楽しい場所が自分にとって楽しいかは分からない

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 夏といえば、蝉やらスイカやらプールやら。思い浮かべるものは無数にあるとは思うが、やはり代表的なものに、海という言葉がランクインしないはずがない。

 夏の海辺は様々な人間模様が見られる、その中にはやはりカップルはいる訳だ。


 水は冷たいし、夕日はロマンチックだし、水着は美しい。やはり夏になれば、海に1度は行っておきたいものだ。

 僕はもちろん行ったとも、むしろ今来ている。


「砂浜に置き去りってまじか」


 広大な青空、大きな白い雲。太陽に輝く海、灼熱の砂浜。

 ビニールシートの上に寝かせる配慮、そしてパラソルで日焼けまでガードしてくれている。

 しかしながら、辺りに人の気配は在らず。貸切と考えると嬉しいが、知らない場所に1人残されたと考えるともう一度寝込みたくなる。


「おーい!誰かー!ライフセーバー!主にライフセーバーの人来てくれー!」


 駄目だ、返ってくるのは波の音ばかりでやはり人はいないらしい。

 海を通じて繋がっているどこかのビーチにいるライフセーバーに、僕の声は届いたのだろうか。


「さっくんどうしてこんな所にいるの?」

礼鳴れいなじゃないか、お前こそなんでここに」


 酒呑しゅてん礼鳴、白髪に黒真珠のような瞳を持つ容姿端麗なアホ。

 僕と彼女の関係を平たく言えば幼なじみ、そして逆に立体的に言えば絶対立体配置のRとSみたいなものだ。

 きっと伝わらないだろうけれども。


「私は普通に閉じ込められちゃって」

「僕は普通に誘拐されまして」

「その攫われ癖早く直せば?」

「直せるもんなら直してるよ」


 さらわれた方に問題がある、みたいな言い方をしやがる礼鳴は非常に軽装で麦わら帽子なんてものを被っている。


「海に麦わら帽子を被ってきたってことは、さては海賊になろうとしてるな」

「残念だけど、船はないよ、あってもこの空間からは出られない」


 伸びをしながらオカルトチックな言葉を吐く礼鳴。

 この空間からは出られない、なんて言葉をこんな開放的なビーチで聞く羽目になるとは思ってもみなかった。


「この空間って言うと、どれくらいの規模での話なんだ、もしかして僕は一生このビニールシートから出られないのか!」

「本気でそう思う?」

「いや思ってません、すいません」

「許しません」


 とまあそんなふうに、僕はこの場所から動く動機をようやく得られたわけだ。

 そしてこの辺りを散策していたという礼鳴に先導してもらい、涼める場所に案内してもらうことに。


 海が広がる方向、その反対には永遠を思わせるほどに続く田んぼが支配していた。

 遠くに民家らしきものと、山や森が見える。どうやらここは日本らしい。


 礼鳴が先程まで居たという民家をめざして、熱中症を危惧しながらあぜ道を歩いているわけなんだけれども。

 もうへとへとだ、さすがに礼鳴におぶってもらうわけにもいかない。


「麦わら帽子似合うじゃん」

「お前の麦わら帽子小さいわ」


 陽射しカットが心もとない、いやもともと礼鳴のものなんだから大きさが合わないのは仕方がないけれど。

 さぞかし不格好に見えているだろうに、似合うといいながら鼻で笑うこいつを僕は許さない。


「それで、さっきの空間の話聞かせてくれないか」

「ニュースとか見てないわけ?」

「見ない、僕が見るのはB級映画とハプニング映像とサスペンスドラマだけだ」


 B級映画は脳死で時間を潰せる、ハプニング映像は鼻で笑える、サスペンスドラマは犯人を既に知った状態で見るのが好きなので再放送しかみない。

 というか基本的にテレビはあまりみない。


「新聞とか」

「日曜日にまとめて読む派なんだよ、残念ながら、今日は水曜日だ」


 これに関しては9割嘘だ。

 単純に新聞は読まない、溜まった新聞を眺めることもあるが端の四コマ漫画にしか興味はない。


「文明の使い方間違ってる気がするんだけど」

「世間知らずな僕にどうかお情けを」


 カンカン照りの中、カエルが蝉と張り合うように鳴いている。

 今日(僕がここに来る前)は8月の7日、地球温暖化も相まって死ぬほど暑い。今思うと砂浜に置いてきたパラソルを日傘代わりに持ってこればよかったかもしれない。


「最近流行ってる異常空間を発生させる症候群だよ」

「一昔前にもそんなもんあったような」


 あれはそう、ざっと30年くらい前。

 とつぜん東京に異常空間が現れて、パニックからの暴動、過去一の犯罪率になったそうな。

 詳細を語れるほど、今の僕の頭は正常に機能していない。 真っ直ぐ歩くので精一杯だ。


「その空間に入るのは簡単、けれど出ることは出来なくなるんだ」


 定置網漁みたいなものか、だとすると僕達は魚か。しかし仕掛けた本人、つまり漁師も海に浸かっていることになる。

 サメが現れたら、漁師はひとたまりもないだろう。僕、もしくは酒呑礼鳴はサメに成りうる。


「出る方法はある、だろ?」

「忘れちゃった、どうだったかな」


 悪趣味な冗談だと思っておきたいのだが、本気で悩んでいる様子からして冗談より悪趣味な状況に置かれていると自覚できた。

 少しづつ状況が見えてきたけれど、代わりに見えなくなっていく真実がさらに僕の頭を錯乱させる。


「しっかりしてくれよな」

「さっくんだけには言われたくないかな、しっかりしてない人類代表みたいな君にだけはね」


 してやったりと言ったふうにニヤける礼鳴、いつもなら嫌味で返してやるところだが今の枯木さんはひと味違う。


 ここで好感度を下げると、「死ね!あばよっ!」という具合に走り去られてしまう。

 過去に何度かそういう経験はあるが、今この死にかけている状況下で置いていかれるのはまずい。非常にまずい。


「だからこそだよ、お前は違うだろ?僕がへなへなでもお前はしっかりしてるから安心してもたれられるんだよ」

「棘付き肩パットでも着用しようかな」

「絶妙にダサいな、それ」


 ヒャッハー!なんて言いながらバイクに乗っているのを想像してしまったのだけれど、意外と様になっていて吹きそうになった。

 しかしながら笑うだけでもスタミナが尽きてしまいそうで、乾いた笑いしか出ない。


「あとどれくらい歩けばいいんだ?」

「あと30分くらいかな」

「ああ、ダメだ、頭くらくらしてきた」


 景色が眩む。

 もしかして、また暗転オチか。

 さすがに連続でそれはダメだろあらぁ……。


「え!?ちょっと急に倒れないでよ、ん?大丈夫?起きろー!いや、生きろー!脱水症状になんて負けるな!!」


 さすがに、太陽様の陽射しには勝てんよ。

 2度目のおやすみ。

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