第2話 決着と出逢い

 「ここらで下級冒険者を痛めつけてるってのは、あんたか?」


 鎖で体を縛られながら、目の前の男を観察する。

 大した防具もつけず、武器も何も所持していない丸腰の状態だったが、それだけ自分の能力に対する自信を持っているのだろう。


 「捕まっているっていうのに、随分余裕そうだな」


 フェイの質問には答えずに、男は笑いながら鎖を増やしていく。

 すでに視認できるだけで十数本もの鎖があり、木の陰などで隠れているものも含めればかなりの本数になるだろう。


 「余裕そうに見えてるだけで、内心ビビってるよ。必死に顔に出さないようにしているだけだ」


 男と離しながらいつでも抜け出せるように、準備をする。

 逃げられた場合のことを考え、戦う前にできる限り情報を引き出す作戦だ。


 「本当か? まぁいいか、質問に答えてやるよ。お前の言う通り、俺が最近下級冒険者を襲ってるやつだ」

 「なぜ下級冒険者を襲っているんだ?」

 「さぁ、なぜだろうな。人に聞いてばかりいないで、少しは自分の頭で考えたらどうだ?」


 一番気になることを質問するが、男はフェイを小馬鹿にする様に笑ってはぐらかす。

 男は話す気がないと判断したフェイは、脱出のために腕に力を入れると、森に来る前に肉体を強化しておいたおかげで、鎖は思ったよりも簡単に引き千切れた。


 「なっ?!」


 男が驚愕している間に、空いていた距離を詰めるためにフェイは駆け出した。


 「鎖を腕で引きちぎるとは……お前強化魔術の使い手か!」

 「さぁ、どうだろうな。その頭で考えな!」


 一瞬で接近したフェイは腰の剣を抜いて男を攻撃しようとすると、左右の木々の隙間から鎖がフェイを捕縛しようと伸びてきたので、攻撃を中断して鎖を切断する。

 続けて男へ攻撃を試みようとしたが、腕から十数本の鎖が発生したので横に飛んで避けて、一旦距離を取る。


 「いきなり剣を抜いてくるとかあぶねぇな。少しヒヤッとしたぜ」

 「そっちこそ、その鎖厄介だな」


 男の鎖は切ったところで関係なく伸び続けるので防ぐことは難しく、接近したとしても男の体から鎖が発生するので、男を攻撃するのが困難だった。

 その上、場所が森のせいで太陽の光が届きにくく、黒い鎖を視認しにくくなっていた。

 こうして状況を整理している間にも周囲に鎖は増えているので、戦いが長引くほどフェイに不利な状況になっていくだろう。


 「さっきまでの余裕はどうした? 不意打ちが失敗して困ってますって顔してるぞ」

 「うるせぇ。すぐにぶった切ってやるから待ってろ」

 「はっ、やってみろよ!」


 男は腕から鎖を伸ばして、フェイを捕縛しようとしてくる。

 鎖の伸びる速さをそこまで早くはないが、伸びてくる数とあらゆるところから伸びてくるのが厄介だった。

 相手が魔物なら殺すだけで済むのだが、人間なのでそうもいかない。


 「あーめんどくせぇな【ライトブラスト】」


 手の前に現れた魔法陣から光が放たれ、迫りくる鎖を破壊して男に向かって突き進む。

 

 「お前、強化魔術を扱うんじゃなかったのか?」


 男は避けながらフェイに向かって文句を言うように怒鳴ってくるが、フェイにはなぜ起こっているのかわからなかった。


 「何の話だ? 俺の適性は光の魔術だ」


 魔術には一人一つの適性があり、適正以外の魔術は扱える術の数が少ないうえに、適正者が扱う魔術よりも性能が低いものになる。

 男はなぜかフェイが強化魔術に適性があると勘違いしていたようで、光の魔術を使ったフェイに怒っていた。


 「もう一度捕まえればわかる話か」


 何やら一人で納得した男は本気を出したのか、隠していた鎖をフェイを捕縛するために一斉に周囲の木々から伸ばし始めた。


 「ライト・オブ・アーマー」


 そろそろ森に来る前に発動した強化が終了する時間だったので、再び発動して迫りくる鎖に備える。 

 ライトブラスト放つことで鎖を破壊して安全地帯を作り、少しずつ男に近づいていく。


 「切っても意味がないなら、【ライトシールド】」


 フェイの左右に魔術で大きな光の盾を作り出し、鎖の行く手を塞ぐ。

 男を倒すためにはなるべく障害となる鎖の本数を減らしたかったので、なるべく男の周囲の鎖を魔術で破壊する。


 「めんどくせぇな。こうなったら捕縛するのは辞めだ」


 男はフェイを捕縛するのは諦めたのか、今まで直線的に伸ばしていた鎖を鞭のように使い始めた。

 だが、フェイは変化した鎖の動きを見て不敵に笑う。


 「そっちのほうが楽だぞ鎖馬鹿。ライト・オブ・ソード」


 能力で剣を強化し、光で剣のリーチを伸ばして叩きつけられる前に鎖を切断する。

 先程までは伸び続けてくるので切断しても効果が薄かったが、叩きつけるだけならば切断すれば攻撃は当たらないので対処がしやすくなった。

 

 「しまった」


 男が動揺している間に剣に魔力を込めたフェイは、遠距離から男を倒すための技を発動させようとする。

 フェイの近くに新たな鎖はないので、これで決着がつくはずだった。


 「なんちゃって」


 フェイが攻撃を放つ直前、男は動揺していたのが嘘のように不敵な笑みを浮かべると、フェイはどこからか伸びてきた鎖に捕縛されてしまった。

 持っていた剣も鎖に奪われてしまう。


 「なっ、どこからきた?」


 木々から伸びてくる鎖は把握しており、すぐ近くに危険となる鎖がないのを確認していたフェイはなぜ捕縛されているのか理解できなかった。

 だが、戸惑うのは一瞬ですぐに抜け出すために、準備していたライトブラストを発動させる。


 「発動しない? 【ライトブラスト】【ライトブラスト】なぜ発動しないんだ?」


 何度も発動させようとするが、魔術を発動せる前に現れる魔法陣すら出せなかった。


 「不思議そうな顔してんな」

 「まさか……この鎖のせいか」

 「正解。よくわかったな」


 男は拍手しながら答えたフェイを褒めるが、今の状況は最悪だった。

 男を倒すために魔力を込めていた剣は鎖に取り上げられ、遠距離で倒すための魔術は封じられている。


 先程の男の勘違いから予測するに、この鎖は捕縛した相手の魔術か能力を封印するものだろう。

 最初に捕縛したときは能力を封印する効果だったので、フェイが引きちぎったのは強化魔術だと勘違いしたのだろう。

 この鎖は能力の発動を封印するもので、すでに発動した能力の効果は消えないようだった。


 「確かに魔術は封じられたようだが、能力は使えるぞ」

 「だったら、早く脱出してみろよ」

 「タイミングを計ってんだよ」


 先程は簡単に脱出できたのは、男が油断していたからであって、今は鎖の本数も多く引きちぎることができなかった。

 より上位の強化をすれば脱出はできるが、その後まともに動けなくなる代償があるので今使うことはできない。


 「ほらできないだけだろ。さっきのように力で脱出すればいいのにしないってことは、お前の強化の効果が低くて引きちぎることができないんだろ」

 「さぁ、どうだろうな。お前の油断を誘っているだけかもしれないぞ」


 フェイの遠距離攻撃は魔術を能力で強化したものがメインで、こうして魔術を封じられると攻撃方法がかなり減ることになる。

 その上フェイを捕縛した鎖は、一度切った鎖だった。

 やつの鎖は完全に破壊させない限り伸び続けるという、厄介な能力だった。


 フェイには今すぐ対応する作戦がなく、状況はかなり不利であった。

 そのことを察したのか、男は楽しそうな表情をしながらフェイに話しかける。


 「いいなお前、気に入ったぞ。俺の所属する組織に入らないか?」


 突如男が提案してきたのは、フェイにも無視できないものだった。

 この男が単独で楽しむために行っている行為だと考えていたが、組織で行っていたことなると話は変わってくる。

 何者かがコルデーの街を陥れようとしているのか、下級冒険者を狙っていることになる。


 「組織ってなんだ?」


 今は男の話を聞くのが優先事項と判断したフェイは、情報を引き出すために話を聞くことにする。


 「聞く気になったか」

 「身動き撮れない状態にされてるんだから、聞く以外ないだろ」

 「まぁそうだな。それで、組織についてだったな」


 男は自分が優位に立っていると思っているのか、フェイに組織について話してくれるようだった。


 「何をしている組織なんだ?」

 「簡単に言えば、魔王復活だな」

 「魔王だと?」

 「そうだ」


 魔王とは昔この世界を滅ぼそうと暴れた存在であり、最後は勇者によって封印されたと言われている。

 この世界に魔物が存在するのも魔王が死に際に放った呪いであり、魔王を完全に消滅させない限り呪いは解呪できないとされている。

 その魔王を復活させようとしている組織ということは、簡単に言えば世界を滅ぼそうとしている連中ということだろう。


 「本当に魔王を復活できると思っているのか?」

 「ああ、あの方ならできるぜ」


 魔王はこのレギルス王国の王都の地下に封印されており、幾重にも渡る複雑な結界によって厳重に管理されている。

 国を相手にするほどの力がこの男の組織には本当にあるのか、疑問は尽きることがない。


 「下級冒険者を狙っていたのも、組織の命令か?」

 「そうだ」


 男の話していることの全てが真実だとは思わないが、嘘だと決めてかかるわけにも行かない。

 もし本当なら、重大な事件を起こそうとしているのだから。


 「国を相手にして、勝てると思っているのか?」

 「お前は組織の力を知らないから疑問に思うだけだ。組織の人間はすでに国の中枢に何人も入り込んでいる」

 「そんなことを俺に話してもいいのか?」


 もし国の人間にこのことを話せば、作戦は無駄になる。

 まだ仲間になっていない状態で話しても問題ないと思っているのだろうか、それともすでに知られている情報なのか。


 「お前が国から信用されているのかわからないし、仮に信用されたとしても疑心暗鬼になるのなら、こっちとしても好都合だからな。そろそろいいだろう、本当を聞かせてもらおうか」


 男の話を全て信用してわけではないが、何かをしようとしているのは間違いない。

 ならば、フェイの返答は決まっていた。


 「入るわけねぇだろうが。逆にお前の組織をぶっ潰してやるよ」

 「そうか、残念だ。なら、死んでもらおうか」


 男の雰囲気が変わった瞬間にフェイはもう行動を開始していた。


 「ライト・オブ……」


 手に魔力を集中させて、男に照準を合わせる。


 「なんだ? ただの魔力弾ごときで俺の鎖が壊せると思っているのか?」


 確かにただの魔力弾では鎖を破壊することは不可能だが、フェイが放とうとしているのはただの魔力弾ではない。


 「ショット!」


 手が光り輝き、光の玉がフェイを縛り付ける鎖に向かって放たれる。

 着弾した光は鎖を破壊して、フェイを縛り付ける力が緩む。


 「ライト・オブ・ブースト!」


 筋力を大幅に上昇させて一気に鎖を引きちぎり、一緒に落ちた剣を拾い、男を睨みつける。


 「まさか、単純な強化能力ではないのか」

 「ライト・オブ・ジャベリン!」


 男が動揺している隙に畳み掛けるために、強化した剣を男に向かって全力で投げつける。

 剣は光の矢のように、まっすぐに勢いよく飛んでいくが、間一髪で避けられる。


 「危ないな」


 避けられた剣が男の背後にあった木を貫いて進むのを驚愕しているが、その間にフェイは男との距離を詰める。


 「アクセル!」


 移動速度を上昇させて男との距離を一瞬でゼロにする。


 「剣もなしにどうすんだ? また捕まえてやるよ!」


 男はフェイが高速で近づいてきたことに驚きつつも、冷静に鎖を腕から出して捕縛しようとするが、フェイはその鎖を無視して思い切り振りかぶり、叫ぶ。


 「ブースト!」


 拳を強化して、突進するスピードを乗せて思い切り鎖ごと殴りつける。

 鎖に絡みつかれるよりも早く男の腹に拳が届き、防御もせずにまともに攻撃を食らった男は威力に耐えきれず、後ろに飛ばされていった。

 吹き飛んだ男は背後の木に勢いよくぶつかり、その際に頭を強く打ち付けて気絶した。


 「勝ったか」


 男が気絶したからか、周囲の鎖が消滅していく。

 そのまま男を捕縛するために近寄ると同時に、助けを呼ぶ声がフェイの耳を打つ。


 「誰か、助けてください!」


 逡巡したのは一瞬で、すぐに声のした方向に駆け出していた。

 森を抜けたフェイが目にしたのは、長い青髪を揺らしながら、懸命に走っている赤い瞳の少女の姿だった。

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