第5話 双丘双璧の悪魔

女勇者、女魔王、少年。

3人はまだ料亭の座敷にいた。


そして、周りには魔王の幹部たちも残っていた。

彼らの前には、昼食の蕎麦の入れ物があり、すでに平らげられていた。


今はもうレクリエーションの場となっている。

彼らはワイワイとカゲチヨにちょっかいを出したり。

それ以外の者は、互いに最近の趣味の話を共有しているようだった。


「まだ機嫌直らないでござるかー?勇者氏ー?」


「別にぃ〜?」


明らかに不貞腐れている女勇者ノヴェト。


女魔王になだめられているが、そっぽを向いている。

そんな二人の様子を見て、カゲチヨ少年はポツリと言う。


「初代勇者さんは、どうしてそんなに女神神殿をどうにかしたいのです?」


「どうしてって……、いろいろあんだよ……。」


女勇者ノヴェトは、今回の会議で女神神殿攻略のプランを話し合いたかった。

だが、それはうまくいかなかった。


「お子様の特権だな……。俺も抱っこされてぇよ……。」


女勇者ノヴェトはボソッとつぶやく。


……それは、現在のカゲチヨ少年のことだ。


あたかも当然のように、エルフ女性ロザリーの膝上に乗ってくつろいでいる。

後ろから抱き抱えられるように、お腹の辺りに手を添えられていた。

それは、魔族女性のような拘束でなく、優しく包み込むような優しい抱擁だ。


カゲチヨもリラックスして、時折足をパタパタと甘えるような仕草を見せた。

勿論、カゲチヨ本人は決して甘えの自覚はない。

だが、実は抱っこをしているロザリーは、色々とギリギリの状態で耐えていた。


「……大丈夫?ロザリー?ウチ、代ろうか?」


「う、ううん、大丈夫。別になんにもないよ?」


若干表情がヤバいロザリー。

心配したエルフ女性のリゼットは声をかける。


ちなみに彼女たちは、このやりとりをすでに5回以上繰り返している。


「お蕎麦、美味しかったでござるなー?」


「うん?まぁうん……。」


女魔王の問いかけに、また女勇者は不機嫌そうに答える。


「……まっちゃん、こっそり女将おかみ呼んだでしょ。」


「えー、なんのことでござるかねー?」


すっとぼける女魔王。


女勇者ノヴェトの女神神殿攻略。


実は、これを誰も望んでいないのだ。

今、この国は平穏な暮らしの中にあり、誰も戦いたいとは思っていない。

しかも、現在の女神派は衰退の一途。

こうしている間もどんどん規模は縮小していた。


何より、その理由がノヴェトの私怨にあることは全員知っていた。


その空気を察し、女魔王はこっそりと女将を呼んで昼食にしてしまった。

そして、会議はさっと流れる。

この話になると、いつも毎回このパターンだった。


「来るの早かったし、女将。そりゃ、美味いよ。ここの魔王蕎麦。まっちゃんが監修して、俺が味見してんだもん。そりゃ美味いさ。でも、話してる最中にさ。持ってくる事ないじゃん、蕎麦。……なに?みんなそんなに蕎麦食べたかったの?俺の話より?ってことは、俺の話、蕎麦以下なの?」


女勇者は未練がましく、つらつらネチネチと口を開く。


思いのほか、本気でいじけているようだ。

部屋の隅っこで膝を抱えている。


「そんなことないでござるよー。蕎麦が美味しいのはその通りでござるがー。勇者氏の話、興味ないなんて、それこそナシナシでござるよ。みんな興味津々でござったよー?でもほら、お昼時でござったし、カゲチヨ殿の件で盛り上がったりで。時間が結構押していたでござる。なので、まずは腹ごしらえ、と思ったでござるよ。」


「やっぱ、まっちゃんが呼んでんじゃん。俺に隠れてコソッとさ。なんだよ、もういいよ。だって、お昼ご飯食べたあと、会議したって毎回グダるじゃん。見てよもう、みんなくつろぎまくって……。ほら、アイツなんて完全寝てんじゃん。いいよもう!」


自分の膝に、顔を埋める女勇者ノヴェト。


そのノヴェトの周りには、人族の女性が数人群がってきた。

全員勇者として女神から送られ、初代勇者によって懐柔された者たちだ。


その中の一人、会議でも発言していた女勇者リンリンが口を開く。


「まぁまぁノヴェトさん。神殿攻略は別としても、定例会は元々みんなでダベる会ですし。まぁ定例会という名の、不定期開催ですが……。ああ!!そう言えば、まっちゃんさんのあれ、もうすぐッスよね!?イベント出店、今回は何やるッスか?」


拗ねる女勇者をなだめるため、あからさまに話題を変えるリンリン。

一応、女魔王もそれに乗っかる。


「ああ、そうそう。明日から修羅場でござるよ。我がサークルでは、2冊。……と、今回はコスプレをやるでござる。」


「え?コス?コスやんの?」


さっきまで塞ぎ込んでいた女勇者ノヴェトも、ひょいっと顔を上げ反応する。


「やるでござるよぉ〜?今回はウチのサークルの本気を見せるでござるよ。ウチからは、幹部のジルダちゃんとジーナちゃん、この魔族っ娘双子姉妹の本気コスでござる。題材は、今流行りの……、おっと!!これ以上は言えないでござるよぉ〜?」


「マ、マジっすか!?ひ、ひぇ〜。」


わざとらしいオーバーリアクションをするリンリン。


女勇者ノヴェトは妙にそわそわとし出す。

ジルダとジーナの方を見るような見ないような……。

かなり挙動不審な状態だ。


「え、ちょ、魔王様。それ、私聞いてないんですけど。」


「私も聞いてないのですが?同人誌のお手伝いとしか聞いてませんし。」


ジルダとジーナは、女魔王へ詰め寄る。


「えー?そうだったでござるかー?まぁこれもあれでござるよ。魔王命令でござる。次のコミケは、君たちのお色気コスで世界征服するでござるよー!」


「そういう時だけ、魔王の特権発動しないでください。」


「あーでも、もしかしたら二人共コスさせるのは、やめておいた方がいいかもでござるなー。だって、大変なことになる可能性が……。」


「「え?」」


「いや、だって、こんなグラマラスな魔族があんな可愛い格好しちゃったら、世の男性陣はメロメロでござるよ?きっとファンクラブなんかも、ヒョイヒョイできちゃったりするんでござろうなー?」


実はジルダとジーナは、すでに非公認のファンクラブが存在している。

そして、この運営に実は女魔王が関わっている。

だが、二人はそもそもファンクラブの存在すらも知らない。


「あー、どうしようでござるー?芸能界からスカウトされちゃったり……、するかもしれないでござるねー?」


「え、芸能界……?」


理知的な魔族女性ジルダ。


彼女は一見理知的に見えるが、チヤホヤされたい願望がとても強かった。

アイドルの真似事をして、チヤホヤされる妹に苦言を呈す。

……だが、本当は自身もやりたかった。


「もしかしたら、カッコイイ王子様が現れて、プロポーズされてしまうかもしれないでござるねー?」


「プ、プ、プロポーズ……?」


活発な魔族女性ジーナ。


普段挑発的な格好をしているが、今でも実は夢見る女の子。

クマたんみたいなモフモフで可愛くてカッコイイ殿方をいつも夢見ている。


「プロポーズ……。」


グッタリした表情の女勇者ノヴェト。


彼女は、運命の女神に召喚された時、勢いでプロポーズして撃沈している。

それはもうボロクソに。

そして、今もなお、盛大にひきずっている。


「ああ、しまったでござる。流れ弾が勇者氏に。」


ハッとし、後悔した女魔王。

だが、ジルダとジーナを焚きつけるには十分だったようだ。


「魔王様!!私たちがコミケを征服してやりますよ!!そして、その勢いでそのまま、芸能界も征服します!!」


「魔王様には仲人をお願いしますね!!あ、あと、子供の名付け親にっ!!」





「あ、あの……、リンリンさんって、勇者なんですよね……?」


急にカゲチヨに話しかけられた女勇者リンリンは、一瞬びっくりした顔をする。


「え、ああ。そうッスよ。カゲチヨくん。……きゅん?……くん?」


「言い直さなくてもいいです……。それでその……、リンリンさんはどっちなのでしょうか?」


「どっち?」


「女性……、なのか、とか。」


「ああ、男ッス!」


「あ、ああ……。」


確認しないほうが良かったのではないかと、ちょっと後悔したカゲチヨ少年。


「というか、ここにいる勇者組。みんな女の子ッスけど、全員男ッス。」


「あ、はい。」


そこには3人の人族女性の勇者がいたが、もれなく男性だったようだ。


ただ、見た目はともかく、リンリンはとても気さくな人物だった。

カゲチヨは、ニートに少しだけ差別的な感覚があった。

だから、こんなまともな人もニートだったのか、と少し疑問を感じていた。


「……その目。カゲチヨきゅんは、まだ女性化に抵抗あるッスね。うーん、そうッスね。一度、試しになってみるといいッスよ。たぶん、新たな道が、光が、見えてきちゃったり……。」


「あ、えっと……、考えておきます……。」


「あ、一応言っておくと、魔王軍の方は使っている方は一人だけッス。まぁみんな、自分の容姿に誇りを持っているみたいで……。」


「そうですか。」


「カゲチヨきゅんも絶対やるッスよ。絶対ハマるッスから。だって、自分の身体から、女の子の匂いがするんッスよ?たまらないッス〜!ハァ〜スゥー、ハァ〜スゥー!!こ、この鼻を通る空気が、すべて!!女子の鼻の!!皮膚と!!粘膜を!!経由して肺に送られるんッス!!もうそれだけで御飯三杯はイケるッス!!ハァ〜スゥー、ハァ〜スゥー、ハァ〜スゥー!!」


カゲチヨは、頭の中の反面教師リストに『リンリン』の名を書き殴った。





「えーっと?どこの誰だったかしら?」


「……女神様、この者はハンゾウと言うそうです。」


女神神殿の地下。


女神アシュノメーと数人の信者の前には、磔にされている人族女性がいた。


彼女は、勇者派の女勇者ハンゾウ。

スパイとなり、女神神殿へ侵入していたが、捕まってしまっていたのだ。


「ふぅん。知らないわね。ところで、どうやってこの子を捕まえられたの?」


「雑用を命じていたのですが、異様に物覚えが悪く……、あまりにもポンコツで……。ところが、よくよく教団内で確認してみると、この者、誰も知らないのです。それで問いただしたところ、自分でハンゾウだと名乗った始末。こちらの世界では珍しい名前ですので、恐らくは勇者一派ではないかとカマをかけたところ、自白致しました。」


「どうして誰も知らない者が神殿に出入りできてるのよ?おかしいじゃない。」


「ええ、まぁ。どうやら、数時間前に兵が不審人物を見つけたのですが、逃げられまして。恐らくは、この者がその不審者だったと思われます。」


「なら、さっさと面通しすればいいじゃないの。何グズグズしているの?使えないわね。」


「あ、えっと面通しは済んでおります。……ところが別人でした。」


「……?言っている意味が分からないわ。」


「女神様、これを。この者が所持しておった物です。」


「これは?」


「それは姿を変える魔導器のようで。この者、これを巧みに使用し、見つかるたびに違う者へと姿を変えておったようなのです。」


「はぁ?そんなものがあるの?ホントに?これで?……エイ!エイ!」


女神は目の前の信者に向けて、杖を振る。


「……なによ。変わらないじゃない。」


「ああ、呪文があるそうなのです。」


「ふぅん。……って、なんでアンタがそんなこと知ってるのよ?」


「それはこの者が、教えてくれまして……。」


「……。」


女神はハンゾウを見た。

彼女は作り笑いをしている。


「……この子、本当にスパイなの?ちょっと喋り過ぎじゃない?まさか、罠じゃないわよね?」


「ふふふ、アンタ。変わってないでござるな。その疑り深さ。でも、嫌いじゃないでござるよ?」


女勇者ハンゾウは、女神に語りかける。


「私のこと、知ってる風じゃない?あなた誰なの?」


「さぁてね。当ててみてごらんでござるよ?」


「知らないわ。というかそのバカっぽい喋り、クソ魔王とダダ被りじゃないの。何のキャラ作りなのよ。分かりにくくなるからやめなさいよ。紛らわしい。」


「くっ!こ、これは拙者のアイデンティティでござるよ!拙者は生来の忍びでござる。忍びの里に生まれ、厳しい修行に耐えた真のニンジャ・マスターでござる!キャラとかではないでござる!!ニンニン!!」


「なんかコイツ腹立つわ……。ねぇ、コイツ、今も変身してるんでしょ。戻せないの?」


「あ、戻せます。この杖のダイアルをこちらに回して……。」


「……なんで戻せるのよ。」


「あ、この者に操作を聞きまして……。」


「アンタもベラベラ喋ってんじゃないわよ!バカじゃないの!?」


「ははは、拙者に忍耐の二文字はないでござるよ。拷問とか嫌でござる故。ニンニン!!」


「……じゃぁ戻すわよ。」


「ちょ!やめるでござる!拙者女の子でいたいでござるよー!ニンニン!!」


「アンタ、もしかして男なの?……あ!勇者?なんかそんな気がするわ。……その寒い感じ、ニートくさいわ。」


「な!拙者、ニートではないでござるよ!!勇者なんて知らないでござる!!なんのことでござるかねー!?悔しかったら、当ててみるでござるよー。」


「アンタ、こっちが変身戻せるって忘れてるんじゃないの?そんなクイズに付き合う気はないわ。……さあやりなさい。」


「……ラ、ラブリー……、ルンルン変わルンルン……、プリティプリティ、テッテケテー……、ブイーンどんどん……、元に戻〜れ〜。」


信徒は杖をハンゾウに向け、恥ずかしそうにちっちゃい声で呪文を唱えた。


「や、やめるでござるよーーーーー!!あああああああああ!!!」


光に包まれたハンゾウは、元の男に戻されてしまった。


「ああ……、酷い。どんな拷問よりも酷い仕打ちナリよ……。」


「アンタ、キャラ変わってんじゃないのよ。……って、アンタ!!見覚えあるわ。ああ、思い出した。何番目か忘れたけど、やっぱり勇者ね。名前はえっと……。」


「せ、拙者はハンゾウでござるよ!!」


「ああ、思い出したわ。ミケよ、ミケ。」


「違うでござる!!そんな名前ではないでござる!!拙者は……っ!!」


「ああ、違った。ポチだったわ。……田中ポチ。」


「その名前を言わないで欲しいでござる……。バカ親が付けた故〜。」


「なによ、私に名前を呼んでもらえて嬉しいんでしょ?ねぇ、ポチぃ〜?」


「くっ……!!」


先ほどまで不機嫌だった女神アシュノメー。

彼女はそれから、大層機嫌が良かったという……。


そして、ハンゾウもまんざらではなさそうだった。

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