第5話 取り引き

「シーラお嬢様。オレルアンを出し抜くとは、本当に恐れ入りました。間違いなく、貴方はマクスウェルを継ぐのに相応しい。」


氷魔法

―“アイスプリズン”―


女騎士-クリス-の魔力こもった声が響き渡ると、足下に魔法陣が現れ、氷の檻が生成されていく。


…中年女を閉じ込めた魔法か。一度閉じ込められると出られないと考えるべき。もう出し惜しみなんてしていられない。…


足元に力を込める。


身体強化

―“オーラバースト”―


足元のオーラを爆発させて、氷の牢獄がまだ生成しきれていない上空に向かって垂直に跳躍する。


…抜けた。…


氷の牢獄の壁を乗り越え、空中で身体を水平に方向転換し、足元にオーラを集中させる。


身体強化

―“オーラバースト”―


オーラを更に爆発させて、空中で垂直にジャンプし、氷の牢獄を脱出した。


「そ、空を跳んだ!?…い、いや、オーラを足場にして空中で跳躍した!?身体強化スキルをどれだけ応用しているんだ…。」


驚愕するクリスを尻目に、スキルを使い続いけ距離をどんどん引き離す。


身体強化

―“オーラバースト”―

―“オーラバースト”―

―“オーラバースト”―

………

……


…もう限界…。…


………

……


スキルの使いすぎで気を失い、気がつくと何者かの背に乗せられながら森の中を進んでいた。


「ありがとう。運んでくれたの?」


『…ああ。気がついたか。…だが、まだ安心できねぇ。まだ、あの金髪ネェちゃんの魔力圏内だしな。しかし、あの金髪ネェちゃんとんでもねぇな。』


「明らかに手加減されていた…。ユニの手助けがなかったら、ここまでこれなかった。」


『ヘッ!ガリガリの欠食児なんていくら抱えても屁でもねぇぜッ!いつも捕まえてる獲物より数段軽いくらいだ。…むしろ、こんなに軽かったんだってびっくりしてるぜ。…ごめんな。無理してでも、もっと食糧届けてやれば良かったぜ…。』


「ううん。隷属されている状態じゃ仕方なかった。充分過ぎる。ありがと。ユニ。」


『おうッ!』



「シーラお嬢様…。その人語を操るユニコーンもテイムしたのですか?」


声のした方を振り返ると、クリスが影の渦から飛び出してきた。


『…チィッ!あいつら、俺たちの後にぴったりついてきてやがった。結構なスピードで走ったんだぞッ!普通あり得ねぇだろッ!』


…まさか、真夜中で視界が悪いにも関わらず正確に追跡してくるとは…。…


ユニコーン-ユニ-の疲労を回復させるために、治癒魔法を発動する。


治癒魔法

―“スタミナリカバー”―


手のひらから魔法陣が展開され、魔法陣から霧状の光が発生する。


「治癒魔法でスタミナは回復できる。逃げられるところまで逃げよう。」


霧状の光がユニの疲労を回復していき、ユニの目に力が戻る。


『ハッハッ!これはいいぜッ!我慢比べか?上等ッ!付き合ってやるぜッ!なぁに、このユニ様にスピード勝負で勝つ奴なんざ一人もいねぇんだっつぅのッ!隷属が解除されているんだったら、何の制約無しに手助けできるしなッ!』


ユニと私は身体強化のオーラをシンクロさせると、シンクロさせたオーラを力強く練り上げ始める。


諦める様子を見せない私達の様子に、クリスが苦笑しながら左手を前に差し出す。


「シーラお嬢様。取り引きをしませんか?」


「取り引き?」


「はい。まず前提として、“鑑定”のスクロールによりシーラお嬢様の居場所を追跡できるようになっていますので、逃げ切ることは難しいかと思います。なお、先ほど使用した“鑑定”のスクロールは1ヶ月効果が続きます。」


…だから、正確に追跡できたのか。…


「確かに、幻獣クラスの高位の従魔がおり、その他にもいくつか隠し球があるのであれば、逃げ切れる可能性があります。ですが、そこに掛けるよりも、一旦マクスウェル家でスキルや魔法の勉強をした方が良いと思われます。お嬢様であれば、きちんとした指導を受ければ私達からでも余裕で逃げ続ける力をつけられるかと。」


…悪い話ではない。今の私は、まだまだ未熟。一時逃げ切れても、逃げ”続ける”ことは難しい。…


「そして、願わくはマクスウェル家を継いでいただければ一番良いのですが…。結果として、もしもマクスウェル家が貴方にとって好ましくないと判断した場合には、マクスウェル家最強の騎士である私がシーラお嬢様の脱出の手助けをいたしましょう。」


クリスの言葉に動揺したオレルアンが声を上げる。


「ク、クリス様ッ!?」


「もはや、これくらいの約束をしなくてはシーラお嬢様のお心を動かすことないだろう。」


「で、ですが…。」


ユニはしばらくクリスを見つめる。


『…悪い取り引きじゃねぇ。…ムカつくが、それが最善かもしれねぇ…。ごめんな…。…俺に、もっと力があれば…。』


…気持ちが悪い。でも、選択肢がない。…


「…ううん。…じゃあ。…そうする。」


私が承諾の言葉を発すると、私とクリスの右手の小指に魔法陣が現れた。


古代魔法

―『”コントラクト”』―


魔法陣が吸収されていき、お互いの小指に魔法文字が刻まれた。


『信じてねぇわけじゃねぇが、念のために古の誓約魔法を使わせてもらった。さっきの誓約を破ったら、俺とシーラに絶対服従の木偶になってもらうぜ。』


自分の小指を見つめながらクリスが呟く。


「…こ、これは、ロ、ロストマジック…?」


ユニが、咄嗟に短剣を抜いたオレルアンを睨み付ける。


『この魔法は術者が死んでも効果は消えねぇよ。寧ろ、怨念で誓約が強くなっちまいやがるオマケ付きだ。それに、忘れるなよ。こっちだって、譲れない部分を譲って、腸が煮えくり返ってるんだぜ…。』


クリスはオレルアンを手で制す。


「オレルアン。おかしなことは考えるな。私達は、シーラお嬢様をマクスウェル家にお連れし、誠心誠意お仕えすることだ。そうすれば、きっとシーラお嬢様もわかってくださる。」


オレルアンはうつむき短剣をしまう。


「…わかりました。申し訳ございません。大丈夫です。」


クリスは、落ち着きを取り戻したオレルアンと頷き合うと、私を守るように前後に隊列を組む。


「では、帰りましょう。もう一度、湯浴みをせねばいけませんので、少し急ぎましょう。」


「もう一回風呂に入るの?」


「「あたりまえです。」」


…気持ちが悪い。…

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