第五話 ご飯が美味しかった
しばらくラズに付いて歩いていると、ラズは一つの店の前で止まった。
「ここ?」
『あぁ』
見ると京町家のような風情の店。いや〜、本当に日本にいるかのような錯覚に陥るわね。
ガラガラと音のする引き戸を開け中へと入る。中はやはり純和風といった感じ。町屋を和カフェに改装しました、みたいな? えーっとここは異世界なのよね? ん? 異世界よねぇ。
ラズをチラッと見た。うん、喋る猫なんかいないもんねぇ。というか、この世界でも喋る猫なんかいないみたいだけど。ラズがおかしいのよね。
それにしても……、いや、もうこれ日本でしょ!
呆然としていると奥から若い女性が着物を着て現れた。
これは完全なる着物! 異世界リメイクされた着物じゃなく本当の着物!
え!? ん!? 何か混乱してきた。
「いらっしゃいませー」
呆然と立ち尽くしていると、ラズが尻尾でビシッと私の脚を叩いた。
「あ、う、あの……」
「日本人の方!?」
その女性は突然大声を上げ駆け寄って来た。そして私の両手を取ると胸の前で握り締め期待に満ちたような目を向けた。
「あなた日本人よね! そのリクルートスーツ!! そうでしょ!?」
「え、あ、はい」
あまりの勢いにたじろぎ間抜けな返事しか出来ない。両手を握られたまま固まっているとその女性はハッとし、慌てて手を離した。
「あ、あぁ! ごめんなさい! 私ったら興奮し過ぎよね! 驚かせてごめんなさい」
しゅんとした女性が可愛らしくクスッと笑った。
「いえ、驚きましたが大丈夫です。あなたも日本人なんですよね?」
そう聞くと女性はパッと顔を上げ嬉しそうな顔をした。可愛らしい人だなぁ。
女性は長い髪を一纏めにお団子にし、淡いお化粧だがそれが映えるような意思の強そうな美人だ。黙っていれば近寄りがたい雰囲気な美人さんだが、コロコロと表情が変わるため、美人よりも可愛らしい印象にもなる。
「えぇ、私も日本人!! あなた、その恰好ってことはもしかして最近流れて来たの?」
「あ、えーっと、最近というか今日ですね……」
ハハハと笑って見せた。
「今日!?」
女性は目一杯目を見開き驚いていた。それはそうなるわよねぇ、自分ですらびっくりだもの。
「そうなの、大変だったわね……」
女性は同情するかのような視線を向けた。うん、私が逆の立場でもそうなる。
「あの、色々教えてもらいたいのですが……、とりあえずご飯食べさせてもらって良いですか?」
足元でずっとラズが人の脚を尻尾で叩いてるのよね。気になって仕方ないのよ!
「あぁ、そうね! ごめんなさい! 席に案内するわね」
そう言うと女性は一つのテーブルに案内してくれた。
「あ、猫も大丈夫ですか?」
そういえばラズが一緒に入っても良いのか聞くのを忘れていた。女性は振り向くと足元にいるラズを見た。
「可愛い猫ちゃんね。でも何だか大きい……?」
「ですよねぇ、何かやたら大きいんですよ」
少し溜め息を吐きながらチラッとラズを見ると、何のことだとばかりに涼しい顔をしながらお座りをしていた。こういう時だけやたらお利口さんよね……。
「大人しい猫ちゃんだし大丈夫よ」
女性はニコリと笑って頷いた。
テーブルに着くと女性はメニューを取り出し、説明をしてくれた。
「大体は日本で馴染みのある料理ばかりよ! こちらの食材で似た食材を集めて日本の料理を何とか再現したの! まあでも完全に同じには無理なんだけどね」
少しだけ残念そうに女性は笑った。それだけ言うと女性は決まったら呼んでね、と言い他の客の元へと向かった。
店は繁盛しているらしく、ほぼ満席に近い状態だった。女性がお客さんと話している様子を見るとどうやら常連さんが多いのかしら。にこやかに話している。
髪の色からこちらの世界の人なのだろうな、と推測は出来るが、こちらの世界の人にも受ける料理なんだろうか。
メニューを見ると見慣れた言葉が並ぶ。
日替わり定食、丼各種、から揚げ定食やらハンバーグ定食、オムライスなんかもあった。
すごーい!! 信じられない! 異世界で日本食が食べられるとは!
『ヒガワリテイショクって何だ?』
ラズが椅子に乗り上げ、腕の隙間からズボッと頭を突っ込み膝に乗り聞いた。でっかいな。膝に乗るとちょっと邪魔。メニュー見にくいし。うーん、でももふもふはたまらないのよね。片手でメニューを持ちながら、片手はラズの前足を掴み、肉球をぷにぷに堪能。若干嫌がり前足を引っこ抜こうとしているが、そこはね、離さないわよ!
「ラズ、字も読めるの?」
『え、あ、あぁ……まあな……』
「…………」
『な、何だよ』
「別に……」
どうせ聞いても何も教えてくれないし……、喋るし字も読める……、うーん、これって……。
そうモヤモヤ考えていると先程の女性がやって来て声を掛けた。
「お決まりですか?」
「あ、はい。日替わり定食で!」
「ふふ、日替わり定食ですね。あの、私も休憩に入るから一緒に食べても良い? 色々お話したいな、と思って」
「えぇ、ぜひ!」
そう言うと女性はにこやかに厨房へと入って行った。
良かった! 丁度私も色々聞いてみたかったのよね! 聞きたいことが多すぎて纏まらないような気もするけど……。
それにしても本当に日本にいるみたいだな。お客さんの髪色を見ていなければ、ここが異世界なんて思えない。周りをキョロキョロと見回して、あまりに日本そのままの雰囲気にいつまで経っても不思議な感覚だ。
『おい』
「ん?」
そんなことをボーっと考えているとラズが声を掛けて来た。
「何?」
『何って……、いい加減に離せ!』
「ん?」
どうやらずっと肉球をぷにぷにずっと触り、しかもラズの頭に顎を乗せながら反対の手はひたすらなでなでなでなで……していたらしい。
「ハハ、ごめん」
ラズを離し、隣の椅子に座らせると同時に女性が料理を持ってやって来た。
トレイに乗せられた料理は、白いご飯、味噌汁、焼き魚、ほうれん草の胡麻和え、漬物。完璧な定食!(見た目は)
「す、凄いですね! 本当に定食だ!」
「フフ、凄いでしょ? でも残念ながら完璧ではないのよ。どうしても食材や調味料が違うから微妙に違う味なのよね。でもお客さんは喜んでくれているわ」
少し残念そうな顔から、ニコリと笑って見せた女性は自信がある表情で格好良かった。
女性も失礼しますね、と言いながら隣に座り、自分の食事を置いた。同じ日替わり定食だ。
猫ちゃん用に、と皿を持って来てくれ、ラズの食べる分はそこに取り分けて入れた。
どうぞ、と女性に促され食事に手を付けた。
まず気になったのが味噌汁。この世界に味噌なんてものはなさげよね。立ち上る湯気が鼻をくすぐり、味噌汁の香りが漂う。味噌の香りだ。しかしどこか微妙に違うような? 何だろうな。
一口飲んでみると、身体に染み渡る。微妙に味が違う感じもするが、しかし美味しい~!!
味噌だよ!! ほら、味噌も色んな味噌があるじゃない!! だからその内の一種類だと思えば違和感なし!!
ワカメとネギ(らしきもの)が入った味噌汁だった。
次に気になるのは白ご飯。米……、この世界は米を食べる習慣はあるのかしら。粒をよく見ると日本のお米よりも少し細長い? 外国米のような感じかしら。熱々の炊き立てでこれまた湯気がふんわりと上がり美味しそうなのよね~。
一口食べてみると、うーん、日本米のような甘みはないわねぇ。もちもちとした食感はあるから、白米を食べているような感覚にはなる! あー、でも甘みが欲しいなぁ、残念!
焼き魚は……、何の魚かしら。一応鯖のような見た目だけど。皮がカリカリに焼かれていて香ばしく美味しい。身は……、何というか少しだけ癖のある感じかしらねぇ。うん、でもこれはこれで美味しい。
ほうれん草の胡麻和えぽいものは、ほうれん草ではないわよね。何の野菜なんだろう。葉ものであることには変わりはないのだけれど、ほうれん草程アクがないというか、甘みのある野菜。胡麻和えかと思ったが、どちらかと言うとピーナッツのような、木の実のようなものが砕いて和えてあった。うん、これも美味しい。
漬物は……、何の野菜か全く分からない野菜の酢で漬けたような味だった。青い? 紫? のような色の野菜と白い野菜……、これは大根に似ているような……、そんな漬物だった。
「ふわ~、どれも凄いですね! 美味しかったです!」
女性が言うように確かに微妙に違うといえば違うが、恐らく同じ食材なんて手に入らないだろうに、ここまで似たものを作れるだけ凄いのだろう。素直に感心した。
「良かったぁ! 喜んでもらえて!」
女性は満面の笑みで喜んだ。
ラズはひたすら食べているかと思ったら、あっという間に食べ終え顔を洗っていた。そしてやはりハッとした仕草をし、自分に苛立ったのか、地団駄を踏むかの如く、猫パンチを繰り広げていた。一人漫才の突っ込みかいな。とは、言うまい。危うくまた笑ってしまうところで、女性が話を続けた。
「改めまして、私、キミカと言います。よろしくね」
「あ、私はヒナタです」
「ヒナタちゃん! ヒナタちゃんはいくつ? 私より年下そうよね」
え、年下そうなのか……、キミカさんのほうが年下に見える……。
「私は二十二歳です。キミカさんは?」
「やっぱり年下だったわね! 私は二十五歳よ、五年前に流されて来たわ」
「五年前……」
ということは二十歳でこの世界に流され、一人で生きて来たのか……。
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