第九話 初めて名前で呼ばれた

「さて! パン屋とやらに行くわよ〜! 案内してね、ラズ」

『あぁ』


 ラズに付いて街に出る。朝なのでまだ静まり返っているのかと思いきや、意外とすでに結構な人数の人々が出歩いていた。


「みんな朝早くから出歩くんだね〜」

『ん? そうか? 朝は店で食べる奴も多いからな』

「へ〜、朝食は家であんまり食べないの?」

『いや、そういう訳でもないみたいだが、独り身の奴が多いからか?』


 王都はやはり人が多い。小さな街から出稼ぎに来ている者も多く、そのせいで単身者が多いらしい。だからか朝からパン屋やカフェのような軽食屋が開いている。


「色んな人が集まる街なんだね〜」

『まあな』


 周りをキョロキョロ見回しながらパン屋まで到着。

 思っていたよりも大きい店で、中はかなり広かった。焼き立ての良い匂いが漂う店内はいかにも洋風な作りで、昨夜見たキミカさんのお店とは全く趣が違う。


 カラフルな色合いの店内で可愛らしい雰囲気。パンがずらりと並んでいるが、日本にいたときのように自分で取るスタイルではないようだ。


 カウンターのショーケースに並んだパンを店員に頼んで出してもらう方法のよう。


 朝だがそこそこに客もいて、皆パンを注文すると会計をしてから店内にある飲食スペースに移動している。


 テーブルと椅子が並び、好きな席で食べて良いようだ。

 店の人に猫も入って良いのか確認すると、キミカさんのお店と同じで許可をいただいた。


 この世界って動物に優しいわね〜なんて呑気なことを考えながらパンを注文。

 ショーケースの前に貼り付いたラズは、小声で「これ!」とビシビシ指差し? 前脚でビシッと差し、わざわざ指定する……、我儘め。


 自分の食べる分とラズの分を飲み物と一緒に買い、トレイに乗せてもらいテーブルへ。


 周りを見渡すと若い人が多そうだな。


「やっぱり働きに王都に出て来てる人が多そうだね。若い人が多い」

『あぁ、家族はやっぱり家で食べるだろうしな』

「まあそうだよね」


 ドリンクは木のコップに入れられていた。何かオシャレだな〜と思ったけど、きっとこの世界じゃ木のコップが普通なんだろうね。キミカさんのお店もそうだったし。


 ドリンクは聞いたことないような果物のジュースだった。

 ラズいわく甘酸っぱい果実らしい。赤い色をしていた。一口飲んでみると、うん、確かに甘酸っぱい。ラズベリー? 何だか色々な種類のベリーが混ざったような味? そんな感じ。うん、爽やかで美味しい! ただ氷が欲しいけどね! ぬるい。


「せっかく美味しいのに氷がないのがもったいないね〜」

『氷?』

「うん、氷」

『何で氷?』

「え? 何でって……、ジュースに氷入れたら冷たくて美味しいじゃない」

『へ〜、なるほどな』


 ラズは感心したように、ほ〜、やら、へ〜、やら言っていた。


「この世界に氷ってないの?」

『ん? いや、あるにはあるが、ジュースに入れたりはしないな。貴重だし』


 ラズいわく、氷は王都から少し離れたカナル山という山の中腹で湖に張った氷を切り取って持って来る。いわゆる天然氷。だから数もあまりなく貴重だということだった。


『大体は貴族の冷蔵用に使われてしまうから、ジュースに入れるほどの余裕はないな』

「へ〜、そうなんだ。冷蔵庫がないんだね……」

『レイゾウコ……何か聞いたことあるな。なんだっけな……、あ、何かそれを開発しようという話を聞いたな!』

「え? 冷蔵庫を?」

『あぁ、何かこの国の日本人とどっかの国のお姫さんだかが、協力して開発に取り組もうとしてるとかなんとか』

「あぁ、キミカさんが言ってた、城の研究所?」

『あぁ』

「へ〜、日本人のいる研究所かぁ」


 ラズが何でそんなことを知っているのかは、まあこの際無視して、日本人のいる研究所……冷蔵庫開発……、何か気になるわね〜! 会ってみたいなぁ。


『ヒナタもいつか城に呼ばれるだろうし、いずれその日本人とも会うんじゃないか?』

「ラズ……」

『? 何だ?』


「初めて名前で呼んでくれたわね!」

『は?』


 勢い良くラズを抱き上げ、むぎゅっと抱き締めた。ラズは何のことが分からないといった顔をしていた。。


「ラズっていっつも「お前」としか呼んでくれてなかったし!」

『そ、そうだったか?』

「そうだよ! 自分は「あんた」って呼ぶな、とか言ってたくせに」

『それは……すまん』


 ラズはしゅんとした。可愛いな。生意気なくせにこういうとこ可愛いのよ〜! ズルいわぁ。そう思いながらもふもふを堪能。あちこち触りまくっているのに、ラズは悪かったと思っているのか大人しく撫で回されていた。


「フフッ、これからは名前で呼んでね」

『あ、あぁ』


 大人しく撫で回されているラズが可愛くて、そのまま膝に乗せたままパンを食べた。でっかいからちょっと邪魔だけど。

 小さい子供にやるように、あーん、としようとしたら、さすがに猫パンチで叩かれた。


 私が買ったのはクロワッサンのようなサクサクとした、バターの香りのするパン。焼き立てで美味しいわぁ。バターはバルブルという動物の乳から作られているらしい。


 ラズのパンは……、何だか果物らしきものがたっぷりと練り込まれたパン。一口味見でもらうと甘くて美味しかった。美味しいんだけど……、ラズって甘党なのね……、意外。


「猫ってそんなに甘いの食べて大丈夫なの?」


 膝の上にお座りするラズがあからさまにギクッと固まったのが分かった。


『お、俺は大丈夫なんだ!』


 やけくそ気味にラズはパンにガッツいていた。


「はいはい」


 何でも食べられて人語を話せて、人間社会に詳しい猫。

 ラノベ脳からすると変な妄想が頭をよぎるけど……、うん、最早なんだか妄想を膨らますと青ざめるはめに、なりそうだからやめとこう。ラズは猫。非現実的なことは何もない! それで良いよ。


 うんうん、と一人で頷きながら、膝に乗るラズの猫背を見詰める。


「はぁぁ、可愛いわぁ」

『ん?』


 思わず口から漏れた。

 ラズの猫背にスリスリ頬擦り。もちろんラズは嫌がるけど。


『昨日の店に行くんだろ!?』

「あ、そうだね」


 そうそう、キミカさんのお店に行かないとね。いつまでもスリスリしてる場合じゃなかった。


 食べ終わったトレイとコップを片付け、キミカさんのお店まで。徐々に出歩く人も増えだし、また街が賑わい出して来た。

 キミカさんのお店は昼からの営業のようで、朝は閉まっている。改めて店を眺めると本当に日本家屋よねぇ。入口の上に「和食処 向日葵ひまわり」と書かれた看板が掲げられていた。


「漢字だ……」

『カンジ?』

「この字のことだよ」

『あぁ、日本語な』

「ラズも読めるんだよね?」


 昨日店のメニューを読んでたしな。


『あー、まあ、難しい字じゃなければ大体は読めるな』

「日本語まで浸透してるって凄いわねぇ」


 改めて感心しながら、店の扉を叩いてみた。朝だからまだ誰もいないのかな。引き戸の扉は鍵が掛かっておらず、カラカラと音を立てて開いた。


「おはようございます、キミカさーん」


 扉から覗き込んで店の中に声を掛けると、厨房らしきところからキミカさんが姿を現した。


「あぁ、ヒナタちゃん! おはよう!」

「すいません、朝から。色々お話したくて」

「フフ、そうよね、分からないこといっぱいでしょうしね!」


 キミカさんは嫌そうな顔もせず、笑顔で迎えてくれた。

 朝は昼からの営業のために仕込みの時間らしく、店の子たちがやってくれるから、と私のほうに時間を割いてくれた。申し訳ないなぁ。


「まず何から聞きたい? って言っても何もかも分からないわよね」


 店のテーブルに着いて、早速とばかりにキミカさんが聞いてくれたが、確かに何もかもが分からない。何を質問して良いかすらまとまらないのよね。


 そう苦笑していると、キミカさんはフフッと笑いながら、自分も最初訳が分からず、同じ日本人の人に色々教えてもらったと話し出した。


「まずは、えーっと、お金から言いましょうか」


 少し考えてからキミカさんは話し出す。


 ルクナ、この国での数の数え方は十進法、日本と同じ。だから通貨もほぼ同じ数え方で良いらしい。

 一ルテナが約一円くらい、一ルテナ、十ルテナ、百ルテナとコインがあり、五百ルテナは銅貨、一千ルテナは銀貨、一万ルテナは金貨、といった感じ。


 時間も同じ一時から十二時まで。二十四時とかいう概念がなかったり、日が昇るのが早いからか、朝の五時くらいからすでに多くの人々が活動している、という違いがあるくらい。


 太陽と月も同じような認識で、日本語では同じように「太陽」「月」と言うままのようだ。ルクナ語ではもちろん違う言葉らしいが。

 ルクナには四季があり、今は秋らしい。


 日本と多くの共通点があり、これなら確かにこの異世界に慣れるのも早いかも、と思いながら、しかしふと考える。やたらと共通点が多いと、何だかこの世界って、元いた世界の……


「パラレルワールドみたい」

「え?」

「あ、あぁ、すいません、パラレルワールドな訳はないでしょうけど、よく似た世界なんだな~と思って」

「そうねぇ、確かに」


 うーん、と二人で考え込んでいたが、ラズはそれを聞きながらも盛大なあくびをしているし……。


「ま、とにかくまずは仕事と住むところを見付けないと!」


 キミカさんがニコリと言った。そうよね、まずはそれからよね……。

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