第十八話 皿洗いは得意だった
クラハさんに続き歩いて行くと大通りの商業区へと戻って来た。
そのままクラハさんはずんずんと歩いて行くが、これまた遠い。歩いている内に、以前朝食を食べたパン屋やランチしに行ったカフェが見えた。どうやら飲食街のように並んでいるのね。
そしてそのままそこを通り過ぎたかと思うと、そのすぐ近くの店に入って行った。
店の中に入ると、今まで入ったことがないくらい広く高級感漂うレストランだった。椅子とテーブルのセットがたくさん並び、天井にはシャンデリアが吊り下げられ、そこかしこに配置された調度品も高価そうなものばかり。
あまりの高級感に少し腰が引ける。
「ク、クラハさん、ここ、物凄いお高いお店ですか?」
ちょっとビビりながら聞いてみた。こんな店にラズを連れて入って良いのかしら。
「ん? あー、まあそれなりに高級な店だね」
「ラズ連れてて大丈夫ですか?」
「あー、まあ大丈夫じゃない?」
クラハさんはアハハと笑いながら言ったが、そんな適当な。本当に大丈夫なんでしょうね。
そんな心配をしている私とは反対に何故かラズは平然としていた。
「ちょっとラズ、大人しくしといてね」
『あぁ、それくらい分かってる』
呆れたように言われてちょっとムッとしたが、まあ何でかラズは慣れた態度だし、まあ良いか。
クラハさんは厨房へと足を踏み入れ、厨房にいた人に声を掛ける。
「すいません、クラハです。今日は新人も一緒ですが良いですか?」
アルミリアさんのときと同じくクラハさんが紹介をしてくれたので、私も頭を下げ名乗る。
厨房には大勢の料理人が作業中だった。
その中の一人、四十代くらいだろうか、少し渋いイケメンがこちらにやって来た。
「やあ、いつもありがとう、今日は新人さんも一緒か。また可愛らしいお嬢さんだね。結構大変だけど大丈夫かい?」
ダンディなおじさまが心配をしてくれているわ。
「大丈夫です! 頑張ります!」
「ハハハ、元気なお嬢さんだね」
ダンディなおじさまは笑うと少し幼く見えて可愛い雰囲気になった。意外と若いのかもしれないわね。なんせ異世界人、年齢がよく分からないし。
「トーマスだ、よろしく」
ダンディなおじさまは意外と平凡な名前だった。いや、失礼か。すいません。
さすがに厨房内にラズがいるのはまずいだろうということで、ラズは料理人たちの休憩室で待っていることになった。
その際やはりというか何というか、ラズに『危機感を持てよ』と一言釘を刺された。
うーん、なんだかな。そんなに私って危機感なさげに見えるのかな。さすがに幼児と大人相手では危機感は違うわよ。
ブツブツ言っていると背後の頭上からトーマスさんの渋い声がし、ビクッとした。
「大丈夫かい?」
「え、あ、すいません! 大丈夫です!」
びっくりした。ボーっとしてたわ、ラズが見てたらまた怒鳴られるんだろうな、これ。ヤバいヤバい。
借りた料理人服を着用し、手伝いを開始する。
「クラハくんと、ヒナタくんで分担してくれるかい。皿洗いと芋の皮むき。どちらを担当してくれても良いよ」
「分かりました」
クラハさんと話し合った結果、とりあえずクラハさんが芋の皮むき、私が皿洗いをすることに。
クラハさんと離れ、私は他の料理人に指示された通りに大量にある食器を洗って行く。
今は夜の仕込みの時間らしい。昼の時間が終わり、一度店を閉め、その間に昼に使われた食器などを片付け、夜の料理の仕込みをし準備をする。そして夜の開店を待つのだ。
一応昼の営業中にも皿は洗っているそうだが、やはり手が回らなくどんどん溜まっていくそうだ。それを何でも屋のクラハさんがいつも依頼を受け、手伝いに来るらしい。
今日は二人で行う訳だから、恐らくいつもよりも早くに終了出来るのでは、と思っていた。
思っていたのよ。私は……。
日本にいたときに飲食店でバイトをしていたことがあるため、そこそこ皿洗いは得意だった。
綺麗に素早く! これ、モットー!
ふっふっふ、何て綺麗! 自画自賛!
周りの料理人たちが驚くくらいには素早く綺麗に仕上げたわよ! さて、クラハさんは……、と、芋の皮むきをしている場所へと向かった。そこで呆然……。
「え、何やってるんですか?」
「え? 芋の皮むきだけど……」
「遅っ!!あ、すいません」
思わず本音が……、慌てて口を押さえた。
私が大量の皿洗いを終えて目にしたものは、僅かに五個ばかりの皮の剥かれた芋。しかも剥き残しのある芋たち……。横にはまだまだ山盛りの芋たちも……。よよよ、芋ちゃん可哀想に……、何て馬鹿なことを言っている場合ではない。
「何やってるんですかー!! 何でこれだけしか進んでないの!? しかも皮残ってるし!!」
「えー、だって上手く剥けないんだもん」
「だもん、じゃないですよ! 可愛く言っても無駄!」
アハハとクラハさんは呑気に笑った。周りの料理人たちも呆れているが、特に咎めるでもないところを見ると、恐らくいつもこんな調子なんだろうな。これ、夜の仕込み間に合うの?
「もう、ちょっと貸してください」
「え、あ、うん」
クラハさんから包丁を受け取り、するすると芋を向き始めた。するとクラハさんだけでなく、他の料理人からも感嘆の声が上がる。いやいや、ただの芋の皮むき……。
「へぇ! ヒナタ、上手いんだね!」
「これくらいは普通ですよ。それよりもクラハさんはその皮が残った芋をちゃんと綺麗に剥いてくださいね!」
「は、はい」
クラハさんは渋々ながらも剥き残しのある芋を再び剥き始めた。
大量の芋の皮むきは結構疲れたが、最後の一個を剥き終えると達成感が!
周りからも何故か拍手が起こる。それが何だか可笑しくてクスッと笑った。
「いやぁ、お疲れさん! クラハくんよりもとても上手いね! 皿洗いも芋の皮むきも完璧だよ、ありがとう」
トーマスさんが労ってくれた。まあそこそこ皿洗いは自信があるくらいには綺麗に仕上げた。でも皮むきは至って普通だと思う。それなのにこれだけ褒めてくれるということは、普段クラハさん、どんだけ酷かったんだ、とチラッとクラハさんを見る。
クラハさんは笑いながら「ですね~」とか呑気なことを言っている。何か最初の印象からどんどん崩れて行く~! 最初イケメンだと思ってたのに! 何だか残念なイケメンにしか見えない……、がっくり。
「ヒナタのおかげでまた助かっちゃったね! ありがとう!」
「え、あ、いえ」
うん、良い人は良い人なのよね。それで良いか……、フフ。
「いやぁ、本当にこんな綺麗に素早く仕上げてくれる人、うちにも中々いないよ。どうだい、ヒナタくん、うちで働かないかい?」
「え?」
トーマスさんはダンディな顔をグイッと近付け、真っ直ぐ見詰めるとニッと笑って言った。
「え、あ、あの……」
「何でも屋よりも給料は良いと思うよ?」
「トーマスさん、それは言わないでくださいよぉ」
クラハさんが苦笑した。確かにこんな高級レストランならお給料もそれなりに良さそうよねぇ。うーん。
「ヒナタ……、まあヒナタが望むなら俺は止められないけどね……」
クラハさんは少し寂しそうに笑った。えー、これ、今決めないといけない感じ? そんな即決しないといけないの!? うーん。
悩んでいるとトーマスさんは顔を覗き込んできた。
「どうする?」
ダンディな渋い声で囁かれドキリとするが……、いや、ちょっとそんな急に決められない。
そうたじろいでいると急にラズの声が聞こえ、トーマスさんの背後に宙を舞ったラズが……、え!?
トーマスさんの背中に思い切り蹴りを入れた。
「は!?」
ラズはどこからから思い切りジャンプし、トーマスさんの背中に蹴りを入れ、見事綺麗に着地した。
トーマスさんは一瞬何が起こったのか理解出来ず、物凄く変な顔になっていた。
「な、何やってんのよ! ラズ!! す、すいません! すいません!」
ラズを抱き抱え、トーマスさんに頭を下げる。トーマスさんはそれを見て、何が起こったのか理解したらしく、ハハハと苦笑していた。
「すいません! 私、このまま何でも屋続けます!! またお手伝いで呼んでください!!」
そう言うと脱兎の如き速さでラズを抱え厨房から逃げ出した。
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