第4話 トロルいたんだよ

 お酒は程々にと口を大きくして言いたい。


 そんな感情を抱きながらテーブルに突っ伏して眠っているロベルに気づかれぬよう、買ってきたお酒を置くとクロウは裏庭へとやってきた。


「さて、始めるか」


 言語を理解してからは、可能な限りこの世界についての情報を集めるようにしてきた。とは言っても、その殆どはマリエラから得た情報なので情報の擦り合わせは大変だった。

 しかし、たったの一年程だが得た情報の密度は高い。

 この村は約三百人の住民が住んでいるが、村の所在地が山の奥地にあるという不便さが原因で物が圧倒的に少ない。離れてはいるが周囲には同じような村が点在しているらしいので出歩く事が可能な年齢になったら行ってみようとクロウは思っている。


 普通、小さな村は助け合いの精神があると思いがちだが、この村に関しては自分達が生きるので精一杯といった感じで親族以外の人間に対しては冷たく、助け合いの精神なんてほぼ皆無だ。

 持っているモノが多い人間が正義であり、持っていない人間は侮蔑の対象となるので、クロウの子供らしからぬ気持ち悪さも手伝って、この家はあからさまに侮蔑の対象となっている。


 マリエラは外から来た人間なので、そういった負の感情を持ち合わせてない。この村で唯一侮蔑された人間達の癒し的な存在として重宝されている。


(早く魔獣を狩れるようにならなければ)


 この世界には魔獣がいる。


 ありがたい事に異世界における定番の魔石も手に入る事になるので、冒険者となればそれだけで食べていけるようだ。

 細かいシステムはまだわからないけれど、きっと冒険者ギルド的なものがあるはずだ。因みにこの村にそのようなものはない。


 魔獣は食べることが可能なので山の奥地にある村にとっては、自分達で狩りを行わなければならないという危険はあるが、魔獣の肉は村の貴重なタンパク源となっているので、魔獣を狩ると喜ばれる。


 マリエラからの情報では、トロルという人型の魔獣の脳みそは酒との相性が抜群で、一体から採れる量が少ない為にかなり貴重らしい。

 とは言ってもこの村ではまず手に入らないので、トロルを狩る機会があれば食してみたい。


「おおーい! 商隊がきたぞぉ!!」


 誰かが叫びながら村中を走り回る。


 頻繁ではないがたまに商人の商隊がこの村を訪れる事がある。

 村人にとっては普段手に入らない珍しいものが買えるので楽しみの一つとなっており、何度か覗いてみたが甘味や塩、不思議な工芸品がこの村では人気のようだ。


「なんだぁ? 貧乏人がきてやがる! お前に買える物なんてないんだから消えろ!」


「「帰れ! 帰れ!」」


 村長の息子ダランはクロウの姿を見つけては何かしらの因縁を付けてくる。


 十歳が五歳の子供を虐めていても、誰も何も言わない村。


 村長が息子を咎めないのはクロウが持たざる者であり、そういう扱いをされるのが当然だという認識があるからだ。


 権力を持つものに対して媚びへつらう輩はどの世界にもいるもので、子分Aと子分Bは同調するかのように一緒になってクロウを攻撃し 、同意を求められると


「ですよね〜」


とお伺いを立てる。

 

 クロウは小物に興味がないので名前すら覚えていないが、いつか必ず全員がドン引きするタイミングで殺してやろうと心に誓っている。


 そんな三人を無視をし商隊の中に入っていくと見知った顔を発見した。


「やあクロウ君、元気だったかい?」


「こんにちはサリュウスさん」


 サリュウスは帝都に店を構えるのが夢の若手商人で、本人曰くやり手であり次世代のエースと呼ばれているらしい。


「ちゃんとご飯食べてるか? ガリガリじゃないか」


 サリュウスがこのように気にかけてくれるのは、単に痩せこけているからだけではなく、この世界の情報を知りたいクロウの幼児らしからぬ利発さを持った質問攻めに将来性を感じたからというのが大きな理由で、会うたびに何かと可愛がってくれるようになった。


 サリュウスからは主に流通や世界情勢などを学んでいる。

 身寄りがなければ引き取りたいと言われ、お人好しな奴だなと思ったが、利用価値があるからだと本人の口から出た時は世の中そんなに甘くないなとクロウは実感した。


「それなりに食べてるから大丈夫です」


「それなりにねえ……あぁそうだ! これやるよ」


 手渡しできたのは保存食の干し肉だった。


「ありがとう! 大事に食べます」


「おう!」


 商売の邪魔をする訳にはいかないので、サリュウスとは一旦お別れをする。


 特に買うものもない(お金がない)ので、冷ややかな目でこちらを見てくる村人達の目を避け、再び家の裏庭に戻ることにした。


 裏庭は人目につかないので安息の場であり、クロウの秘密の特訓場でもある。


 特訓を始めた当初


 「さて、異世界と言えばステータスボードだ! ステータスオープン!」


 オープン……オープン…オー……プン……


 そんなものはなかった。言葉を理解し喋れるようになった時、最初に試したのがステータスオープンだったが、虚しく声が響き渡っただけで何も起きなかった。


 はっきり言って思い出すだけでも恥ずかしいので、黒歴史として永久に記憶を封印した。


 どうやら然るべき場所に行けばその者が持つ潜在能力がわかるらしく将来設計の指針になるそうだが、残念な事にこの村では知ることができないそうだ。


 わかるのは適職と保有スキル、体力、力、知力、魔力をS、A〜Fランクに分けられ表示さらるらしく、他人が簡単に覗き見ることは不可能らしいがとあるスキルを持っていると容易になるらしい。


 恐らくというかそれ絶対に鑑定とかだよね。


 もちろん異世界の定番であるお馴染みの言葉を言わないわけがない。

 鑑定と叫んでみた結果は察して欲しい。

 

 しかし、魔力があるという事は魔法が使えるという証拠で、実際に魔法を目の前で見た時は感動した。


 "これぞ異世界!"


 と心の中で小躍りしたのは良い思い出だ。


 村の中には使える人間が居なかったけれど、商人の中に基礎的な魔法なら使えるという人が居たので教えを乞うと、「幼児で使えるのを見た事がない」と言われ失笑されてしまった。


 けれど、魔法という概念が存在するだけでモチベーションは保てる、であれば修行あるのみだ。


 目指せ無詠唱!! だって魔法を口に出すってなんか恥ずかしいじゃん?

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