第十六話 幼児にも容赦ないラズだった
ドタドタドタ!! と凄い音をさせこちらに走ってくる小さい物体。突進というべきか。
クラハさんはサッとそれを避けた。
「え!?」
突然目の前にいたクラハさんが横に避け、その小さな物体は思い切り私に激突した。
「うぐっ」
両脚を拘束され踏ん張りが効かず、思わず倒れそうになりラズを落とした。
ラズはするりと綺麗に着地したが、それと同時に私の両脚を拘束していた物体が悲鳴にも近い声を上げた。
「あー! ねこ!!」
よくよく見ると小さい人間。いや、よくよく見なくても人間なのは分かってたけど。あ、子供ね。
何歳くらいだろう。幼稚園くらいかな? 四歳くらい? 五歳くらい? 深紅の髪に金色の瞳! 綺麗だわぁ、さすが異世界人! いや、感心している場合じゃないか。
ラズは明らかに固まり、その子供を睨み後退る。
クラハさんは……、激突から逃げたのね……。ちょっと痛かったし。
クラハさんをじとっと見詰めると、その視線に気付いたクラハさんは苦笑した。
「アハハ、ごめん、避けちゃった」
「可愛く言っても駄目です」
「ヒナタ、厳しいなぁ」
笑いながらクラハさんはごめんごめんと言い、そしてその子の頭を撫でた。
ラズは子供と睨み合ったままだが、じりじりと間合いを詰められている。助けろ! とばかりにラズがチラチラこちらを見ているが……、猫と幼児の睨み合い……、ちょっと笑える光景で思わず眺めてしまっていた。
「今日はクラハさんだけじゃないのね」
突然聞こえた声にそちらを向こうとすると、ラズも思わずそちらを向き幼児から目を逸らす。
その瞬間幼児はニヤリと……は、しないが、勢い良くラズを鷲掴みにした。
『ンギャー!! ニャーニャー!!』
前脚と尻尾を鷲掴みにされたラズは暴れまくっている。しかしそこはまあ冷静な? ラズは幼児を引っ掻いたり、噛み付いたりはしない。
まあそのせいで余計に幼児から鷲掴みにされてるんだけど。
「こら! ロノア! 苛めちゃ駄目でしょ!」
声を掛けてきた女性、恐らくロノアと呼ばれた子のお母さんよね。ラズを鷲掴みにしていることを叱った。
そしてロノアを抱き上げラズに「ごめんね」と撫でると立ち上がりこちらに向き直る。
ロノアを抱き抱えた女性はロノアと同じ深紅の髪に金色の瞳。綺麗な長い髪を後ろに一つに束ね、丈の長いスカートにエプロンといった出で立ちだった。
「この猫ちゃん、貴女のところの? ごめんなさいね、うちの子が」
女性は丁寧に謝ってくれた。
ラズはブルブルと身体を震わせ、私の後ろに隠れつつ顔だけ覗かせて見せた。
「いえ、小さい子はそんなもんでしょう」
アハハ、と笑っているとラズが『おい!』と小さな声で言いながら、私の脚を猫パンチした。
「アルミリアさん、こんにちは。今日は新人も一緒に良いですか? 彼女はヒナタです」
「よろしくお願いします、ヒナタです」
クラハさんが紹介をしてくれた。アルミリアさんはニコリと笑う。
「もちろん」
ここでの仕事は所謂「子守」。ロノアと呼ばれた男の子を二時間程見ていて欲しい、という依頼だ。
その間にアルミリアさんは所用があり出かけなければならないらしく、ロノアを一緒には連れて行けないそうだ。
そこで何でも屋のクラハさんがいつも子守の依頼を受けているらしい。
「今日は我々二人で見ていますので、ご安心を」
「ありがとう、じゃあいつものようにお願いしますね、行ってきます。ロノア、良い子にね」
アルミリアさんはロノアの額にキスをすると、エプロンを外し出かけて行った。
ロノアも慣れたもので、アルミリアさんに向かってバイバイと手を振り、寂しそうでも泣くでもなく、至って普通だった。
「偉いね~! お母さんいなくても平気なんだね」
ロノアの前にしゃがみ込み頭を撫でた。金色の瞳がキラキラと綺麗だわ。
「ぼく、えらい?」
ロノアは首を傾げキョトンとしていた。か、可愛いわ。何この可愛い生き物。ほっぺもぷにぷにだし、仕草も可愛いし、深紅の髪と金色の瞳が人形みたいだし。
思わずほっぺを指でつんつんしてしまった。それでもロノアは嫌がるでもなく、ニコーっと笑った。
「か、可愛い……」
思わず口に出るとクラハさんが笑った。
「アハハ、ヒナタは相性良さそうだね」
「え?」
ん? 相性?
「相性とは?」
「え、あー、うん、一緒に過ごしていたら分かると思うけど……、俺はちょっと苦手でね。その……、嫌われてるというか何というか……アハハ」
クラハさんは頭を掻きながら苦笑した。
嫌われている……、この子が? こんな可愛い子がクラハさんを嫌ってるの? 信じられないけど……、クラハさんが嘘つく必要もないしね……、まあ様子を見てみるか。
と、思っていたが、その理由はすぐに分かった。
さすが男の子、まあ暴れ回ること。甲高い声で叫びながらおもちゃは投げるわ、走り回るわ、ラズはいたずらされるわ……、こりゃ大変だわ。
その度にクラハさんは叱るが言うことを聞かない。泣き出す。
うーん、これは完全に舐められているのでは……。
クラハさんに叱られると私の方へ駆け寄り抱き付いてくる。それを受け止めるとロノアは私にしがみつきスリスリと甘える。
『おい! それやめさせろ!』
ラズが小声で怒りを込めた声で言った。
「え? それって?」
『甘やかすな! それに抱き付いて、む、胸に顔埋めてるだろうが!』
「は?」
え? 胸? うん、確かに胸に顔埋めてぐりぐりされてるね。え、でもこんな幼児相手に……。
「ブフッ、ラ、ラズ、何か心配してくれてるみたいだけど、こんな小さい子相手に何言ってんの」
『子供だろうが何だろうが「男」なんだよ!』
ラズがシャー!! っと背中を丸めながら怒っている。うーん、これは本気で怒ってるのかしら。
子供だろうが「男」ねぇ……、そうなのかな……、こんな可愛いのに。でもまあこれだけ暴れ回るのはよくないわよね。クラハさんが叱っているのに私が甘やかしてはいけないだろう。
「ロノア、おもちゃを投げたりは駄目だよ。危ないでしょ? 家の中で走り回るのもよくないよ? ラズにいたずらするのも駄目、もっと動物には優しくしてあげないと」
ロノアはそう言うとムッとしながらもしゅんと項垂れた。
クラハさんはやれやれといった顔で溜め息を吐きながら同じく側にしゃがむ。
「さっきまで見てて分かったと思うけど、いつも俺だけだとあんな調子なんだ。一応怪我とかはないし、少しの間だけだから何とかなったんだけど、毎回これだから、ちょっと苦手意識あったんだよね」
クラハさんは苦笑する。確かに毎回これでは辟易しそうね。うーん、この有り余る体力何とかならないもんかしらね。
「外に遊びに行くのは駄目なんですか?」
「ん? 外?」
「はい、外で元気に走り回れば、家の中でおもちゃ投げたり走り回ったりで叱られることもないし、気分も爽快になって満足するんじゃ」
「なるほどね!」
それは考えたことがなかった、とクラハさんは目を輝かせた。
「よし! 中央広場で遊ぼうか!」
その言葉にロノアはハッと顔を上げた。
「いいの?」
「アルミリアさんには全て任せると言われているから大丈夫だよ」
クラハさんはロノアの頭を撫でた。ロノアは満面の笑みになり目を輝かせる。
「じゃあ行こうか!」
ウキウキのロノアと手を繋ぎ、クラハさんは預かっていた家の鍵を掛け、全員で中央広場へと向かった。
ロノアの手がぷくぷくで気持ち良いわぁ、とむにむにしながら歩いていたのは内緒。
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