ロボット・セキュリティ
ハカセの住む古い日本家屋には、広めの駐車スペースがあった。小型車が一台停められるスペースの他は、常にガラクタ置き場状態なのだが、その日、ハカセはそのスペースをなんとか片付け、空いたスペースでロボットを組み立てていた。
「真っ昼間からそんなものを目立つところに出すんじゃない」
僕がそう言ったのは、ロボットがヤバいモノを携えていたからだ。
ぱっと見、人型のロボットだ。カメラ、センサー類を集めた頭部、細身の胴体、可動範囲の広そうな左右の肩関節、短い肘の先は、左右ともに機関銃。回転可動する腰を台座に据え付けられていて、追いかけられる心配はなさそうだが、近づいたら命はなさそうだ。
「戦争の準備でもしているんじゃないかって、ご近所の方が不安になるだろうが」
「そのご近所の方のために用意してる」
ハカセはこともなげに言った。
「町内会長に頼まれたんだ」
「な、なに……? 町内会長??」
一軒家に住むのだから町内会に入ったほうがいい、と進言したのは、僕だ。町内会に入れば、周辺住民との交流が自動的に発生する。古くから住んでいる人は特に、新しく来た人に不安を抱きがちだ。特にハカセは本物の危険人物なので、それがバレてしまう前に、それなりにご近所付き合いして周辺住民にまともな人間だと認識されていた方がいい。この目論見自体は上手くいっていて、ご近所を歩けばみんな愛想よく挨拶を返してくれるぐらいの関係性は作れていた。
「どうして町内会長が、こんな物騒な銃を必要としているんだ?」
「銃はオマケだ。必要なのはこっちの方」
と、ハカセはロボットの金属製ボディを叩いてみせる。
そうでしょうとも!
ハカセの話によると、こうだ。
散歩に出かけたハカセは、町内会長に出くわした。この町に三十年以上住むベテランで、多少口数が多いところを除けば概ね善人だ。町内会長はそこで、ごみ収集所のマナーの悪さについて口にしたらしい。
この地域のごみ収集所は、指定された範囲の住民のみが使えるゴミステーションだ。その維持管理は町内会でやっていて、設置や整備も町内会費で賄われている。
そのごみ収集所を、指定範囲外の人間が使っている、というのだ。通り道にあるせいで、出勤の途中に捨てていったりするらしい。そしてそういう人間が、分別ルールや収集日を守らなかったりしているのだ。
分別ルールが守られていなかったり、収集日が違っていたりすると、ゴミは収集されない。それはそうだ。古紙回収用の収集車が、燃えるゴミを集められるはずはないのだ。そうやって放置される結果になったゴミは、異臭の元になったり、周囲を汚したりする。付近に住む人にとっては、看過できない問題であろう。
「それで、頼まれてもいないのに引き受けたのか?」
僕はあてずっぽうだが確信があってそう言った。町内会長もさすがに、この、見た目だけは普通の青年に見える彼に、それを解決する能力があると思って話をしたわけではないはずだ。
ハカセはどうやらそこで、やはり頼まれていないということを思い出したようだった。わざとらしく肩をすくめる。
「まあ……そうなる。ロボットを使えば、簡単に解決すると思ったから」
「どうしてロボットなんだ」
「ゴミステーションを24時間警備するには、ロボットが最も適しているだろう」
「24時間警備?」
「敵はごみ収集のルールを守らず、深夜にゴミを捨てたりするらしい」
敵って。
「それで、このごつい機関銃で、ルール違反した人間を蜂の巣にするのか?」
「装填されているのは暴徒鎮圧用のゴム弾だ。殺傷能力はない。それに、銃はあくまでも最後の手段だ。警告に従えば痛い目を見ずに済む。やってみせよう」
デモンストレーションには少し準備が必要だった。用意したゴミ箱を収集所として登録。次にハカセの顔を登録。ハカセがゴミ箱に近づくと、ロボットは一度、ハカセに顔を向けたが、そのままゴミを捨てるところを黙って見送った。
次に僕がゴミ箱に近づく。ロボットは僕がゴミ箱を注視しているのを見て、両腕の機関銃をガチャっと鳴らした。
『警告! あなたは当ゴミステーションの登録ユーザーではありません。ただちにゴミを持ってこの場を立ち去りなさい。警告に従わない場合、あなたを強制的に排除します。繰り返します――』
僕は慌ててゴミ箱から飛び退った。
「本当に撃たないのか?」
「無視してゴミを捨てようとすると発砲する。ああ大丈夫だ、足を狙うようにしてる」
「足撃ってどうすんだよ!?」
いくら殺傷力はないと言っても、足に喰らえば動けなくなるだろう。マナー違反者を捕まえるのが目的ではないはずだ。
「胸を撃つよりいいと思って」
首を傾げるハカセに、僕は頭を抱える。
「どっちもダメだ。配備は許可できない。危険過ぎる。それにこの手のブツは、撃たなくても所有しているだけで、この国、いや、この時代では違法だ」
僕の言葉に、ハカセは不満そうに唸った。
「町内会長がね、見慣れない人物が捨てようとしているのを見て、声をかけたらしいんだ。そしたら凄まれたんだって。まだ注意したわけじゃない、どこの人か聞こうとしただけだったらしいのに」
まるっきりチンピラの所業じゃないか。
「……それは、許せないな」
「だろ?」
僕は少し考えて、言った。
「一週間だけ置いてみるか」
とはいえ、さすがにそのまま、というわけにはいかず。
両腕の機関銃は再調査したがやはり普通に法に触れる性能だったので取り外し、市販されている電動エアソフトガンを採用した。弾丸は環境に配慮し、以前サバイバルゲームをやった時に開発した、鳥の餌になるハカセ特製品。適度に柔軟で貫通力が低く、しかし当たればそれなりに痛い。僕も撃たれたことがあるが、これを喰らいながら更に近づこうという気にはならない。抑止効果としては十分だろう。
その他、いくつかシステム面でアップデートを施し、ゴミ収集所警備ロボットは完成した。
町内会長を呼んできて見せると、意外にもノリノリだった。
「いいねこれ! これだったら、いてくれるだけで怖がって近づかないでくれるかもよ」
と言ってからすぐに沈んだ顔になり、
「怖がってこの辺の人たちが使えないのは問題なんだけど」
「もちろんですよ」
僕はなぜか手もみしながら言った。自分で言うのもなんだが営業マンみたいだ。
「なので事前に、ゴミステーションを使える人のお宅を回って、挨拶をしておきたいな、と。こいつに顔を覚えさせるのはもちろんですけど、地域の人にも覚えてもらわないと」
「なるほど」
これがなかなか面倒な作業だった。当然だ。それぞれにはそれぞれの生活があり、家にいる時間はまちまちなのだから。挨拶と顔情報登録に数日を費やし、ついに設置にこぎつけたのは、最初にロボットを見た日から一週間後のことだった。
設置はごみ収集がない日曜日の夕方に行った。
ロボットには足がないので、運ぶのは一苦労だった。リヤカーに乗せ、人力で運んだ。すぐに起動させる。
作業をしていると近くにすむおばあちゃんが様子を見に来た。
ロボットの頭部が回転し、おばあちゃんの顔をスキャンする。
『村田さん、こんにちは』
「あら、意外と礼儀正しいロボットなのね。こんにちは」
適性利用者なら名前を呼んで挨拶したほうがいい、と提案したのは僕。人型のロボットが黙って立って見ていると、威圧的に過ぎる。そもそもマナーを守っている人にとっては、味方である存在なのだ。
おばあちゃんは「これなら安心ね」と言って帰っていった。
翌、月曜日は燃えるゴミの日。もっともゴミが多く、そしてもっともマナー違反が多い日だ。
僕はハカセの家に泊まり込むことにした。
ロボットの頭部モニターカメラは、当然、ハカセの家からモニタリングできる。とはいえ、基本的にはただの街頭カメラだ。前の道路をたまに車や人が行き交うだけで、面白い映像などなにも映らない。
期待して泊まり込んだ僕だったが早々に飽きが来て、酒を飲みながらマンガを読み、いつしか眠ってしまっていた。
ロボットをモニタリングしているシステムが警告音を発した。
警告音は、ロボットが警告を発し、対象者が従う様子を見せなかった時に鳴るように設定された音だった。僕とハカセは飛び起きる。
とっくに夜が明けて、朝になっていた。
ロボットのメインカメラの映像を映し出す居間のテレビには、ゴミ袋を両手に下げた男が捉えられていた。
サブモニターに目をやる。ロボットが男の顔をスキャンしたこと、該当する顔登録情報がないことが表示されていた。どうやら正常に動作しているようだ。
「な、なんだ? ロボット?」
ロボットのマイクは、男の音声をきちんと拾ってくれた。
『もう一度、警告します。あなたは、このゴミステーションを使うことはできません。ゴミは持ち帰ってください』
ロボットの警告音声は、文言をわかりやすく修正した。子供にも理解できた方がいいと思ったからだ。
男は戸惑っていたが、やがて気を取り直したように、
「うるせぇ」
とつぶやき、ロボットを無視して更にゴミステーションに近づいた。
『警告します。ただちにゴミを持ち帰りなさい。それ以上、ゴミステーションに近づいたら、実力を行使します』
ロボットは威嚇的に銃口を男へ向けたはずだ。
ロボットの言葉に男は一瞬、動きを止めたが、しかし結局、その手をゴミステーションにかけた。
『マナー違反を確認。発砲を開始します』
パパパパパパパッ! という軽快な発砲音と共に、サブモニターの残弾数を示す表示が減り始める。
僕は耐えきれず吹き出した。これほどまでに期待通りに動いてくれるとは。ロボットではない、男の方が、だ。
画面の中で、BB弾を掃射された男が、驚いて飛び退る。その手からゴミ袋が路上に落ちる。
『ゴミを持ち帰りなさい』
驚いてゴミ袋から手が離れたのだろうが、ロボットは無慈悲にも、それを不法投棄とみなしたらしい。ゴミステーションから離れた男に、更に銃撃を加える。
おもちゃ、とは言っても、電動エアガンが連続で発砲する弾だ。ロボットはそれを両腕に装備し、しかも狙いは正確無比。男は「痛っ! いたたたたたた!」と言いながら逃げ惑う。
『ゴミを持ち帰りなさい』
そのようにプログラムしてしまったからというのはあるが、しかしこの機銃掃射の中を、ゴミを拾いに戻るのは無理だろう。
男は走って逃げ去り、ロボットは相手が射程外であることを確認して銃撃を終了した。
大喜びして両手を叩いてしまった僕は、ハカセが注ぐドン引きしたような視線に気付き、怯む。
「な、なんだよ。最高の見ものだったじゃないか。DQNが痛い目を見るとスッキリする」
「キミ、最悪だな」
「町内会長さんのカタキを取ったんじゃないか」
ハカセはもう僕のことには構わず、サブモニターの表示を眺める。
「思った以上に弾を使ったな。同じ調子で二、三人来られたら、一日持たないぞ」
「初日だから、もう少し使っちゃうかもな。どっちにしろ行かなきゃいけないし。ついでに補給しよう」
「行かなきゃ? どうして?」
「あのゴミ袋だよ」
僕は画面の向こう、ゴミステーション外の路上に放置されたゴミ袋を指差した。さっき撃たれた男が落としていったやつ。
「カラスにつつかれでもしたら面倒だ。まったく、この可能性は予測してなかった。ゴミ袋を拾い直す余裕ぐらいは与えられるように、プログラムを組み直せよ」
もちろん警察に通報された。
パトカーがやってきたのは、放置されたゴミ袋と一緒にハカセの分のゴミ出しをして、弾丸を補充している時だった。
「しかしねお巡りさん、ここを使っていい人間は、このロボットはちゃあんと知ってるんですよ。だからロボットに邪魔されてゴミを捨てられなかったってことは、明らかにこのあたりの人間ではないってことです。通報者は名乗らなかったんでしょ? やましいことがある証拠ですよ」
お巡りさんにはこってりしぼられたが、騒ぎを聞きつけて来てくれた町内会長さんが一生懸命かばってくれて、なんとか厳重注意で済ませてもらった。ただやはり、機関銃は取り外させられた。
「おもちゃでもダメなんだね」
ハカセの言葉に、僕はわざとらしく肩をすくめる。
「ま、人間に向けるのはマズイわな」
「なんだ、知ってたのか」
「どっちにしろ、このプランは長くは使えないことはわかってた」
僕はBB弾を狙って集まっていたスズメたちに目をやりながら言った。
「鳥たちがエサ目当てで集まってしまったら、今度は糞害が問題になる」
「しかし、どうする? 銃なしでは抑止効果は薄いぞ」
ゴミステーションの様子を観察していた町内会長さんが、僕達の会話を聞きつけてやってくる。
「今朝は大変マナーがいいみたいだ。ロボットの効果は出てるみたいだね」
しかしそれから心配そうな顔になり、
「でも、銃が無くなっちゃうと、ロボットを無視して捨てちゃう人が出てくるかもしれないね」
町内会長さんは善良な一般市民のはずだが、こういうことを言ってしまったのは、自分に凄んでみせた若者が銃撃されて逃げ惑う映像を見せたせいだろう。
「レーザーガンを使いましょうか。出力を下げれば軽いヤケド程度で」
と言いかけたハカセの後頭部を
「いえ。僕に考えがあります。まずはこのまま、数日様子を見ましょう」
翌火曜日(古紙類)、水曜日(缶、瓶、ペットボトル)と、連続で通報された。
通報内容は最初のものと同じで、ロボットに邪魔をされてゴミを捨てられなかったというもののようだったが、ロボットのログにはそのような事実はなく、実際に銃も撤去されて実力行使する手段を失ってもいたし、そのような説明をすると、お巡りさんは帰っていった。
「通報があれば、出動しないわけにはいきませんので」
ただ挨拶し、マナー違反があれば警告する、というロボットが設置されているというだけなら、何の法律にも触れないのだ。三度目となると、お巡りさんはさすがに申し訳無さそうにしながら帰っていった。
「しかし、ゴミ出しマナーはいいようだし、このままの形で問題はないかもしれないね」
町内会長さんはそう言うが。
「火曜と水曜は、分別的に“易しい”日ですから」
古紙類はまとめてさえあればokだし、缶瓶ペットボトルは処理場の機械が高性能なので全部混ぜてあっても回収してくれる。比較的マナー違反が発生しにくいところだ。
ロボットに顔が割れているというのもあって、地域住民はもちろんマナー違反のゴミ出しをしにくいし、日本人の性質上、音声の警告だけでもそれなりの抑止力は期待できるのだろう。
しかし。
「最初のヤマ場は、木曜日、つまり明日ですよ」
木曜日、つまり週に二回目の、燃えるゴミの日だ。
木曜の朝、ロボットは、無残な姿で発見された。
朝一番で発見、報告してくれた村田のおばあちゃんによると、夜が明けるころにはそうなっていたらしい。
ロボットはラッカースプレーと見られる塗料で落書きされていた。ピンク、赤、青でメチャクチャだ。ゴミステーションに興味を示さない人間には対応しない、というプログラムがあだとなった。ロボットはまったく抵抗することなく、されるがまま落書きされたようだった。
「かわいそうに。綺麗になるかねぇ」
ロボットとのわずかなコミュニケーションを楽しみにしてくれていたらしい村田さんが、心配そうにそう言う。
「だいじょうぶですよ、綺麗になります」
元々、雨の日も風の日も使う前提で作られているのだ。ロボット自体の機能には何の問題もなかった。
翌、金曜日(プラスチック類)の夜、日もすでにとっぷり暮れた頃。
ヘッドライトを付けた一台の車が現れた。アパートの駐車場に停め、運転手が車から降りる。
その前に、立ちはだかる姿があった。
ゴミ収集所警備用ロボットだ。ただ、ゴミ収集所にいるときと姿が違う。台座に固定されていたはずのロボットだったが、そのときは四本の足を装備していた。四脚を器用に動かし、ギチョン、ギチョン、と音を立て歩いてきた。
「なっ、なんだっ!?」
ロボットは驚く男に左腕の銃口を向けた。
『見つけたゾ。ワタシに落書きした不届き者メ!』
「うっ、うわあっ!」
男はとっさに身を翻して逃げようとした。が、
ドキュドキュドキュドキュンッ!
左手の銃口が火を吹く。装備されているのは、いつものおもちゃではない。取り外されたはずの、本物だ。ただし、打ち出されたのは暴徒鎮圧用ゴム弾。
殺傷能力はない、だがものすごく重い銃撃を足に連続で喰らい、男は派手に転がった。
「い、いてぇ……」
ロボットはギチョンギチョンギチョン、とリズミカルに歩いて男との距離を詰めると、右手に新たに装備されたマニピュレーターを伸ばし、その襟首を掴み上げた。
男はなかなかの体格だったが、ロボットは重さを感じないように、いとも簡単に持ち上げた。男の体が宙に浮く。
「マニピュレーターの操作、上手いもんだね」
ハカセの言葉に、僕は頷く。
僕達はハカセの家、ゲーム部屋と呼んでいる一室にいた。僕が座っているのは普段はゲームをやるために使っている
「前職で必要だったからね、星間資格を持ってる。もっとも、この星では役立たずだけど」
「もったいないね」
「地球人類が銀河連盟に加入を果たせば日の目を見る」
「ボクの時代でもまだだね」
至極残念だ。
画面の向こうで、男の顔が恐怖に歪んでいる。
僕はコントロールスティックを慎重に操作して、男の首をもう少しだけ締め上げた。
「う、うぅ……殺さないで」
男の恐怖はいかほどか。僕は左手を操作して、銃口を男の股間あたりに押し当てた。男の顔から血の気が引く。
『あのゴミ捨て場は、キサマが使っていい場所ではナイ。もうあそこには捨てるナ』
「わ、わかりました……っ!」
『町内会長さんに謝レ。あと町内会費を払って、正規のゴミ捨て場を利用シロ』
「は、はい……」
『もし今度マナー違反を見つけたラ……その時は容赦しないゾ』
ダメ押し、とばかりに、銃身で男の股間を突っつく。どうやら漏らしたようだった。
もう充分だろう。僕は男から手を放してやった。落下した男は、路面にしたたかにお尻をぶつけたようだった。
男が痛むだろう足で転げるようにしながら逃げ去るのを見送り、僕はロボットを帰還させる。
録画された映像を見れば、ロボットに落書きした犯人が、かつて町内会長に凄んでみせ、月曜日に銃撃を食らわせたあの男と同一人物だということはすぐにわかった。
男は自動車で出勤する途中、ゴミ捨て場に立ち寄っていた。ゴミを捨てない日でも、毎日朝夕、ロボットの前を通過していた。そういう行動パターンがわかったので、発信機能が付いた小型ロボットを待機させておいた。そしてその日、つまり木曜、落書きをしている最中の男の車に潜ませたというわけだ。これでその日の夜には、男の住所は特定できていた。翌日、男が帰ってくるのを待って“襲撃”した、というわけだ。
土曜日の朝、ロボットの撤収作業をしていたハカセと僕の前で、パトカーが停まった。降りてきたのはもはや顔なじみになってしまったお巡りさんで、訝しげに首を傾げながらロボットと僕達を見る。
「なんかあったんすか?」
「いえ、実は昨夜、ロボットに襲われた、と通報がありましてね――」
「またですか?」
「また、というか。その前の通報とはちょっと違って、場所は200メートルぐらい行ったところにある、アパートの駐車場なんですが」
僕はハカセと顔を見合わせ、それからリヤカーに載せたばかりのロボットに目を向ける。
「これ、足とかタイヤとか、ないですからね。運ぶのも一苦労なんですよ」
「そう、ですよね」
「そんなところまで移動するとかありえないですからね。またいたずら通報じゃないですか? もちろん昨夜も一晩中撮影してましたから、なんだったら確認します?」
「――いえ、それには及びません」
お巡りさんは敬礼した。
「ご協力、ありがとうございました」
「こちらこそ、ご苦労様です」
「ロボット、撤去しちゃうんですか?」
「お巡りさんに迷惑かけちゃうし……というのは嘘で、最初から一週間だけのつもりだったんです」
「抑止効果、あったんじゃないですか」
「声掛けだけなら、ロボットじゃなくてもいいんで」
僕は、ロボットが置かれていた場所に新たに設置された、小さなお社状の箱を指差した。
「近づいてみてください」
お巡りさんが言われたとおりに近づく、お社に安置されている仏像に見えなくもない物体の辺りから声がした。
『お巡りさん、ご苦労様です』
「あのロボットの声?」
驚くお巡りさんに、僕は頷く。
「村田さんが、そこに住んでるおばあちゃんですけど、ロボットいなくなるの寂しいっていうんで。顔認識機能と音声応答機能だけ残してあります」
日本人なら、この形状には弱いだろう、という判断だ。警告機能は排除したが、ゴミステーションに近づく人間には挨拶するようになっている。神様が見ているかも、などと感じてくれれば、それなりに抑止効果を生むだろう。
ハカセの家の地下倉庫に二台のロボットを収める。
一台はこの一週間、ずっとゴミ捨て場を守ってくれたロボット。もう一台は、あのマナー違反男をこらしめたロボットだ。単純な手だが、アリバイ工作としては十分だ。まさかお巡りさんも、似たようなロボットが二台あるとは思わなかっただろう。もっともハカセの倉庫には、ロボットとして使えるものはもっとたくさんあるんだけれど。
戦争でも起こせそうな在庫だ。
ハカセに誘われて、庭で焚き火をし、サツマイモを放り込む。
「今回は楽しかったな」
焼きあがったサツマイモを割りながら僕が言うと、ハカセは不満そうな顔を見せる。
「どうした?」
「そりゃあキミは楽しんだだろうが、ボクはイマイチ…」
「ロボットも作ったし、ゴム弾も撃ったじゃないか」
「それはそうだけど…」
「ほら食えよ。美味しそうな色だな。この芋もハカセが作ったのか?」
ハカセは首を横に振ったが、ちょうど熱い芋を口に含んだところだったので、答えられなかった。ハフハフしてるのを見ながら、僕も芋を一口かじる。うん、美味い。
ようやく口の中のものを咀嚼して、ハカセが言った。
「町内会長がくれたんだ。それでその時に、相談されたんだけどさ――」
僕は二口目の大きな芋の塊を噛まずに飲み下してしまった。
おわり
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