第4怪 【先輩の引っ越し】後編

「ああ、それわかる。確かになんとなく気が滅入るよな。じゃあオレも名前でってことで」


「照久な。お前のユーザー名ってなに? 招待送る前にフレンド登録しないといけないだろ」


 すっかりゲームの話で盛り上がっていると浩太がペットボトルを抱えて戻って来た。


「お待たせ~。あれ? なんか仲良くなってる?」


「マサもKKDMやってるんだって。だからこの後一緒にやろうぜって話をしてたんだよ。お前も来るだろ?」


「いや、行くけど、いきなり名前呼び!? この短時間でどんだけ仲良くなったんだよ。オレも浩太でいいから、大久保をマサって呼ぶ!」


「別にいいけど。会社では苗字呼びな」


「わかってるって。分別するよ、誰かさんと違って!」


 草薙先輩に対する嫌味が止まらない浩太から、ペットボトルを受け取って蓋を開く。プシュッと空気が漏れる気持ちのいい音がした。


 三人でゲームの話をしてペットボトルを傾けていると、大久保ことマサがおかしな声を出した。


「んだ、これ?」


「ガラ悪っ」


「また草薙先輩からメールか?」

 

「いや、さっき送った写真を確認してたら、なんか変なんだよ」


「見せて。どのことを言ってるんだ?」


「ここなんだけど、おかしくね?」


 はっきりものを言うマサにしては要領を得ない言葉に、オレはそのスマホを受け取る。そこには数枚の写真が添付されて草薙先輩に贈られていた。マサが指を指したのは、部屋のベッドだった。運び入れるのに苦労したことを思い出しながら、室内のベッドと比べてみる。


「ベッドが……前にズレてる? 浩太はいなかったし、オレ達ずっとキッチンカウンターの傍にいたから誰も触ってないよな?」


「……ああ」


「えっ? まさかこれって心霊──……」


「言うな! 口に出したらマジになんだろが!」


「マサはそっち系が苦手なのな。他の写真も確認させてもらっていい?」


「まじで嫌だわ。消してぇ」


 うんざり顔のマサに許可をもらってから、ほかの写真も確認していく。棚、冷蔵庫、テレビの位置はずれていない。畳んだ段ボールの場所も変化はなさそうだ。それなのに、ベッドの位置だけがおかしい。


 オレは自分のスマホに写真を送ってもらうと、試しに写真をもう一度撮ってみることにした。


──パシャリ


 シャッター音が響くと同時に、強烈な違和感が生まれる。おかしな予感を感じながら写真を確認したオレ達は震えあがることになった。その写真には、ベッドの上に真っ赤な血が広がる様子が写っていたのだ。





 あの後、俺達はいっせいに部屋を飛び出した。そして近くのファミレスであの写真のことを草薙先輩に伝えるかどうするかを話し合ったんだけど、信じないだろうし、下手をすると悪戯したんだろうと怒り出しそうなので、オレ達は伝えないことにしたのだ。


──その翌日から、草薙先輩が会社に来なくなった。


 それまで無断欠席をしたことのない人だったから、課長が心配して電話をしたようだけど連絡がつかず、結局、一週間後にご家族から失踪届が出されたそうだ。


 一月ほど過ぎた頃、先輩のご両親が会社から荷物を引き取りに来られた。その時あまり目立つのも気の毒だからという配慮で、会議室まで荷物を運んだオレ達は後輩として親しかったからと、課長の計らいで直接ご両親と話す機会があった。


 ご両親は五十代のようだが腰の低い方達で、白髪交じりの頭を何度も下げてこられた。


「輝明の引っ越しの手伝いをしてもらったと聞いています。それなのにすぐにこんなことになってしまって……」


「ご迷惑をおかけして申し訳ない」


「いえ、そんな。オレ達もとても驚いています。新藤先輩の行方の手がかりになりそうなことは家に残ってなかったんですか?」


「特にはなかったと思います。私共にもわからないのです。自分で行方をくらませるような子ではないのに、どうしてこんなことになってしまったんでしょう」


「息子はなにかから逃げるような性格ではありませんし、私達にはなにが起きたのか本当に検討がつかないのです」


「謝らないでくださいよ! オレ達は引っ越し日まで顔を合わせていたんで、本当に信じられないでいるんです」


 オレは二人がご両親と会話をするのを聞きながら、会話の中にあのベッドのことをさりげなく聞いてみた。


「そういえば、草薙先輩の家にオレ達も家具を全部運び込んだんですけど、あれは全部家から持ち込んだものだったんですか?」


「家具ですか?」


「ええ。冷蔵庫や棚は新品みたいに綺麗でしたけど、ベッドなんかは結構年季が入って見えたので、思い入れがあって自宅から持ってきたのかと」


「ベッドだけは友人から古いものを譲り受けたと聞いています。お金がたまったら買い替えると言っていました」


「ああ、そうでしたか。先輩は会社の備品を大事にする人だったんで、思い入れがあるものだったのかと。そういうものを置いて、姿をくらます理由もないと思ったんですけどね。見当違いなことを言ってすみません」


「いいえ、気にかけていただいてありがとうございます」


「もし、なにか輝明のことで思いつくことがございましたら、こちらにご連絡ください。今日はこれで失礼させていただきます」


 用意してきたのだろう。携帯番号をメモした紙をオレ達三人に渡すと、ご両親は涙ぐみながら頭を下げて去っていった。


 話を聞いて、オレ達は確信してしまった。草薙先輩が行方不明になった原因はおそらく例のベッドだと。貰い物ということは、言うまでもなく前の持ち主がいたわけだ。その持ち主がベッドを手放した理由はもしかしたら──……そこから先を調べる勇気は誰にもなかった。


 ご両親に説明することも考えはしたが、結局オレ達は口をつぐんだ。こんな現実離れしたことを信じてもらえるとは思えなかったのだ。

 

 こうして、オレ達は草薙先輩の失踪について深堀りしないことで平和な日常に戻っていった。


 だけど、実はオレにはまだ二人に言ってないことがあるんだよ。


 写真が撮れた日の深夜に、オレのスマホに草薙先輩から連絡があったんだ。けど、引っ越し作業とゲームの疲れで爆睡していたオレは、その着信に気づけずに翌日の朝になってから履歴を見て気づいたんだよ。


 もしかしたら、その電話がかかってきた時、草薙先輩にはなにかが起こっていたのかもしれない。それこそ、行方不明になるような、なにかが。

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