第十五話 何でも屋は大変だった
昨夜はひとしきり笑わせてもらった。
泣きながらおにぎりを貪り食うラズは食べ終わると、ビシッと姿勢を正し、ペコリと頭を下げ『ごちそうさまでした』と、馬鹿丁寧に言った。
今まで笑いを堪えていたのに、最後にその姿のせいで盛大に吹き出してしまったのだった。
まあ案の定ラズは拗ねたよね。しかしおにぎりが余程嬉しかったのか、その日はすぐに機嫌が直っていた。
昨夜はそんなラズが面白く、大笑いしながらラズを撫で回した後お風呂に入り就寝した。
翌朝、余分にもらっていたおにぎりを朝食にし、食べ終わると意気揚々とバイト先である「何でも屋」に向かう。
何でも屋は役所から少し離れているところにあった。
「少し遠いのが難点よね」
『まあどうせ住むところは探さないといけないから、便利の良いところを探すしかないだろうな。役所は街の入口付近だし』
この街は城まで続く大通りに多くの店が並ぶが、それ以外にも大通りから外れた道にたくさんの店がある。
大通りを真ん中、城を起点に扇状に街が広がっている。それに合わせて放射線状に道があり、さらに編み目状にも道が繋がる。
かなり入り組んでいるため、初めての人間は必ず迷う。
私もラズがいなければ目的地に辿り着けないのでは、と思う。
「住むところかぁ、仕事が落ち着いたら部屋も探さないといけないのよねぇ。ラズはどこか良いところ知ってる?」
『うーん、宿は知っているが居住のための部屋はよく知らんな』
「そっか……、うーん」
ふむ、と考えながら歩くが、やはり遠い。今すぐにでも引っ越したい気分だな、と思いながら歩く。
役所は大通りの一番端、街への入口付近、クラハさんの何でも屋は城近くまで行った先の中央広場付近。目測だが記憶と合わせると電車で一駅か二駅か、くらいの距離はありそうな……、そら遠いわ、と半ば苦笑する。
中央広場は城門前に半円を描いたように広がる広場。街の中心にある訳ではないが、街の形状が起点となる城から広がるために中央広場と名付けられているそうだ。
城の背後は山で囲まれ、その内の一つの山がカナル山。
そして城と王都の両脇を守るように、貴族区があり、さらにその内側に居住区が広がる。
その居住区から大通りまでの間が商業区のようだ。
歩きながらラズが一通りの説明をしてくれた。
「うーん、分かったような分からないような……、地図が欲しくなるわね」
苦笑した。
『まあすぐに覚えるのは難しいかもな。でも道は単純だから一度覚えてしまえば楽だぞ』
そうラズに励まされながら、道を覚えるように通りが出てくる度に周りを見渡し景色を覚える。
そうこうしている間にようやく中央広場にたどり着いた。クラハさんの店はその中央広場から道を一本ずらし奥へ少しだけ入った場所にある。
遠回りにはなるが、一度中央広場まで出てから店へ向かう。変に途中の道に入ると分からなくなりそうだしね。
ようやくたどり着くと、店の扉を開け中へと入った。
「クラハさん、おはようございます」
すでにカウンターにいたクラハさんはこちらに振り向くと、ニッと笑った。
「おはよう! 迷わなかった?」
「ハハ、何とか」
迷うことが前提のような口振りに少し笑ってしまった。
「さてと、今日から働いてもらう訳だが、基本的には一日中出ずっぱりだね。前もって予約してくれている人はその日に仕事に行くけど、それ以外は道端で急に頼まれることも多々ある」
「急に……」
「うん、だから大変なんだ」
アハハ、とクラハさんは笑う。呑気だな。
「仕事してる最中に見かけた人が次にうちに来てくれ、とかもあるし」
「はぁ……、それってその時に支払ってもらうんですか?」
「ん? あぁ、えーっと、そうかな? そうだよな、うん、その時前払いだったり、後払いだったり、忙しいときは別の日に払ってもらったり、かな」
「それ……」
「ん?」
かなりいい加減だな。未払いとかめちゃありそう……。イケメンなのに何か残念な人だな。それとも異世界そういうもん!? 色々ゆるいのかしら? 私が細かいだけ!?
うーん、分からん。とりあえずやってみるしかないよね。
「とりあえず今日は同行させてもらったら良いですか?」
「そうだね! 色々仕事を見て覚えてくれるかい?」
「はーい」
よし、改善出来そうなところがないか考えてみよう。私って真面目〜! なんて、呑気に考えていた。
しかし仕事を始めるとそんな改善など考えている余裕がないくらい忙しかった。
まず最初の依頼へ、と向かったのは荷物運びの手伝いだった。引っ越し荷物か! ってくらい大量のしかも大きな嵩張る荷物ばかり運ぶはめに。
女性だからと気を遣われたが、それは意地でも頑張って手伝った。
やたら重い理由は家具の販売だと聞かされた。名の知れた職人らしく、椅子やテーブル等を辺境地のお貴族様へ送るために、荷馬車へと積み込んでいたのだった。
朝一から疲労でぐったりしたにも関わらず、次は洗濯屋。この世界には洗濯機はない。水道はあるため、大きなタライに水を入れ、そこでジャブジャブと……、昔の映画とかで見たことあるよね。
これまた結構な力仕事。服を洗うのはまだしも、シーツ等の巨大なものは基本的に洗濯屋に出すらしい。自分で洗うの大変だもんね。
それをゴシゴシ踏み踏みジャブジャブ洗う、洗う、洗う、絞る、絞る、絞る…………、これだけでかなり疲れる!
横ではラズが呑気にシャボン玉に猫パンチして遊んでるし。いやぁ、癒され…………、癒されんわ!! 呑気なラズにイラッとするわ!!
「つ、疲れた…………」
ひとしきり洗い切り、ぐったりしていると、クラハさんがお昼のサンドイッチらしきものと飲み物を持って来てくれた。
「ハハ、お疲れさん、大丈夫?」
イケメンの笑顔でも癒されない。さすがに疲れたよ。
「まだあるんですよね?」
「そうだね、今入ってるのは、後三件程かな」
「さ、三件……」
溜め息が出るが、でも頑張らないとね! 今までデスクワークばっかりだったからよ! 体力がないのよ! きっと続けてたら慣れてくるはず!
「とりあえずお昼はゆっくり食べてて良いから、しっかり休憩して」
「はい」
洗濯物が干された横の大きな樹の木陰で、樹に寄りかかりながらサンドイッチを食べる。
『お疲れ、どうだ?』
「どうとは?」
『ん? いや、仕事としてやっていけそうか?』
ラズがサンドイッチを頬張りながら聞いてきた。
「うーん、まだなんとも。しんどいけど、色々出来るのは楽しいかな……」
『楽しいなら良かったな』
「…………」
『な、何だよ』
心配をしてくれてるのだろうけど、何にもしないで横で遊んでられると腹立つのよねぇ。
仕方ないんだけどさ。だから言わないけどさ。
ちょいちょいとラズに向かっておいでおいでをする。
『? 何だ?』
ラズはサンドイッチを食べ終わると近付いて、私の膝に前脚を置いた。
そのラズを勢い良く抱き上げると、樹に凭れ思い切り抱き締めた。
「はぁぁあ、もふもふで癒やして〜」
『ぐぇっ』
逃げられないように思い切り抱き締めたもんだから、ラズが変な声を上げたが無視。
思い切りスリスリ癒される。スリスリスリスリしているとクラハさんが戻って来て苦笑した。
「元気取り戻せた? 次行くよ」
「はーい」
抱き潰したままぐんにゃりするラズを抱え立ち上がる。
「次はここだ……、俺はちょっと苦手で……、出来ればヒナタ頼むよ……」
そう言いながら苦笑するクラハさん。
「え? 頼むよ、って……」
な、何の仕事なの? 何か怖いんだけど!
居住区にある、マンションのように何軒かの部屋がある二階建ての石造りの建物。その一室へと入っていくクラハさん。その後に続くと、甲高い叫び声が聞こえ、何事!? と思ったが、それよりも腕の中のラズが明らかに身体を強張らせ固まっていた。
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後書きです
明日から朝昼晩と3回更新します
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