50.「古い友達」


 結局、全ては丸く収まった。


 メイベルの魔術で塔は綺麗さっぱり見事に破壊され、彼女を取り囲んで勝ちどきを上げる砂の民。あなた達は首都に戻って飲んで喰い、少し眠ってまた繰り返し、目的の『偽真空の書』と得体の知れないの獣の頭蓋骨を土産に王都に戻った。


 そういうことになっている。アローンや記憶処理、実は塔――宇宙船――がまだ健在であるとは一切伝えていない。伝えても信じないだろうとの判断だ。


 身近な人が記憶を改竄され、本人がそれを気にする素振りも見せないのは不気味だったが、それで物事が上手く行くのならあなたも黙っていようと思った――というか、あなたの出自について話す勇気が無かった。


 話してどうにかなる問題じゃないとか、色々言い訳は思い付いたがどれも正確ではない気がしてならなかった。当然必要に迫られなければ言わないつもりだし、そうであることを祈るばかりだ。


「で、飲んだくれて帰ってきたと」

「仕事はきっちりやったわ。文句ないでしょ」


 そして今、仕事の報告をシロアッフに行っている。


「見えない塔が存在したとはな。これは安全保障上問題がある」

「きっちりぶっ壊したわよ、私の魔術でね」

「それはさっきも聞いたし結構だと思っている。問題はそんなものが国内に存在していたにも関わらず、我々がそれを知らなかったことだ。幾ら砂の民の首都に近いとはいえ、そんなことがあってはならない」


 あなたは『我々はこの国で起きた全てを、これから起こる全てを知っている』とシロアッフが言っていたことを思い出した。どうもこの場合は違ったらしいが。


 塔の性質や位置関係を考慮すると知らないのも無理はないが、知らなくてはならなかった。理不尽な話にも思えるが、国家に尽くすとはそういうことだ。理不尽な命令も珍しくはない。


「……まあいい、ともかくこれで二冊目だ。ご苦労だった」

「それで、次の三冊目で最後なんですよね?」

「ああ、約束は守る。最後を飾るに相応しい大物を用意している」


 シロアッフはテーブルに置かれた『偽真空の書』を指で一撫でして言った。


 大物――嬉しくはない。出来るなら簡単な仕事でフィナーレを飾りたかった。そう思っているのはきっとあなただけではないはずだ。メイベルは分からないが……。


「大物、ね」

「何を任せるかは俺の一存ではなく、もっと上で決まっている。これほどの大物を任されることはそうそうないのでね、誇るといいさ」


 さて、どこまでがあなた達の手柄として伝わっているだろうか。あなたは邪推してみる。


 よく調教された犬が見事な芸を披露したとする。多少なりとも犬は褒められるだろう。しかし、最も称賛を受けるのは調教師のはずだ。この場合あなた達がどちらに属するかは、今更言うまでもない。


「早急に仕事の内容を伝えたい所だが、今回はいつにも増して……デリケートな案件だ。多くを知ったまま市井を歩き回って欲しくはない」

「……つまり、お休みが貰えるんですか?」

「そうだな、二日休んでそれから出発してもらう。旅程は二週間だ」


 休日は大いに結構だ。しかし、知るべきことを知らされないのは気分が悪い。高リスクの仕事なら尚更に。その気持ちは、メイベルも同じだったらしい。


「蒙昧主義ってやつ? 傲慢ね」

「君達は知ればいいことだけ知っていればいいんだ。真実が猛毒であると知らずに求める愚か者が多すぎる。真実なんて物が本当に存在すると信じている者はもっと多いが」


 真実……甘美な響きだ。きっとあなたには手に入らない。そう分かっているからこそ欲するのかもしれないが。


「知るべきことを知るべき時に教える。君達は雛鳥のように口を開けて待っていろ、無害になるまで希釈した真実を流し込んでやるから」

「無知のままでいた方が都合が良いのね、あんた達にとっては」

「無知ではなく、無垢でいて頂きたいね」


 険悪な雰囲気が両者の間で流れる。それ自体はいつものことだが、仕事終わりの疲労した状態で見たいものではない。


 これまたいつものようにカレンが仲裁に入る。ここにいる誰よりも優しいせいで、誰よりも損な目にあっている。どの世界でも人間は人間だと、あなたは何度目かも分からない感想を覚えた。


「皆さんお疲れのようですし、必要事項だけ伝達して今日はお開きにしませんか」

「ああそうしよう。失礼、この後会議が入っているもので気が立っているんだ」

「自己分析ができて大変ご立派……私も疲れてるわ、ごめん」


 一応の和解を済ませた所でシロアッフが席を立ち、壁に掛けられた世界地図の元へ向かった。手振りで『こっちに来い』と言われたのでそうする。


 シロアッフが指差したのは大陸北部、王都から遠く北、赤く線で引かれた海に面した一角だ。


「ここになにがあるかご存知かな?」

「えーと、はい」

「よしカレン、言ってみろ」


 教師と生徒のようなやりとり。おずおずと手を挙げたカレンが答える。


「魔術学的に価値のある遺跡が多数保護されていると聞きました」

「素晴らしい、模範解答だ。見ろメイベル、これぞ無害化された真実だよ」

「はいはい……」


 メイベルが厄介そうにひらひらと手を振った。


 あなたも知っている話だ。確か、賞金稼ぎをカレンとやっていた時に聞いた覚えがある。シロアッフの口振りから察するに真実ではなさそうだが。


「この場所に価値ある遺跡などありはしない。赤い線を一歩跨げばそこは地獄だ。全て、とある魔術書に飲み込まれてしまった」

「飲み込まれた……? それは周囲の環境を変える類の――」

「今日言えるのはここまで、詳細は当日に教えてやる。今知って良いのは旅程は二週間で、君達は死地に飛び込むってことだけだ」


 給餌の時間は終わりだ。あなたは口を開けたまま、次の真実が希釈されるのを待たなくてはならない。幸い、それは二日も待てば与えられる。飢えるが、死にはしない。


 シロアッフの口から解散が告げられる。あなた達が荷物を纏め去ろうとした時、不意に呼び止められた。


「そう言えば、馬との相性はどうだった。幌馬車の御者はカレンだっただろう、仲良く過ごせたか?」

「ええ、よく訓練された良い子達でしたけど……それがどうしました?」

「それならいいんだ。次もあの二頭と旅に出てもらうからな、上手くやってるか確認したかっただけだ」


 昼下がりの王都。あなた達は長旅で使った荷物を一旦地面に置き、街角の小さな公園で休息をとっていた。噴水を流れる水の軌跡を、何を考えるでもなくあなたはぼんやりと眺める。


「……お昼でも食べに行きます?」

「んー……」

「メイベルさん、お疲れに見えますけど大丈夫ですか」

「まぁ、ね。疲れてるのは事実よ。魔術で消耗しすぎたかも」


 あの魔術、塔に放たれた魔術は見事な物だった。破壊こそ叶わなかったが、流石に宇宙船相手では分が悪すぎただけだろう。この世界なら、きっと壊せない物は殆ど無いはずだ。


「ご飯行きましょ、お腹空いたし。一旦荷物置いてきてここに集合で」

「私の宿ちょっと遠いんですけど、それでもいいですか?」

「昼夜兼用で済ませればいいんじゃない。たまには梯子してさ」


 あんたもそれでいいでしょ? と言われて、あなたは頷いた。

 話が纏まり、各々宿に向かおうとした所で―― 


「あたしも行っていい?」

「別にいいけど――は?」


 どこか懐かしい声に振り返ると、そこにいたのは赤い髪を肩の高さで切り揃えた美人だった。どこかアンニュイな雰囲気を纏っていて、それがよく似合っている。


 あなたはこの女性を知っている。ごく短い付き合いだったが、それでも強烈なインパクトを残していた。


「ラウラ!?」

「久しぶりじゃん? メイベルも、デカい部下殿もさ」

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