第2話 新宿御苑で消えたマスコット

「まずは自己紹介しないとな。オレはマスターの友だちで内藤だ。すぐ近所に住んでいて、孫のユミはそこのマンションに住んでいる」


 日焼けした手で指さした先には二十階建てくらいのマンションが見える。


(いいな。あそこなら亀井先生のお姿もキャッチできるだろうな・・・・・・)


 藍はまだ会ったこともないユミに対して、素直に羨ましいと思った。


「内藤さん、それだけじゃ情報が足りないよ。小さい頃はよく遊びに来たけれど最近は顔を出すのは金欠の時だけ。もしくは今回のように困っている時、という近年の関係も伝えないと」


 紅茶を優雅に飲みながら、マスターは淡々と辛口な説明を上書きした。


「そ、そんなの分かっているよ。嫌だね、本当に。『おじいちゃん、おじいちゃん』と無邪気になついていた日々に戻りたいよ」

「でも、内藤さんに泣きついているのですから頼りにしているのは変わりないのでは」

「おぉ、若いのに良いこと言うね。ユミと同年代だろ? しっかりした子だよ」


 内藤さんに感心され、藍は照れ笑いを浮かべた。


「親が自営業で日頃から人と接する機会が多いから観察眼を鍛えてきたのかな。それに、『さ』行がちょっと苦手なようだ。生まれも育ちも神田、浅草、といった下町界隈。でも、私が知っている江戸っ子とは違う発音だ。おそらく、親のどちらかが出身が東京以外。さらに訛りのハッキリしている地域出身、この推理合っているかな?」


 出されたばかりのアイスティーを思わず吹き出しそうになるほど、彼女は的確な指摘をされ動揺した。


(この人、なにか特別な力でもあるのかしら?)


「ど、どうして分かるんですか!」

「お、邦ちゃん得意の名推理が今回もズバリと的中だな! なんだ、東京下町の子だったのか。オレはてっきりコンサート目当てで東京に来た子だと思っていたよ」


「お洒落はしているが普段着プラスアルファ。内藤さんところのユミちゃんはコンサートに出かけるときはこういう服装する? 第一、コンサートに行くなら原宿駅で降りる」

「あー、言われてみたらそうだな」


 内藤さんはマスターの推理に唸りながら感嘆している。どっちが元刑事なのか分からない。


「それにしてもユミはコンサートに行くのに似合わない化粧して、香水つけて出かけているな。服も新しく買う買わないで、いつも揉めている」

「それで、買いたいときは内藤さんのところに来るというのが決まりのパターン、だろ?」

「……」


 切れ味抜群のの推理に何も言えなくなった内藤さんをよそに、マスターは白いメモ帳を出してサッと新宿御苑の地図を書き始めた。


「で、どのあたりでマスコットをなくしたの」

「そうだな、中の池のコーヒー屋さんの隣で特徴的なビルを背景に毎日動画を撮っているとか言っていたな」

「特徴的なビルね・・・・・・。多分あの辺りだ。早速行ってみよう」


(行動力、早すぎ!)


 マスターはおもむろに切り出した。


「お嬢さん、これからの予定は大丈夫? できれば同年代の子の意見を聞きたいから同行をお願いしたいのだが・・・・・・」


 早く先月発売されたばかりの亀井晴也先生のアクリルスタンドを買いに将棋会館に行きいというのが、藍の本音だ。


 しかし、よく考えれば新宿御苑でもしかしたら色々な蜘蛛に出会えるかもしれない。さらに、元刑事で探偵と一緒に時間を過ごせるなんて大事件だ。


(なんだか面白そうだし、ちょっと御苑に行ってから戻ってくればいいか)


「は、はい。ご一緒させてください」

「邦ちゃんよ、店どうすんの。アイツ、ふらりと来るんじゃないの?」

「貼り紙でも貼っておくよ。『御苑の中の池あたりにいます』とね」


 今どきお店の貼り紙が伝言板になるとは驚きだが、それだけ会話に出てくる『アイツ』は古い付き合いの常連さんなのだろう、と藍は下町のような濃い付き合いに感動すら覚えた。


 来た道を戻るように千駄ヶ谷駅まで行き、脇の高架下の薄暗い道を歩くと木々の緑が生い茂る新宿御苑に着いた。


 道すがら内藤さんは千駄ヶ谷周辺の変わりようを事細かに話してくれた。


 明治神宮や御苑、国立競技場といった歴史ある建物のおかげで千駄ヶ谷辺りは新宿や原宿に比べれば昔の風景がまだ残っていると語る姿から、内藤さんのこの街への思いが十分伝わってきた。

 

『新宿御苑 千駄ヶ谷門』と書かれた大きな木札が掛けられた入り口を過ぎると、『ザ・大規模公園』的な雰囲気に藍は圧倒された。

 

 三角時計が印象的な券売所で券を買おうとすると内藤さんが静止した。


「お嬢さんには捜査に力を借りてもらっているから、ここは俺が払うよ」

「でも、それは悪いですし……」

「いいよ、内藤さんの言葉に甘えな。まだお金使うところがあるでしょう」


 マスターの言葉にどきりとした。


(この人、やっぱり人の気持ちを見通すことができる?)


 藍以外の二人は年間パスポートを利用し、いよいと現場である御苑内に足を踏み入れた。 


 都心のど真ん中にこれだけの緑地がある子とも驚きだが、藍の住んでいる界隈では緑地といえば『荒川の土手』か隅田川を越えて行く『荒川自然公園』くらいだ。


 緑の多い公園に行くとこっそり好みの蜘蛛がいないか探し回るのが藍の隠れた趣味だった。とくに好きなのは、ハエトリグモ。益虫である上、ピョンピョン飛ぶ姿が可愛らしく今まで何匹捕まえて部屋に招き入れたか分からない。


 広大な新宿御苑の中に入ると、蜘蛛探しをしたい気持ちがムクムクと膨らんできた。それと同時に、この周辺に住んでいる人が羨ましくなった。なにせ、将棋会館から近いし蜘蛛探しを無限にできる。


「ユミさんは、小さい頃から公園で遊んだりしてました」

「そうだな。鬼ごっこしたり芝生でシート広げてうちのばあ様のおにぎり食べたり。懐かしいな」


 すでに祖父母が他界している彼女にとって、孫をかわいがる祖父母の姿を思い浮かべると羨ましい気持ちしか湧いてこなかった。


「私、北千住に住んでいるんですけど隣の南千住も含めて緑地公園というか川との共存の街ですね」


 その言葉に、前を歩いていたマスターが反応した。


「北千住出身とは驚いた。若い頃は荒川や隅田川で釣りをした思い出があるな。いい街だよね、そっちも」

「釣りをしたことがあるんですね!近所のおじさん達も釣りをしていて、たくさん取れた日はおすそ分けでもらうこともありますよ」

「穴場スポットがあるんだよ。ふらりと立ち寄った居酒屋で意気投合した地元の人に教えられてね。いや、懐かしい。今度久しぶりに行ってみようかな」


 内藤さんは魚をたくさん釣ってきたら自分におすそ分けして欲しいとねだってきた。

 

 それならば一緒に行った方が楽しいとマスターに言われるも、実は魚釣りが苦手だと頭をかきながら自白して笑いを誘った。


「ほら現場に着いたぞ。ここが中の池。この周辺でいつも撮っているみたいだ」

「うわ、桜の木がこんなに植えられている。花見の時期はかなり賑わいますね!」

「秋の紅葉も見事でね。あのビルと撮影するとニューヨークの風景と勘違いしてしまう」


 マスターが指さした先にはニューヨークの代表的なビル、エンパイアステートビルによく似た建物が見えた。


「ユミちゃんは、友達とカフェに寄ったりするのかい」

「コンビニで買って、そこのベンチで座ってワイワイやっているみたいだぜ。第一、毎日コーヒー屋に寄るほどお金は持っていない」

「祖父はほぼ毎日、喫茶店に顔を出しているけどね」

「水だけの日もあるだろう……。ばあ様から渡された小遣いが底ついた時は」


 二人の会話を面白おかしく聞いていると、藍はある事に気がついた。


「そこのカフェに寄らないということは、探し物した時に『マスコット届いていませんか』と聞いていない可能性もありますね」

「おぉ!そうだな。でも、この周辺で落ちていたら拾った人はコーヒー屋に届ける。俺、聞いてくるよ」


 颯爽と走り出した内藤さんはお店の中に飛び込んでいったが、数分後にはトボトボと出てきた。収穫はなかったようだ。


「とりあえず、時系列で何が起こったのかおさらいしよう」


 マスターが内藤さんを励ますような言葉をかけた。内藤さんはおもむろにポケットから年季の入った万年筆とメモ帳を取り出し、昨日ここで起きた出来事を書き出していく。


「ユミ達がここに来たのは昨日の夕方四時半ごろ。そこから二時間ばかり遊んでいた。スマホで動画撮影をしたり喋ったりして、ほとんど場所を変えずにいたそうだ。帰ろう、となったときに通学カバンについていたはずのお気に入りのマスコットが消えていた」


 淡々と書きこむその姿から『元刑事』であることは疑いの余地はなかった。ドラマ以外で『刑事の聞き込み姿』を初めて見る藍は、感動すら覚えた。


「二時間の間、ユミちゃんは通学カバンはどこに置いていたか聞いている?」

「たしか、ベンチに置きっぱなしっだったと言ってたな。でも視界に入る場所でずっといたみたいだから、怪しい人が近づいたら全員気がつくはずだあ」

「マスコットのチェーンが緩んで外れた、ということはありませんか? 私もそういうのを経験しているので」

 

 おそらく、二人の男性は人生において『カバンにマスコットを飾る』という経験はしていないだろう。ここは自分の経験談を語らなければと藍なりに考えたのだ。


「そういうことあるんだ。そうだな、ユミがもっていたのはチェーンではなく、金具だったな。元々はチェーンだったけど、落ちやすいから自分でアレンジして落ちにくくしたって。耐久性の高い紐を、ミなんとかにしたと」

「おそらく、ミサンガですね。組み紐の一種です」

「ああ、組み紐なら丈夫なはずだな」


 落下防止で組み紐を通したマスコットなら、そう簡単に落ちることはない。通学カバンに『誰かが近づいて盗った』が一番有力な線だが、カバンが見える範囲でしか行動していない。となると、『紐が切れた』が正解になる。


マスターはカバンを置いたというベンチの周りを歩きながら、解決の糸口を手繰り寄せようと独り言のようにつぶやいた。


「組み紐を誰かがハサミで切った。しかも、一瞬の隙をついて素早く。ただ、どうやってやるかだな」

 

 今度はベンチに腰掛けて、周りの状況を見ながら事件の真相に近づこうとしていた。


「それに開かれた公園で堂々と盗みを働くのはリスクが高い。やるなら仲間がいて、公園に溶け込んでいる風にしている。価値のある物なら公の場でも実行する。さらに、転売サイトで高く売れそうな物ならターゲットになりやすい」


 マスターの言葉に藍は慌てて内藤さんに話しかけた。


「そういえば、マスコットは限定品かなにかでしたか。人気のあるアイドルで、レア物だとネットで高く売れるので」

「ネットで売るために泥棒する奴もいる、か。俺が現役の刑事だった頃は値打ちのある骨董品や宝石、美術品の類くらいだったが時代は変わったもんだ」


「ちょっとスマホで検索してみますね。ユミさんの好きなアイドルグループとメンバーの名前を教えてください」

「分かんねぇな。みー君としか聞かないな。誰か知っているかい、みー君っていうアイドルを」


 アイドルの世界に疎い彼女は困った。ただ、スマホで検索すれば手がかりが分かるはずだと思い、検索エンジンで『アイドル みー君 マスコット』と入力すると、それらしいアイドルがヒットした。


(最近売り出し中のアイドルグループだ。CMで見たことある!)


「あぁ、それだそれだ。間違いないぞ!」


 内藤さんが凄い勢いでスマホの画面をのぞき込んできた。その中の一つを指さした。『限定1000個 みー君マスコット』という文字がついている。


 マスターは銀縁眼鏡を外し、額に手を当てながら呟いた。


「勢いのあるアイドルグループのマスコットで、限定1000個。これじゃ、高く売れるな」


 温和な表情から一変し、眼の奥がギラリと光った。それを見た藍は背筋が凍る不気味さを感じた。

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