第2怪 【信じてなかったこと】

 アタシは昔から心霊現象やら超常現象というものはまったく信じていない人間だった。たとえば、よくある心霊写真なんかは全部作り物だと思っていたし、心霊体験は見間違えや本人の思い込みでしょってめっちゃ冷めた目で見てた。


 これは、そんなリアリストのアタシがつい最近、体験した話。


 高校生のアタシが住むのは電車沿いのアパートの三階。自室はフローリングの部屋で、隣が母と父の寝る和室。で、残りがリビングって感じの間取り。その日も、十二時過ぎくらいまで友達とスマホのやりとりをして恋愛話で盛り上がっていた。


《マジで? うっそ、あいつ気があるって?》


りょうちゃんったら、モテモテ女じゃん》


《マジでうらやま~》


《褒めんなよ、照れる~》


 だらだらとくだらないやり取りを続けていると、ノックもなく自室のドアを開けられた。そこから顔を出したのは、怖い顔をした母だ。


「いつまでスマホいじってんの? 早く寝なさい」


「スタンプだけ押したらね~」


「もうっ、朝ちゃんと起きなさいよ?」


 母が呆れたようにため息を吐きながら出て行くのを目で見送って、アタシは最後に友達にスタンプでそろそろ寝るわって伝えてベッドに入った。


 夏の夜ってこともあったけど、その日はエアコンをつけてもなんだか寝苦しくて、アタシはうとうとと浅い眠りと短い目覚めを繰り返していた。


 どのくらいウトウトしていたんだろう? 気づいたら、体が動かなくなっていた。薄く目が開いていて意識もはっきりしているのに、体の身動きがまったく取れない。起きようとしてもベッドに張り付けられたみたいに重いのだ。まるでそこだけ重力が何倍にもなったようだった。初めての金縛りにアタシはパニックになった。


──どうしよう!? どうしたらいいの!?


 その言葉だけが頭の中でクルクル回って、どうしよう、どうしようって、馬鹿みたいに繰り返してた。それでも目だけは自由がきいたから、必死に周囲を見回す。そうやって、なんとか落ち着こうとしていると、左側にあるベランダでなにかが動いた。


──なに、あれ……?


 恐る恐る目を横に動かすと、それは左右に揺れながら近づいてくる黒い人影だった。それを見てしまった瞬間、暑かったはずなのに一気に肌が粟立って、頭がキンと冷えていく。まるで、いきなり水の中に放り込まれたように異様な肌寒さを感じた。


──嘘でしょ!? どうしよう。こっちに来てる! お母さん、お父さん、助けて!!


 もう頭も心も怖いって気持ちしかない。確実に、一歩、また一歩と、近づいてくる人影に泣きそうになりながら、心の中で隣の部屋で眠る両親に助けを求めた。


 しかし、声にならないのだから届くはずもない。その間にもじりじりと人影が迫ってくる。


ボトリッ


 人影の右手が落ちる。


ボトッ ボトッ


今度は左足と右腕が落ちた。


……ズル……ズル……


片足と手と腕を失った体が傾きながらさらに近づいてくる。そして、アタシの左側までくると、身を乗り出す仕草をした。


ボロッ


 人影の頭が落ちて、お腹に軽い衝撃があった。その頭が、私のお腹に落ちてきたのだ。


コロ……コロ……


落っこちてきた頭は軽く弾んで、アタシのお腹を横切るように右側に転がっていった。頭を失った人影の首がどんどんアタシの顔に近づいてくる。それが見えているのに、体が動かないアタシは抵抗することが出来ない。


──いやあああああ────……っ!!


 声にならない悲鳴が喉から飛び出した。それはまさしく叫び声だった。アタシは【連れて逝かれる】直感的にそう感じて、思わず目を閉じた。


ガチャリ。


その音が耳に届くと同時に金縛りが解けて、アタシは飛び起きることになった。


「ど、どうしたの!? あんた、すごい汗じゃない」


「……お母さんっ」


 ドアから顔を覗かせていたのは、隣室で寝ているはずの母だった。電気をつけて、心配そうに近づいてきた母に、アタシは思わず抱きついて泣き出した。母はなにも言わずにアタシの背中を撫でながら落ち着くまで待ってくれた。


 ようやく涙が止まったアタシは、今まで金縛りにあっていたことや、おかしな影が現れたことも起こったことは全部説明した。たとえ夢だと否定されても口に出すことで、今はもう怖いことは去ったのだと思いたかったのだ。


「そう、そんなことが……」


「嘘だと思う?」


 私がそう聞くと、母は複雑な顔をして首を横に振った。


「……信じるわ。お母さんね、涼に呼ばれた気がして目が覚めたの。それで、なんだかすごくあんたのことが気になって見に来たのよ。それに、ここは踏切の近くでしょ? 昔は人身事故もあったらしいから」


 母の言葉にアタシははっとする。引っ越してきたばかりの頃に聞いた話を思い出したのだ。当時のクラスメイトがこのアパート前の踏切りで飛び込み自殺があり、体のところどころが飛んでしまい大変な騒ぎになったと言っていた。


 ボトリッ、ボトッ。腕や足が落ちる音がまた聞こえた気がした。




 ここまでが、アタシが実際に体験したこと。友達には気味悪がられそうでまだ言えてないんだけどさ、あれ以来、アタシはこの世には説明のつかないことがあるんだって思うようになったんだ。


 数え切れないくらい存在して、これから増えていく心霊写真とか心霊動画の中にはさ、やっぱり本物もあるのかもね?

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