第七話 お風呂に入った
買って来た石鹸やらタオルやらも抱え、風呂場の鍵を閉めるとラズは身をよじり腕から逃れた。そして後退る。
『俺をここから出せ!!』
「えー、だってラズって何か良い匂いするじゃない。つい最近まで誰かに洗ってもらってたってことでしょ?」
そう言いながら風呂にお湯を溜める。
ほおー、お湯と水の蛇口が別れているようで、蛇口の形が違う。片方は目印なのか、真ん中に飾りのような黒い石が付いている。
蛇口を捻りしばらく待つと、徐々にお湯が出て来た。
「あっつ!!」
そのまま手で湯温を計っていると熱湯になった。
『馬鹿! 水で冷やせ!』
さっきまで怒ってたとは思えないくらい、ラズが心配そうな声で駆け寄って来た。
あらま、格好いいじゃない。心配してくれてるよ。
言われるがままに洗面の流水で冷やす。
『お湯は熱湯が出る。水と一緒に出すんだよ』
「それを早く言ってよ〜」
『う、すまん』
「あ、いや、ラズが悪い訳じゃないしね。ごめん」
ラズが悪い訳じゃないのに、謝らせてしまった……。うん、ラズって生意気だけど良い奴よね。ションボリしているラズが可愛いな。小脇に抱えられて無理矢理連行されたことはすっかり忘れてるし。おっと、これは忘れさせとこう。
流水である程度冷やすと肌も落ち着いたようで痛みもなかった。
風呂の熱湯蛇口は止めて水を足す。今度は慎重に湯温を確かめる。程良い温度になると水を止め、いざお風呂へ!
風呂場は洗面とトイレも一緒にあるため、それなりに広く、ホテルとかにあるトイレとセットのユニットバスより圧倒的に広かった。
お風呂の脇には棚もあるし、洗い場もあるし、簡易的だがちゃんと洗面部分と分けるようにカーテンで仕切られている。
洗面に鏡もあるし、トイレにはトイレットペーパー……、触ってみたらちょっとゴワゴワしてたんだけどね。
服を脱いで棚に置き、ラズを見ると……、背を向け固まっていた。まさしく猫背!! って、思わず笑いそうになりグッと堪えた。私ってば偉い!
そっと近付き抱き上げるとビクッとしたラズはそのまま手脚を伸ばしたまま固まった。
「ちょ、ちょっとラズ!? 大丈夫!?」
身体をガクガクと揺さぶっても固まったままだ。うーん、このまま洗っちゃうか。
湯船にラズを抱えたまま浸かり、疲れた身体が解れるのが分かった。
「あぁ、生き返るぅ!」
おっさんみたいな声出しちゃった。いや、だってねぇ、訳の分からないところにいきなり放り込まれて、ずっと緊張してたのよ! え? 全く緊張してるようには見えなかった? いやいやいや! 緊張してましたよ! これでも!
と、脳内一人突っ込みを繰り広げながら、心地良さを満喫している間もラズは手脚を伸ばしたまま固まっていた。
溺れちゃ困るし、とずっと抱っこしたままだけど、のぼせないかしら。
とりあえずラズだけ湯船から出し立たせたが、相変わらず変な格好で固まってるし、濡れてほっそり! いや、げっそり? したように見えるし……、もう駄目だ! 我慢出来ない!
「ブフッ。ラズ、面白い」
その言葉に我に返ったようで、ハッとした仕草をしてから身体をブルブル振るわせ水を飛ばした。そして、怒るよね。分かってた。
『面白いとか言うな! お前が無理矢理! ……無理矢理……』
言いながら尻すぼみになり、やはり後ろにぐりんと向いた。
「せっかく濡らしたんだから洗うよ!」
そう言いながらやはり暴れて嫌がるラズを無理矢理押さえ付け、石鹸でゴシゴシゴシゴシ。泡々になり上手く捕まえていられなくなり、結局泡だらけのまま逃げられた。
一緒に泡だらけになったもんだから、ついでに洗ってしまえ、と自分も洗う。
ラズがブルブル身体を振るわせたせいで、あちこち泡だらけだし。
「ほら、ラズ流すよ!」
泡々になったラズに置いてあった桶で勢い良くお湯をぶっ掛けた。
ザバーン! と勢い良くお湯が飛んで来たもんだから、ラズはまたしてもずぶ濡れ。目を白黒させる、とはこういうことか、というくらいラズは驚いた顔をしていた。
「アハハ! ラズ、変な顔!」
『!!』
ガーッ!! と怒りを身体全体で表し飛び掛かって来そうな勢いだった……、だったけど、シュルシュルシュル……、と音でもしそうなくらい意気消沈した。
『早く服を着ろ』
「え? あぁ、うん」
ガックリとしたラズは項垂れたまま固まり、仕方ないので私も泡を流し身体を拭いて新しく買った部屋着のような服を着た。
そのままラズもタオルでガシガシと拭き、風呂場の扉を開けると勢い良くラズは飛び出した。
「ラズ、怒ってる?」
『怒ってない』
「えー、怒ってるじゃない」
明らかに声が怒ってる。
『怒ってない! 怒ってる訳じゃ……ない……』
「?」
怒ってる訳じゃないなら何なんだ。うーん、よく分からないけど、どうせ聞いても答えてくれないんだろうし、ラズが怒ってないって言うならもう良いか。
窓からは街並みが見える。いまだに煌々と街灯が灯り、とても明るい。
「綺麗な街だねぇ」
うっとりと眺めていたが、お風呂で身体が解れたためか眠気が襲い、大きなあくびが出た。
「ふわぁ、もう寝ようかな、今日は疲れちゃった」
ベッドに入り少し固めの布団を被る。見知らぬ世界にやって来てベッドでちゃんと寝られるなんて有難いわ〜と考えながらいつの間にやら眠りに落ちていた。
ヒナタが眠りに落ちた後、ラズはベッドに乗り上げヒナタの横に座り、眠るヒナタの顔を見下ろした。
『お前は! こっちの気も知らないで!』
ラズは前脚でヒナタの頬をぐにっと押し、ヒナタが反応しないのを良いことにぐにぐにと押し続けた。ヒナタはどうやら疲れたのか身動き一つせず眠っている。たまに「うへへ」とか言いながらニヤニヤしているが。
『一体何の夢を見てるんだか……』
ラズは深い溜め息を吐いた。
窓からひんやりとした空気が流れ込んで来たかと思うと、雲の隙間から月が顔を出し部屋に月明かりが差し込んだ。
ベッドにも月明かりが広がり部屋の奥に影が伸びる。その影の中には猫のラズのシルエットが。しかしそのシルエットは徐々に形を変えていった。
ラズの身体はゆるゆると大きくなり、真っ黒の毛皮は次第になくなり、上質そうな黒い生地の服に変わった。手足は長く伸び、顔も猫の顔ではなく少し乱雑に切り揃えられた黒髪に健康的な肌の色、月明かりで煌めくスカイブルーの瞳、少し切れ長の目をした端正な顔立ちの人間の男となった。首には真紅の宝石が付いた首輪があるままだ。
ラズの重みにベッドがギシッと軋み、伸びる影は完全に人間のシルエットだった。
「はぁぁあ、何でこんなことに……」
ラズは自分の掌を見詰め、握り締めると深い溜め息を吐き項垂れた。
首輪にそっと触れ、しっかりと装着されたままなことを確認すると、チラリとヒナタに振り向き、再び深い溜め息を吐くのだった。
「はぁぁあ、どうしたもんかな……」
ヒナタに手を伸ばそうとしたとき、月が雲に再び隠れ月明かりがなくなり部屋は暗くなった。
それと同時に再びラズはゆるゆると猫の姿に戻ったのだった。
『うがー!!』
ラズはイライラし猫パンチ。しかしいくらベッドを猫パンチしようが何も変わらない。月もすっかり曇り空のせいで隠れてしまった。猫パンチを繰り広げているのも馬鹿らしくなり、小さく溜め息を吐くと、諦めたようなラズはヒナタの横に丸まって眠りにつくのだった。
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