第62話 楽しい遠出
と願い出たのである。趙盾はよほど不都合でないかぎり、己の愛玩物にすこぶる甘い。たいしたことでもないと思ったらしく、さらりと議に出した。
「
趙盾の言葉に、
「
「その崇を攻め秦が出るは、我らが鄭を攻めれば
「似てはおります」
趙盾らしくない、歯切れの悪い答えであった。政治的には近いが、軍事的にどうか、となると趙盾は判断できない。政治家として秦に関わりたくない、というものは強い。しかし、趙穿の言い分も確かに、となってしまっていた。背後の憂いが無いのであればこれに越したことはない。ただ、攻めれば秦が助けにきて和睦に行くのか、となると、
崇は鄭とは違う
と思わざるを得なかった。崇は晋にとってはどうでも良い国であり、攻める利が無い。秦にとって重要であれば取り返しに来よう。それは要所だからではなく、宗主国としての義務として、である。その義務を果たすかどうかは秦の判断でしかない。
結果、似てはいる、という曖昧な答えになってしまった。極めて趙盾らしくないこの答えは、夷皋の発言を否定したくない、という情に流された結果でもある。逃げるように当たらずとも遠からずという発言をしたのである。また、正道への道やもしれぬ、と趙盾は期待してしまった。郤缺との静かな
「では我が出る! 我が、崇に勝ち
夷皋が前のめりで、手を叩かんばかりにはしゃいだ。正直、君主が親征するような戦争ではない。ちょっとちょっかいをかけて、秦を呼び出す、という程度の話なのだ。そして、戦の経験深い荀林父も士会も困惑を隠せない。純軍事的には無駄な戦争なのである。
「率爾ながらお言葉よろしいでしょうか、
荀林父が趙盾に拝礼した。夷皋が少し警戒の目を向ける。この青年は以前、
「秦はほぼ動いておらず、先年、楚が属国や戎によって乱れたときに合力したていどです。元々、
趙盾は荀林父を薄目で見ながら頷いた。夷皋はどうもまた水をかけられたらしい、とふてくされる。己を国君として奉っているはずの大人どもは、こちらを何だとおもっているのだ、と常の不満が腹の奥で渦を巻いた。
「
さらりと欒盾を飛ばし、趙盾が言った。体裁としては、一番末席から問うというものであるが、
「末席であるがお声かけいただいた。問いに答えるに上席からなされるのが筋であるが、これは正卿の差配、格下非才な身であるが言上つかまつる。秦が今、往年の勢いを失っているは荀伯のおっしゃるとおりである。私が知るに、今、俯瞰的にまつりごとを見て大きく考えるものはおるまい。しかし、だからと言ってバカではない。秦は我が国と和を結ぶ道理がございませぬ。彼の国は東国へ出るという野望を捨ててはおらぬ。ゆえに、楚に合力したと言って良い。楚を立たせ我が国と対峙させるが一つ、もう一つは己の国の軽重を問うた。つまり、演習代わりに兵を送った、ということです。そして楚と力を合わせたのだ、南下して東に出ることはもうせぬと言ったが同義。秦は我が背後を狙い、また東へと進もうとするであろう。我が国が崇に攻め、たとえくだしたとしても、秦は助けに来ますまい。助けに来ても、我らと和議を結ぶことは無い。あのものらはこの晋が邪魔なのだ」
士会は、秦の戦略目的を考えればなり立たぬ、と言い切った。趙盾がこれを議にあげたのは、愛玩動物がしっぽ振って媚びてきたからにすぎない。本来はそれを他の
「では、私から言葉をよろしいでしょうか、正卿」
欒盾が、丁寧に拝礼して、言った。この、政治的無能である貴族は、己の分をわきまえている。常に他者の意見を噛み砕き追随するにすぎない。しかし、時々、場がわかっていない発言をしてしまう。彼なりに考えた結果の、事故である。そう、事故が起きた。
「
彼は、先達として若者にはきちんと諭すべきである、と思ったのである。――趙盾がただ議を通さなかった、だけでは趙穿も成長しないであろう、みなで教導すべきである――まさに、大夫の教科書らしい考えであった。そして、荀林父はひきつり、士会は天を仰ぎたくなった。趙盾が少し考えるそぶりを見せている。政堂に政治的責任の無いものを連れてくることに迷いがあるのであろう。が、そのような問題ではない。
「確かに、穿が言い出したことだ、本人の口から聞きたい! 今すぐ呼べ、そうしろ、お前呼んでこい!」
手を打って、夷皋が控えていた寺人に大声で命じた。寺人は趙盾に目を移し、意を伺おうとしたが、気づいた夷皋に、早く! と怒鳴られ、仕方無く政堂を出て行った。趙盾はこの時、制止すべきであった。が、この日の趙盾は鈍い。政治家としても宰相としてもこの議は終わらすべきである、とわかりながらも、夷皋の臣として未練があるのである。夷皋がきちんと話を聞きたいのであれば、良いのではないか。この男は、夷皋を君主を据えたことが正しい、という証明にこだわってしまった。極めて愚かであり、常に理で律している姿勢を崩してしまっている。
さて、そうやって連れて来られた趙穿である。まだ若さが抜けぬこの青年は、政堂に呼ばれ上気していた。己の提案が認められたのだと思い込んでいる。
「お召しいただき、恐悦至極に存じます。穿、まかりこしてございます。先年、秦との戦いの後、我が晋は秦とにらみ合っているばかり。我らは秦に一敗まみれております。この屈辱をなんとかしたいと、若年のものたちは苦しんでおります。また、文公の時、秦は我が国にお骨おりいただいたというのに、このような行き違い悲しいばかりです。楚が台頭し背後があやういのも悩ましいところ。ここで秦の属国である崇を攻め、秦が助けにきたところを、和議を結べば全て安泰というものです。我が君におかれましても、ご安心いただけましょう」
つらつらと出てくる建前の中に、幼稚すぎる本音がぶっこまれており、欒盾でさえ眉をひそめた。趙穿や、それに同調するものどもは、河曲で戦って負けたから、今度は勝ちたいというだけなのである。ゆえに秦本国ではなく、弱小国で勝ちやすい崇に狙いを定めたのだ。そもそも、趙盾は趙穿に直言を許していない。呼ばれて早々、拝礼して夷皋にむかってペラペラ己の主張をぶつけたのであるから、非常識にもほどがあった。趙氏本家の主として、かしづかれ育った彼に礼儀を教える者はいなかったらしい。その上、趙盾が愛玩してしまっている。人間としてかなり幼い。そのあたり、同じく趙盾の重い情のために幼稚で歪んだ人格となった夷皋と同じであり対でもあった。
「……おそれながら申し上げます。許しなく立場わきまえず奏上した穿の非礼をお詫びするとともに――」
「その言や良し!」
しずしずと拝礼し、謝罪を申し出る趙盾を無視して、夷皋が叫んだ。そうして、趙穿を指さし、他に誰がおる、はよう軍立てよ、と熱情そのものの大声をわめきたてていく。それをまた、趙穿があれもこれもと軽輩の名を言い、
「我が趙氏本家の私はもちろん、分家の
と、大変元気よく言った。
まず我に返ったのは士会であった。この二人を収めるものは、趙盾しかいない。が、ことここに至り、さすがの趙盾にもできまい、と判じた。趙穿を引き取らせ、夷皋にこのたびの議はできぬと奏上するだけの話なのだが、ここまで興奮する二人を理でねじ伏せるのは難しい。夷皋はおもちゃを取り上げられた子供のように癇癪を起こし、荒れるであろう。また、趙穿も趙盾以外の差し金だと勘ぐり、荒れる。この二人に共通していることは、今収めても、この後何をするかわからぬ、である。この、幼稚なこどもが、かたや大国晋の君主であり、かたや国内最大勢力のひとつ趙氏本家当主である。冗談にしてほしかった。
「おそれながら、お声かけあらねど末席よりここは奏上つかまつります。
士会が一息で行った言上に、荀林父が先ほどと違う意味で放心しかけた。欒盾が、首をかしげ、必死に考えている。彼には士会の真意がわからないのであろう。趙盾はようやく己をとりもどしたらしい。小さく、本当に小さく、こざかしい、と呟いたあと、薄い表情でみなを見回し、口を開いた。
「士季の言葉、良いものでしょう。本来、私が中軍の将として我が君を支え、共に進軍せねばならねど、崇は秦の属国です。中軍の将が覇者の介添えをするほどのことかと笑いものになるにちがいない。穿は卿であらねど、格で言わば私のはるか上、要人の一人です。趙氏本家は我が分家より威勢あり兵あり、武に強い。我が君の力となるでしょう。また、中軍の大夫たちは経験豊かな方々。若き我が君、穿をご教導くださるであろう。そして、司馬の
趙盾がやはり一息で言うと、夷皋に向き直り、我が君の初陣でございます、崇をしかるべき日を定め伐ちまする、と拝礼した。
「許す!」
夷皋は生まれて初めて、闊達に『許す』と言った。
はっきり言えば、戦争ではなく、遠足である。士会は遠足なのだから幼児だけで行け、しかし引率は必要だから
さて、この児戯でしかない崇攻めであるが、夷皋はほとほと天に見放されているらしい。この君主は直前に風邪を引き、発熱した。現代と違い、風邪ひとつでもまかり間違えば命にかかわる。趙盾は強く養生を進言し、軍から夷皋を引き離した。結果、趙穿が将となり崇を侵略したが、秦は来なかった。遠足に参加したこどもたちは戦勝気分で凱旋したが、戦略目的はひとつも果たせず、秦の気分を害しただけに終わった。
鄭攻めから帰ってきた郤缺は、あまりのばかばかしさに、あきれ果てたあと、常の笑みをかなぐり捨て政堂で怒鳴りつけた。士会の策は場を収めるには良いが、対秦戦略として甘い、とも指摘した。
「まあ
士会が、いなすように言うと、六卿を見回す。趙盾が、そうであろうな、という顔をしていた。このあたり、趙盾の士会に対する信用は篤い。この便利な男は常に遺漏ない、という信用である。この場に夷皋はいない。己が将になれなかったことで拗ね、全く政堂に現れなくなっている。止めた趙盾を逆恨みしていた。
さて、士会の策である。
「秦は軍を出さなかったが、顔に泥をぬられたことはかわらぬ。来年には晋のいずれかを攻めようと思っているであろう。が、こちらは鄭を締め上げたいのだ、どこを攻めるかわからぬ秦を待つ余裕は無い。ゆえに、攻めさせる。崇を攻めた時に、我が国の防衛が弱い、東国へ遠征するため兵を抜いている、と情報を流しておいた。そのようなわけで秦は我が国の要地であるが砦として固く備えている
時期は晩春か初夏になるように調整する、とこともなげに言う。
「たかだか秦の報復を受けるだけだ。下軍のみで行けばよかろう」
士会はそう言うと笑みを欒盾に向けた。下軍で動くのであれば、将は欒盾である。士会にほぼ任せるとしても、責はあるのだ。欒盾が士会に深い微笑を向けたあと、務めましょうと拝礼する。趙盾が、それがよろしい、と頷いた。
郤缺としては、まず無駄な戦争をするなと言いたかったし、それ以上に夷皋の暴走を何故止められなかった、という思いが強い。ただ、その反動で夷皋が完全に政治から背を向き始めている。であれば、このまま閉じこもっていただくほうが良い。ふ、と息を吐くと笑顔で、
「士季の策、大変良きもの。私の失礼、非才による暴言大変申し訳ない、陳謝する。秦としても、兵をいたずらに失う
と、持ちかけた。趙盾が薄い表情のまま頬を少し痙攣させた。この朝政の後、夷皋を諫めに行くつもりだったのだ。それを郤缺にやめろ、と言われたのである。そしてそのまま放置しろ、とも。反駁しようと口を開いたとき、
「おそれながら申し上げます」
と、横から荀林父が口を出した。当然、趙盾は促した。少々、睨むような目つきであった。
「もう年の暮れとなっております。この時期、どの国も儀礼儀式忙しくおおごとはございません。また、各氏族も春に向けて儀の備えがあり、まつりごとも大きく動かないもの。我が君には、春までお体をお休みいただき、この短い間の諸事些末なものは、我らでかたづけていくのが良いと思います、いかがでしょうか」
まったくもって常識的であり、穏便な意見であった。実際、年の瀬に近く、大きな取り決めなどもない。趙盾は荀林父の言葉を是とし、年が明けるまで夷皋の元へ行くことはなかった。
翌年正月、趙盾は夷皋をひきずるように政堂に連れてきて、朝政にいどませた。そこまでしたくせに、趙盾は夷皋に頷くことしか許さぬ。新年の儀はともかく、これからの指針も、決定事項を渡すのみである。そのくせ、夷皋に
「文公、
などと言う。それをやめろ、と郤缺が常に言うこれを趙盾は頑としてやめぬ。趙盾は道具を愛し無能をいらぬとする人間でありながら、夷皋に対してはそれが働かない。否。無能であるため実務が任せられぬと、政治家としての彼は夷皋を無視し、君公を覇者として立たせたいという忠臣としての彼が、情を注いでいる。結果、夷皋が振り回され、とうとう精神に歪みまで生じてしまっている。
郤缺は、そんな趙盾が亡びに走っていると見ている。この男一人が勝手に亡ぶならもはや止めやしないが、晋を道連れにされてはたまらぬ。趙盾はかつて、己を殺してでも晋を守れと、郤缺に約している。どう穏便に殺すべきか、と郤缺は考えることが多くなっていた。そんな郤缺の耳に、それはもう、奇跡的に郤缺の耳だけに、夷皋の小声が届いた。もしかすると、郤缺の幻聴なのかもしれなかったが、夷皋らしい言葉である。
「……盾、死ね、殺す……」
青年の怯えたように発せられた呻きを、郤缺はとりあえず聞かなかったことにした。
さて、この年である。春に鄭が楚に命じられ
「これは好都合」
と言ったのは士会であった。鄭戦のため諸侯を集めねばならぬ、背後の秦はどうすべきか、軍をどう分けるか、などを問うた議であった。指名された士会は、それでは申し上げるとうやうやしく拝礼したあと、くだんの言葉を言ったのである。
「さて……。我らは昨年冬の蛮行のため、秦に備えねばならぬ。そのおりに、宋のため鄭を伐たねばならん。東西を睨まねばならぬところだが、好都合とはどういうことか」
郤缺は、優しく笑みを浮かべながら返した。秦とのいざこざを最終的に押したのは士会である。それにより、東国問題に支障が出かけていないか、という問いでもある。士会の策で秦が焦にめがけ攻めてくるかもしれないが、それを待ってから東国にとりかかる余裕はない。士会も郤缺の苛立ちがわかっている。おっしゃることごもっともなれば、と返してさらに言葉を続けた。
「まず、今から諸侯を集めて備えるとなれば夏になろう。秦はそれに合わせて動きたいに違いない。ゆえ、そう動いてもらう。焦は下軍ではなく、中軍と下軍で向かい、焦を終わらせればそのまま諸侯と合流して鄭を叩きにいけばよい。我が君には焦を追い払うとだけ伝えることになるが、これも敵をあざむくため、後ほどお許しをいただこう」
士会の策はこうである。秦に対しては、晋が東国への出立を夏に考えている情報を流す。開戦時期の誘導である。元々の情報に加え、宋の敗戦、鄭の問題、諸侯への呼びかけががあるため、さらに信じるであろう。秦が晋の背後を突くべく焦を攻め込んだところに、こちらは軍を差し向け、これを払う。その足で鄭へ遠征に行くというものであった。士会は鄭を少しずつ締め付けるという案を出している。連戦でも充分と踏んでいるのだ。また、士会の言葉は郤缺の意を組んだものでもある。夷皋が再び親征したいと駄々をこねることを封じているのである。
夷皋は秦への親征ができなかったことを未だに悔しがっており、はっきり言えばいじけている。今回、鄭というとびきりの餌が現れた。夷皋としては西の田舎くさい秦より東国諸侯を引き連れて鄭を叩くことを望むに違いない。が、夷皋に来られては戦争にならぬ。崇への遠足とは違うのである。ゆえに、秦へ行くとだけ言っておき、鄭への出立を心待ちにする夷皋を放って、そのまま東へ進軍してしまえ、というある種の暴論であった。
荀林父が、ひどい、と半笑いで小さく呟いた。有用であるが、一人の神経質で繊細な青年を詐欺にかけるのである。確かにひどい。
「いちいち軍を出して戻してとなれば、無駄であり手間です。士季の策で差配しよう。はっきり申せば、私は武に疎く、
趙盾の問いに、士会はくつりと笑った。
「
士会の言う陰地は、晋の南端に近い
それにしても、この宰相は実務となると際立つ。夷皋に徳深い賢君であれ、という口はどこへ言ったのか、青年君主を騙すことに躊躇が無い。一応擁護はするが、夷皋が戦争に行きたがって困る、というわけでなく、無駄が無いというところを取ったのである。ただ、必要があるからと平気で夷皋を騙すこの男は、やはり度し難い性格をしていると言って良いであろう。
はたして、秦は初夏に焦を攻め囲んできた。緩いと思われたこの要地は、何故か固く、しかも夏には晋軍が救援に来る始末である。秦は焦を諦め、撤退せざるを得なかった。晋軍はそのまま陰地にて宋、
「覇者として諸侯を従えるなら、この軍ごときも難しくなかろう」
まあ、おおむねこのような意味の挑発である。士会としては、軽く撫でたかった。鄭都を落とすとなれば手間であるが、相手は楚王率いる全軍ではなく、臣が率いる程度である。こちらの兵数としても申し分ない状況である。が、趙盾は首を縦に振らなかった。
「我が君には焦を救うことしか申し上げていない。
詭弁である。荀林父が、趙孟、それは、と声を荒げた。悲鳴のような声であった。
「すでに、君公の許しなく、このように我ら六卿は
最後は振り絞るような声であった。野ウサギは頑張ったが、と士会は眉をしかめた。以前も似たような問答があった。戦略を政治に引きずり降ろされ、荀林父は持論を撤回せざるを得なかった。だからこそ、必死に言いつのっている。中軍まで率いて趙盾は今まで一度も楚と戦わないよう避けている。最初は晋が荒れた後だったからであるが、今は充実もしているのだ。このままでは、晋公だけではなく正卿まで嘲りの目で見られかねない。
「
趙盾が口を開く。子越とは闘叔の
「子越の一族、
前回と同じく、趙盾は政治の話にむりやり転換させた。実際、闘氏は楚で絶大な権力を誇っているが、絶対の権力ではない。ゆえに、足の引っ張り合いが起きれば真っ先に標的にされるであろう。趙盾の言い分も正しい。もし、ここで負けて帰れば闘叔は王に許しを請い、楚王
荀林父はなおも食い下がったが、趙盾はかたくなであった。士会もどうしようもない、と思わざるを得ない。趙盾は未だ、夷皋に花を持たせたがっている。臣だけで楚を打ち払ってしまえば、夷皋の面目が完全に潰れると思っているのであろう。だが、すでに面目を潰しきっている。趙盾が年をかけて潰し続けてきたのだ。
士会は、言葉も出尽くし唇を噛みしめる荀林父を優しくなだめた後、趙盾に厳しい目を向けた。
「……趙孟。我らは今回、鄭をつつくという名目で諸侯にお願いをした。ゆえ、あんたの言葉を尊重しよう。しかし、来年は無いと思え」
趙盾は、静かに士会を見つめ、荀林父に目をやったあと、少しだけ顔を上げて空を見た。夏の盛りであり、雨期であるためか雲が多い。
「退却です。帰ります」
士会の言葉に返さず、趙盾は淡々と言った。晋は覇者でありながら、楚との戦いにおくれをとっている。東国はそう思い始めていた。
ところで、闘叔であるが、一族の不正を暴かれたことで楚王
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