第3話 怪しすぎるサングラスの男

「邦ちゃんの言う通り、転売目的の線が濃厚だな」


 先ほどまでの孫娘を思う好々爺から一変し、『元刑事』モード全開になった内藤さんはベンチに腰を掛けて話を続けた。


「ここに来る女子高生が限定品を持っていることを知っていて、一瞬の隙をついて盗った。もしくは、あちこちで高く売れそうなマスコットを狙っている一味か。これは思った以上に大事になりそうだな」


(ひぇ~、今日はただ千駄ヶ谷の将棋会館に行きたかっただけなのに……)


 単なる失くしもの探しだと思いきや、どうもそんなレベルの話に収まらない様子に藍は焦った。その一方で、探偵の助手的な気分に浸れて悪くはなかった。


 「なにかユミちゃんのマスコットって、組み紐以外になにか特徴はあるかい。限定の品ならナンバーが記されているとかないか。よく時計でもあるだろう。刻印がついている時計」

「そんな品は一般人が買える品物じゃねぇから。時計以外にも高いぬいぐるみとかには確かに刻印されている。でもよ、アイドルのマスコットにそんな印ついてないだろう」


 内藤さんは否定的だったが、とりあえず状況確認でユミに電話をかけてみた。


「今な、邦ちゃん達と御苑に来ている。もしかしたら転売目的の盗人じゃねぇかって話になってよ。二人組以上とか、ちょっと怪しい雰囲気の人を覚えていないか。あとさ、組み紐以外に目印というか特徴みたいなのあるか」


 孫娘の話を聞きながら内藤さんは一生懸命メモを取り、その文字をマスターと藍は目で追った。


『マスコットの右肩にワンポイントで青色の星の刺繍がある。それは完全オリジナル』


「分かった。ありがとうな。じいちゃんが必ずホシをあげるから。うん、待ってろ」


 電話を切ると、突然藍に向かって内藤さんは指令を下した。


「シリアルナンバーは無いらしい。そんでお嬢ちゃん、オークションでみー君のマスコットを探してくれないか。その中で、右肩に青い星の刺繍があったら、それは完全にユミのだ」 


「わ、分かりました!」


 その場で手あたり次第、フリマアプリやオークションサイトで探してみたがそれらしきマスコットは見当たらなかった。


「もし、転売なら昨日盗って今日出品は難しいかと。写真を撮ったりと準備も必要です。それに、元々なかった『星』があれば出せないでしょう」


 出品されない可能性もあることに気が付き、内藤さんの表情が暗くなった。持ち主にバレるおそれのある品物は、処分される可能性があるからだ。


 マスターは何かを感じたようで、話題を変えた。


「内藤さん、もし転売目的ではないなら、彼女へのプレゼントとかもあるぞ。男女問わず入れあげているほど、無茶なことするからな」

「でもよ、盗んでまでなんて、そんなの愛じゃねえな」 


(転売なら明日以降、出品されるかもしれない。いつまでたっても出品されなければ転売目的の線は消えるけど、果たしてどうなるか)


「手に入らないから好きな子へのプレゼントで、という線もあり得ますね。この辺りにいた時、ユミさんと同世代か大学生くらいの男性がウロウロしていたら完全に参考人レベルですね」

「それがさ、一人いたらみたいなんだよ。マスク着用で黒いサングラスかけてヘッドフォンをつけて、ベンチの周りをうつむき加減に行ったり来たりしていた若い男が」


(完全に怪しい。でも、自分から『私は怪しい人間です』という雰囲気の人って実は犯人じゃないことが多いし……)


「それって……」


 藍が自分の考えを口にしようとした瞬間、ユミさんの言う『怪しい若い男』が目の前を歩いて行った。


「あ、あんな人ですか?」


 藍の裏返った声に反応を示した二人は彼女が指さす方向を見た。


「うん?!」

「お、あれは……」


 驚いたことに、マスターが大きな手を振って呼び止めたのだ。


「おーい。こっちこっち」


 自ら怪しい人ですと周囲に教えるような外見の若い男は、軽く会釈しながら近づいてきた。


 細身で長身。スタイルは悪くない。肩掛けカバンに、流行のワイドパンツ。そこだけ見れば、いかにも『大学生』といった感じだった。


 マスターに何やら耳元で話しているが、あまりにも小さい声で聞こえてこない。呆然としている藍を見て、内藤さんは彼の正体を教えてくれた。


「俺の次くらいの常連だよ。ラーメンも、アイツの好物でよく邦ちゃんが作っている。一年くらい前から見せに顔を出すようになったから、上京してあの辺りに住んでいる大学生なんだろうな」

「いつも、サングラスかけてヘッドフォンつけているんですか?」

「日差しに弱いみたいでな。あと、耳も敏感みたいなんだよ。それにしても、ユミ達がみた『怪しい男』が兄ちゃんとはな」


(なるほど、聴覚過敏で常にヘッドフォンをつけているわけか)


「あのさ、えっと、木原君が言うにはな」

「なんだよ知り合ってから一年以上になるのに初めて知ったぜ。兄ちゃんの名前、木原っていうんだ。」


「ご紹介が遅れて申し訳ございません。木原春翔です。お店に行きましたら、こちらに来ているとの紙が貼られていましたので」


 ボソボソとした声で自己紹介をするも、その後はマスターが会話をバトンタッチした。


「彼もよくこの辺りを散策するんだが、昨日もユミちゃん達と思われる女子高生グループがいたのを目撃しているようだ。明らかに怪しい動きをしている人間はいなかったが、両側のベンチに男が一人ずつ座っていて気になったそうだ」

 

 気になる男が座っていたというベンチの方を指さしながら、マスターは話を続けた。


「二人とも誰かを待っている様子でもない。片方は望遠レンズを付けた一眼レフカメラを持っているが、遠景ではなく近いところばかりみていた。とくに女子高生のカバンがドサッと置かれたベンチの方を。そして、片方が誰かに連絡をすると、相手もスマホを取り出して会話をしていた」


 有力な証言はもちろんのこと、なぜ短期間でそこまでの観察力があるのかと藍は呆気にとられた。


「仕方ありません。土日に絞りましょう。転売ならスマホで仲間と「周囲には同じように写真撮影をしに来ている人が何人かいたから、場に溶け込んでいたそうだ」


「そ、そいつらが犯人か?!」

「内藤さん、落ち着いて。かなり有力な手がかりだけれど、それだけでは確証が得られない。そのまま、木原君は通り過ぎたから『瞬間』も見ていない」

 

 少し離れていた場所にいた木原が音もたてずに三人に近づいてきて語り始めた。


「もしかしたら、この近隣で似たような事件が起きてる可能性もあります。それならば、似たシチュエーションを作り彼らをおびき寄せることができます。おそらく、すぐには出品はしないでしょう。品が揃って『メンバー全員』とセットで売る可能性もあります」


(たしかに、その方が高値で売れるはず。でも、どうやっておびき寄せるのかしら……)


「しかし、個人的に集めている可能性も否定できません。白黒つけさせるためにも、もう一度同じようなシチュエーションを作りましょう」


「もう一度やるとは、どんな風にですか?」


 藍が恐る恐る木原の考えを確認してみると、とんでもない答えが返ってきた。


「あなたです。あなたがおとり役になって下さい。同じ人では疑われるので狙わないでしょう。『これまで見たことのない人』『マスコットを持っていて隙がある』この状況を作れば、かなりの確率で釣れます」


「兄ちゃん、切れ者だな。お願いだお嬢ちゃん、俺の可愛い孫娘の為にも限定マスコットをカバンに付けて御苑にいてくれ!」


 彼女は慌てて手を振り、申し出を断ろうとした。


「で、でも私の家から御苑は距離があるので、毎日通うことはできません・・・」

「それでは、こちらに来れる曜日を固定し毎週同じ時間帯にいるようにしてください」


 こちらの言い分を聞き入れる素振りも見せず、淡々と話す木原に無理だということを伝えた。


「さらに言いますと、マスコットは完売で入手不可能です!」


 藍の反論に納得するかと思いきや、さらに提案をしてきた。


「それならば、似たものを作りましょう。どうです、作れますか?」


 あまりにも話の展開が早すぎてたじろぐ彼女の様子をを察したのか、マスターが助け舟を出した。


「彼女は北千住に住んでいるから毎日ここまで来るのは不可能だよ。それとも、学校はこっちの方?」


 下校時間が早い時、丸の内線に乗って十分行ける距離だが、藍は慌てて頭を左右に振り否定した。


 それなのに、木原は冷静に彼女に指示を出したのだ。連絡を取り合って物色していると思います。チームプレーをし効率よくターゲットを盗りたいでしょうから、あえて一人で行動してください」


 周囲の音にかき消されてしまいそうな声で淡々話す木原に、藍はまたまた呆気にとられた。


「お困りですか。それなら、運賃や入場券代は協力依頼として内藤さんが払うことにしましょう。それと、内藤さんは知り合いの警察の方にこの界隈でマスコットが盗まれる事件が多発しているか確認もお願いします」


 おとり捜査にかかる経費を負担させられそうになり、内藤さんは慌てた。

 

「おいおい、勝手に話を進めるなよ兄ちゃん!」


 目の前で刑事ドラマの定番の図式の一つである『エリートコースをひた走る若い刑事と叩き上げの定年間近の刑事のぶつかり合い』に似た攻防が繰り広げられ、マスターは笑いながらも木原の考えに同意するように頷いている。


「それはいいアイデアだよ。ユミちゃんや彼女の友だちだと顔が知られているかもしれない。それなら、普段はこの辺りにいない女の子が適任だ」


 マスターが自分の味方だと分かり、木原はもう一度聞いてきた。


「どうですか、やってみませんか?」


 追い打ちをかけるように。マスターも藍にスペシャル特典を提案してきた。


「それなら経費は内藤さんと私が負担する。さらに、お店で味噌ラーメンが食べられる特典付き。どう?」


「邦ちゃんがそういうなら、俺も構わないぜ。あとはお嬢ちゃんの気持ち次第」


 外堀を埋められても、彼女に拒否権があるのは確かだった。しかし、捜査に協力するたびに『味噌ラーメン』が食べられることの魅力に逆らえそうになかった。


(それに、千駄ヶ谷に通っていれば、いつの日か亀井先生に会えるかも・・・)


 味噌ラーメン、そして憧れの将棋界の貴公子『亀井晴也』との出会いを夢見て、藍の答えは一つしかなかった。


「はい、微力ながらやってみます!」


 こうして、思いがけず千駄ヶ谷通いと味噌ラーメンを食べる権利が藍に舞い降りてきたのだった。

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