第3話 夢だけど夢じゃなかった

 こんにちは真島三太です。

 

 僕は今、異世界という大海原に放り出され途方に暮れています。

 あれからもう五年という長い月日が経ち、元の世界に戻る手がかりすらなく、地獄のような日々を意味もなく生きています。


 こちらの世界では真島三太ではなく”クロウ”という名を拝命いたしました。


 幼生体クロウ少年はやさぐれている。


(ええ、そうですよ!! 名は体を現すという言葉通りに苦労してるよ!! おいっ! ヲタク共! 異世界はハードモードだぞっ! レベル上げなんてないんだ! チート? 何それ食べれるの? 強くなる努力はしてるんだよ? いつの日かチート能力を授かった奴が目の前に現れたら、どんな卑怯な手を使ってでも殺してやる!)


 ゲーム時代のPKをしまくって悲鳴と罵声を浴びたあの栄光の日々が懐かしく、それが出来ないという心の叫びが家の中に響き渡った。


「うるせぇぞ!」


 ボカッ!


 心の叫びと思っていたが、言葉にして叫んでいたようだった。


(感情のコントロールとは難しいものだ)


 そんなクロウに対して、怒声と共に木製の皿が飛来し後頭部に衝撃を与えた。


「ぐおっ!」


 木製の皿とはいえ五歳の身体には耐え難い重い衝撃は、思わず膝をついてしまうほどのものだった。


(なんて弱い身体なんだよ! くそったれ! いつか絶対殺してやる!)


「さっさと酒を買ってこい! この愚図が!」


 皿を投げた犯人はクロウの父親で名はロベル。働きもせずに一日中酒を飲む毒親の典型だった。


「お金!」


 働きもせず一日中飲んだくれている奴が、たまにふらっと出て行っては、まとまったお金を持って帰ってくる。異世界は本当にご都合主義なのかと疑いたくなる。


「ちっ、ほらよ!」


 無造作に投げ捨てられた硬貨を拾い集めお酒を買いに家を出る。

 近所では利発的な5歳児というより、子供らしくない振る舞いをする気持ち悪い子という目で見られており、ロベルの事も相まって敬遠される存在となっている。


 そりゃ中身は三十歳を超えた成人男性が幼児として生きているのだから気持ち悪いに決まっている。


 母親はクロウが三歳の時に弟を産むと、産後の肥立ちが悪く死んでしてしまった。

 

 産まれた弟も程なくして流行病で死に、クロウはロベルと二人暮らしという何の罰ゲームなの?と言わんばかりのハードモードになってしまっている。


 それまで狩人として生計を立てていたが、母の死を境にロベルは壊れた。


 ガランッ


「マリエラさん」


「いらっしゃい坊、ロベルのお酒ね」


 酒場に着くまでに誰一人として話しかけてくる人物は居ない。この村で唯一気にかけてくれるのは酒場のマスターのマリエラだけだった。


 酒代を渡し、一言二言世間話をしたら酒を受け取り家へと戻る。


「坊? 頭から血が出てるじゃないかい! ちょっとこっちにきな!」


 マリエラは口調は乱暴な人だがとても優しいギャップ萌えな豊満なアレを持つ美人である。


「このくらいの怪我平気だよ」


「バカを言いな! 坊くらいの子が我慢してどうすんだい、利発なのも良し悪しだよまったく! ほら? こっちへおいで」


 こっちへおいでとは魅惑的なお誘いだ。


「あ、ありがとう(いや、うん中身は三十歳を超えたおっさんなんだよ?)」


 マリエラは店の奥から包帯を持ってくると、クロウに巻いてあげる。

 ゲームならばポーションを使えば済むところだが、現実はそう甘くはない。


 しかし、嬉しい事にポーションは存在する。


 流石は異世界! 痒いところに手が届く。異世界というより、ここはゲームの世界なのかもしれない。


 ポーションがあるのに使わないのは、子供がちょっと怪我をしたくらいでポーションは使わないというのが正しい。

 

「うんっ! これでよしっ!」


「うわっぷっ!」


 マリエラは優しい目でクロウの頭を撫でるとそのまま抱きしめた。


 (頭脳はおっさん、見た目は五歳の子供だよ!)


 マリエラにとっては可愛い盛りの五歳児、庇護欲が湧いてしまうのかもしれない。


 マリエラの年齢は三十歳前後といったところか、クロウは中身が紳士なので、女性に年齢を聞くという設置型地雷を踏み抜くような発言はしない。


 今のクロウにとってこの状況は、所謂ラッキースケベ的な部類に入るのだと自分に言い聞かせ、遠慮なく豊満な塊を堪能するのであった。


「(色んな意味で)ありがとうマリエラさん」


「それはさっき聞いたよ」


「いや、そうではなくて……まあ、そうですねはい」


 マリエラには本当にお世話になっている。

 一年前にふらっとこの村に現れたと思えば、あっという間にこの酒場を作り、村に馴染んでしまった。


 さっきのありがとうは、ラッキースケベの事も含まれるが、それ以外にも無料でご飯を食べさせてくれたり、手伝いをする事で駄賃をくれたりとお世話になっている。

 マリエラと過ごす中で、一番の楽しみは外の世界の話をしてくれる時間だ。


 転生してからというもの、絶望的なこの村での生活でモチベーションを保てたのはマリエラのおかげだろう。

 生活水準や発展具合、国のシステムなど情報の補填に役立った。

 

 ゲーム的に言えばチュートリアルに匹敵する。この世界においてのマリエラは運営が用意した初心者救済システムなのかもしれない。


「あっ! お金はここに置いておきます」


「あいよっ! また来な」


 小走りでお酒を抱えながら店を出ると、振り返りマリエラに向かってあざとく全力で手を振る。


(本当に親切な人だな……)


「坊っ!」


「は、はい?」


 カウンター越しのニヤケ顔をしたマリエラが叫ぶ。


「今度抱きしめられた時は、鼻息抑える勉強しときな! あっはっはっはっは!」


(くっバレてやがる……本当に親切な人だ)


 おっぱいは世界を救う。


 クロウのモチベーションの大部分はおっぱいだったのかもしれない。

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