第46話 絶命の勇者
王国の広場。
未だ鋼鉄巨人アスターと、ロミタン操るシヴァデュナート・ロボの死闘が繰り広げられていた。
そして、ここではもう一つの死闘が始まろうとしている。
ノヴェトは、労働王アヴァロワーズに片足を掴まれたまま、宙吊りに状態。
地表に何度も打ち付けられ、すでに瀕死だ。
「くっ……、そぉ……。」
「ああ、そうでしたね。申し訳ありません。ノヴェト様の現在のアバターは、低レベルでしたね。もう少し手加減するべきでしたか。」
「うう……。余計な……、お世話だ……。」
「ノヴェトさん!」
カゲチヨは叫んで走り出そうとする。
だが、アキラがそれを制止する。
「ダメよ、カゲチヨ!今行ったって……。」
「……でも!」
アヴァロワーズは少しだけ悲しい表情を浮かべる。
「不死身の勇者様も、今やただのアバター。異能力を封じられていては、ただのニートでしかありません。……個人的には、非常に残念です。貴方とは、もう少し分かり合えると思っていたのですが……。」
「俺は……、働かねぇ……、からな……?」
「では、貴方には祝福を授けましょう。神槍『労働ギヌスの槍』で。……とは言ったものの、最早どこにあるやら……。」
アヴァロワーズは、瓦礫の山となった広場を見つめる。
一体、この中のどこにあるのか。
これからそれを探すと思うと、やる前からため息が出る。
「とりあえずは、神殿までご足労願えますでしょうか。そこで我ら魔神族一行が、勇者様がいらっしゃるのを、首を長くしてお待ちしておりますので。……なあに簡単です。ここで死ねば良いのです。ただそれだけのこと。」
アヴァロワーズは叫ぶ。
「……アスター!!ここへ!!!」
すると、向こうでロボとやり合っていた鋼鉄巨人アスター。
彼女は、身を翻してこちらへ走ってくる。
「さぁ、この者を……、打ち滅ぼしなさいっ!!!……さぁ、ノヴェト様。神殿までの短い旅ですが……、お楽しみ下さい。」
アヴァロワーズは、走ってくるアスターの目前に、ノヴェトを投げつける。
ノヴェトは地表に投げ出され、力なく転がった。
「くう……っ!」
激しい地響きと共に、みるみる近付いてくる巨人アスター。
彼女は両手剣を肩に担ぎ、それをノヴェトの真上に撃ち下ろす。
ノヴェトは死を覚悟した。
……と言ってもゲーム内である以上、蘇生はできる。
ただ神殿に送られるだけ。
しかし、そこでは魔神族が待ち構えているだろう。
拘束されるのは最早免れない。
だが……。
ノヴェトの目の前に、カゲチヨがいた。
「……ノヴェトさん!!今、助けます!!」
カゲチヨは、必死にノヴェトの身体を抱き抱え逃げようとする。
「わっ!?バカ、なんでオマエ!?さっさと逃げろ!!」
「ダメなんです!!ノヴェトさんがいないと、誰ももう勝てないんです!!ノヴェトさんが必要なんです!!」
だが、カゲチヨは犬少年アバターで、しかもクラスは僧侶。
ノヴェトを担いでいける力はない。
カゲチヨは涙目だった。
おそらく恐怖を押し殺しているのだろう。
ノヴェトは叫ぶ。
「クッ、ッソがああああ!!」
その怒りは、カゲチヨに向けたわけではない。
……自分の不甲斐なさに腹が立ったのだ。
「カゲチヨ!!オマエ!!俺なんて!!庇ってんじゃぁ……、ねぇ!!!」
ノヴェトは、残る力でカゲチヨを突き飛ばす。
だが、アスターの一撃の射程内であることに変わりはない。
……ノヴェトは、最後の力を振りしぼり、構えた。
「『双撃転身』からの……、『
ノヴェトは『
それは、背中を相手に打ち付ける技。
拳闘士の中で、最も激しくノックバックさせるスキルだ。
「ぐふっ!?……うわああ!!ノヴェトさああああん!!」
吹き飛ばされるカゲチヨ。
アキラは、カゲチヨの後ろ側へ回り込むようにダッシュする。
そして、カゲチヨの身体をガッチリと受け止めた。
「ちょっと何やってんのよ、ノヴェト!!カゲチヨを攻撃するなんて!!」
ノヴェトは叫ぶ。
「アキラぁ!!カゲチヨのこと、頼んだぞぉ!!」
「は!?」
「カゲチヨぉ!!あとは頼ん…………。」
その瞬間。アスターの両手剣は撃ち込まれてしまう。
それは地面へとめり込んだ。
……ノヴェトは、そのまま両手剣に潰されてしまった。
カゲチヨは泣き叫ぶ。そして駆け出す。
「ノヴェトさん!!ノヴェトさああん!!そんなああ!!…………あ、ああ!!まだ、まだです!!ボ、ボクが蘇生すれば!!」
だが、アヴァロワーズがそれを許さない。
カゲチヨの前に立ちはだかった。
「どこへ行くおつもりですか、カゲチヨ様?ボス戦の最中ですよ?」
「あ、あ……。ボ、ボク……。ど、退いて下さい!!」
「泣いているのですか……?ただ神殿送りになっただけですよ?しばしの別れです、ご心配なく。あなた方も、すぐに神殿に送って差し上げますので。」
アヴァロワーズは片手剣を振り上げ、真っ直ぐカゲチヨに撃ち下ろした。
だが、その一撃はアキラの大盾で防がれた。
金属同士の接触で、激しく火花が散った。
……しかし、アキラのレベルでは、ギリギリだった。
盾で防ぎながらも、膝を落としてしまう。
……それでもアキラは耐えた。
「何言ってんのよ、アイツ。カゲチヨを頼む、……って、そんなの言われなくたって守るわよ!だって私はおねーちゃんで……、勇者なんだからね!!!」
*
「……こ、ここは?」
ノヴェトはふと気付くと、真っ暗な闇の中にいた。
結局、カゲチヨによる蘇生は間に合わず、そのまま死亡し神殿送りとなった。
本来、神殿送りとなった際は、すぐさま神殿で目が覚める仕様だ。
ところが、今は怪しげな空間の中。
ノヴェトは、煙のような浮遊感の中にいた。
「死んだ……、んだよな?ロード中……、とか?でも……、ここ、知ってるような……?」
しかし、一向に神殿への転送が始まる気配がない。
ゆらゆらふわふわとする感覚のままだ。
そうなると、余計なことを考えてしまう。
考えれば考えるほどに、ネガティブな考えが頭をよぎる。
「……クソ、神殿着いたら、速攻で捕縛されるんだろうな……。なんとか逃げらんねぇかな……?無理か……。クソぉ……、もう無理なのか。……クソ、働きたくねぇな。もうブラックなの嫌だ……。ホワイトでも嫌だけど。働きたくねぇ……。」
ノヴェトが、そうモヤモヤと思考を巡らせていると、声が聴こてきた。
それは囁くような声だ。
「……氏、……氏。」
「んん?誰だ?」
「勇者氏、勇者氏……。」
「……ま、まさか、まっちゃん!?この声、まっちゃんか!?でも、なんでまっちゃんが???」
だが、真っ暗闇の中、何も見えない。
声だけが頭の中に響いてくる。
「勇者氏……、死んじゃったでござるか……。もうちょっと頑張れたでござろうに。そういうところでござるよ?」
「ええ……。この状況でダメ出しかい……。って、まさかこれ……、走馬灯!?俺ホントに死んだのか!?えええ!!?嘘ぉーーん!!?」
「おお、勇者氏!!……死んでしまうとは不甲斐ない!そなたにもう一度機会を与えよう!!」
「なんか……、どっかで聞いたフレーズだな……。」
「さぁ、勇者氏。もう一度復活し、そなたの手で魔王を倒すのでござる!!」
「いや、魔王はアンタだろうが……。」
「魔王……、的なやつでも可。」
「まぁ、いいけど。俺は一応、このまま復活できるのね?ホントに死んでないよね?大丈夫なやつだよね?」
「死んだ、……とも言えるし。死んでない、……とは言えない。」
「……それ、どっちも死んでるじゃん……。もおお!なんでもいいから、普通に復活させてくれ。まぁどっちにしろ、神殿で捕まるんだろうけど。……いやまぁ、もうどうでもいいか……。」
「ふふふ……、勇者氏。甘いでござるよ。甘々でござる。……まずはこの姿を見るでござるよ。」
目の前に光が集まる。
その光は集まっていき、人の形になった。
……それは女神アシュノメーだった。
「なっ!?」
「騙していて悪かったでござるね。これが拙者の本当の姿でござるよ……。こんなフリフリエロエロで、おっぱいも大きくて本当に申し訳ないでござる……。」
「えええ!!?」
目の前の女神は、心なしかニヤニヤしている。
「……いやもう嘘じゃん。絶対嘘じゃん。さすがの俺も騙されないわ。だって、少し前、普通に一緒に戦ったじゃん。」
「ノリ悪いでござるなぁ……。」
「ノリっていうか、まっちゃんは今どこにいるのよ。なんでこんなことになってんのよ?」
「まぁまぁ、それは置いておいて……。では、これならどうでござる?」
目の前の女神アシュノメーが、金髪に変わった。
いつものノヴェトの姿だ。
「それ、俺の……?」
「そう、そして……。」
金髪の女神の身体が、大仰な重装鎧に包まれていく。
「うおっ!?それ、もしかして俺の強い方のアバターのやつ!?しかも、ラスボス最終決戦用の最強装備じゃん!!どういうこと!?」
「ふふふ……、主人公が復活する時は、パワーアップするのがセオリーでござるよ。……そして更に、勇者氏の異能力『鈍感力』をアンロック!!さぁ……、勇者氏、これでもどうにもならないでござるか?」
「……。」
「あと一つ、忠告でござる。
「え?今、さらっとすごい重要なこと言った!?」
「さぁ、勇者氏、もう一度言うでござるよ。おお勇者氏!!……死んでしまうとは不甲斐ない!!そなたにもう一度機会を与えよう!!」
光に包まれるノヴェト。
転送が始まる。
「……ところで、まっちゃんはどこにいるんだよ。」
「ふふふ……、探してみるでござるよ。拙者はいつでも勇者氏を見ているでござるから……。」
「それもう、ストーカーか故人じゃん……。っていうか、見てないで一緒に戦ってよ……。」
「ふふふ……。」
「いや、笑ってないでさ……。」
そして、ノヴェトは神殿へ辿り着いた。
*
蘇生神殿。
現地での蘇生に失敗してプレイヤーが死亡した際、肉体が再生される施設だ。
個室となっており、扉は施錠されている。
この扉は、中からは自由に開けられるが、外からは開かない仕組みだ。
ノヴェトは、とある一室で蘇生した。
「……着いたのか?なんだったんだ、さっきのは。夢を見ていたのか?……ウッ!?眩しい……。」
煌々と照らす照明に目が慣れない。
うっすらと目を開けていく。
だが突然、ノヴェトは四方八方から
「ウワッ!?」
そこはすでに魔神族に占拠されていた。
個室の仕様も変えられているのだろう。
室内には、ぎゅうぎゅうに魔神族が集まっていた。
「大人しくするのです!!」
「わ、分かった!!大人しくする……、痛ェだろうが!!……ってあれ?全然痛くない……?」
ノヴェトは刺股の合間から、自身の身体を確認する。
「この身体……、猫じゃねぇ。ダークエルフでも……。この装備……。さっきのは、やっぱ夢じゃなかったのか……。」
ノヴェトは、拳にグッと力を込めて確かめる。
そこには、今まで無かった装備があった。
大盾『堅牢なる軍神の盾』──────
『
物理ダメージのカット率が極めて高い。
その代わりに、かなり無茶なステータスを要求される代物である。
そして、取得条件が厳しいため、所持している者は殆どいない。
「……ハッ。」
「なんだ!?何がおかしい!?」
「悪いね。やっぱ大人しくするのやめたわ。」
「は?」
ノヴェトは、力任せに大盾を振り回した。
巻き込まれた魔神族は、壁際に吹き飛ばされる。
「さぁて、こっから反撃といきますか!」
ノヴェトは部屋を出ると、再び魔神族に取り囲まれた。
「うわ……、これはキリねぇぞ。……でも負ける気がしねぇけどな!!」
盾で押し付けるように吹き飛ばし、腰の片手剣を抜いて斬り付ける。
「ハハ!!どうした!!魔神族様ってのはこんなもんか!?」
ノヴェトが調子に乗り始めた頃、急に頭の中で声が聞こえてきた。
「あ、ヤベ。間違ったでござる。」
「は?」
ノヴェトは何のことか全く分からない。
だが、次の瞬間……。
「なっ!?」
急にノヴェトの転送が始まり、どこかへ飛ばされてしまった。
そして、一瞬で全く違う場所に出現する。
意味が分からず戸惑うノヴェト。
「……は?……え?……ここは?」
爆発音が聞こえた。
ノヴェトは、その方向へ向けて、咄嗟に盾を構える。
凄まじい衝撃と爆発音。
どうやら、砲撃のようなものをガードしたようだ。
「怖っ!?え!?ちょ、なに!?なんなの!?」
状況が全く理解できないノヴェトは、辺りを見回す。
「ノヴェトさん!!」
「カ、カゲチヨ!?……じゃ、じゃあ戻ってきたのか、あの場所に!?」
そこは、死ぬ前に戦っていた王都の広場近く。
目の前にはもちろん、労働王アヴァロワーズがいた。
*
狼狽えるアヴァロワーズ。
「ノヴェト様!?な、なぜ!?死んだはず!!?そして、その姿は!?」
その場には、カゲチヨ・アキラ・スアリ、ロザリー・リゼット・シュノリン。
そして、リンリン・レンザート・ロレッタの全員がいた。
ノヴェトが死んでから、他にはまだ誰も死んでいないようだ。
アヴァロワーズは叫ぶ。
「……クッ!?アスターやってしまいなさい!!」
アスターの両手剣が、再びノヴェトの頭上に打ち下ろされる。
「さっきとは状況が違うぜ!!審問スキル発動!!『怨嗟の鎖』!!」
その場にいた仲間全員に、謎の効果が付与される。
そして、全員の身体から太い鎖に繋がった、錨が出現。
そしてその錨は、次々とノヴェトへ撃ち込まれた。
「今更何やっても変わりませんよ!!」
ノヴェトは、アスターの一撃をその大きな盾で受け止めた。
ノヴェトはびくともしない。
「なっ!?」
しかし、その衝撃波までは殺せず、全員吹き飛ばされる。
だが……。
ノヴェトへと繋がった鎖がピンと伸びて、全員その場から動かなかった。
それどころか、ダメージもなかった。
「ど、どういうことだ!?」
「異端審問官のスキルさ。パーティ全員、ノックバックはもう無効だ。さらに全員のダメージを、俺がすべて肩代わりしてやるのさ。」
「ば、馬鹿な!?そんなことをすれば、即死するでしょうが!!」
「……普通はな。元々限定的に使うスキルだしな。まぁでも、今回はそうはならないのさ。俺には、勇者スキルがあるからな。」
「勇者……、『鈍感力』ですか……。なぜそのような……。」
すると、その瞬間。
ノヴェトの身体から小さな光が出現する。
「……え?」
それはノヴェトの周りをクルッと回ると、顔のすぐ近くで止まった。
「勇者氏、お待たせでござるよ。」
「ま、まっちゃん!?」
それは魔王であった。
しかも小ちゃい妖精のように、背中には羽が生えている。
……だが、姿はあの5mのいかついオッサン。
それが、サイズだけ拳ほどの大きさとなっている。
「『魔王第五形態・フェアリーモード』でござるよ!うふふふ!!」
「……いや、せめて、女性体の方でやってよ……。」
「まぁまぁ。……勇者ちゃん元気になぁ〜れ!」
フェアリー魔王は、ノヴェトの周りを飛び回るとノヴェトの体力が回復する。
「あ、いや、今俺、異能力あるから、回復いらねぇよ?」
「まぁ!お馬ぁ鹿さんっ!うふふふふふ……。」
「あ、オイ!」
そのまま不気味な笑いを浮かべながら、可愛いポーズで飛んでいく魔王。
どう考えてもそれは、いかついオッサンがやっていい格好ではない。
フェアリー魔王は滑るように中空を飛び、カゲチヨたちの元へ。
「ひっ!?……え!?魔王さん!?」
「う、うわっ!?何!?キショっ!?え!?キショ!?」
「うふふふふふふ……。」
きらきらと何かを撒き散らしながら、飛翔するフェアリー魔王。
不気味な笑いと可愛いポーズが、邪悪さを一層引き立てる。
「な、なによこれ!?毒!?猛毒!?カ、カゲチヨ!吸い込んじゃダメよ!!」
「うふふふふふふ……。」
その場にいた全員が戸惑う。
それはもう、アヴァロワーズと戦っていた時よりも戸惑った。
だが、それは毒ではなかった。
全員の身体が光り輝く。
「な、なんなんッス!?これは……っ!?体力回復!?だけじゃ……!?」
「力が……、みなぎってくる!?」
そこで、急にレベルアップのファンファーレが鳴り響く。
……それも、一人を除いた全員が。
そして、レベル99となりカンストした。
「な……、なんだとっ!?ど、どういう……?ま、まさか!?魔王、貴方!?『魔ザーコンピューター』に侵入したのですか!?」
フェアリー魔王はニヤッと笑う。
「……ご名答。うふふふふ……。」
「だが、あそこへ行くには、何重ものプロテクトがあるはずです!!それを一体、どうやって!?」
「うふふ……、お馬鹿さん。開発者で最高責任者でござるのよ?言わば、この世界の本当の神。いざという時のために、裏口くらい仕込んであるでござりますわ。うふふ……。」
「クッ……、やはり最初に貴方を拘束するべきでした……。まさか、システムの中枢に潜んでいたとは……。」
「うし!こっからは俺たちのターンだ!!」
ノヴェトは全員に号令をかけた。
だが、シュノリンは困惑した表情で、キョロキョロしている。
「な、なんじゃ!?お主ら何でピカピカしとったんじゃ!?オ、オイ、ワシだけ、なんも変わっとらんのじゃが……?ワシも仲間に入れるんじゃあ!!」
シュノリンだけは、特にパワーアップもせず、置いてけぼりを食らっていた。
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