29.「生死問わず」
生死を掛け、デカくてワルい奴を追う危険なゲームに参加するか? その問いに対するあなたの答えは、勿論イエスだ。
危険を感じられて生命の危機に立たされ、おまけに金まで貰える。こんなに美味しい話はない。
あなたはその日のうちに返事を出したが、カレンも肯定的な返事が返ってくることは想定済みだったはずだ。そうでなければ、ここまで物事はスムーズに進まないだろうから。
――それから数日が経って作戦当日。どういう訳か、あなたは無法者の集団と行動していた。
◇ ◇ ◇
てっきり何時ものようにペアを組んで行動するものだとばかり思っていたが、集合場所である王都の防壁の外、だだっ広い草原についた時にそうではなさそうだと分かった。
そこで群れていたのは羊ではなく屈強な無法者達で、賞金首を追うのに別の賞金首を雇ったのかと思うほど。きっと全員の脛に傷があり、探られて痛い腹を持っているに違いない。人のことを言えるかと問われれば、答えに窮するけど。
あなたはざっと見渡して、集団が十三人の集まりであると判断した。男が十人に、女が三人だ。
一方カレンは臆することなく、馬を操り集団の方へと歩みを進める。
沢山の馬が馬留めに繋がれている一角――恐らく無法者連中の――で馬を止め、同じように繋いだ。馬に乗れないあなたはカレンの後ろに乗っているので、先に降りて彼女の下乗を待つ。
腰の左側に着けた長剣を正しつつ、鞍に挟んだ弓矢に手を伸ばすカレンの耳元で囁く。あんな奴らと仕事するのか? と、あなたにしては柔らかい表現で。
「意図的に伏せた面もあります。その……集団行動はあまり好きではないかと」
まあ間違ってはいないが、相手による。
「悪人の始末に善人を雇っても仕方がないでしょう? この場にいるのは全員賞金稼ぎなので、あまり心配はしなくていいですよ」
そう言われると、あなたは何も言えなかった。カレンの発言は的を得ている。
弓と矢筒を背負い、賞金稼ぎ集団へと向かっていく彼女の背を追う。しばらく歩いていると、一人の大男があなた達に気付いて手を挙げた。歩み寄り、二人は固い握手を交わす。
「久しぶりだな、カレン」
「ええ、そちらもお元気そうで」
「それで、この男が……」
大男の鋭い視線があなたに刺さる。負けじと睨み返した。
それが気に入ったのか、大男はあなたの肩をばしばしと叩きながら豪快に笑う。
「よし、根性ありそうだな。暴力は得意か?」
殺人博士号を持っている。あなたが勝手に作った物だが。
「いいか、仕事さえできれば名前も素性も聞かん。その点お前は上手くやれそうだ……カレンの推薦もあるしな」
大男の格好に目を通す。不思議なことに、賞金稼ぎはみな示し合わせたように革鎧を着ている。あまり値が張らずに、それなりの防護を期待できるからだろうか? 重量や可動性も関係していそうだ。重いプレートアーマーで走るのは楽しくなさそうだし。
得物は……腰回りに下げた複数の拳銃だろうか。幅のある短剣も吊られている。拳銃をとっかえひっかえ撃ちまくり、短剣で切り込むスタイルだと推測した。もし戦うとなっても勝てそうだ。あなたは早打ちには自信がある。
「俺の名はエゴール。この部隊の隊長だ」
エゴールはそう言うと集団の中心に向かって歩き、そこで大声を張り上げた。
「全員聞け! 作戦を説明する」
良く通る低い声が、雑多なざわめきを一瞬で鎮めた。今や誰もがエゴールに注目している。彼は一枚の手配書を取り出すと、広げてよく見えるようにした。
「目標はこの男、ご存知クソ魔術師“皮剥ぎ”レニーだ。主な容疑は十三件の殺人に強盗、憲兵に対する侮辱……筋金入りのクズだな」
その発言に野次が集中する。巨悪を打倒する戦いに興奮しているのか、あるいは危険な戦いを目前にして己を奮い立てているのか。はっきりとは分からないが、異様な熱狂に包まれていることは確かだった。
「勿論、こんな男は……生死問わずだ! 賞金千クロナは山分けだが、奴の首を持ってきた者には特別報酬が支払われるぞ!」
生死問わず、賞金千クロナ、特別報酬。こんな単語が並べば、荒っぽい賞金稼ぎは沸くに決まっている。今や大気は歓声に震え、逆に冷静さを欠いているのではと不安になるほど。
エゴールも流石に不味いと思ったのか、集団を一度黙らせた。
「レニーが最後に目撃された地点は、ここからメル川沿いを北に進んだ滝付近だ。奴は神出鬼没、俺達が着いた頃にはもういないかもしれない。だが、油断するな。一瞬も気を抜かず、俺達十四人で力を合わせるんだ。いいな」
賞金稼ぎ達がお互いの様子を見て、結束を改めていた。恐らく、この連中はお互いをそれなりに知っているのだろう。気心の知れた仲というのは、いざという時に力を発揮する。
と、すれば。この場で唯一の異物はあなただ。
一通り結束を高めた連中が目を合わせ、「そう言えばこいつは誰だ?」といった視線をあなたに投げかけている。エゴールはあなたを知っていたが、カレンは他に知らせなかったのか?
「こいつはカレンのツレだ。推薦もある」
そうは言うものの、居心地の悪さはなかなか緩和されない。
しばらくして、一人の男が声を上げた。
「土壇場で裏切らねぇだろうな。背中を刺されるのは御免だぜ」
裏切り者? 面白い。もし機会があれば頭から食ってやろう。あなたは心中そう思ったが、当然口には出さなかった。余計なもめ事を起こせば、カレンの顔に泥を塗ることになる。彼女に後悔はさせたくない。
だからやんわりと“呆れた”様子のジェスチャーで場を収めようとしたのだが、それより先にカレンが反論した。
「素行はともかく、この方の実力は確かです。土壇場でこそ頼りになりますよ」
彼女にフォローされると、なんだか嬉しいものがある。
自惚れていないとは言えないが、だいたい事実だ。あなたほど窮地に頼れる男はいない。素行は良くないかもしれないけど。
ただ、難しい作戦に新顔を連れて行くことが嫌なのはあなたにも分かる。パニックを起こすかもしれないし、連携もできなければどう動くかさえ定かではないのだから。
「私が世話を見ます。各々で最善を尽くしましょう」
まだ少し不服そうだった男も、それを聞いて多少は納得したようだ。
ひとまず丸く収まった様子を見たエゴールが鋭く言葉を発する。
「もういいな。よし、全員騎乗しろ!」
◇ ◇ ◇
力強く疾走する馬は大変な迫力だが、それが十四騎ともなれば壮観だ。エゴールを先頭とした矢じりのようなフォーメーション。あなたは左側の最後尾から全体を眺めているが、まるで全員で一つの生き物になったかのような感覚を覚えた。
これであなたが自ら馬を操っていれば、幾らか恰好がついただろうに。カレンの後ろに乗せてもらっているので、周囲からは一人で馬に乗れない男と思われているに違いない。あなたは他人からの評価を求めるタイプではないけれど、時に周囲からの評価が仕事に関係してくる場合もある。
カレンの馬は美しい青栗毛を持つ体格の良い馬で、穏やかな彼女とは正反対に気性が荒い。いつも険しい目つきで耳を後ろに伏せ、時には歯をむき出しにしている。馬に詳しくなくとも、一目見れば機嫌が悪そうだと感じるだろう。
実際、ここに来るために初めて乗せてもらった時も、あなたに噛みつこうとした程だった。扱い辛い性格だが、その方が軍馬には向いている。実際百キロ近いあなたを余分に乗せても、遅れずに集団についていけるだけの体力もある。
駈足で川沿いを進むこと数分。幅が広く穏やかな川沿いを進んでいると、一人の女が空を指差し、声を上げた。
「エゴール! 見て!」
指差した先、気持ち良く晴れた青空に、複数の小さな黒い影がくるくると円を描いていた。ハゲワシだ。
「……ハゲワシか。よし、ユーリ、カレンを連れて偵察に行け」
「了解」
「分かりました」
隊を外れ、二騎でハゲワシの元へ向かう。恐らくだが、あそこには何かの死体があるはずだ。
もし死体を作った存在がいるのならもっと大勢を向かわせるべきだと思ったが、脅威がまだ存在するなら腐肉食生物は集まってこない。基本的に、彼らは残り物を食べるのだから。
目的地はそう遠くなかった。金髪の青年、ユーリと共に襲歩で駆ける。
「……臭いますね」
「ああ、もう殆ど食われてるだろうよ」
穏やかな緑の平原に、不似合いな赤黒い模様が見える。腐敗した血液だ。
近くに馬を止めると、先程まで腐肉を啄んでいたハゲワシがばさばさと音を立てて散った。
「四人か、かわいそうに」
「白骨化してますね。でも、腐敗ではなさそうです」
「多分グールだな。僕の見立てでは……」
ユーリが馬を降り、死体に近づいた。あなたもブラスターガンのグリップに手を掛ける。
「まだ一日二日程度ってとこか。ボロボロで分かり辛いが」
「……ユーリさん、その死体の胸元。そう、それ」
鈍く光る、金色のペンダント。血で酷く汚れている。ユーリはそれを靴先で突いた。
「こいつら、ジェミヤン一味か」
「不味い状況かもしれませんね」
「良くは無いね。早くエゴールに知らせよう」
馬に戻り、隊へと引き返す。あなたにはいまいち状況が分からない。
ジェミヤン一味とは一体何者だ?
「ここらで活動してる賞金稼ぎの集団だ。それなりに実力のある奴らなんだが」
「高値の首を追うのは私達だけではありませんよ。賞金は早い者勝ちですから、当然競争になります」
成程、考えてみれば当然だ。これはビッグイベント。今頃様々な連中が眼の色変えてレニーを追っているのか。
「ですが死体は四つ、彼らは六人でしたよね?」
「ああ、奴らは必ず全員で動く。となれば後の二人の行方だが……相手は皮剥ぎレニーだ。死んだ方がマシなのは間違いない」
「……くそっ」
カレンが小さく毒づいたのは聞かなかったことにして、あなた達はエゴールの元に戻った。
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