24.「コラテラル・ダメージは許されない」
酒場は薄暗く、淀んだ空気に埃が漂っていた。外から見た通りに狭く、やはり大人数が集まれる空間はない。いや、酒場とも呼べないだろう。何故なら、男の背後の棚は空っぽ。酒など一本も置かれていないのだ。
部屋の一片、粗雑なカウンターにどっしりと構えているのは、小太りの中年男。薄汚れた白いシャツに茶色の皮エプロンが重たく垂れている。
「おはようございます。入っても?」
「その男は?」
「助手ですよ」
男があなたを睨め付ける。漂う埃が日光を浴びてきらきらと光っていた。
「……いいぞ、入れ」
「どうも」
男が背後の棚を引き戸のようにずらした。現れたのは、頑丈そうな木の扉。
カレンがその扉を開くと、地下に向かって階段が伸びていた。隠し通路、まるで秘密結社のようだ。
ちらと振り返り、“行きますよ”と無言で告げるカレンを追い、あなたも地下へと潜ってゆく。階段は人一人が何とか通れる程度の幅で、危険なほど急だった。両側の壁に掛けられた蝋燭だけが光源で、カレンが纏う革鎧を補強する金属が、柔らかな光を鈍く反射する。
段を下ると、今度は金属の扉が見えた。分厚く、スライド式の覗き窓が付いている。
カレンが扉を叩くと、素早く覗き窓が開かれ、眼光鋭い男が眼だけを覗かせた。まずカレンを見て、次にあなたを見る。もう一度カレンを見て、“こいつは誰だ?”といった様子で再びあなたを見た。
またも疑われているのかと思ったが、杞憂だったようだ。ここに立っている時点で一定の安全性は担保されている、といった所か。
叩きつけるように覗き窓が閉じられ、続く盛大な金属音で錠が外されたと分かった。核シェルターを連想させるどっしりとした金属扉が、引きずるようにして開かれる。
その途端、閉じ込められていた熱気がどっとあなた達を襲った。
歓声、罵倒、酒と煙草の匂い、混沌――地面の血痕。それは、あなたの良く知る酒場の姿だ。
「さて、何か飲みますか?」
どこからともなく飛んできたショットグラスを叩き落としながら、何でも無いようにカレンが言った。
「お酒以外でお願いしますね。血流が早くなると出血も増えますから」
仕事前の気付けと寝る前の睡眠薬替わり。これらの役割を酒に求めるようになると人間は破滅に一歩近づく。勿論、あなたはそんな人間ではない。自分の機嫌を自分で取ってこそ大人だ。
大人なあなたは優雅に紅茶を嗜むのだ。
「ごめんなさい、紅茶とかは置いてないみたいで……」
出鼻を挫かれた。ここは酒場であって喫茶店ではないのだ。周りを見てみると皆手にしているのは酒ばかりで、紅茶など誰も飲んでいない。
他に何があるかも分からなかったので、あなたはカレンと同じ物を頼んだ。本来であればあなたが行くべきであったしそうしたかったが、カレンが行くと譲らなかったので任せた。
カレンが戻ってくるまでの間、手持ち無沙汰のあなたは周囲を眺めていた。人々ではなく、酒場の飾りを。
ただの飾りか本物か分からない刀剣や、その隣に貼られた無数の手配書。大きく張り出された似顔絵と罪状には興味を引かれたが、あなたが別に関心を寄せたのは地図だった。
生憎と世界地図ではなかったが、大陸全土が詳細に記されている。あなたのいる王都は、中央やや東寄りに位置しているようだ。
しかし、最も気になったのは王都から遠く北、赤く線で引かれた海に面した一角だ。そこそこの広さで、そこだけが区切られている。
別の国、ではないだろう。大陸の孤立した一部が独立を保てるとは考えにくい。早々に併合される筈だ。
あれこれと考えを巡らせていると、カレンが二つのグラスを持って戻ってきた。
「お待たせしました」
目の前のテーブルにグラスが置かれる。表面の結露が静かに滑り落ちた。
水のような液体に氷が沈み、表面に緑色の葉っぱが浮かべられた飲み物だった。
「ミント水です……何を見てたんですか?」
早速口を付ける。甘く爽やかな味を楽しみつつ、あなたは地図のことを訊ねた。
「ああ、あれですか。私も詳しくは知りませんが、保護区だそうですよ」
保護区、先住民でも住んでいるのか。
「いえ、何でも魔術学的に価値のある……遺物のような物が埋没しているそうで。王国の保護下に置かれているみたいです」
それは興味深い話だ。魔術などは門外漢だが、過去の遺物に触れて知識人ぶるのも楽しそうだ。
「それは無理ですよ。許可無しに入れませんし、不法侵入者にはその場での処刑が許可されているとも聞きます。警備は一線級の騎士隊、潜り抜ける方法がありません」
そこまでするとは、余程重要な何かが埋まっているのか。それとも王が遺物マニアなのか。どちらでも良いが、あなたが入ることは不可能だと分かった。まあ、仮に入れた所で五分もすれば飽きるだろうが。
あなたにとってより重要なのは賞金首の情報で、状況的に優先すべきでもある。
「ええ、そうですね。では……これが今日の標的です」
カレンは懐から四つ折りの紙を取り出すと、広げてテーブルの上に置いた。
一番上に大きく“生け捕り”と書かれ、その下に顔写真と罪状。壁に貼られている手配書と同じ物だ。
「この男の名前はフィンチ、罪状は三件の空き巣と食い逃げ。殺害は認められておらず、生け捕りにします」
フィンチと呼ばれた男の顔写真を見る。どことなく気が抜けていて……行った犯罪も、はっきり言ってしょぼい。小者だ。あなたとしては、胸躍る大捕り物を期待していたのだが。
「小者でも犯罪者は犯罪者。全体的な比率で言えば、犯罪者はこんな連中ばかりですよ。殺人なんかはそこまで多くありません……魔術結社や犯罪組織などを除いて、ですが」
そこで初めて、カレンはミント水に口を付けた。喉が渇いていたのか一度に半分を飲み干すと、飲み口に付着した水滴を指で拭い去った。
「警戒すべきは“偉大なる男達”という組織です。魔術結社を名乗ってはいますが、実態は犯罪組織。禁止薬物や武器の取引で大金を稼いでいるようで、向かう先々で人が死にます。あなたも気を付けて下さい――と言っても、市井に紛れているので気を付けようがないのですが」
そう語るカレンの眼の内に、あなたはただならぬ怒りを読み取った。それはどろりと濁って重く、到底一少女が抱く類のものではない。あなたでさえ、久方ぶりに目撃したのだから。
怪訝な視線に気付いたのか、カレンは少し驚いた表情を見せ、それから普段の様子に戻った。村で見た少女の姿は既に存在しないのかもしれないが、奥底の優しさは変わらない。
「失礼、本題に戻りましょう」
気になりはしたが、あなたはそれ以上踏み込まなかった。一宿一飯の恩はあれど、個人的にはそれほど深い仲ではないのだ。
メイベルのようにある程度の気心が知れていればまだしも、カレンに深入りはできない。
「最後に目撃された地点はメトロード大通りの宿泊所、ホテル『グレイブ』の二〇五号室。二日前から宿泊しているそうです。今から向かいます」
あなたに地名はさっぱり分からないが、覚えておいて損は無いだろう。幸い、今日はカレンについて行くだけで何とかなりそうだ。
「最後に、一番重要な事をお伝えします」
カレンはテーブルに広げられていた手配書を再び折りたたんで懐に入れ、残りのミント水を飲み干した。それを出発の合図と受け取ったあなたもそれに続く。
「賞金稼ぎとして活動している間、我々は王国法の執行者であり支配下にあります。どれ程危険な賞金首を追っていようとも、民間人に犠牲が出れば仲良く縛り首になります。武器の取り扱いには細心の注意を払ってください」
あなたのブラスターガンは強烈だ。掠めただけでも、その周辺の部位をごっそりと持っていく。失血死か重い後遺症は免れない。今回は己の肉体で勝負した方が良いかもしれない。きっと、それがお互いの為になる。
火刑よりは幾分かマシだろうが、縛り首で死ぬのは御免だ。死ぬなら戦士らしく派手に死ぬか、ベッドの上で穏やかに死にたい。叶わぬ願いだろうけども。
「さあ、質問がないなら行きましょう」
特にこれといった質問も無かったので立ち上がる。空になった二つのグラスを改めて見て――ふと、支払いのことを思い出した。あなたは一銭も出していない。
「私が払いました。奢りですよ、活躍に期待してのね」
カレンに続き、あなたは酒場の喧騒を後にした。
道中、ちらと見たカウンターの奥では、魔術師と思しき女性がいそいそと氷を製造していた。なるほど、ああやって作っていたのか。
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