第十一話 日本人には見えなかった
コタロウさんは店の奥に案内してくれ、椅子を用意してくれた。そこに座り落ち着いて話をする。ラズは膝の上で丸まっている。もちろんなでなでしながらね。癒される……。
「あー、まずは自己紹介しとくか、名前はコタロウって聞いたんだよな? 俺は二十年前の二十五のときにこの世界に流されて来た。今は四十五だ!」
二十五歳から二十年。四十五歳、日本でなら働き盛りの年齢の人よね。でもコタロウさんは見た目が凄く若いな。短髪で色黒、筋肉隆々。日本人に見えない……。
「お若いですね」
「そうか!? まあよく言われる!」
ワッハッハ!! と豪快に笑う様も日本人には全く見えない。
「まあ俺もこの世界に流されて来たときは毎日残業ばっかで過労死寸前で、ヒョロヒョロの青白い顔した貧弱な奴だったんだけどなー!」
「そうなんですか!?」
全くそんな風には見えない。
「ハハ、あぁ。でもこの世界に来てな、残業なくて仕事も好きな仕事に就いて、人生満喫してたらこんなんなった!」
「こんなんて」
やたらと明るいコタロウさんに釣られて笑ってしまった。
「俺さ、日本にいたときゲーム好きでさ、でも残業ばっかでゲーム出来なくなってて、こっちの世界に来たら、ゲームは出来ない代わりに、この剣! 見てくれよ、これ!」
コタロウさんは側にあった売り物だろうか、いかにもゲームに出てきそうな長剣を手にし、掲げて見せた。
「こんな剣を自分で作れるんだぜ? 凄くないか!? 俺、めちゃくちゃのめり込んでね、自分で店持つまでになっちまった。今じゃ、結構な有名店だぜ?」
笑いながらコタロウさんは言う。凄いな、自信満々でとても楽しそうだ。異世界に来て楽しい人もいるんだね。
「コタロウさんは帰りたいと思ったことはないんですか?」
「ん? あー、まあたまに帰りたくもなるが、あっちに自分の親もいるしな。でも帰る方法なんて分からんしなぁ、とりあえず日本にいるよりかは楽しいから俺は俺で満喫しているな」
「やっぱり帰る方法はないんですね……」
「お嬢ちゃん、帰りたいのか? まあそりゃ帰りたいか」
コタロウさんは苦笑した。
「あ、私、ヒナタです。今はやはり帰りたい気持ちのほうが強いです」
いつかはコタロウさんのようにこちらの世界を満喫するようになるかもしれないが、今はやはりラノベの続き!! それ大事!! ま、まあ親も心配しているだろうし……、決してついでではない!
「ヒナタちゃんか、よろしくな! 帰る方法なぁ、二十年いて聞いたことないしなぁ」
「そうですか……」
「ま、まあ元気出せ! いつかは帰る方法が発見されるかもしれないし!」
「はぁ……」
「あー、何か王子が日本を研究してるとか噂もあるから、いつかきっと発見されるって!」
「日本を研究?」
「あぁ、まあ噂程度だけどな。この国の王子が何やら変わり者らしく、色々研究に没頭してるんだと。で、最近は日本に興味を持ってるとか噂が流れてる」
「へー……」
日本を研究か……、確かにその研究が進めばもしかしたら帰る方法も見付けてくれるかも? いつもこちらの話に無関心なラズが珍しく膝の上でビクッとした。何だ? 何に反応したのかしら。
「昨日来たばかりってことは城にはまだ呼び出されてないんだよな?」
「えぇ」
キミカさんが言ってたやつだな。城に呼び出されて王様に色々聞かれるってやつ。
「その時にその王子にももしかしたら会うかもな。俺は会ったことないけど」
「そうですかぁ、何か聞けたら良いけど。そういえば日本人の方が城の研究所でも働いてるんですよね?」
「おー、聞いたか、そうそう。リュウノスケって大層な名前の奴だ。みんなリュウって呼んでる。きっと城に行ったときに会うと思うぞ」
聞けばリュウノスケさんは現在三十歳で四年前に流されて来たそうだ。城で色々なものを開発しているということだった。コンロを開発したのもリュウノスケさんらしい。凄いな……。
「とりあえず何を仕事とするかだ! まずはそれからだ。ヒナタちゃんは何の仕事をしたい?」
「うーん、仕事……、これといって特技もないですし……、何だろうなぁ」
日本にいたときは一応システムエンジニアだった。まだ入社して日も浅くペーペーだったため、任される仕事も少なく残業もあまりなかった。だから先輩たちほどには疲れ切っていた訳でもなく、仕事が辞めたくて仕方がないという程でもなかった。だからといってめちゃくちゃ好きな仕事か、と問われれば断言出来る程好きという訳でもないのだが。
だから正直言ってコタロウさんが羨ましい。これほど好きになれる仕事に就けるということが。異世界から日本に帰りたいとあまり思わないのも分かる気がする。
「じゃあ、とりあえずあちこちバイトしてみたらどうだ?」
「バイト?」
「あぁ、この街はデカいからバイトを募集している店は結構ある。色々仕事をしてみて、自分に合う仕事を見付けたら良いんじゃないか?」
「なるほど……」
色々経験してみるのも良いかもしれない。色々経験すると同時に色々この世界のことも知れるしね!
一石二鳥! うん、良い!
「そうですね! じゃあ、しばらくあちこちバイトをしてみます! それで自分に合った仕事を見付けてみます」
「よし! ならまず俺が紹介してやるよ!」
そう言ってコタロウさんは知り合いの店にバイトの紹介を手紙に書いてくれた。
「ありがとうございます! あ、そうだ、ちなみに何で桃なんですか?」
「ん? 看板のことか?」
「はい」
「あー、俺の名前がコタロウだろ? だから桃太郎みたいだからだ!」
アッハッハ! と笑いながらコタロウさんは言った。
よ、予想通り……まさか桃太郎じゃないよね、と思ってたら正解だった。
コタロウたがら桃太郎って……、浦島太郎だって、金太郎だってあるじゃん。合ってるのタロウだけだし……、と、苦笑しながらアハハと笑って誤魔化した。
ラズがシラーっとした顔で見てるし……。気持ちは分かるけど。
コタロウさんはまた遊びに来いと言って見送ってくれた。
「さてと、次はコタロウさんが紹介してくれたとこに行きたいとこだけど……」
『腹減った』
「だよね、言うと思った」
何だかんだキミカさんと話し、コタロウさんと話し、と過ごしていたらすっかり昼で、ラズに言われるでもなくお腹が空いた。
「とりあえずお昼ご飯食べようか」
『おう』
さっきまでのつまらなそうな態度と違い、ラズは張り切って歩き出した。私と一緒にいる理由、タダ飯狙いじゃあるまいな。ふむ、とラズの後ろ姿を眺めながら……、プリプリとお尻が可愛いわぁ……、ハッ! 何か可愛さに誤魔化されてる!? ムムム、やるな、ラズのくせに。
「どこで食べる?」
歩きながら聞いたが、明らかにどこかに目指しているような、迷いのない歩き。
『ここで!』
歩いていたと思ったら、ラズはおもむろにピタッと店の前で止まった。
決まってた訳ね……。
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