第十話 ちょっとお馬鹿だった

「ごめんなさいね、うちで雇ってあげられたら良かったんだけど、ちょうど新しい子を雇ったばかりなの」


 すまなそうにキミカさんは言うが、それは仕方がないことだし、確かにキミカさんの店で働けたら安心だけど……、そこはね、もっと色々見て回るのも楽しいかもしれないし!


「気にしないでください。色々探してみます。ちなみにキミカさんはどこに住んでるんですか?」

「私? 私はこの店の二階に住んでいるわ。この家屋ごと買い取ってお店にしたから」


 す、凄い。異世界で一軒家を買い、しかもお店を開くなんて。驚いた顔をしているとキミカさんがたじろいだ。


「大丈夫よ! ヒナタちゃんもすぐにこれくらい稼げるわよ」


 そう言いながらキミカさんは話を逸らすように、他にも細かいことを色々教えてくれた。

 電気はないが灯りは魔術具で灯すことが出来たり、この三年程でガスが使えるようになり、日本にあるようなガスコンロが開発され、格段に料理がしやすくなったとか、洗濯機がないため洗濯屋なるものが存在するやら……。他にも色々と教えてくれた。


「とりあえず仕事を探すためにもコタさんのところへ行ってみたらどうかしら」

「コタさん?」

「えぇ、コタロウさんて言ってね、その人も日本から流れて来た人なんだけど、私よりもずっと昔、もう二十年くらい前にこの世界に流れされて来たらしいの。だからこの世界のこと大体何でも知っているわ。多分色々助けてくれるはず」

「二十年前!? そ、そんな前に……」


 そんな昔からこの世界に流される人がいたんだな……、全然知らなかった。日本ではただの行方不明者扱いになるんだろうか。そんな昔からいる……、ということは帰る方法はない……、のかな。

 ちょっと気分が落ち込んでしまった。キミカさんがどうしたのか不思議そうな顔をしている。


「ちなみに日本に帰る方法なんてものは……」

「日本に?」

「はい……」

「…………、あったらみんな帰ってるだろうね」

「ですよね……」


 微妙な空気になってしまった……。お互い苦笑しながら、さらにキミカさんは寂しそうに笑った。


「帰れるものなら帰りたいよね……」

「キミカさん……」


 悲しそうな顔をさせてしまった! ど、どうしよう……、あわあわしていると、キミカさんはクスッと笑った。


「フフ、心配しないで、私は大丈夫だから。たまにね、ほんの少しだけね、切なくなることもあるけど……、私、向こうでやり残していることがあったから」


 だから少しだけそれを思うと切なくなるのだ、とキミカさんは寂しそうに笑う。それ以上は聞けなかった。聞いたら教えてくれたかもしれないが、それはキミカさんを辛くさせるだけのような気がして、聞くことは出来なかった。


「コタさんはね、私が流れて来たときにも色々教えてくれたの。この店を持つことが出来たのもコタさんのおかげ。だからヒナタちゃんも一度会ってくると良いわ」


 そう言って、コタさんことコタロウさんのいる場所を教えてもらった。コタロウさんはこの王都で鍛冶屋をしているらしい。鍛冶屋……刀とか作るやつかしら……。ちょっと面白そうだ、とワクワクしながらキミカさんにお礼をし店を後にした。


 そしてまた存在を忘れていたラズが慌てて付いて来た。


『おい! 俺を忘れるな!』

「いや、忘れてないし。ラズが存在感消しすぎなのよ」


 キミカさんと話している最中、ラズはずっと椅子の上で丸まって寝ていた。だからテーブルに隠れて完全に見えなくなっていたため、気付くはずがない! そう、普通は気付かない! 忘れるのも仕方ない! あ、忘れてたって認めてしまった。まあ良いか、脳内一人突っ込みはラズには聞こえないし。


『聞こえてるぞ!!』

「え?」

『ブツブツ独り言がデカいんだよ! 全部聞こえてたっつーの!!』

「アハ、バレたか」

『お前……』


 横をちょこまかと歩き付いて来るラズは「お前」と言いかけて止まった。私が言った「名前で呼んで欲しい」ということを気にしているのね。律儀だな。


「まあ、ごめん。話に夢中で普通に忘れてた」

『おま……うぐっ』

「ブフッ。フフ、ラズ、良いよ、無理しなくて、名前でも呼んでくれたら嬉しいけど、お前ってのも仕方ないから許してあげる」


 無理に「お前」発言を止めようとしてラズが明らかに会話が出来なくなっていて笑えた。それはそれで面白いが、会話に支障が出そうだしめんどくさい。なら、今まで通りで良い。


『う、あ、あぁ、すまん……』


 上から目線で許してあげる、とか言ったのに、それには全く気付いてないんだねぇ。フフ、そういうちょっと間抜けなところが可愛いじゃない。


「さてと、コタロウさんのところへレッツゴー!」



 街を眺めながら歩いているともうほとんどの店が開いていた。

 コタロウさんの店はキミカさんの店から少し離れたところだった。王都としてかなりの広さがあるため、街は入り組んでいて、なかなか道を覚えるのに大変だ。キミカさんの店「向日葵」がある通りとは違う筋の通りにコタロウさんの店はあった。


 そちらは日常生活で関わる店よりも、どうやら武器などの、いわゆる戦いに使いそうなものばかりが並ぶ店が多いようだ。キョロキョロ見回しながら歩いていると、日本で漫画やゲームなどで見たような剣や槍などが並んでいる店であったり、盾や防具らしきものが並ぶ店があったり、と。


「ほえぇ、武器に防具か……、ゲームみたい……」

『ん? ゲーム?』

「あ、うん、日本でね、こんな武器や防具はないんだよね。空想の世界だけ」

『へぇ、そうなのか……。まあ、俺たちも使うことはほとんどないがな。ここの路地にある店は大体が騎士団の御用達だ』

「へ~、騎士団……、ほとんど使うことはないってことは、少しは使うの?」

『まあ、街を出て森へ行ったりすると装備に使ったりはするからな』

「へ~、森にねぇ…………」

『な、なんだよ』


 じーっとラズを見詰めているとラズはたじろいだが、自分で武器や防具を使うと発言したことに気付いてないのかしら……、馬鹿? そう思ってしまい、思わず吹き出しそうになったのを慌てて抑えた。


 慌てて口に手をやる私の姿にラズは怪訝な顔をしていたが、やはり気付いていない。うん、ちょっとお馬鹿なのね。


「うぐっ、うんん、あー、えっと、コタロウさんの店は……」


 ラノベ脳過ぎる気もするし、はっきりとした確信もないけど、これからはラズと一緒にお風呂に入るのはやめよう、そうしよう。


 キミカさんに教えられた目印、店の看板に桃の絵が描いてある、と……、何で桃?

 路地を歩いていると確かに桃の看板がデデンと出現。めっちゃ目立つ。他の店はみんな武器や防具の絵が描いてあるのに、なぜか桃。しかも桃がデカデカと一つデデンと描かれている。なんでやねん。


「こんにちは!」


 桃の店に入り声を掛ける。いや、桃の店ではない。果物屋みたいに聞こえるし。


「いらっしゃい!」


 威勢の良い声が聞こえ、店の奥から一人の男性が出て来た。この人がコタロウさんだろうか。


「何をお探しで?」


 八百屋の大将みたいに威勢よく声を掛けられ、ちょっと笑いそうになってしまった。


「あの、コタロウさんですか? キミカさんから聞いてやって来たんですけど」

「ん? キミちゃんから?あ、もしかして日本人か!?」

「はい、昨日この世界に流されて来ました」

「昨日!? そりゃ大変だったな!!」


 コタロウさんは肩をバシバシと叩き労ってくれたけど……痛い。

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