第43話 再び抗う者

王国の広場。


突如現れたのは、全長十数mの『シヴァデュナート・ロボ』。

どうやら、ロミタンが操縦しているようだが……。


アヴァロワーズは、ギリギリと奥歯を噛み締める。


「出ましたね!!魔王の大罪、シヴァデュナート!!この警戒網の一体どこから……っ!?総員、迎撃準備!!」


だが、指揮系統はすでに機能しておらず、逃げ惑う魔神マシン族。

さらに、NPCやプレイヤーらも大混乱だった。

広場は、蜘蛛の子を散らすような大渋滞だ。


シヴァデュナート・ロボは、魔王の巨躯を手に掴んだまま、ゆっくりと自身の巨体を起こす。

これでもう、誰も魔王へ攻撃できないだろう。


そして、ロボの頭の上から、勝ち誇ったような声が聞こえてきた。


「ふはははっ!!どうだ!!私は魔王軍・最高軍幹部、アラガウモノ『コウガ・コジロウ』様だ!!このシヴァデュナート・ロボこそ、魔王軍の技術を結集した最終兵器!!そして、今こそ、アラガウモノの真の力を見せる時!!この真紅になびくマフラーと、黒く鈍くキラ光る妖刀『乱切り丸・茨掻ばらがき』を見よ!!我こそは、天を衝く一筋の闇!!この広大な闇夜に……。」


延々と喋り続けるコジロウ。

ノヴェトは若干グッタリしながら、それを観察する。


「よう喋るなぁ……。コジロウくん、生きていたのか。……って、誰だあれ?あんなんだっけ?」


端正な顔立ちに、モデルのようにスラリと伸びた手足。

現在のコジロウのアバターは、魔族男性だった。

引きずるほど長く、赤いマフラーが風になびいている。


リンリンの記憶も朧げだった。


「えっとー……、最近見てなかったッスけど、あれはアラガウモノの時のアバターッスね。コジロウさん、アバター二種類あるから。『大天魔』と『抗う者アラガウモノ』。」


上級クラス『抗う者アラガウモノ』──────

『侍』と『忍者』の二つを極めたクラスである。

単体火力に秀でた侍と、トリッキーな忍者。

瞬間火力と搦手を備える、すべてにおいて隙のないクラスだ。


コジロウは印を結び、叫ぶ。


「喰らえ!!『火遁・一刀神火いっとうしんか悶絶もんぜつ爆真龍ばくしんりゅうの術』!!」


コジロウは印を結び終えると、口当てを外し、思い切り息を吸い込む。


「スゥーーーッ、…………ウゲェエエエエエエエエエエ!!!」


そして、そのまま吐き出した。

コジロウの口から、ロケット弾のような、極太な爆炎の龍が発射される。

それは地表目掛けて飛翔し、高速に風を切り裂いていく。


「なっ!?総員、全力で避けなさい!!」


叫ぶアヴァロワーズ。

だが、到底間に合わない。


そして、爆炎の龍は直撃する。

……シヴァデュナートの手の中の、魔王に。


「……え?」


目が点になるノヴェトとリンリン。

そしてロミタンも。

……叫ぶコジロウ。


「くぅ!?魔王様、大丈夫ですか!!……いますぐお助けしますので!!」


そして、再び爆炎の龍を発射する。

……が、また魔王に直撃。


「ああ!!なぜ!?こ、これはまさか、魔法人形オートマトンの罠っ!?」


ロボを動かしているロミタンは、激しく動揺した。


「ちょ、アナタ、何やってるんです!!どこ狙ってるんです!!」


コジロウの爆炎が魔王へ当たらないよう、ロミタンは頑張ってロボの手を動かす。

だが、コジロウは狙い澄ますように、魔王を狙撃し続けた。


「ま、魔王様!!これは魔法人形の策略なんです!!くっ!なんて卑怯な!?」


アワアワと言い訳をしながら、執拗に魔王を狙撃し続けるコジロウ。

……さすがのノヴェトも気付く。


「いや、オイ、アイツ止めろ!……あのクソ忍者!この機に乗じて、まっちゃん暗殺しようとしてるぞ!!」


魔王は度重なる爆炎を食らい、黒焦げになってしまった。

そして……。


「あ……。」


全員が見てる状況で、シヴァデュナートの手から、何かがこぼれ落ちた。


絶叫のロミタン。


「う、うわあああああ!!首が!!首が!!……ア、アナタなんてことを!!」


動揺するロミタン。

手に持った魔王の胴体を、あわあわと確認し始める。


何やら悦に浸っているコジロウ。


「惜しい人を……。魔王様、アナタの犠牲は忘れません……。でも心配はいりません。私が次の魔王となって、皆を導きます!!」


ノヴェトは走り出し叫んだ。


「いやもうアイツ、普通に敵じゃねぇか!!ダメだ、まずあの裏切り者からぶちのめすぞ!!」


ロミタンは、シヴァデュナートの手で魔王の遺体を確認していた。


「……あれ?えっと、でも、なんだか変ですね……?」


だが、魔王の遺体は黒いモヤに包まれ、霧散してしまった。


「こ、これは……!?ニセモノ!?」


ホッとするロミタン。

そして、動揺するコジロウ。


「な、なんですって!!そ、そんなぁ!!私の魔王の座は……っ!?……い、いや私には分かっていたのです。それがニセモノだってことぐらい!!……魔王様は、きっとどこかで無事はずです。良かったですね!!」


「良かったですね、じゃないですよ!!あなた何、もう何!?しれっと!!しれっと!!こんのぉ!!!」


シヴァデュナート・ロボの腕が、頭上のコジロウを掴もうとする。

だが、コジロウはぴょんぴょんと簡単に避けてしまう。

そして、地表まで逃げると、魔神族の兵士らの中に飛び込んでいく。


「ふははは!そんなノロい動きでは、私の影すら捕まえられませんよ!」


「ちょ、あなた、待ちなさい!!」


ロミタンはコジロウを見失うまいと、懸命にロボを操縦する。

シヴァデュナートはそのまま、どすんどすんと魔神族の中に入っていく。

そして、魔神族らは踏み潰され、次々と神殿送りにされていった。


アヴァロワーズは逃げ惑う兵士たちをかき分け、シヴァデュナートを睨みつける。


「くうっ!!この考えなしのニートどもがっ!!」


怒ったロミタンは、ロボの手で魔神族の兵士を数体掴み上げた。

そして、コジロウ目掛けて投げつけた。


「はははは……、お?、おおおおお、……おわああああああ!!」


魔神族の兵士らが手裏剣のように飛んで、コジロウは巻き込まれてしまった。

それでもなんとかノックダウンした魔神族らの中から、這い上がるコジロウ。


「な、なんの!!多少当たっても、どうということはない!!…………あ、ああ……。」


だが、コジロウの視界には、すでに次々と飛んでくる魔神族の兵士たちが映る。

それは、まるで鳥の群れのように飛来し、コジロウに連続ヒットした。


「ぐお!おぼおお!!べほう!!あばあぅ!!う……、おぼああ!!」


ギリギリと歯軋りをするアヴァロワーズ。


「……いいでしょう、こちらも奥の手を出すとしま…………、むきゅ!?」


結局、アヴァロワーズも、シヴァデュナート・ロボに踏み潰されてしまった。





──────少し前に時間は遡る。


カゲチヨらは、別の目的地に到着していた。

実は、魔王処刑の通知があってから、ノヴェトらは三手に別れたのだ。


まず、ノヴェト・リンリンは、一度レジスタンス本部へ戻った。

そして、レジスタンスメンバーらと共に、魔王の救出隊として王国へと向かう。


メルトナ・ミシュはログアウトし、女神領側からアプローチを試みている。


そして、カゲチヨ・アキラ・スアリの3人は、そのまま捜索を続けていた。

目的地は冥界。もちろん目標は、破壊神シュノリンと結界師ロミタンだ。


なお、すでにロミタンは独自に動いていた。

だが、この時の彼らにそれを知る術はなかった。


実は、森の魔宮にあった入り口は、温泉水の流入を防ぐため閉じられている。

そのため、カゲチヨらは、別の出入り口を探す必要があった。

街はすでに異界化し、町並みも変わっている。

ロミタンの作った出入り口も、残っているかは分からない。

結局カゲチヨら3人は、唯一確定で冥界へ行ける場所へと向かった。


それは、廃都の魔宮。


一行が魔宮に到着し、奥へ進むと、不意に声をかけられる。


「やあ、皆さん。ごきげんよう。」


「……出たわね。殺し屋。」


アキラは身構える。

目の前にいるのは、あの男だ。

色白で銀髪の優男。


「殺し屋だなんて、あんまりですね。……そちらの方は初めてでしょうか。私、この魔宮の管理人をしております、シヴァデュナートと申します。」


「ああ、どうも……。」


スアリはちょっとだけ頭を下げて、挨拶をした。


ここには冥界へ行く手段がある。

……それは、この管理人に毒殺されることだ。


『冥界』とゲームの『死者の国ヘルヘイム』は、完全に融合している。

他の手段が不確定である以上、この手段を使うしかなかった。


「スアリ、騙されちゃダメよ。アイツ、毒入りお菓子出してくるんだからね。」


「おやおや。随分な言われようですね。ははは。これは一本取られました。……お菓子だけに?甘い?……なーんて。ははは。」


「ん、なに?どういう意味?……って、笑い事じゃないでしょうが!こっちは殺されてんだからね!!」


苛立つアキラ。

スアリは、カゲチヨにこっそり耳打ちする。


「今の会話、お菓子に何かかかってたのか?韻を踏んでたとか?私は、その例のクエストやってないからか、内容がいまいち理解できてないんだが……。」


「え?ああ、大丈夫ですよ。ボクも、まったく理解できていませんので。」


管理人シヴァデュナートはニコニコとしながら、改めて問いかけてきた。


「それで……、どんな御用でしょうか。……ああ、まずはお茶を……。」


「要らないわよ!!」


「ではお菓子を……。」


「だから要らないっての!!なんでアンタ、そんなに殺す気マンマンなのよ!?」


「ううう……、ひどいです……。破壊神はすでに復活し、私は役目を終えました。生贄を送らずとも、破壊神は自力でなんとかできるでしょう。私だって、好きで毒を盛っていたわけじゃないんです。」


「アキラ……。ダメですよ、あまり強く言っちゃ……。」


「だってコイツ、全然反省してないわよ!」


アキラをなだめるカゲチヨ。


「まぁまぁ、冥界へ行くために必要なので……。」


カゲチヨはシヴァデュナートへ向き直る。


「あの、シヴァデュナートさん、冥界……、あ、いや、死者の国へは毒殺以外で行く方法はないのでしょうか?」


「死者の国……。そうですね、知らないですね。……それはそうと、お菓子をどうぞ。」


「だから要らないって……。しつこいわね……。」


お茶とお菓子が目の前に出される。


「えっと、ちょっといいですか。」


カゲチヨはメニューを操作し、薬品を取り出した。

そして、お菓子をひとつ掴み、薬品をかける。


「……あ、色が変わりました。毒入りですね。」


「ちょっとアンタ!懲りないわね!!」


「チッ!余計なことを……。」


管理人シヴァデュナートは、一瞬だけ別人のような顔つきに変わる。


「こっちが本性か……。」


ミシュは、目の前の男の本質をようやっと理解する。

だが、シヴァデュナートは、飄々とした顔に戻る。

そして、いつものようにゆったりと応える。


「ですが、貴方たちは死者の国へ行きたいのですよね?……でしたら、答えはすでに出ているのではないかと……?」


シヴァデュナートのニヤリとした笑顔。

アキラは唇を噛む。


「くうっ!?結局食べないといけないわけ……?」


「え、あ、オイ。正気か。毒入りって分かってて……?」


ミシュの戸惑いとは裏腹に、カゲチヨとアキラはお菓子を手に取っている。


「……え?ホントに?食べるの?……冗談じゃなく?」


「いい?鼻つまんで食べるのよ?」


「それ、意味あるのか……?」


ミシュは血の海に倒れ、ついてきたことを後悔した。





カゲチヨ一行は、無事に毒殺され冥界へ着いた。


少し歩くと、目的の場所へ到着した。

そこは『冥府の秘湯』。

その光景を目にし、ミシュはようやっと納得する。


「暑いな……。温泉と聞いた時、ゲーム内の比喩表現かなにかだと思ってたのだが。まさか、そのまま本当に温泉だったとは……。」


結局、毒入りお菓子を食べ、冥界までやってきた。

無限ループの回廊などもなかったので、特に迷うこともなく。

一行は『冥府の秘湯』までやってこれた。


「で……、VIPエリアってどこなのよ?」


「拡張したって話ですから、前には無かったところだと思いますが……。どの辺かは……。」


「ん?キミらは、来たことがあるんだよな?」


「あるわよ!でも、前来た時とは少し変わっているみたいなのよ。……その辺、今誰もいないでしょ?」


「誰も?……って、NPCのことか?」


「違うわよ、死者。こっち側はプレイヤーが出入りするから、シュノリンおばあちゃんや死者の人たちは、みんなVIPエリアに移動したらしいのよ。」


「なんだろう、よく理解できんな。死者というNPCではないのか……?」


「とにかくVIPエリア探せばいいのよ。……ってあれじゃない!?」


そこには、あからさまに大きな門。

以前は無かったものだ。


「大きいですね……。」


「デカッ!……重っ!重いわ!重過ぎて開けられないじゃないのよ!!」


アキラは、その重い扉を力任せに押したり引いたりと試みる。

だが、ピクリともしなかった。

扉の重さもあるが、物理的に固定されているような感触だった。


「鍵かかってるんじゃないのか?……で、ここがそうなのか?」


「たぶん……。前は無かった扉なので……。」


「周りに他の出入り口はなさそうだな。……ん?あのちっこい戸は……?」


「あ、あれは『境界の門』ですね。もしかしたら、商店街があった辺りに抜けられるかもしれませんね。帰りにでも行ってみましょうか。」


「門……?あの勝手口が門?…………門?」


ミシュが困惑していると、見ている前でその勝手口が開いた。

そして、誰かが冥界に入ってきた。


「お腹空いたにゃ〜。」


「いつもみたいに間食すればいいじゃないですか。」


「節約しないと、なくなっちゃうのにゃぁ……。とほほにゃぁ。」


それはエルフ娘ロザリーとリゼットだった。


駆け寄るカゲチヨ。


「……ロザリーさん!リゼットさん!」


「え?おわっ!?……って、カゲチヨきゅん!?え?なんで!?」


「ロザリーさん、エルフの方のアバターなんですね。」


「カゲチヨきゅんにゃあ!!」


リゼットは、ぎゅうぎゅうにカゲチヨを抱き締める。


「リゼットさん!く、苦しいです……。」


「ほふぅ〜、美味しいそうなわんわんなのにゃぁ〜!!」


アキラも走ってきた。


「ちょ、なにどさくさに紛れて、チチ押し付けてんのよ!!この変態エルフ!!」


「フッ……。」


「なんでアンタ今、鼻で笑ったのよ!!ちょっと離れなさいよ!!!」


「ああー、カゲチヨわんわんちゃんは、塩気が聞いてて美味しいにゃ〜。あはー、お腹空いたのにゃぁ〜。」


「くっ!この変態がぁ!!なに舐めてんのよ!!離っ、離せっての!!」


「……で、そちらは……?」


ロザリーは、カゲチヨたちの後ろの見慣れぬハーフリング族女性に尋ねた。


「ああ、私はスアリ。……アンタらどっかで……。ああ!『串刺しのロザリー』!!ってことは、そっちが『墓標のリゼット』か!?」


「……ええ、まぁ。スア……?ああ、もしかして女神領の。以前お会いしましたね。……でもそのお姿、ゲームのアバターですよね。どうしてまた?」


「これには色々事情が……。」


そのとき、ロザリーが持っていた包みが動いた。

中から何かが這い出してくる。


「あ……。」


「え、なに!?何持ってんの!?……って子供!?」


「ああ、やっと気がつきましたか……。」


「ちょ、アンタら子供誘拐したの!?」


「ええ!?違いますよ!!……魔法人形オートマトンたちに捕まっていたので、逃げるときに一緒に連れてきたんですよ。どちらのお子さんかは知りませんが……。」


「それ、ギリ誘拐じゃないの……?」


「人族の子供……、でしょうか?小さくて可愛らしいですね。」


幼女はロザリーに抱き抱えられながら、目を擦って辺りを見回した。


「う……、ん……、ここはどこじゃ?」


「え?ああ、ここはえっと……。冥界で……、って言っても分かりませんよね……。お身体は大丈夫ですか?痛いところは?」


「冥界?戻ってきたのか。まあいい、ワシは腹が減ったのう……。とりあえずなんか食わせい。……あーロミタンはどこじゃ。あれあったじゃろ、ワシの好物。あれが食いたい。」


「は?……アナタ、一体誰なんです?」

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