さんの家へ向かい、一緒に部屋へと向かう。

 ちょっとでっぷり……、いやいや、うん、ぽっちゃり? な感じの家主さん。穏やかそうなおじいちゃんといった感じの白髪に白髭。サンタさんみたいだな、とか呑気なことを考えながら後に続いたが、これから掃除する部屋に到着すると興奮のあまり目が輝いた。


「ここですか!?」

「あぁ、そうだよ、結構汚れてるから念入りに頼むよ」


 おじいちゃんは意外と若い声でハキハキとした喋りで答えた。これ、やっぱり思ってたより若いのかしらね……、ごめんなさい、おじいちゃんて呼んで。


「コゴンじいさん、掃除道具ある?」


 じいさんで良いんかい! やっぱりおじいちゃんなのね。

 クラハさんはコゴンじいさんに掃除道具の在処を聞いた。その間に窓から外を覗くと……。


「中央広場ー!!」


 思わず万歳してしまった。クラハさんとコゴンじいさんが驚いてこちらを見た。すいません。


「ヒナタ、どうしたの?」

「あ、すいません。この部屋って空きなんですよね!?」


 コゴンじいさんに詰め寄り聞いた。


「ん? あ、あぁ、そうだよ、だから今日来てもらったんだ。前の住人が使い方が雑でねぇ、あちこちかなり汚れているんだ。大変だと思うけど頼むよ」


 確かに見渡すとそこかしこに酷い汚れがこびりついている。しかし、人が出て行ったばかりの部屋で何もなくがらんとした部屋。それがキッチンダイニングらしき部屋と寝室になるのであろう少し広めの部屋が一室、合計二室だけの部屋だ。それと後は風呂場とトイレと洗面だけ。


 二室と水回りだけならば掃除もそんなに大変じゃないはず!多分。


「あの、この部屋借りられませんか!?」

「は? お嬢ちゃんが?」

「はい!」


 キラキラした瞳でコゴンじいさんを見詰めた。ついでにウルウルもしてみた。


「あー、ヒナタはまだ住むところが決まってないんだったね」

「はい! だからここを借りたくて! ここなら何でも屋も近いし! 中央広場が窓から見えるし!」


「お嬢ちゃんは住むところ決まってないのかい?今どこに住んでんの?」

「あ、えーっと役所に……」


 コゴンじいさんはふむ、と白髭をさわさわしながら考えていた。


「お嬢ちゃんは日本人か、なるほど」


 役所に住んでるのなんて日本人だけだろうし、そりゃすぐバレるよね。


「まあうちは構わんよ。誰が借りてくれても一緒だし」

「良いんですか!? やった!」


 そう喜んでいるとクラハさんがさらに声を掛けて来た。


「じゃあさ、コゴンじいさん、今日の掃除タダでするからさ、ヒナタの家賃、少しまけてあげてくれない?」

「え、クラハさん?」


 クラハさんを見るとニッと笑い、ウインクをした。さすがイケメン! ウインクが似合います!

 でも良いのかな……、売上げなくなっちゃうけど……。そう考えているのが分かったのかクラハさんは人差し指を口に当て、シーッと言う仕草をした。


 コゴンじいさんはしばらく考えていたが、ふむ、と顔を上げると笑った。


「まあタダで掃除してくれるなら、少しだけ家賃をまけてやるよ。日本人なら流されて来たりで大変だったろうしなぁ」


 その言葉を聞いてクラハさんと顔を見合わせた。二人で「やった!」とガッツポーズ!


「あ、でもクラハさん、売上げなくなっちゃうけど良いんですか?」

「まあ大丈夫だよ、これからもヒナタはうちで働いてくれるんだろ?」

「まあそれは働きますけど……」


 でも一人分の給料を払うことになるのだから大変じゃないのかしら。


「ヒナタが一人前になったら、二人で別行動出来るしね! それなら依頼も二倍受けられる!」


 なるほど、確かに二倍受けられるようになるよね。


「だから気にしなくて大丈夫だよ」


 イケメンの笑顔が眩しいわ。ごめんなさい、残念なイケメンとか思ってて。今のクラハさんはとても格好良い!


「じゃあ、掃除が終わったらうちに契約しにおいで」

「はい!」


 コゴンじいさんはそう言うと鍵をクラハさんに預け、戻って行った。



「さて、じゃあ、新しくヒナタの部屋になるんだ、しっかり掃除しようか!」

「はい!」


 よーし、やるぞ! 新しい部屋ゲット! 何でも屋にも近く、中央広場が窓から望める最高の立地! テンション上がって来た~!

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