名探偵クラナガがスキ

ぐぅ先

第1話

「もしもし、倉永くんか?」

「はい。どうしたんですか、警部さん。」

 倉永と呼ばれた少年――高校一年生である――は、自分の部屋の中で携帯電話を取った。

「実はまた事件が起きてな……。殺人事件なんだが。」

 殺人事件。フィクションでなければ高校生にとって馴染みのない言葉である。だがそれを聞いた倉永は怪訝に思うどころか、突如として「閃いた」のであった。

「……そこに、四ツ谷さんっていますか?」

「え? ……あ、ああ。いるにはいるが。」

「犯人は四ツ谷さんの弟です。」

「………………っ!?」

 電話の向こうから、警部の息を呑むような声が聞こえた。それもそうだろう。彼は事件の概要など、なに一つとして口にしていないのだ。この世には現場に赴かず、椅子の上で事件の話を聞いただけで真相を暴く「安楽椅子探偵」という概念があるのだが、それどころではない。……しかも。

「四ツ谷って……、弟だと? 四ツ谷という男は一人しかいないんだが……。」

「犯人は四ツ谷修仁さんです。ああ、でも警部さんは事件って言いましたが、それ事故みたいですよ。」

「ま、待ってくれ! 修仁? ここにいるのは四ツ谷昭彦って奴で、」

「兄の明彦さんは証拠を隠してるんです。弟さんの事故の。」

「な、な、なんだと!?」

 倉永という少年は、本当に誰からもなにも聞いていない。ただただ「閃いた」だけなのだ。それなのに、現場にいる人間ですら知り得ない具体的な情報を言いだした。しかもその内容はまったくのデタラメというわけではない。少なくとも、その場にいる「四ツ谷明彦」の名前を間接的に出したのだから。

「……わ、分かった。ありがとう、倉永くん。捜査の参考にさせてもらう。」

「いえいえ、それでは。」


 倉永は電話を切って机の上に置くと、一人呟いた。

「……またテキトーに言っただけだけど、大丈夫かな?」



 ……翌日、倉永がニュースサイトを見ると、とある山荘の事故の記事に目が留まった。

 そこには……、過失致死傷罪の容疑として「四ツ谷修仁」と、公務執行妨害の容疑として「四ツ谷明彦」の二人が書類送検されたと書かれていた。

 どうやら今回「も」、倉永の勘は的中したらしい。

「はぁ……、やっぱり、か。」

 そんな倉永の顔色は、とても明るいと言えるものではなかった……。



 現代のシャーロックホームズ、いや、それすらも超えたと言われる名探偵がいる。彼の名は「倉永増喜(クラナガ マスキ)」。


 探偵といえば、事件を捜査して証拠を集め、真相を推理するという――フィクションの中ではそういう扱いが多い――職業だ。だがその倉永は、どんな事件でもわずかに話を聞いただけで、犯人とその動機を解き明かしてしまうのだとか。

 もちろん証拠が無ければ犯人として扱うことはできない。だが高度情報化社会である現代の警察にとって、犯人と動機さえ分かれば証拠を見つけるなど容易なこと。そう、どんな事件であろうと犯人が生きて動いている以上、証拠を完全に消すことなどできないのだ。


 しかし、そんなセンセーショナルなマスコミ受けするであろう話題は、ほとんど世に出ていない。何故なら、高度情報化社会である現代。個人情報は滅多なことでは外に出せないのだ。ゆえに警察組織の限られた人間だけが「倉永増喜」の名を知っている。


 ……だがそんな中、警察組織以外に彼の名と彼の偉業を知る者がいた。



「はぁー……、良い。」

 その女性は倉永のファンだった。彼のことをずっと見ていたのだ。……空の上から。もちろん比喩表現であるのだが、一概にそうだとも言いきれない。何故ならその「空」とは、神々の住まう天国のこと。彼女は天国にいる、女神なのだ。名を女神「ミエル」という。しかし彼女は神としては下っ端で、あまり責任感のないタイプ。時折こうして下界を覗き、暇潰しをしているのだ。


「やっぱ倉永くん尊い、しんどい。」

 女神ミエルは、言葉を濁さずに表すとショタコンだった。彼女の好みは、ものすごい実力を秘めていながら、それをひけらかさない。それでいてどこか陰のある雰囲気をした、顔のいい少年という尖ったものだった。

 いつからだろうか、ミエルは下界にいる一人の少年に目が釘付けとなっていた。とにかく彼の顔が好みドストライクだったミエルは、惜しいと思いながらいつも彼のことを眺めていた。「当時の彼」には特別な力などなかったからである。

 しかしミエルはいつしか見た目だけでなく、中身も欲してしまった。そして……、なんと神の力をもって、彼に与えてしまったのだ。それは身の回りで事件が起こった時、または事件の話を聞いた時、その事件の犯人と動機の情報が脳に入ってくるという、超能力。なおこの能力を決めた時、ミエルは探偵ものにハマっていた。ただそれだけの理由でそのような能力になったのだ。

 そうして名探偵を超える力を手に入れた倉永増喜は、ますますミエル好みの存在となる。倉永はミエルにとっての「推し」になったのだ。


 そんな倉永は日曜日だというのに、自分の部屋で一人ため息をついている。彼の休日は引きこもりがちで、交友関係もあまり広くなかった。そしてそういった孤独は、倉永にとって悩みの種であった。

 ミエルは神であるため、人間の悩みもすぐに見抜くことができる。なので彼女は、倉永のそんな悩みを解決しようと考えて……。



 ピンポーン。ドアの横に付けられた呼び鈴を鳴らす。

(今、家には他に誰もいないはず……!)

 なんとミエルは人間を装い、両親が留守となっている倉永家を訪ねていた。倉永増喜の孤独という悩みを解決してあげようという(建前の)理由からだ。


「はい。」

(き、来た……! 生の倉永くんだ……っ!!)

 玄関のドアが開く。そこにはミエルの想定どおり、倉永増喜がいた。

「あ、あ、あ、あのっ! く、倉永さんの、お、お宅ですかっ!」

 あまりにも緊張し過ぎて、ミエルは挙動不審となっていた。

 ……そう、今の彼女は挙動不審だった。ゆえに、倉永の口から言葉が漏れる。


「……女神、『ミエル』?」

「――えっ!!!???」


 倉永の能力は周囲で事件が起きた時、その犯人と動機が分かるというもの。

 ところで現代においては、人と人との関わりが薄くなりつつある。そのため見知らぬ人物が家を訪ねてくるというのは、比較的稀なことである。しかも今回、倉永の家を訪ねてきた見知らぬ人物は挙動不審で、明らかに怪しい存在。

 そう、ミエルが倉永に接触したということ、そのものが「事件」と判定されてしまったのだ。


「ぼ、僕の、ファン……?」

 ミエルが倉永に与えた能力により、二つの情報が彼の脳裏に浮かんでいた。犯人は、女神「ミエル」。動機は、生の倉永増喜に会いたかったこと………。

(や、やっちゃったぁぁぁーーーっ!!)

 実は、神の存在は人間にバレてはいけない、という決まりがある。しかし今、倉永はミエルの存在を知ってしまった。このままではミエルには重い罰則が課せられてしまうことになる。

 ……しかし彼女にとってはそんなこと、どうでもよい。そんなことよりも、自分がファンであるということが本人にバレたこと、それこそが彼女にとって大きなダメージとなっていた。

 ミエルは彼の能力をまったく計算に入れていなかった。もはや言葉が出てこない彼女は、ただ慌てることしかできない。だがそんな中、倉永は独り言のように言う。

「ま、そんな訳ないか。女神なんているわけないし。」

「……っ、そ、そうです! だ、誰ですか、その、女神って!」

 ミエルはチャンスを逃すまいと、不審に振る舞ってしまいながら自身の名を否定した。でもよかった、どうにかなりそう

「ところで、どちら様ですか?」


「………………。」


 ……どうにもならなかった。ミエルはつい勢いで倉永の家に来てしまったのだ。自分がどういう存在か、なにをしに来たのか。そういったウソを一切用意していなかった。


「………………ま、間違えました! ゴメンナサイ!!」

 いてもたってもいられなかったミエルは、自分の頭で情報を整理できなくなり、逃げ出してしまった。



「……な、なんだったんだろう。」

 謎の女性が去っていった方向を見る倉永。

「それにしても……。」

 知らない女性と出会ったと思ったら、頭に思い浮かんだのは「女神『ミエル』」と「倉永増喜のファンで会いに来た」の二つ。


 彼にとってはいつものことだった。誰かと会うたびに、その人の名前と、会いに来た理由が頭に浮かんでくる。そして勘違いかと思い質問すると、頭に浮かんだ内容が事実であることが判明する。まるで人の頭の中を覗き見しているようで、彼は人と会うだけでとても心地悪い気分になっていた。

 それが、今回はどうだろう。彼女は女神? 神様? ……本当に?

 そして、その彼女が自分のファン。……本当に? どう考えてもありえない。


 ――倉永は女神から与えられてしまった能力により、毎日のように周囲から浮いているような感覚でいた。自分と同じように他者の情報を閃く者はおらず、誰からも共感されない。いつしか倉永は他者を避けるようになってしまった。

 放火事件が起きたかと思えば、犯人の名前が思い浮かぶ。それが愉快犯であったということも。

 身近で起きた窃盗事件の犯人は、貧困に苦しんでいた近所の年配の女性だった。それが周知の事実となったのは、事件発生から二週間も経過した頃。

 自分の頭に浮かぶ物事は、いつも他者の先を行っていた。


 近頃はその能力を買われて警察の人間と連絡を取っているが、自分がやっているのは思いついたことを喋っているだけ。もしかしたら、今回は当たらないんじゃないだろうかと疑念を抱きながら、後日確認すると的中している。

 いくら人助けになっているとはいえ、これらの積み重ねに対して、倉永は恐怖を抱いていた。もし大事な時にこの閃きが失われてしまったら? 犯人も動機も的中しなかったら?

 名探偵を超えた能力は、倉永にとってもはや呪いであった。


 ……だが、今日は違った。

 いくら挙動不審だったとはいえ、ただの女性にしか見えなかった。

 それが女神? きっとありえない。そもそも本当に神様なら、あんなに挙動不審になるだろうか。

「もしかして……。」

 倉永は思った。この能力が、この呪いが、衰えてきたのではないか? と。

 もし衰えたなら、自分は普通になれる。普通の人間と同じように他者と交流できるのではないか? と。


 倉永はまだ、女性の去って行ったほうを見つめていた。もしかしたらあの人は、この呪いを解くきっかけになってくれたんじゃないか。そう思っていたからだ。


「……でも、誰だったんだろう?」



「ああ、倉永くんに会えた、倉永くんに会えた……。」

 ミエルは雲の上、天国へと戻っていた。初めて直接会うことができた「推し」のことを、ひたすらに噛み締めていた。だが今回訪れたことで、問題点も浮かんできた。いくら自分が会いたいからといって、会う理由を作らなければ不審者になってしまうのだ。

「次は、どうしよう。倉永くんが解決した事件の、被害者の親族としてお礼を……、いや、だめだめ。倉永くんはヒミツの名探偵なんだから。えっと……。」

 そんなふうにブツブツと独り言を言いながら作戦を練る、女神ミエルであった。もし今、倉永の心の中を読んだのなら、大した用事でなくても歓迎される可能性が高いであろうにも関わらず、独りよがりに考えていた。

 そういうところが彼女の悪い点である。



 倉永が疎んでいる呪いを与えた女神は、それと同時に、わずかな希望として必要とされた。なんとも奇妙なすれ違いであることか。


 しかし、そのすれ違いに気づくのは、いったいいつになることやら……。



おしまい

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