5
もう
19時には例の古民家で食事が振る舞われると聞いて、僕達は一度古民家へと帰っていた。
「あれ、思ったよりまだ集まってないな」
「ずっと、こんな感じだよ、みんな自由だから」
「ご飯食べないのか」
「町の方でも食事できるし」
見たところ、食事が提供されるという長い座卓に座っていたのは僕らを除いて2人だった。
髪を後ろで結っている青年と、ゲーム機に熱中しているくせっ毛の少年だ。
「あ、枯木さんどうも」
「……?どうも初めまして」
「初めましてだなんて、面白い冗談ですねえ」
話しかけてきたのは青年の方、笑顔の柔らかい人だ。
口調も人を安心させるような大人しいもので、なぜだか僕の挨拶に笑っている様子。
僕の挨拶のとおり、この青年と僕は以前に会ったことは無い。
「記憶喪失になったわけ?枯木くんぼくに借りた100万円返す約束も忘れたの?」
「してないことは覚えてますよ、そちらの方も初めまして」
「けっ、都合のいい脳みそだなー」
ゲーム機からは目を離さないままの少年と、これまた初めましてで軽口を叩きあった。
僕はとりあえずその2人の向かい側に座ることにして、話を掘り下げる姿勢を示した。
ちなみに、隣には礼鳴が座った。
「枯木さん、何かありました?」
「いや、たぶん僕夢遊病なんですよ」
夢遊病。
眠っている間に勝手に体が動く病気だったはずだ。
僕の眠っている間に、何故かここの人達と僕は知り合いになっていたりした。
その事から考えて、ありえない話でもない。
だとすると起きる直前の僕は、1度海に行ってパラソルをセッティングしてわざわざ砂浜に寝転がったことになるのだ。
想像してみるとなんと、シュールなことか。
「なるほど?それなら、改めて初めまして、
「ウルフだよ、初めましてー」
どうやら青年の名は亜図、少年の名はウルフというらしい。
ウルフという割には、牙も耳もしっぽも生えていないようだが。銀色の髪と黄金色の瞳が、それらしく見えてきた。
なんと僕は流されやすい性格なのだ、どうしようもない。
「さあ!ご飯の時間だよ!」
「これ、どういう仕組みなんだ……」
時計の針が7を指し示した瞬間、礼鳴の得意げな掛け声とともに目の前に料理が現れた。
人数分のみ、瞬く間にそれは出現した。
料理のラインナップはどれもこれも和風なもので、かぼちゃの煮物や味噌汁、豚バラ大根などが並んだ。
ほのかに白く湯気がたっている。
「気にしない方がいいよ」
礼鳴は諦めたように手を振っていた。
どうやら理屈で説明できるようなものではないらしい、そういった事には過去、何度か遭遇しているので正しい対応を知っている。
ずばり礼鳴が言った通り、それはそういうものとして、気にしないことだ。
「ぼくね、キノコ嫌いなんだ、枯木くんあげるよ」
「こら、ちゃんと食べなさい」
僕の皿にキノコを入れようとするウルフくんを、亜図さんが軽く
「僕もキノコ嫌いなので、亜図さん、よろしくお願いします」
「ちゃんと自分で食べろよっ!どいつもこいつも!」
キャパオーバーしたらしい亜図さんは少し声を荒らげた。
しかしそれでも、やはり優しさの抜けない青年らしく、レッサーパンダの威嚇と同等の覇気だ。
「嫌いなものはね、どれだけ時間が経っても嫌いなままなんだよ、途中で好きになるのは妥協してるだけ、自分に無理やり納得させて、自分自身を騙してるだけなんだよ、ぼくはそれが分かってるからね、嫌いなものは嫌い、そこに妥協はしない」
威風堂々と語ったウルフ君のその威厳は狼の長のように、余裕と威圧感に満ち溢れていた。
その態度に亜図さんはため息混じりに首を振り、僕は普段から似たような態度をとっている礼鳴という奴の方を見た。
「……?」
どうやらかぼちゃの煮物を食べるのに夢中だったらしく、僕たちの話は微塵も気にしていないようだ。
「要するにキノコは食べたくないと」
「そうだね」
僕の要約に、ウルフ君は大きく頷いた。
すると亜図さんはお皿を持って、ウルフくんに寄せるとキノコをひとつ残して抜いてあげていた。
ひとつ残して、という所が僕はとても気に入った。
「はぁ、まったく、仕方ないなあ」
「僕のもどうぞ」
「枯木さんは自分で食べてください」
そう断られてしまったが、別に構いはしない。
そもそも僕はキノコは嫌いじゃないのだ、ただ悪ノリで渡そうとしていただけで断られたとしてもなんということは無い。
「あ、そうだ」
キノコを皿の端に分けている途中、ここで本題をようやく思い出した。
このままでは和やかな食事を済ませて、何事も無かったかのように寝てしまいそうだったので思い出せて本当によかった。
「ところで、おふたりは悩みとかってあったりします?」
今日一日ですっかり板に付いてきたフレーズを口にする。
探偵と言うより、カウンセラーになっているような気もするが深くは考えない様にしている。
「悩み、かあ……」
「人に悩みを聞くのってさ、枯木くんだいぶ無粋だよな」
とうとう年下の少年にド正論を叩き込まれてしまい、あろうことか僕はそのまま押し黙ってしまった。
そして訪れた沈黙は、皆が解散しても尚続いたのであった。
口は災いの元ってね。
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