第四話 買い過ぎた
一先ず洗面で怪我をした手を水で洗い流す。
ふーん、普通に水道があるんだね。日本で見かける水道とほぼ同じだ。捻るタイプの蛇口から水が出る。
お風呂を覗いてみてもお湯が出るらしき蛇口と水が出るのであろう蛇口があった。お湯はどうやって作ってるんだろうなぁ、と考えながらラズに急かされ街へと出た。
辺りはすっかりと夜になり、街の灯りが煌々と灯っている。日本家屋が建ち並んでいるかのような錯覚に陥るが、ここは日本ではないのよねぇ。不思議な感じだ。
夜になっても人通りは多く、さすが王都といった感じかしら。店もたくさんあるようでとても賑わっている。
「何かちょっとウキウキするわね」
夜でも賑やかな街並みに、まるで観光でも来たかのようなウキウキ感。こんな呑気で良いのかしら、と思いながらも、帰る方法も分からずどうしようもないなら、今を楽しむしかないよね~。そう開き直ってみた。
意外と私って図太い性格だったのね。
『あそこに服が売ってある』
ラズが横をちょこまかと歩きながら教えてくれた。
謎な猫だわ。
店へ行くまでの途中で何度か猫を見かけたけど、普通なのよね……。大きさも日本でよく見るサイズ。しかも喋らない。明らかにラズだけが変なのよ。でもどうせ聞いても教えてくれないしね。
そうこう考えている内に店の前までやって来た。店の中へ恐る恐る入ってみると、たくさんの服が置いてある。
洋装からあの着物のような不思議な服まで。
「いらっしゃい」
店の奥から着物のような着流しのような? 恰好をした三十代くらいの男性が現れた。店の人よね?
着流しなんかで現れると和服屋なのかと錯覚しそうだわ。
「何かお探しですか?」
「え、あ、あの服を……」
そりゃ服でしょうよ! 服屋なんだから! と脳内で一人突っ込みをしながら苦笑した。
「どういった服をお探しですか?」
「えっと……、あの着物みたいなやつ!」
「は?」
あ、しまった。思い切り変な奴じゃない! 着物みたいなやつって! ラズが足元で溜め息を吐いたのが聞こえた。
「あ、いえ、あの女性がよく着ているあの着物みたいな……」
着物って言っても分からないだろうな……、何て言えば良いんだろう……。一人で焦っていると、店の人はニコリと笑った。
「あぁ、こちらですか?」
一つの服を持って言った。それは外で女性たちが着ていたあの着物のような服。
「あぁ、それです!」
「ハハ、キモノのような……、あなたはニホンの方ですね?」
「え、あ、はい。そんなに分かりやすいですか?」
「そうですね、ニホンの方は最初服装が少し違いますしね。言葉が聞こえればなおさら分かりますね」
そんなすぐに分かるものなのね。しかしニホンの方かぁ、本当に日本人が多いようね。当たり前のようにみんな日本人だと認識してくれる。不思議だ。
「こちらの服にされますか? 他にも色々ございますが」
そう言われ、他の服も物色し、何着か纏めてお買い上げ。
証明タグとやらを店員さんに見せるとそのタグを目の前でハンコを押すように紙に置いた。すると紙に何かが写し出された。
「これは?」
「証明タグのナンバーが転写されたんです。この用紙を役所に提出すると、我々に料金が支払われます」
「へぇぇ!!」
凄いわね、異世界!
しかも確か金額の上限を言われなかった。買いたい放題!? いや、でもなぁ、さすがにだからといって無駄遣いするのは気が引ける……。うん、ちょっとは自重しながら買い物しよう。
とか思ってたのに! 生活に必要なものを! と思っていたら、あちこちの店であれやこれや物凄い買い込んでしまった。
タオルやら洗面道具やら、シャンプー等はよく分からないが、この世界で使われているという石鹸があったため、それを購入。
化粧品は肌に合うか分からないしなぁ、と店で興味津々に眺めた結果、結局買わず。
何だか初めて一人暮らしを始めたときのように必要なものを買い揃えた。
『一気に買い過ぎだ』
ラズが呆れたように見上げている。
「ハハ……買い過ぎたね」
両手に山盛りの荷物を抱えグッタリした。
「あー、疲れた。とりあえず何か食べようか。どこか美味しいお店ある?」
『ニホン人がやっている定食屋とやらがあるぞ』
「定食屋!?」
『ギャッ』
思わずドサッとラズの上に荷物を落としてしまい、潰れたラズが変な声を上げた。
「あ、ごめん」
『にゃー!! お前な!!』
バーンと荷物を跳ね除けラズが這い出し身体を震わせた。背中の毛が逆立ってるわねぇ。
「ごめん、て」
ラズの前にしゃがみ込み首を撫でた。ゴロゴロと喉を鳴らし気持ち良さげになったかと思うと、ハッとしたラズはすかさず猫パンチ。
『だから撫でるな!』
「気持ち良くなっちゃうからでしょ? プッ」
撫でられると気持ち良くなっちゃうんだよね〜。それが面白くて笑っていると、ラズはぐぬぬと唸りプイッと踵を返すと歩き出した。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
『ふん』
ラズが拗ねた。慌てて荷物を持ちラズを追いかける。
「ねぇ、ごめんて」
『…………』
うーん、ラズってめんどくさい猫だな。いや、猫だからこんなもん? そもそも何で一緒にいるのかもよく分からないのよねぇ。そう思うと大荷物を抱えて追いかけるのもめんどくさくなってしまった。
荷物を部屋に置きに行こうかな、と踵を返しラズと反対方向に歩き出す。
『!? お、おい!!』
ラズが何か言ってるわ〜。荷物置きに行くだけだし。一緒にいる理由もないんだし。
『お、おい! どこ行くんだよ!? 定食屋に行くんじゃないのか!?』
「あ、定食屋」
すっかり忘れてた。うん、定食屋には行きたい。
足元に荷物を置いて、追って来たラズをひょいっと抱き上げ鼻を擦り合わせた。
『!? 何すんだ!?』
「ん? 仲直り」
『う、あ……』
ちょっと怒ってるような口をあんぐり開けたラズは抱き上げられたまま脱力した。そして深ーい溜め息を吐いた。猫のくせに。
『はぁぁあ、あぁ、俺も怒って悪かった』
「うん、私も笑ってごめんね。でもさぁ、撫でて気持ち良くなるのは良いんじゃないの? 駄目なの?」
『う、駄目じゃないが……駄目じゃないんだが……俺のプライドが!』
またしてもぐぬぬといった顔。プライドねぇ。猫の? うーん、やっぱり何か怪しい猫だな。いつか聞き出してやる! …………、教えてくれる気は全くしないんだけど。
「ま、気持ち良くなるのは良いじゃない! さあ、行こう」
ラズをむぎゅっと抱き締めてから地面に下ろし、再び荷物を抱え、定食屋とやらに向かった。
『荷物持ってやれなくて悪いな』
「え? ラズが? 猫なんだから当たり前じゃない」
『う、ま、まあそうなんだか……』
ラズは何だかガックリしながら、トボトボと歩いていた。
何なんだかねぇ。猫が荷物? 背中に抱えて? 想像して思わずブッと吹き出しそうになり、慌てて我慢し変な咳が出た。
「グフッ」
我慢しきれてないし!
ラズが怪訝そうに振り向いたが、何事もなかったかのように顔を逸した。
あー、危なかった。また怒らせるところだったよ。
何か引っ掛かる発言だけど……、まあ今は考えないでおくか〜。
それよりもニホン人が経営している定食屋……、私と同じく流されて来た日本人か……どんな人かな……。
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