第十四話 何でも屋は正しく何でも屋だった
扉を叩き中へと入ると、あまり広くもないそのフロアはカウンターがあるだけだった。
カウンターの奥に続く扉から一人の男性が出て来た。
「いらっしゃい、仕事のご依頼ですか?」
三十代くらいかしら? 深緑色の綺麗な短髪に、キラキラとした金色の瞳が目を奪う。ほぉ、見事な異世界人!
街の人たちも色とりどりの髪色だが、あまりまじまじと見ることはないからなぁ、と、思わずその髪色と瞳色を見詰めてしまう。
しかもイケメン! 漫画にでも出てきそうなイケメンなのよね。凄いわ、異世界人! 基本的に整った顔の人が多いわね。
「あの?」
あまりにじろじろと見過ぎた! 男性がたじろいでいるわ! しまった!
「あ、すいません! 私、コタロウさんからの紹介でこちらにお邪魔したのですが」
そう言いながらコタロウさんに書いてもらった手紙を差し出した。
男性はそれを受け取ると手紙を開き中を確認する。
しばらく無言で読んでいると、おもむろに顔を上げた。
「君、日本人なんだね。コタロウさんからの手紙ではここでしばらく働かせてくれないか、ってことだけど……」
「はい! まだ何をすれば良いか全く分からずで……、それなら色々仕事をしてみたらどうか、と、コタロウが言ってくれまして……」
男性はふむ、と考え込んだ。
駄目なのかしら……、断られたらどうしよう。自分で探すしかないのよね。うーん。
「うちは「何でも屋」だよ? 本当に何でも仕事として受けるんだよ? もちろん俺の判断で受けない仕事もあるにはあるが、基本的には何でも受けるのがうちのモットーだから」
真面目な顔で男性は話す。
「女性には辛いかもしれない力仕事もあるし、汚れたりする仕事もあるよ? それでも大丈夫?」
確かに何でもこなすということは、そういうこともあるだろう。しかしそこを嫌がっていては、この異世界を知ることは出来ないし、馴染めない気がする。
私はこの異世界を知り尽くしたいのよ! そして何としても日本に帰る! それが今の目標なのよ!
手を握り締めメラメラと燃え上がる!! って訳ではないけど、その意気込みでいくわよ!
「大丈夫です! 頑張ります!」
男性はそのやる気に目を見開き驚いた顔になった。
「ハハ、やる気満々だな。分かった。じゃあうちで雇おう」
「ありがとうございます!」
「俺はクラハ、二十九歳だ。一人でこの店をやってるから、正直助かるよ」
「ヒナタです、よろしくお願いします!」
クラハさんは片手を差し出し握手をした。二十九歳か……、思ってたより若かった……、異世界人、年齢謎だな。
「今日は特に仕事入ってないんだ。今日大体の説明をしちゃうよ」
そう言うと、クラハさんはカウンターの奥へと促した。
奥には倉庫のような部屋があり、様々な道具が置いてある。
「これは仕事で使うものばかりかな。必要ない場合も多いけどね」
そう言いながら隣の部屋に入ると、そこは日本でいう居間のような部屋だった。
「畳……」
「あぁ、俺の趣味」
そう言いながらクラハさんは笑った。畳とちゃぶ台……、ザ! 日本! いや、今どきこんな畳とちゃぶ台なんて日本でも中々見かけないわよ!
「タタミって落ち着くよなぁ」
クラハさんは笑いながら畳に腰を下ろし、おいでおいでと手招きする。
おずおずと靴を脱ぎクナガさんの向かいに座る。ラズは膝の上で丸まった。
「とりあえずうちの仕事は頼まれたことを何でも、だが、基本的には手伝いが多いな」
「手伝い……」
「あぁ。掃除をしてくれ、買い物をしてきてくれ、荷物を運んでくれ、料理を作ってくれ、店番をしてくれ……、とかが多いな」
「ちょっと変わったのでは子守をしてくれ、とか、氷の切り出しを手伝ってくれ、とか……、子守は苦手だったからめちゃくちゃ苦労したな」
アハハ、とクラハさんは笑うが、子守よりも……、
「氷の切り出しというのは?」
「ん? あぁ、それは大変だぞー」
クラハさんの話では王都から少し離れたカナル山という山の中腹で湖に張った氷を切り取って持って来る、という仕事。
前にラズが言ってたやつね。それは確かに大変そう……、でもちょっと気になるわね。
「それはかなりの力仕事だからなぁ、ヒナタには無理だと思う」
興味津々だったのがバレたのか、クラハさんは苦笑しながら言った。
「無理ですか。では機会があればということで!」
「ブフッ、ヒナタは面白いな。普通女の子は嫌がりそうなのに」
「そうですか? 私、この世界を色々知りたいので!」
やる気満々にそう宣言すると、クラハさんはさらに吹き出していた。
「あー、まあ、慣れてきたらな。とりあえず明日から店番がてら来てくれ」
「はい!」
ひとしきり色々話を聞き終わると、クラハさんに挨拶をし、「何でも屋」を後にした。
明日からついに仕事だわ! ドキドキするわね!
外に出るとすっかり薄暗く夜になりつつあった。
「晩ごはん何を食べて帰る?」
ラズに聞くと、ラズはなぜかビクッとした。
『あ、俺は今日良い。先に帰ってるから、ヒナタは食べて帰って来いよ』
「え……」
そう言うとラズは軽やかに駆け出し、人混みに消えた。
「え?」
何だ? 急にどうしたのかしら。今までご飯に対してはやたらうるさかったのに。急にご飯いらないだなんて! ラズじゃないみたい。何なのかしら。うーん……。分からん。
呆然としてしまい考え込んだが、分からないものは分からない。
「ま、いっか。「向日葵」で食べて帰ろうっと」
キミカさんのお店で食べて帰ることにした。
ラズは人混みをすり抜け急いでヒナタの部屋に戻る。しかし鍵が掛かり中に入れない。
『んがー! 鍵! そりゃそうだよな……』
がくりとし、項垂れたが、そういえばとおもむろに顔を上げ再び外へと向かった。
そして違う家々の屋根を伝い、ヒナタの部屋の窓へ。
窓にガチャガチャと爪を掛けると窓が開いた。
『よし、やっぱり開いてた』
不用心だな、と思いながらも、今回だけは鍵が掛かっていないことに感謝する。
するりと部屋の中へと入り込むと、すっかり日が暮れた空から月明かりが差し込んだ。
『あ、危なかった……』
月明かりを浴びたラズは見る見るうちに人間の男へと变化した。
窓の前に立ち尽くし、スラリと長い手足を眺め、顔を触る。
「あぁ…………、もう! めんどくせー!!」
頭をガシガシと掻きむしり、深い溜め息を吐いた。
「月明かりを浴びると戻るんだよなぁ……くそっ。毎回晴れた夜は食いっぱぐれるじゃないか!」
しばらく窓で項垂れていたが、どうしようもない。諦めた様子でベッドに横たわる。
「腹減った……」
空腹のあまりいつの間にやら眠っていたようで、相変わらず人間の姿で月明かりを浴びていたが、ガチャガチャと扉の鍵の音がし、慌てるとベッドから落ちた。
「いって……」
そんなことを言っている場合ではない! ラズは慌てふためき、月明かりから外れた場所へ向かう。
月明かりから外れると再びするすると猫の姿へと戻る。
それと同時に扉が開いた。
「ラズ大丈夫? 何か凄い音がしたけど」
『ん? あぁ、いや、大丈夫』
慌てて取り繕いラズはベッドから落ち、打ち付けた身体を撫でた。
「ふーん? 何かよく分からないけど、はい」
『? 何だ?』
差し出された袋を眺め、ラズは首を傾げた。
「お腹空いてるでしょ? キミカさんに特別におにぎり作ってもらったから食べなよ」
『!!』
ラズは泣きそうになりながらおにぎりにがっついた。
いや、泣いていた。
『おにぎり最高だー!!』
そんなラズの姿にヒナタは笑いを堪えるのだった。
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