第6話 戦塵の傀儡兵団

ここは魔王城……、という名のビル。


カゲチヨ少年は、その下層階にある大部屋にいた。


「本日、カゲチヨ殿に来てもらったのは他でもない……、これでござるよ。」


女魔王が取り出したのは、キラキラの衣服。


それは、女児向けアニメの魔女っ子の衣装だった。

ここ最近、こちらの世界で流行っているもので、これは市販品だ。

小さな子供向けの衣装で、白とピンクにレースをあしらった一品。

ラメ入りで、ビーズもふんだんに使われている。


女児の着用を想定しているせいか、そこまで高価なものではない。

そして、そこそこの耐久性はある。

だが、コスプレとして考えると、クオリティはそこまで高くはない。

あくまでも、女児用玩具の延長線上にあるものだ。


「え、……っと?こ、これをどうしたら?」


カゲチヨ少年は、突然そんなものを渡され、困惑していた。


今、姿は見えないが、ここには魔王軍の幹部が集まっている。

実は、全員、魔王のオタクサークルに強制加入済みだ。

今回は、そのサークルの同人誌制作のために缶詰状態だった。

しかも、この状態が数日続いており、完全に修羅場と化していた。


作業自体は、フルダイブ型ネットゲームの魔onマオンの中で行なっている。

彼らが作っている同人誌のデータも、常にあちらで共有されている状態だ。

だが、現実リアルでの作業も必要となるので、こうして1箇所に集まっているのだ。


そんな状況で、手伝ってほしいと女魔王から連絡があった。

それでカゲチヨもここへとやってきた。

だが……。


「描くでござるよ。」


「この衣装を……、でしょうか?」


「そうでござる。」


女魔王も寝ていないのか、だいぶ目がうつろだ。

さきほど女魔王はゲームからログアウトしてきた。

そして、挨拶もそこそこに、今のこの状況。


カゲチヨも何が何だか分からない。


「ボクが描くんですか……?あまり絵は得意ではないのですが……。」


「拙者が描くでござる。」


「……?」


「拙者が描くでござる。」


「えっと……?」


実は、さきほどから若干会話が噛み合っていない。

女魔王は同じことを何度か繰り返していたりと、どうにも言動が怪しい。

睡眠不足で、まともに脳が働いていないのだろう。


「カゲチヨ殿は着る。拙者は描く。……着る。描く。」


「……ん?着る?……これを?」


カゲチヨは理解できない。


「これ、すごいピンクで、たぶん女の子用だと思うのですが。スカートだし。」


「大丈夫でござる。絶対似合うでござる。サイズが合っていれば大丈ブイ!」


妙なテンションの女魔王。


「えっと……。」


「もう限界なのでござるよ……。頭が回らなくて、実物を見ないと、描けないでござるよ。カゲチヨ殿……、お願いするでござるよ。それを来て、ポーズをとって欲しいでござるよ。」


「え、でも、ボク、こんな……っ!」


カゲチヨは拒絶するが、その足元で頭を下げる女魔王。

座って頭を下げるので、ほぼ土下座のような形になってしまっている。

半分寝ているので、女魔王の頭は吸い付くように地面に擦り付けられる。


「や、やめてください!……わ、わかりました。ちょっとだけですからね。」


「ありがとうでござるよ!助かるでござる。……では、みんな後よろしく。」


そう言うと、女魔王はすごすごと自分の机に戻っていった。


「……え?」


戸惑うカゲチヨ。


だが、すぐに理解した。

各机から、ゾンビのような何かが這ってきたのだ。


それらは、いつの間にかゲームからログアウトしてきた魔王軍の面々。

修羅場を耐えてきた魔族女性のジーナ、ジルダ、ロレッタ。

そして、エルフ女性のロザリー、リゼット。


彼女たちは、カゲチヨの周りにゾロゾロと集まってくる。


「さぁ、お着替えしましょうね?……カゲチヨきゅん?」


「いっぱい……お洋服あるからね。いっぱいおめかししようね?」


「ボク、お化粧してあげるね。……まずはお洋服、……脱ごうか?」


「さぁ、まずは袖を脱ぎ脱ぎしましょうねー?」


「かわいいお洋服ねぇ、どれから着よ?」


目が虚な5人の女性たち。

ゾンビのように動きはゆっくりで、一様に言葉はゆっくりと優しい。

だが、なぜだか全員、異様に息が荒い。


そして、カゲチヨはもうひとつのものに気がつく。

それは無造作に置かれていた段ボール箱。

その中には、女児用と思われる衣服が大量に入っていた。

彼女たちは、それを無造作に引きずってくる。


「ひっ!な、なんですか!?……な、なんなんですか!!?」


怯えるカゲチヨ。


後退りするカゲチヨ少年。

だが、すぐに足をガッチリと掴まれてしまう。


その力は、ちょっとやそっとじゃ抜け出せそうもない。

そのまま、引っ張られ、女性たちの輪の中に引きづり込まれる。

まるで蟻地獄のように。


「ああああ!!やだああああ!!ちょ、ま、魔王さぁあああああん!!!しょ、初代勇者さん、助けええええええ!!こんなのぉ聞いてないいいい!!ああああああ!!やだあああああ!!!」


「ほらほら、静かにしなきゃ、……ダ・メ。」


「……っ!!」


口を塞がれるカゲチヨ。


「すまないでござるよ、カゲチヨ殿。もう限界なのでござるよ。」


女魔王は、一切カゲチヨの方を振り向くことなく、つぶやく。


「今は、生贄が必要なのでござる……。」


こうしてカゲチヨはしばらくの間、おねーさん達の生贄オモチャにされてしまった。





「……。おーい、……これ、生きてんだよな?」


「まぁたぶん、大丈夫だと思うでござるよ。」


女勇者ノヴェトと女魔王の目の前には、グッタリと放心しているカゲチヨ少年。


少年の口からは、だらしなくよだれが垂れている。

少年をいいだけもてあそんだおねーさん達は、すでにゲーム内へ戻っていた。


「でも、本当に助かったでござるよ。睡眠不足で、彼女たちの鬱憤が溜まりに溜まって、ゲーム内あっちで暴動が起きたでござる。魔王城でクーデターなんて、ちょっと洒落にならんのでござるよ。」


遠くを見る女魔王。


「運良く、誰を新しい魔王にするかで揉め出したので、拙者その隙に、勇者氏に連絡したでござる。もう少し遅かったら、拙者はあっちで火炙りされるところだったでござる。」


「……魔王軍、自由過ぎない?」


女勇者は、カゲチヨを揺さぶり起こす。


「おーい、起きろ、少年。」


「ハッ!……ここは?……一体……?」


「いやもう、なんか、記憶障害起きてんじゃん……。」


「えっと、あなたは……?」


「え?……それ、そんな深刻なやつなの?」


だが、カゲチヨ少年はすぐに元に戻った。魔王もホッと胸を撫で下ろす。


「いやービックリしたでござるよ。よっぽど、先程のことがこたえたようでござるな。本当に申し訳ないでござるよ。彼女達にも、もうあまりやり過ぎないように言っておくでござる。」


「先ほど?なにかあったんですか?」


そのカゲチヨの様子を見た女勇者と女魔王。

カゲチヨに聞こえないように、二人は小声で話し出す。


「おい、治ってねぇぞこれ。都合の悪い記憶、ごっそり抜けてんじゃねぇか。」


「ま、まぁとりあえずは、触れないようしておいた方がいいかもしれないでござるね……。」


二人はカゲチヨを見る。

ニコニコしている。

いつもの少年だ。


「……いや?別に?……何も。」


女勇者は、少年の目を見ずに言った。





「この技術ってすごいですねぇ。けど、ゲームにログインしてる間、身体はどこに行っちゃうんですか?」


現実リアルの魔王城の大部屋。


ここには数人残って作業しているが、ほとんどの者はゲームの中だ。


女魔王はまだ現実リアルにいるが、白目を剥いて置物のようになっている。

おそらくは、今ヤバい方の波が来ているのだろう。

そっとしておいた方が良さそうだ。


カゲチヨは、その魔王城の光景がとても不思議だった。

特に、ゲームに関して。


「あっちの世界にもヴァーチャルなんとかって、ゴーグル付けたりして……。ああ、あと、脳波で直接操作するのも可能になってきてましたよね。そういう脳波で操作するのを題材にしたアニメも流行ってるって、ニュースでやっていましたし。でも、脳波で操作するということは、身体は動かせないので、寝たきりになりますよね?こっちでは身体が消えちゃうんですね。不思議です。」


「『不思議です』って、この前、お前もログインしたろうが。」


「え、あ、はい。でも、ボクの意識はゲームにログインしてしまっているので、外からどうなってるか分からないですよ。身体は、寝たきりになっていると思ってました。」


「ああ、たしかに。現実リアルの自分がどうなってるかは、見えんか。」


「はい。」


女勇者は腕を組み、考える。


「身体、消えてるんだよ。入れ替えてるって言えばいいかな。アバターと。」


「え、本当に消えてるんですか?」


「ああ。仕組みは説明すんのめんどくさいから、省くけど……。主に大人の事情で。アバターと入れ替わった身体は、データ化されて安置される。元々アバターが保管されていたところにな。データ化されてるから、食事も排泄も必要ない。ああ、ちなみにこれも原理は一緒だ。」


女勇者は、自身の身体をポンポンと軽く叩く。


「この『変わルンルン』で替えた身体も、ゲームのアバターと同じなのさ。」


「でも、ここ、現実ですよ?ゲームじゃないです。」


「……まぁ、それはそのうち教えてやるよ。」


「は、はぁ……。」


カゲチヨは、肝心なところを教えてもらえなかったような気がした。

だが、深くは追求しなかった。


なんとなく女勇者の言い淀んだものは、重要な事柄のような気がしたからだ。

そういうことなら、恐らく聞いてもはぐらかされるだろう。


「おっと、あとはコイツだな。まだ説明してないやつ。……ジャジャーン!」


「……は?」


女勇者は、大部屋の中で作業していた一人の女性の肩を、ポンと叩く。


彼女はメイド服をきていることから、恐らくは魔王城のメイドなのだろう。

今回の同人誌作業にも駆り出されているようだ。

そういったメイド姿の者が、ここには他にも数人いた。


「勇者様?どのような御用件でしょうか?」


メイド女性は、女勇者に問いかける。


「ふふ、少年。オマエ、全然気が付いてないみたいだから、驚くぞーーっ!?」


「な、なんです!?」


「勇者様、どういったご用件で……?」


そのメイド女性は、尚も女勇者に問いかけている。


「まぁまぁ……。」


女勇者の仕草から、カゲチヨにもなんとなく察することができる。

何をするつもりかは知らないが、たぶんこれはフェイント。

もしくは何かの振りだろう、と。


そして案の定、この後、女勇者はやらかした。


「これだっ!!!!」


女勇者ノヴェトはそう叫ぶと、女性のスカートを思いっきりめくった。


「うわっ!!」


突然のことで、カゲチヨはスカートの中身を見てしまった。

だが、そこに思いがけないものを発見する。


番号。


それはシリアル番号なのか、なにかの型番なのか。

それが、彼女の腰のあたりに印字されていた。


そして、その次の瞬間。メイド女性が叫んだ。


「勇者様のエッチー!!」


メイド女性は、女勇者をコツンと殴った。


「ごふっ!」


女勇者は口から漏れ出た鈍い音を発しながら、とんでもなく吹き飛ばされる。

壁に突き刺さったあと、そのまま壁を突き破った。

そして、向こう側へにめり込んでいった。


「……え?……えええええええええ!?」


カゲチヨ少年は、目の前で何が怒ったのかをまだ認識できていない。


目に前には、拳を軽く振りぬいたメイド女性。

そして、その拳の先には、人が一人通れるような壁の穴ができていた。





「……な!?なにが!?一体、何が起こったでござる!?」


さすがにこれだけ大きな音で、壁に穴が空いたのだ。

半分死んでいた女魔王も、目を覚ます。


「えっと、初代勇者さんが……、スカートを……。」


「ス、スカート!!?…………スカート?」


女魔王も意味が分かっていないのか、単純に寝不足で思考が働かないのか。

困惑した表情を見せる。


その横では、スカートを押さえて頬を紅潮させるメイド女性が。


「あ、ああ……。」


すべてを察した女魔王。女勇者が突き抜けていった穴に入っていく。


「勇者氏〜?大丈夫でござるかー?セクハラはダメでござるよ。死にたいでござるかー?」


穴の奥から、女勇者ノヴェトが現れた。

身体に付着した瓦礫を払う。


「ビ、ビックリしたー。死ぬかと思った。悪い、壁壊しちゃったよ。……ってえっと、この子、ノーマルじゃないの?」


「勇者氏、ここは魔王城でござるよ?この子たちは、メイド兼警備兵なのでござる。カスタムで軍用装備内蔵で、パワーも並の男なら一捻りでござる。」


女魔王は、いまだ顔を少し赤らめるメイド女性を、ダイナミックに指し示す。


「しかも!ノーマルタイプ標準のセクハラオヤジ・カウンター『何々さんエッチー!』機能もそのまま残してあるのでござるよ!!さすがに軍用フルパワーエッチーはホントに殺めてしまうので、だいぶ手加減しているでござるが。」


「いや、普通の人はこれでも十分死ぬからね?」


メイド女性は、女勇者にスッと近付く。


「勇者様、大丈夫ですか……?」


「ひっ!……ああ、うん大丈夫。全然余裕。」


条件反射で身体が強張る女勇者。

愛想笑いで誤魔化す。


「え、えっと……?」


困惑のカゲチヨ。


「ああ、これね。この子ね。俺とまっちゃんで共同開発したのさ。魔法人形オートマトン。」


「え?魔法人形?」


カゲチヨはメイド女性を見る。

彼女は、にっこりと微笑んでいる。


女勇者は、微妙にメイド女性から距離をとる。

そして、カゲチヨのそばにやって来て、肩をポンと叩く。


「今まで人間が行ってきた仕事を、全自動でぜーんぶやってくれるのさ。水道電気ガス、インターネットなんかのインフラはもちろん、建築や物流、OSやゲームの開発までも、何もかも全部だ。まるっとぜーんぶ全自動。メンテナンスすらも全自動で、俺たちは一切手を加える必要がない。……どうだ、すげーだろ?」


女魔王は嬉々として語る。


「そういうことでござる。今この国は、この魔法人形たちに支えられているでござるよ。そして、そのおかげで全国民、総ニート時代が幕開けしたでござる!」


「は、はぁ……。」


「ちなみに、この前行ったラーメン屋の店員も、みんな魔法人形だぞ。」


「本当ですか?全然気付かなかった……。」


要するに、この国は魔法人形を働かせ、国民は皆遊び呆けているのだ。

お金の心配も、未来の心配もない世界。

責任も、ストレスも、何もない。

おかげで、全国民漏れなくニートとなってしまった。


「あの……、それならどうして、皆さんこんな徹夜を……?魔法人形さんにやってもらえば……?」


「なるほど。カゲチヨ殿の疑問もたしかに分かるでござる。それは可能でござる。だがしかし!これは仕事ではござらん!趣味でござる。文化でござる。お金にはなるでござるが、大事なのは自分でやるということ。ゲームにしても、人にやってもらったらつまらぬでござろう?」


「なるほど……。」


カゲチヨ少年はまだ納得していないのか、なにかを考えている。


「なんだ?なんか納得いかんか?」


「あ、いえ。ちょっと話変わるのですけど、初代勇者さんはなぜ生きてるんです?あ、いえ、なんだか言い方ひどいですけど、変な意味でなく……。壁突き抜けたら、普通死にません……?」


カゲチヨ少年のその問いかけに、女勇者は満面の笑みで応えた。


「えっと……?」


カゲチヨの困惑は解消することなく、その後、結局いいようにはぐらかされた。

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