僕は彼女の妹らしい

 あれから何日が経っただろうか。もうあまり覚えていない。僕の生活場所は病院から家屋に変わった。もしも僕が麻紀の妹ならば、今から行き着く場所は僕が知っている場所のはずである。車に乗せられて十五分ほど経った頃にようやく行き着いた場所は僕が知っている場所ではなかった。安堵したような落胆したようなよくわからない気持ちが僕の中に渦巻く。今感傷に浸るよりかは今後のことを考えた方が良さそうだ。

 一歳の誕生日を迎えた僕は一本の蝋燭を吹き消すことに四苦八苦していた。赤ん坊はこんなにも筋力がないものかと少し落胆した。ただ、この頃にはすでにハイハイも卒業して歩けるようになっていた。とはいえ、まだまだよちよち歩き程度で気を抜けばすぐに転んでしまうような始末だ。なるべく安定して歩くようにしないといけないとは思ってもいかんせん上手くいかない。体幹などが発達しきっていないことはその最たる原因だろう。まだ身長が低すぎてカレンダーを見ることはできないが、一つわかったことがある。この世界は、僕が死んだあの時よりも過去の時間軸に存在している。転生後の僕の母が持っている携帯がガラケーで、他の人もスマートフォンを持っている人はいない。蝋燭の炎のみの薄暗い部屋の雰囲気が、疑問よりも不安と混乱が渦巻く心境を更に掻き立てる。周囲は一歳になった僕への祝福ムードだが、僕だけ違っていてなんだか場違いなような気もしてきて内心とても気まずい。気まずさを感じつつ僕はすぐに睡魔に襲われて気がつくと朝になっていた。


 いつもよりも少し弱い、けれども確かな朝の光がまぶたをすり抜けて視覚を刺激する。朝になったんだなぁと実感してゆっくりと目を開ける。母はもう起きて洗濯物を干しているのだろうか、そこに姿を見つけることはかなわない。父はいつものように仕事に出かけているようだ。

 おなかすいたなぁ、と思いながら重たい身体を起こし、母がいるあたりまで歩いていこうと思ったが、お尻がおもい。あと気持ち悪い。あぁ、またお漏らしだ……。そろそろお漏らしもなくなってくれないと本当に恥ずかしいし朝一から憂鬱な気分になるのはうんざりだ。手始めにおむつを替えてもらおうと号泣を始める。すると途端に少し忙しい、けれど浮き足だった足音が聞こえてきて、母が微笑んだ。

「おはよう、起きたのね~。あら、おむつ替えちゃいましょうかね~」

 小さく鼻歌を歌いながらとても上機嫌でおむつ替えをしている母を目の前に僕は少しずつこの人に見覚えがないか、じっくり観察してみようと思い立った。どこかで見たような、そうでないような……。やはりこの程度の感想しか出てこない。ようやくおむつ替えが完了したようようなので、カレンダーを見てみる。つい最近まで全く見ることもできなかったが、いくらか身長が伸びたのだろうか、遠いが見ることはできた。日付、いや西暦は……。二〇〇五年。想像したとおり、未来ではなく過去の時間軸に存在していた。そして、姉の麻紀と妹の実紀。名字は石田。つまり、姉は僕の元カノで僕は元カノの妹、ということだ。なんとも信じがたいことだけれどこれは現実だ。諦めて受け入れよう。でも麻紀の幼少期がまさかこんなに可憐な少女だったなんて、しかも幼少期の姿を写真でなく生で見られるというのだから、「諦める」よりかは喜んだ方が良いのかもしれない。これからじっくりと麻紀が成長していく姿を見ていこう。

 僕はとんだ変態趣味に目覚めてしまった。でも悪くない。いや、最高だ。これからは神田祐二としてでなく、石田実紀としての人生を送るのだ。


 そこまで考えてふと思った。今から約十五年後、神田祐二は死ぬ。思わぬ転落死だ。きっとその時麻紀はたいそう悲しんだだろう。妹としてこれから人生を送るのならば、姉が悲しむ姿を見たくはない。そう思うのはきっと自然なのだろう。だったら僕は。僕が必ず成し遂げなければならないことはもうすでに決まっていたんだ。

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転生先は彼女の妹でした?! しゅう @SyuSHY4328

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