第44話 鋼鉄の大将軍
女神領と魔王領の境。
そこには、女神兵団のほぼ全部隊とも言える兵士がいた。その数2千。
壁に沿って、細長く待機していた。
女神アシュノメーは目の前の光景に、うんざりとした表情を浮かべる。
「やっぱり、またこれなのね……。」
そこにあるのは、虹色の壁だ。
そこから先は異界化を意味している。
これは、いつぞやの大規模アップデートの際にも出現している。
ただそれは、魔王領の3分の1程度の範囲。
女神領にまでは到達していなかった。
ミシュは部下たちの報告をまとめ、女神へ報告。
メルトナもウンウンと頷く。
「……女神様。部隊の配置、完了してございます。」
しかし、女神は眉間に皺を寄せ、返事も返ってこない。
「あの……、女神様?……えっと、準備が整いまして……。」
「あれ、何よ。」
「え?あ、っと……、あれ、とは?」
「たしか、
「え、ああ、そうですね。川を境に……、のはずです。」
「あの壁のせいで、もう川見えないじゃないのよ。え?なに?あの
「それはどうでしょう……?異界化がそこまで計算尽くした動きをするかは、微妙なところですが……。」
「もうそろそろ、分からせてあげないとダメなようね。この前だって、せっかく城まで出向いてあげたのに、出迎えもないなんて。」
「お聞きしたかったのですが、あの時、魔王城へはどのような御用で……?」
「どのようなって、貴方……、えっとその……、ほら、カゲチヨきゅんがゲームしてるって言うじゃない?魔王のオン……、ホン……、コンなんとか。」
「ああ。ええ、はい。『魔王online』ですね。」
「それの何?遊ぶのに魔法パソ……、パト……、メソ……。」
「『魔法パソコン』ですね。」
「そう、それよ。それを手に入れるのに行ってきたのよ。なのにあのトウヘンボク……。」
「それでしたら、言っていただければ通販できましたのに。カタログもありますし、ネット通販もありますよ。」
「ねって、つう……、ふん……?また知らない言葉が出て来たわね……。」
「通信販売のことでして……。」
「何?新しい魔法かしら?」
「い、いえ、魔法では……。」
「ふん!もういいわ。そんなこともうどうでもいいのよ。……砲の準備もできてるのね?もう撃てるのよね?」
「はい。」
「じゃあ撃てばいいじゃない。何待ってるのよ、ほら、さっさとじゃんじゃんぶち壊しなさい。」
「え、あはい。えっと……、撃てぇええ!!」
合図の信号弾が打ち上げられた。
砲台の数は20基。合図を待っていたかのように、次々と撃ち込まれる砲弾。
撃ち終わると次砲弾が装填され、すぐに次の砲弾が撃ち込まれた。
だが、虹色の壁はびくともしなかった。
「なによ、効いてないじゃないのよ。」
「そのようですね……。」
「まったくしょうがないわね……。ちょっとこれ、五月蝿いから止めて。」
「え、あはい。……撃ち方、止めぇい!!」
合図の信号弾で砲撃は止んだ。
女神は何か魔法を唱え出した。
「ユーストヴァ・エンデヴェデロワー……。」
それから物凄い早口で、やたら長い呪文が紡がれていく。
そして、女神は両手を広げ、目を見開いた。
「エステヴェ・トゥワルゴ・アンティトロフ!」
20基の砲台の少し前に、光の輪のゲートが出現する。
「こ、これは……?」
戸惑うミシュ。
「そこに砲弾を撃ち込みなさい。光魔法の
*
王国の広場。
ロミタンの操るシヴァデュナート・ロボによって、
そして、各方面からの陽動も激しく、指揮系統はすでに機能していなかった。
アヴァロワーズがロボに踏み潰されてからは、それが特に顕著だった。
もはや、魔神族は逃げ惑うばかりだ。
ノヴェトとリンリンも、ロボに踏み潰されないように距離をとっていた。
そこへダークエルフ娘レンザートがやってくる。
彼女はレジスタンスの指揮をとっていたのだ。
「ノヴェト様、魔王様はどちらに?急に統制が乱れて、陽動どころか、普通に勝ててしまったのですが……。」
「ああ、エミ……、レンザートちゃん。……まっちゃんはいなかったよ、偽物だった。」
「偽物!?……って、どさくさに紛れて『ちゃん』付けはやめてください。それとこの状況は……?あの巨人は、味方……、で良いのですよね?」
「いやまぁ、実は俺らも何が何だか……。」
魔王救出するための陽動作戦だったわけだが……。
シヴァデュナート・ロボが普通に魔神族を倒してしまっている。
広場はもはや死屍累々の酷い状況だった。
今はまだ息のある魔神族らも、そのままHPが尽きて神殿送りになることだろう。
「待ちなさい!……くぅ!一体どこへ消えたのです!?」
そうこうしている間も、広場をどすどすと歩くロボ。
操縦するロミタンは必死に叫んでいる。
裏切ったコジロウを探しているが、燦々たる広場は大混乱。
人一人探すのも容易ではない。
ノヴェトはホッと胸を撫で下ろす。
「とりあえずは、ロボのおかげで一件落着しそうだな。まぁまっちゃんは、相変わらずどこにいるか分かんねぇけど。」
だが、ロボに踏み潰されたアヴァロワーズは死んではいなかった。
地面にめり込む身体をなんとか引っ張り出す。
「……よくもやってくれましたね……。」
ヨロヨロと起き上がるアヴァロワーズ。
その姿をリンリンが発見する。
「ノヴェトさん、あれ!」
「うわ、アイツまだ生きてんのか。頑丈だなぁ……。」
「ふ……、この労働王の鎧に助けられましたね。さぁ、お遊びは終わりです。……こちらも奥の手を使わせてもらいます。……出よ!鋼鉄大将軍!!」
アヴァロワーズの足元に、とてつもなく大きな魔法陣が浮き上がる。
陣の文字が光り輝くと、魔法陣から何かが浮き上がってきた。
それは巨大な甲冑だった。
その大きさは、シヴァデュナートよりも少し小さいくらいだ。
だが、とてつもなく大きなことには変わらない。
アヴァロワーズは、その地面から浮き上がってくる甲冑の肩に乗った。
そのまま甲冑は地表より這い出し、全身をあらわにした。
鎧には、何本もの長い鎖がくくられている。
身体が微かに動くたびに、それがのたうつ大蛇のように暴れ回る。
「そして更に『鋼鉄神剣ダヴァンドーザ』よ、顕現せよ!!」
巨大な甲冑の足元に、また魔法陣が浮き上がった。
そこから、跳ね上がるように巨大な両手剣が打ち上げられる。
その剣は中空を舞い、巨大甲冑の手に収まった。
ノヴェトは驚きと共に、嫌な記憶が蘇る。
「な、なんだ!?あのデカい鎧は!?……って、またこんな巨大対決になんのかよ!?勘弁してくれ!!」
だが、ロミタンはまだ気付かず、必死でコジロウを探し続けていた。
今も、瓦礫をひっくり返し、裏側を確認している。
まるで虫でも探すかのように、そーっと。
アヴァロワーズは、巨大甲冑に語りかける。
「どうです?鎧の着心地は?」
「ああ……、ああ……。」
「さぁ、あんな破壊神
「うおおおおおおおおおん!!」
叫ぶ巨大な鋼鉄鎧。
「アスターだって!?ええ!?本当に!?」
ノヴェトには、それがあのアスターかどうかを判別できない。
なにせその巨大な鎧は、兜で顔も全て覆われてしまっているのだ。
鋼鉄のアスターは、巨大な両手剣を振りかぶるように担ぐ。
そして、それを力任せに打ち下ろした。
大きな地響きと衝撃波。
その一撃で、王国の城や街並みが消滅した。
しかも、シヴァデュナートには全く当たっていない。
「えええええええええ!?」
ノヴェトらはその威力に驚く。
だが、一番驚いたのは、アヴァロワーズだった。
「ちょ、貴方、何してるんです!!なんでそんな……、ええ!!!?」
*
大剣の一振りによってできた、不自然な溝。
それは遥か先まで続いている。
周囲の城や街は、もはや跡形もなく一瞬で消し飛んだ。
ノヴェトとリンリンは、突如現れた鋼鉄鎧の巨人に戸惑う。
「あ、あれがアスターだってのか……っ!?嘘だろ!?」
「で、でもなんだか、様子がおかしいような……?」
「ふしゅるうううううううううううう……っ!!」
鋼鉄鎧の巨人は呼気が荒く、鎧の端からそれが漏れてくる。
「どうもあのアスター、正気じゃねぇカンジだな。こんな隠し玉まで仕込んでやがるなんて……。」
アスターの肩に乗っているアヴァロワーズは、アスターへ必死に語りかける。
「アスターさん!なんでそんな振りかぶっちゃったんですか!?貴方身体大きいのですから、もう少し手加減しないと……。」
「うおおおおおおおおおおおおおおん!!」
ブンブンと頭を振るアスター。
身体中に括り付けられた鎖が暴れ狂う。
兜についた鎖が、アヴァロワーズを襲う。
「危っ!あばばばば!!ちょ!止めなさい!!アスターさん!!」
「うおおおおおおおおん!!うおおおおおおおおん!!」
まるで子供のように駄々をこねるアスター。
「全然制御できてねぇな……。」
……と、その時、アスターの手を黒い何かが這い上ってくる。
そしてそれは、凄まじい速さで蛇のように首へ到達する。
だが、アスターは首をイヤイヤと振って、鎖の一撃を食らわせる。
その鎖は、黒い何かを引き裂いた。
……ように見えたが、それはアスターの後頭部の背後にふわりと浮遊する。
そして、そこで一瞬だけ止まる。
ようやっとリンリンにも、それが何か分かった。
「……ロ、ロレッタちゃんッスよ!!」
黒いそれは、魔族女性『死神のロレッタ』であった。
一瞬で、アスターの首の後ろまで到達した彼女は、大鎌をグッと構えた。
そして、鎧の隙間目掛けて大鎌を振り下ろす。
だがそれは、アヴァロワーズの二刀の片手剣によって防がれてしまった。
激しい金属音が鳴り響く。
「そんなこと、させませんよ?」
「……あらぁ?貴方、やりますねぇ。」
そのまま落下していくロレッタ。
だがロレッタは諦めない。
すぐさま大鎌の死霊を召喚し、自身を踏み台にさせた。
今度は、大鎌の死霊がアヴァロワーズへ攻撃を仕掛ける。
「悪足掻きを!!……なっ!?」
だが、死霊はその一体だけではなかった。
次から次へと互いを踏み台にし、何体もの死霊がアヴァロワーズに襲い掛かる。
「こうなれば、術者をまず……、なにぃ!?い、いない!?」
さっきまで落下していたロレッタの姿は、もうそこにはなかった。
いまそこに落下しているのは、盾の死霊。
そう、ロレッタは盾の死霊を踏み台に、再び駆け登って来たのだ。
だが、死霊の群れに紛れ、ロレッタの姿は確認できない。
「くっ!?次から次へと!!いいでしょう、私の本当の力を見せてあげましょう!!」
アヴァロワーズの鎧の背中が爆ぜる。
そこから銃を持った何本もの腕が生えてきた。
そして、すべての死霊を撃ち落としてしまった。
しかし、その時はすでに、ロレッタはアヴァロワーズの背後に回っていた。
大鎌はすでに構えられている。
「これで終わりだね?」
ロレッタは、無慈悲に大鎌を真横に薙いだ。
……が、それは空を斬った。
「ぐぅは……っ!?」
アヴァロワーズの背中の真ん中。
そこから巨大な大砲が出現し、砲弾が射出された。
ロレッタはそれをまともに食らってしまったのだ。
彼女はそのまま落下していく。
しかし、力無く落下するロレッタを、誰かが空中でキャッチした。
……レンザートであった。
「意識はありますか……?」
「悪いね……。助かったよ。」
レンザートは、ロレッタを抱き抱えたまま着地した。
だが、ロレッタのダメージは予想以上で、立つのもやっとのようだった。
アスターの肩の上には、未だアヴァロワーズがいた。
だが、その姿は異様だった。
それぞれ片手剣を持った右手と左手、それ以外に複数の腕が生えている。
そして、今生えてきた巨大な大砲。
それは背中から伸びて、まるで尻尾のように見えた。
「あれが、労働王の真の姿かよ。完全に機械のモンスターじゃねぇか。」
肩から飛び降り、地表に降り立つアヴァロワーズ。
「さぁ、向かって来なさい、勇者たちよ。これはボス戦ですよ?完膚無きまで叩きのめして差し上げましょう。残念ですが、貴方たちにとって、ここからは全て負けイベントになります。」
*
労働王アヴァロワーズはその姿を誇示するように、すべての手を大きく広げた。
ノヴェトはたじろぐ。
「くそっ!こんな状態でボス戦かよ!」
ここには、ノヴェトの他には、リンリン・ロレッタ・レンザートしかいない。
とにかく人数が少な過ぎるのだ。
その上、ロレッタは負傷しているし、ノヴェトはレベルの低いアバターだ。
しかも、回復役はいない。
「ここはひとまず逃げ……。」
だが、ノヴェトの足元に、アヴァロワーズの銃弾が打ち込まれた。
「うひゃっ!?」
「ボス戦ですよ?逃げられるとお思いですか?……ご安心下さい。ここで死んでも神殿送りになるだけです。……まぁもちろん、神殿では私の部下が、貴方の到着を心待ちにしておりますが。」
「くそっ!!万事休すか……。」
アヴァロワーズは両手を挙げ、剣を掲げる。
「さぁ、アスター!私の
アヴァロワーズが喋っている最中、その真上にアスターの大剣が撃ち込まれる。
「ぬああああああああああ!!」
その爆風にノヴェトたちも巻き込まれ、吹き飛ばされる。
その大剣を、アヴァロワーズは二刀で受け止めた。
だが、釘のようにそのまま地面にめり込んでしまった。
叫ぶアスター。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!!」
地面を転がりながら、なんとか体勢を立て直すノヴェト。
「いやもうこれ、シュノリンばあちゃんと同じパターンじゃねぇかよ!!どいつもこいつも……、まずは制御方法を確立せぇ!!」
シヴァデュナート・ロボをアスターに向けて繰り出すロミタン。
「待ちなさい!!それ以上の狼藉、このロミタンたんが許しませんよ!……って、おわああああっ!?」
ロミタンの話している最中に、剣を撃ち下ろすアスター。
なんとかロボはすんでのところで避けた。
「ちょっと、貴方、人の話を聞っ!……聞けっ!!」
「きええええええええええええええええ!!」
「なんなのこの人、言葉通じないんです!?……ほわあああ!危っ危っ!ああんもう!オ、オーガさん、後ろで黙って見てないで、力を貸してください!!」
頑張って避けるシヴァデュナート・ロボ。
そして、突然、ロボの筋肉はゴリゴリに盛り上がった。
叫ぶロミタン。
「名付けて『シヴァデュナート・ロボ・マッスルフォーム』なんです!!」
シヴァデュナート・ロボは、同乗者の能力を利用する機能を持っている。
一言も喋らないが、どうやらロボにはオーガも搭乗しているようだ。
今回の能力は、オーガの『鋼の肉体』だった。
ロボはその両腕を交差し、撃ち下ろされる両手剣を止めた。
硬い肉体に撃ち込まれた金属。その音は鈍く響く。
さすがに衝撃波までは殺せないが、そのガードは両手剣をガッチリと防いだ。
「ここからはこちらの番です。さぁ、覚悟するんです!!鎧の人!!」
ばっちりと決めゼリフのロミタン。
だが、足元にいるノヴェトらは、衝撃波に飲まれてそれどころではない。
「うばはあああああああああ!!」
「死ぬッス!!死ぬッス〜!!」
吹き飛ばされ、壁に打ち付けられるノヴェト。
「う、うう……。頼む、遠くでやって……。」
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