第1話 もふもふポメラニアン

 もふ、もふ、もふふふ


 とててててっ


 ぴょんっ


 白いわたあめがテレビの中で、とてとて、とよろめきながら縦横無尽に歩き回る。


 真っ白なそのもふもふの中には、キラキラとこちらを見つめるクリンとした2つの瞳。ぺろんと出されたピンクの舌。


「なぁぁー、もっふ、もふ。もふー」

 ソファーに寝転んで、テレビを見つめるひまりの目はハート型。完全にリラックス状態だ。


 すると不意に部屋の電気が消される。ひまりが振り向くと、朔也が手を後ろに隠した状態で立っていた。テレビの明かりだけに照らされて、無表情な彼の姿はさながら肝試しのようだった。


「さっくん、何で消したのー?」

「ひまりがもふもふ妄想に浸れるように、消したんだろ?もふもふやってあげるから、ひまりは画面だけ見てればいいよ」


 彼の後ろを覗き込もうとしたひまりの顔は、朔也にむにゅんと片手で押し戻される。テレビにスクリーンミラーリングされていた動画は終了していたので、朔也が最初に戻して再生した。

 3分位のもふもふタイム。もふもふ


 朔也がひまりの横になるソファーの手前に座ったのがわかったが、ひまりはテレビ画面に視線が釘付けになっていた。


 もふ、もふ


 画面の奥に白いふわふわの塊。柔らかそうなおしりをふりふりとしながら振り向くが、その方向は定まらなくて、とととっと左右によろめく。


 ひまりの腕に柔らかな毛がさわさわっと触れて小刻みに震える。


 ふわっふわっ、ふるるる


 おもちゃをがじがじと噛みながら、左右にふわっさふわっさと揺れる雲のかたまり。


 わっふる、ふわふわっ、もふ、もふ


 頬に雲のような感触の何かが触れて、揺れ動く。ふわふわわんこの毛皮に頬を優しく沿わせているようだ。

 目の端に白い毛皮のようなものが見えて、それはさながら画面の中のもふもふ生き物のようだった。


 もふっ、もふっ、てててててっ

 ぽふーんっ


 白くてふわふわ、もふもふのポメラニアンは『大好きっ』と言うようにこちらに走ってくる。そして、飛び付いてきた。


 ひまりの首元に、もふもふがすり寄ってくる。生きているかのように、首や頬をうごめいて、ひまりをもふもふまみれにする。


 もふもふもふもふ、もふっもふっ


「なぁーっ、かわいぃ」

 動画が終わり悶絶したひまりは、そのまま目を閉じて、身体を動き回るもふもふを堪能した。


 どれくらい時間が過ぎただろう。頬に、もふんの塊は鎮座していたが、急に唇が塞がれた。


 ちゅっ


 ひまりが目を開けると、うんざりとした顔の朔也がひまりを見ている。


「もう動画終わった。もういいだろ?俺はひま人のひまりと違って忙しいの」

「さっくんー。さっきの何あれ、めっちゃもふもふ、最高だったー。ありがとー」


 ひまりが朔也にぎゅっと抱きつくと、左手に持った白い何かを朔也は見せてきた。


「えっ、これって……」

 それは意外なものだった。使用用途は絶対に『もふる』為ではない。昨日掃除に使った気がして、ひまりの血の気が引いていく。


「ちゃんと新品だから安心しろ。こないだ、付け替え用の買っただろ?」


 それは、ほこり掃除用の付け替えモップの先端だった。白いもふもふファイバーが、家具を軽くなぞるだけで、ほこりを吸着して綺麗にしてくれるやつ。


「もふもふ欲求は満たされたか?」

 朔也は自身の顔の近くにあったひまりの頬に、自分の髭をぐりぐりと押しつける。


 ざぁーり、ざり、ざりっ

「さっくん、ちょっ、紙やすりみたいで痛いよー」

 逃げるひまりを朔也は、ざりじょりしながら放さない。その顔は先程の無表情とはうって変わって、おもちゃで遊ぶ子犬のように楽しそうだった。


「やめてぇー」

 ざーりざりっ ちゅっ



 もふ・もふ


【もふもふ判定】★5つが最大

 ◎もふもふ度:★★★★

 ◎再現度:★★★★

 ◎もふもふ欲求解消度:★★★★

 →もふもふランキング:暫定1位


 ●ひまりの感想:

 まだ初めたばかりなので、他のと比べてなくて何とも言えないんですけど、触った感じは本当に『もふもふ』です。さっくんは人間紙やすりです。


 ●朔也の感想:

 犬よりこの変人の方が面白い。


 使用物品: ハンディワイパー取替えシート(新品)/二○リ

 ※本来の使用目的とは異なった使い方です。良い子は真似しないようにお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る