不可の失脚
猫又 黒白
プロローグ
誠残念ながら、この世界は平和である。
どれほどに平和かと言うと、平和の平は不公平の平でもあると唱えると道行く人々は「ほーん」と言ったくらいに反応して特に何かあるわけでもなく去っていくだけなくらいに平和だ。
よく分からないとは思うが、簡単に言えばみんな不公平だとか平和だとか言う言葉にあまり興味や関心がないのだ。
それは当たり前のことであって、少し恐ろしいことでもある。
平和なことに慣れ、僕は今とてつもなく暇しているのだ。
なにか突拍子もなく想像もできないような面白い、平和とはかけ離れた何かが起きて欲しいと、そう思っているのだ。
しかしながら、自ら危険なところに行けば解決するなんて単純な話でもない。
危険な所に赴きたいか、と問われると実はそうでも無い。
危険の方から来てくれないと、その気になれない。
そして危険なことは、そうそう起こらない。
だから僕の知る非常に狭い範囲での世界は、とても平和だ。
辺りに人はいない、緩やかな勾配の坂を自転車で押しながら歩いて、車すら通らないけれど危険を期待している。
誰が使うのか何故そこに設置されているのかすら分からない錆びたカーブミラーに、別世界の自分が映る。
しかしながら、別世界の僕はどうやら僕を鏡の世界に引き釣りこむ気は無さそうだ。
炎天下、家をめざしてガタガタと音を立てる自転車を押す。蝉の声が疎ましい、山にいる蝉ぜんぶ捕まえて売りさばいてやろうかと愚考。
暑い、熱中症になりそうだ。さっき自販機で買ったアイスコーヒーがいつの間にやらホットコーヒーになってる。
「
とうとう幻聴が聞こえてきたかと思いつつも、無視は失礼だと一応通り過ぎたカーブミラーの方へ振り返った。
そしてありがたい事に幻聴ではなく、本当に人がいたらしい。しかし僕の名を呼ぶ女性がたまたまこんな所にいるなんてなんとも有難いことだ。
「はい、正真正銘の半死半生な枯木昨間ですが」
日差しが強く、目に汗がほとばしり女性の姿が見えない。姿さえ見てしまえば誰か思い出せるはずだ、僕の記憶力は昨日の晩御飯を覚えているほどには冴えているからな。
「楽しい場所に行きたいのですよね」
「おお、引くほど怪しい序説だ」
そう考えるとこの話自体の冒頭は僕の暑さにやられた頭のおかしい長話にしてしまったけれどほんとにそれで良かったのだろうか。
いやいや、時間はどうやっても巻き戻らないから今更何を言っても後の祭りなんだけどもやはり初めの印象というものは大事なのかなと再認識してね。
「行きたいですか、楽しい場所」
「これはあれか、デートの誘いなのか?そうなのか?そうなっちゃうのか?」
そういえどこの女性誰なんだ、和服を着ているのは分かるが顔が見えない。いや、違うぞ、決して顔が良かったらデートして悪かったらデートしないなんてそんな薄情な人間じゃないからな僕は。
人間は内面だ、と自分に言い聞かせて今の今までこの17年間生きてきて交際経験が一切ない僕は内面を重視しすぎているのだろうか。
重きを置くのは大事だが、度が過ぎると何にも手をつけることが出来なくなってしまうから、やはり妥協というのは大事だ。
つまりこの相手の女性は妥協に譲歩して、苦肉の策を噛み潰して僕をデートに誘っているはずだ。
いよいよ僕にも転機が来たというわけか。
「そうなるやもしれませんが」
「なら行くとしよう、ここで断るほど僕は心配症じゃないのでねぇ!石橋をダンプカーで渡るタイプの人間なんですよ僕」
自転車を放り出してガッツポーズを決めたくなるが、そこまで貪欲に必死に恋人を求めていただなんて思われたくはない。
ここは毅然とした態度で、「いや?あんまりそういうのに興味無いし?最近興味があるのはリスの頬袋に幾つどんぐりが入るかってことぐらいだし?」と言うような雰囲気を纏わなければならない。
「では、お連れしましょう、その際現地の場所は機密事項なので枯木様には少しの間眠っていただきます」
お辞儀しているのが見えた、一瞬顔が見えたけれどすっごく美人だったような気がする。
態度はクールだけれど、心の内は最高にホットだぜ!あと現在の気温も。
「え、待てよ、そういえば行くってもしかして今?」
「今です」
毅然とした態度で答えられてしまった、まさか今からだなんて積極的にも程があるな。しかしながらモテるというのは決して悪い気分じゃない。
僕の適応力をもってすればこその、この余裕っぷり。
と、腕を掴まれたぞ。誰だ、少女を襲おうとする不審者を取り押さえる警察官のような腕の掴み方しやがって。
「え?」
振り返ると警察よりも怖い、サングラスに黒いスーツを着たガタイのいい男が2人。
さすがの僕もこれには冷静でいられなくなるわけだ、慌てない方が強者感というものが溢れ出るものなのかもしれないが。
最初に言った通り平和ボケしたただの17歳男子高生に、一体諸君らは何を望む?殴ってみようか?そしたら僕の腕があらぬ方向へ曲げられるだろうけれども。
それこそ青年を襲おうとしている黒ずくめの2人を発見した警察官に助けてもらいたいところだが。人通りは無い。
僕はこのまま、怪しい薬を飲まされて体が縮んでしまったりするのだろうか。
「あ、ちょっとあの、ぼったくりの店とかに出てくる怖い人らじゃん、あのあの、出てくるタイミング早くないですかね、せめてデートし終わったあとに出てきて請求とかにしてもら……んむぐっ!?」
口に当てられたぬので、意識が遠のいていくあれ。多分僕の身体にはもう力が入っていないし。きっと意識もこれっきりだ。
素直に寝よう、おやすみ。
「それでは、また後程」
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