第十三話 噂の人物に噂をされていた

「日本人が流されて来たの!?」

「え、えぇ、つい最近らしいですわよ。お父様がその方を城に召喚される日取りを確認しているとか」

「そ、そうなんだ、ありがとう、エル! 父上に会って来る!」

「え、お兄様!」


 アルティスが駆け出そうとしたときに、研究所内に何人か人が戻って来た。


「わ! あぁ、アルティス殿下、どうされたのですか?」


 危うくぶつかりそうになっていたアルティスにエルフィーネは苦笑していた。


「あぁ、ごめん、リュウノスケ殿」


 リュウノスケは四年前に日本から流されて来た日本人。短いサラサラとした黒髪にスラリと背が高く切れ長で涼し気な目元。

 日本から流されて来てすぐに城の研究所で働き出した強者だ。

 よく研究所に入り浸っているアルティスとは顔見知りだった。


「何やら急がれていたようですが……」

「あ! リュウノスケ殿はご存知ですか!? また新たに日本人の方が流されて来たとか!」

「あぁ、その話ですか、えぇ、聞きました」

「リュウノスケ殿もご存知なのですね、何故僕だけ何も聞かされていないんだ」


 アルティスは拗ねたような顔をし、リュウノスケ、それに他の研究員たちは苦笑した。アルティス以外の人間はなぜアルティスだけが知らされていないかの理由が大体分かっていたからだ。


 アルティスは幼い頃より研究が大好きで、何かにのめり込むと周りが見えない程だ。そして今最ものめり込んでいることが、「日本について」だった。


 日本について何か新たなことを知ると、目の色を変えて調べまくり、他の人間の声が耳に入らなくなり、下手をすると食事をすることすら忘れてのめり込む。


 調べるためには王都へ出歩いたり、城の中でもあちこち徘徊したり、研究所から一切出てこなかったり、と、側仕えたちをほとほと困らせている。


 そんなアルティスに父王は頭を抱えていた。将来は父の後を継いでこの国の王にならねばならない立場なのに、本人にその自覚があるのかないのか。

 公務に対してはまだきちんと行い、空き時間を見付けて研究をしている。だから研究をするな、とも言えず、のめり込むのを見て見ぬ振りをしていた。


 だからこそ出来る限り日本のことで何か発見があったにしても、あえてアルティスに知らされることはなかった。目の色が変わることが分かっているからだ。


 今回新たに流されて来た日本人の話は、久しぶりに大きな話題となったため、エルフィーネの耳にも入った。エルフィーネはアルティスに対して皆があえてその話題を口にしないことを知らなかった。命令が下されたり箝口令が敷かれた訳ではないからだ。

 皆が誰に言われるでもなく、アルティスに知られないように、と、慮った結果だった。


 そのため何も知らないエルフィーネからアルティスに伝わることになってしまったのだ。


「全く、何で僕だけ」


 アルティスはブツブツ言いながらも、ハッとし急いで研究所から飛び出した。


「リュウノスケ殿、また後で!」


 勢い良く走り出したアルティスを苦笑しながら見送るエルフィーネとリュウノスケだった。



 アルティスは父王がいるであろう執務室を目指し走った。執務室までは研究所からそれなりに離れているため、行く先々で人にぶつかりそうになりながら先を急ぐ。


 少し息を切らしながら父王の執務室の前へと到着すると、扉の前に立つ近衛騎士から不審げな目で見られ慌てて息を整え扉を叩く。


「父上、アルティスです。少しお聞きしたいことがあるのですが!」


 すると、扉が開かれ宰相が顔を出した。


「これはアルティス殿下、どうなされたのですか? そんなに息を切らされて」

「あ、いえ、これは慌てただけで……」


 汗を拭う仕草をすると宰相は苦笑し部屋へと招き入れた。


「陛下、アルティス殿下がいらしております」


 宰相が声を掛けると部屋の奥、大きな机に向かって書類仕事をしていたのであろう、王が顔を上げた。


「アルティスか、何用だ?」

「あ、父上、お忙しいところを突然申し訳ありません。少しお聞きしたいことが……」


 王は小さく溜め息を吐くと持っていたペンを机に置いて机の上で手を組んだ。


「何だ? 言ってみろ」

「ありがとうございます! あの! つい最近、また日本人の方が流されて来たとか!」

「あぁ、そうだな。それで?」


 やはりそのことか、とばかりに王は溜め息を吐いた。だからと言って何なのだ、王は呆れていた。


「それで? …………、いえ、なぜ私には教えてくださらないのですか!?」

「お前に教える必要がないからだな」

「そ、そんな……」


 あまりにキッパリと言い切られ、アルティスは項垂れた。父王がこれだけ言い切るときは、何をどう反論しても勝てることはない。


「話はそれだけか? ならば、下がりなさい」

「え! あ、いや……」


 何か少しでも情報を、と、アルティスは必死に考えを巡らせる。


「えっと、あの…………、そうだ! その日本人の方を城に召喚されるのはいつ頃ですか!?」

「まだ先だな。一ヶ月程は先になるだろう」

「一ヶ月!? そんなに先なのですか!? なぜなのですか!?」


 一ヶ月も経ってから、城にわざわざ呼び出す理由がアルティスには分からなかった。呼び出すのならば今すぐにでも良いのではないのか。


「お前にもいずれ分かる」


 アルティスの疑問に気付いた王は再び溜め息を吐くとそう呟いた。


「さあ、話は終わりだ。下がりなさい」


 アルティスは何の収穫もなく、肩を落としながら研究所までトボトボと歩いて帰るのだった……。


 もう研究所へ着く、というときに誰かが声を掛けてきた。


「あ、アルティス様!」


 背はアルティスよりも頭一つ分程低いがスラリとした身体付きに紺色のワンピースを着ていた。藍色の髪に薄茶色の瞳、アルティスの父たちと同じくらいの世代の女性だった。


「また研究所ですか? いい加減になさいませ」

「え、あ、ターナ……」


 ターナと呼ばれたその女性はアルティスとエルフィーネの乳母。生まれたときからずっとこのターナに育てられているため、アルティスにしてみたら実の母よりも頭が上がらない。


 実の母、王妃はとても優しいが、ターナは教育係も兼ねているためとても厳しい。厳しい中にも優しさがあるため、アルティスもエルフィーネもターナには絶大な信頼を寄せているのだが。


「いつまでも研究ばかりにかまけてないで、しっかりと陛下の後を継ぐために勉強しなければ」


 くどくどと説教が始まってしまった……。反論すると倍に言い返されて酷い目に合うので、黙って説教を聞いていた。

 ひとしきり説教を聞いていたのだが、ふとターナがおもむろに話を変える。


「そういえば、アルティス様、うちの馬鹿息子を知らないですか? 最近見かけないのですが?」

「え? い、いや、知らない……」

「そうですか……、全くどこに行ったんだか」


 ターナはブツブツとそう言って、研究は程々に! と釘を刺し去って行った。

 どうやら息子を探している途中で遭遇したようだ。助かった、とばかりにアルティスは胸を撫で下ろし、周りをキョロっと見回すと、大きく溜め息を吐くのだった。





「さてと〜、コタロウさんが紹介してくれたところってここよね?」


 コタロウさんがくれた場所を書いたメモに目をやりながらラズに聞いた。


『あぁ、住所はあってるはずだな』


 ふむ、外観を見ても何屋か分からないな。石造りの建物で西洋っぽいな、としか分からない。

 看板が上がっていたが、こちらの言葉で書かれていて分からない。うーん、言葉と字を勉強しないとな。日本語が通じるからと甘えてたら駄目ね。


『これは何でも屋だな』

「何でも屋?」

『あぁ、頼まれた仕事なら何でもこなす「何でも屋」』


 何でも屋か、何か面白そうだな。うん、ちょっとワクワクしてきた!

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