8

 かれこれ10、20、いや100、200、300……。

 まあ、ざっと6周は同じ道をループしてみたのだが全くと言っていいほど成果はなく脚力が少し鍛えられた気がするくらいだった。


「くそっ、6週もして得られたのは明日の足の筋肉痛の確定だけか……」


 2周をしたころからだろうか、時折うしろから足音が聞こえてくるようになった。

 しかしながら、こういう場面のお決まりと言っていいことに、振り返れど後ろには誰の姿もなく深い闇が沈むばかり。


「……居ないよな、なんなんだ」


 そう呟いても、カエルや虫の声で小さな僕の声なんかはすぐに掻き消えていく。

 無音よりは断然、音が鳴っていた方が落ち着くのだがそろそろ何かの言語を聞きたくなってくる。


 この際、僕は英語がちっとも分からないけれども英語で誰か話しかけてきてくれてもいいし、なんならチャミクロ語でもニェレプ語でも構わない。


「公衆電話ってこんな不気味に見えることあるんだな……」


 公衆電話を目印に歩いているため、これで7周目ということになる。

 その間も足音はなり続けるし、音が少しづつ近づいてきている気がする。

 気がするという表現は正しくない、近づいてきている。間違いなくだ。


 公衆電話を過ぎるとまた足音が大きくなり、気配を感じるまでになってきた。少し早歩きになっても、足音は一定のペースで聞こえてくるのに近づいてくるばかりだ。


 そして僕は思い立った、愚直にふりかえっても誰もいないのなら。騙し討ちで振り返ってみるというのはどうだろう。

 時間帯は深夜、こんなアホなことを考えるのも深夜テンションのせいだろう。あしからず、あしからず。


「はあ、何周目かも分からないな、だがしかたない、もう一周するかっと見せかけてえっ!」


 バッと振り返った、だるまさんがころんだをしている人間でもそんな振り返り方はしないぞというレベルで素早く大きく振り返った。


 結果からお伝えすると、成功したということになる、足音の主、その姿を捉えたのだからおそらく成功なのだろう。


「へっ!騙されたなっあぁぁああっ!?!?」


 泥の塊のような、老人のような、形容しがたいものが田んぼから逆流した泥の底から這い出ている。

 細長い三本の指を伸ばして、ドロドロと。

 足音なんてどこから出したんだと、ツッコミたくなるビジュアルをして。


「タァカセェタアァオセタァ」

「ちょ、筋肉痛じゃすまなくなるってっ!痛みすら感じれなくなるって!」


 筋肉痛の心配をしている足に三本の指が絡みついて来たかと思えば、異常な力で田へと引きづりこもうとしてきている。


「セタアカセェタァカエセェ」

「いやぁああ!?そこは、そこはダメだって!!底だけにっ!!!!」


 焦りすぎて、底なし沼だけにというフレーズにした方が分かりやすいであろうネタを省略してしまった。

 それそうとして、本当に死ぬかもしれない今からでも遺書とは書けるものだろうか。


「まったく、逢魔の時に出歩くとは、さては阿呆じゃのうお主」


 聞き覚えのある声、そして喋り方。誰か察したのも相まってなんだか神々しい声に聞こえた。


 神々しい声とはなんなのか、そんなスピリチュアルな質問に答えを出すのは難しいことなので深堀は許さない。


「え、なんで……隻さんが?」


 泥の老人は消えた、消えたという言葉が正しくふさわしかった。跡形もなく、まるで夢を見ていたかのように全てが無くなった。


「ラムネの匂いがしたのでな、来てやったのじゃ、感謝せい」


 そう言って、隻さんはビニール袋に入れてあったラムネを拾い上げた。

 土は着いていないが、一応土を払うような素振りをしながら嬉しそうにしている。


「いや、そうじゃなくて、神社から離れれないんじゃ?」

「神社じゃとは言っておらぬぞ、妾はこの森から離れられないのじゃよ」


 気づけば田も消え、公衆電話も消え、山なりの道とそれを囲う木々の元に僕はその身を置いていた。


「森?あれ、田んぼにいたはずじゃ」

「ふん、化かされておるうちにここまで歩いてきたのじゃな、運が良かったのう」


 そりゃ、7周分も歩いてきたからね、と皮肉っぽく言おうと思ったけれど助けておいてもらって邪険な態度をとるのは良くないと言葉を飲み込んで消化した。


 それにまた、助けてもらう機会があるかもしれないわけだ。


「あ、あぁ、なるほど、さっきのは何なんですか、もうあいつが犯人でいいですよもう」


 今回の空間から出れなくなった事件も然り、全て今のドロドロがやった事にしよう。

 したところで、この空間から出られはしないのだから意味は無いけれども。


「あれは泥田坊かの、知らんがの」

「そんな、知らんけど、みたいに言われても……」


 知らんけど、という責任逃れのための保身の言葉を神様に使って欲しくないと思った。僕なのであった。

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