第5怪 【奇妙なバイト】

 私は大学二年生の時に、冬シーズンに友人とスキー旅行へ行くための軍資金を求めて、とある場所で働いていた。これは、その勤め先とその後の奇妙な体験談。


 私のバイト先は、いわゆるお祓い関係のもので、雇い主は高崎たかさきさんという四十代くらいの眼鏡の男性だった。温和な表情と丁寧な口調で話す人で、坊主に近い短髪にいつも白い着物を着ており、首から数珠をぶら下げていたのが今でも印象に残っている。


 お店は細長いビルの集合店舗の一つで、「お払い相談店」と看板を掲げていた。店舗の奥には立派な神棚があり、店内にはいくつものガラスのショーケースが置かれ、その中に女子高生受けしそうな子猫のキーホルダーや、お守り、パワーストーンのブレスレットなどを展示する形で販売していた。

 

 しかし、それだけでは利益としては足りない。そこでもう一つの収入源となっていたのが、雇い主の高崎さん自身だ。彼は霊感の強い人だったらしく、お客さんの心霊相談を聞き、時にはお祓いを請け負ったりすることでお店を切り盛りしていた。

 

 しかし、バイトをするようになって二カ月が過ぎた頃、私はこの店の秘密を知ることになったのである。




「 全部嘘っぱち!?」


「梓ちゃん、声が大きい! 他の人に声聞こえちゃうわよ」


 その日、店内にお客さんがいなかったため、在庫のチェックを頼まれていた私は、パートで最年長の黒部くろべさんと作業している中で、思わぬ話を聞かされることとなった。


「ごめんなさい。まさかそんな話になるなんて思わなかったからびっくりして、つい。それよりも、今の話は本当なんですか?  高崎さんには霊感どころかお祓いをする知識もないって」 


「あくまでも噂よ? 本人が認めたわけじゃないんだけど 、以前バイトの面接に来た子がいてね、その時、高崎さんに『あなた、本当は見えない人・・・・・・ですよね?』って、言ったみたいなの。怒って否定したらしいけど、その子自身は見える・・・・だったみたいで、『嘘つきな店には勤められない』って面接途中で帰っちゃったそうなのよ」


「そんなことがあったんですか!? 全然知りませんでした」


「随分と前の話だから、今パートで来ている人達も知らないわ。でも当時はそれを見ていた人がいて、私達の間で噂が立ったわけ。それから何人か同時に辞めちゃったのよ。実は、私も今月いっぱいで辞める予定でね。その前に、梓ちゃんにはこのことを伝えておこうと思って」


「 ……もし、それが本当なら酷い話ですね。だって、本当に悩んで藁にもすがる気持ちで相談に来られる方もいるのに」


「本当のところは本人にしかわからないじゃない? だから確認のしようもないのよね。これから、梓ちゃんがどうするのかは自由だけど、私はここに長く勤めることはおすすめしないわ」


「黒部さん、教えていただいてありがとうございました。私もちょっと考えてみます」


「そうした方がいいわ。悪いことをすれば、悪いことが自分に返ってくるものだから巻き込まれない前に、ね?」


 黒部さんの言葉にしっかりと頷きを返していると、お客さんの来訪を知らせる音が鳴る。私達は話を切りあげて、その時はひとまず接客に向かうことにしたのである。




 それから五日が過ぎた頃、私はバイトを辞めることを決め、高崎さんに今日にでも話を切り出そうと思っていた。


 高崎さんが出勤するのを待ちながらショーケースを拭いていると、緊張した顔をしたスーツ姿の女性が来店した。


「いらっしゃいませ」


 決まり文句を言うと、その人は私の方にまっすぐ向かってきて緊張した様子で口を開いた。


「ここでお祓いができると聞いたんですけど……」


「ご相談ですね。確認いたしますので、少々お待ちください」


 私はお客さんに慌てて倉庫に引っ込むと、商品の水晶を磨いていた黒部さんに声をかけた。


「お客さんがお祓いの件でお話ししたいと言ってるんですけど、どうしたらいいですか?」


「そう……もうすぐ高崎さんが来るから、ちょっと待ってもらいましょう。私がお茶を用意するから、梓ちゃんはお客さんをテーブルに案内してもうすぐ担当者が来ることを伝えてくれるかしら?」


 黒部さんは仕方ないという表情でそう言った。やはり、まだ雇われている身でもあるし、インチキという証拠があるわけでもないから普通の接客をするしかないだろう。私も躊躇いはあったが、頷いた。


「担当者が今こちらに向かっているので、もう少々お待ち頂けますか?」


「……はい」


「では、こちらにどうぞ」


 私は来客用の部屋にお客さんを案内して、もう一度倉庫に戻ると、入れ替わるように黒部さんがお茶を運んでくれた。そのタイミングで、高崎さんが出勤してきたため、私はお祓いの相談をしたいというお客さんのことを伝えたのである。


「わかりました。後は僕がお聞きするから、梓さんはお店をお願いしますね。──黒部さん、神棚にお守りはまだ残っていますか?」


「ええ、まだ四つほどあったかと」


「それなら大丈夫ですね」


 私はその時、高崎さんに初めて違和感の抱くことになった。朗らかな表情で客室に入って行く彼の目は、ちっとも笑っていなかったのだ。


 後で黒部さんに教えてもらったところによると、あの女性は小学校の教師をしており、担当クラスの男子生徒について相談に来たらしい。その子は一週間前から不登校になっており、 本人が「学校にお化けの子がいるから行きたくない」と言っているそうだ。その子の訴えに信憑性があるため、困った女性はこの店の噂を耳にして相談に来たということだった。


 高崎さんは女性の話を聞いて、神棚に置いているお守りを渡したようだ。そして、話を聞くかぎり、それは学校に囚われた子か、あるいは不登校になっている生徒自身に憑いている可能性がある、と言ったらしい。それほど危険な霊ではないので、このお守りがあればおそらく大丈夫だとも。もし、それでも効果がないようだったら、本人を連れて祓いの儀式を行うことを勧めていたという。


 女性は納得して帰ったようだが、それからしばらくして問題の子供を連れて店を訪れた。


 その頃には、黒部さんは退職していて、私も数日とおかずにバイトを辞めることになっていたため、最後の仕事としてしっかり接客したのでよく覚えている。


 その子は、小学校三年生くらいの男の子で、母親と教師である女性、それから妹らしき女の子と一緒にやってきた。年子くらいに見える妹は、人見知りなのか男の子の後ろに隠れるように店に入ってきた。


 ちょうど店にいた高崎さんがこの間と同じように応接室に案内して、私にお茶を頼んできた。


「梓ちゃん、すまないけど四人分のお茶を頼めるかな」


「え? 四人分でいいんですか?」


「もちろんだとも。お客様は三人だから、私を含めて四人分だね」


 私ははっとして応接室をちらりと見た。そこには、教師の女性に男の子と母親の姿しかない。妹の姿がいつの間にか消えていたのだ。私がよほどおかしな顔をしていたのか、高崎さんが不思議そうに念を押す。


「今日はお菓子もお出ししてください。こういう話は耐性がない人には障りが出るかもしれないから、君は店内の方をお願いしますね」


「は、はい、すぐにお持ちします」


──あんなにはっきりと見えたのに、あれはまさか……。


 私はぎこちなく微笑んでかろうじてそう返事を返すと、すぐに準備に向かう。その時、店内をさりげなく見回したが、どこにもあの女の子の姿はなかった。


 それから、神崎さんは男の子と母親から詳しい話を聞き、日を改めて一週間後の大安の日にお祓いをすることに決めたそうだ。




 しかし、翌日、出勤してきた高崎さんの様子が目に見えておかしいものだった。げっそりした顔で店を訪れた彼に、パートさん達が驚いてどうしたのか問いかけると、夜中に金縛りにあって悪夢を見たのだという。


「眠れなくて……女の子が……いや、ちょっと大変な依頼を受けたからその影響が出ているみたいですね」


 『女の子』高崎さんは誤魔化したが、私はその言葉をはっきりと聞いた。その途端に嫌な予感がした。パートのおばさん達に囲まれながら、苦笑いする彼の様子を見て、もしかしたら、私が見たあの女の子が関係しているのではないか? と思ってしまったのだ。




 その後、私はすぐに店を辞めた。それから何年も平和に過ごしていたので、あの奇妙なバイト先のことなんてすっかり忘れていた。たまたま里帰り出産のために実家近くのコンビニに立ち寄るまでは。


 そこで、高崎さんを見かけたのだ。彼はボロボロの白いシャツにスラックス姿で、髪はボサボサ、無精ひげだらけという酷い有様だった。私のことがわからなかったようで、虚ろな顔を空中に向けたままブツブツとなにかを言っている。なにもない場所に向かって必死に頭を下げたのだ。


「……すみません……もうしません……許してください……すみません……すみません……すみません……」


 狂気じみた謝罪の声が聞こえた瞬間、私はなにも買わずにそのコンビニから飛び出した。恐ろしくて、たまらなかったのだ。




 私がバイトを辞めた後に、高崎さんの身になにかが起きたことは間違いない。店が潰れたとか、人間関係のストレスで、おかしな行動を取るようになってしまったのかも、とか、いろいろと理由になりそうなことは思いつく。


 だけど、私はあの尋常じゃない様子に、例の女の子が関係しているような気がした。


『悪いことをすれば、悪いことが自分に返ってくるものだから』


 黒部さんのその言葉が、なぜか頭に思い浮かんだ。

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