第24話 ネクストステージは待ったなし

「で、氏家書店で留守番すればいいの? 用心棒みたいに」


 ほんの数分前、氏家書店から美帆に「バズってしまったかもしれない氏家書店の話」メッセージを送ると10分もしないうちに電話がかかってきた。


 これから千駄ヶ谷へと向かう予定の藍は、氏家書店に居座ることができない。藍は弟のアキラの次に氏家書店に入り浸っている美帆に助っ人として声をかけたのだ。


「ごめん、美帆。私、こういうのちょっと疎いから分からないけれど『5525』というインフルエンサーが自分のSNSに投稿したみたいで、今日は土曜日だし開店したら人がたくさん来ると思うんだ。もちろん、杞憂に終わるかもしれないけれど」

「私も『5525』って人は初耳だよ。検索するのめんどくさいから、そういうのに詳しそうな昭和レトロ好きな学校の友だちにメッセージを送ったら『マジ大変だよ』『ある意味破壊女王。紹介したお店とかにアニメ好きとかレトロ好きが集まるよ』って手短に教えてくれた」

「なんか、私たちだけ浦島太郎みたいだね。私も検索したけどアニメ好きとしても有名だし、レトロ好きで街を散策して見つけたスポットを紹介するとそこが爆発的な人気になる、と……」

「それよ、それ。氏家書店、キャパ超えるんじゃないの? だいたい5、6人でもお客さんが入ったら満杯だよ。ギューギュー詰めになって店が壊れるくらい人が集まったら困るんだけど」

「私たちにとってはオアシス的存在だもんね。入れ代わり立ち代わりお客さんが来ると落ち着かないな。でも、売上に直結するかが問題。みんな写真撮るだけで終わるんじゃないのかな」

「『5525』さんはそれだけ影響力大きいみたいだから。高みの見物で用心棒を買って出てもいいよ。テスト終わった身だし、お店にパソコン持ってってアプリ開発に勤しむよ。ついでに若い人をターゲットにした商品開発も考える」

「それじゃ、美帆よろしくね。何かあったらすぐに連絡してよ!」

「もちろん! ただし、『やまぎわ青果店』も危険だよ。ザ昭和的な雰囲気を残す八百屋だから商店街散策した人が明日辺り、沢山来ちゃうよ」

「大丈夫。明日は店頭販売しないから」


 月に二回の日曜日販売日ではないことから、自分の家は混乱が起きないと藍は踏んでいた。


(よし、これで氏家書店問題はなんとかなりそう。私は千駄ヶ谷に行って『二歩』でアルバイトをしつつ、勉強と探偵見習いをしなければ……)


「ということで、これから美帆が助っ人にくるから」


 もう少しこれから先起きるかもしれない未来に警戒心をもってもらいたいと藍は内心思ったが、心配をよそに氏家夫妻は呑気な会話を繰り広げた。


「あら、美帆ちゃんが。それなら美帆ちゃんが好きな小説を選んでもらってブックカバーでも作ろうかしら」

「そうだな、俺たち二人じゃインスピレーションってやつが限界があるからな」

「美帆は漫画しか読みませんよ。時代劇は好きですけどね。小説はちょっと。あと、理系の専門書とかIT系の雑誌とか……」

「あら、そうなの」

「でも、ホラー系とか好きですね。私もそうですが」

「そうね、確かに藍ちゃんも怖い話とか小さい頃から好きね。それらな、これなんかどうかしら。まだ蜘蛛柄の生地が合ったから」


 頼子さんがブックカバーの中から取り出したのは、黒地に銀糸で蜘蛛模様の柄を描いているデザインだった。


 一目で気に入った藍は、お礼を言うとすぐに愛用の紺色の大きいリュックサックの中にしまい込んだ。


 ちょうど出先で見つけた蜘蛛を入れるフィルムケースを常に入れているポケットにすっぽりと入った。


 いそいそと千駄ヶ谷に向かう準備を忘れていないかチェツクをしている藍に氏家さんが声をかけてきた。


「どうするんだ、藍。将棋の勉強、やる気あるか?」


 急に真面目な顔で聞いてきた氏家さんをまじまじと見た。どうやら本気で将棋を教えるつもりのようだ。


「そうだね、大盤解説を楽しむためにもやるしかないね。おかげさまで将棋本は読み放題だし」


 藍はそう言いながら『囲碁・将棋』のコーナーを指さした。


「ちゃっかりしているな。これから部活か?」

「藍ちゃん制服着ていないから、違うでしょう」

「……。図書館で勉強しに行く、と言いたいところだけど行商人でパウンドケーキを届けに行ってくる」

「聖四朗さんと良子さんから聞いた千駄ヶ谷の喫茶店の話ね。この前は良かったわね、本当に。うちの人なんて自分のことのように大騒ぎしてね。でも、千駄ヶ谷通いをしていたら、必ず憧れの亀井さんに会えるわよ」


 頼子さんから『パウンドケーキの件』に興奮していたと暴露された氏家さんは頭を掻きながら照れ隠しで慌てて話し始めた。


「あ、藍よ。万が一でも会ったら『あのパウンドケーキを作ったのは私です、いや私と弟が作ったんです』って言うんだぞ。分かったな!」


 氏家夫妻の会話を聞きながら新宿御苑での出来事が蘇った。毎日、何度も思い出すが未だに夢のようで現実に起きたようには思えなかった。


(今度こそ、あんな状況ではなく確実に『会った』を実感したい!)


そう心に決めて、第二の家でもある氏家書店を出て藍は北千住駅へと向かい、いつもの道を進んでいくと突然メッセージ着信の音が鳴った。


(美帆からか。『5525』さんとかの新情報とかかな……)


『久しぶりです。今日、こっちに来ると思うけれど新宿御苑の『中の池』前のベンチ場所で待ち合わせしたいです。詳しくはその時に』


 送信主は意外にもマスターだった。


 しかも、新宿御苑のあの池の前のベンチとなると例の捕物帳に新しい展開があったのか、それとも内藤さんから連絡があった『謎の赤い液体事件』も新宿御苑に関係してくるのか、メッセージからは判断することはできなかった。


『分かりました。ちょうど北千住駅で電車に乗るところです。新宿御苑に着いたら連絡します』


 シンプルな文章で送信すると、また新しい事件の扉を開きそうになるという思いと新宿御苑で蜘蛛探しができるという期待感が同時に沸き上がり、気持ちの高ぶりを抑えるように大きな深呼吸をし、駅へと足早に向かった。

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