第26話 オークの集落
「ここは……、オークの集落?」
「ダイク! 気が付いたか」
耳をぴょこんと立てた白猫がオークの子供たちの腕から抜け出してこちらに駆け寄ってきた。
「ヤンカさん、オーク達が……これって」
「ああ、話せば長くなるけど、ヤンカ達はオークに助けられたのだ。ここはオークの集落なのだ」
白猫の後を追うように子供オーク達がこちらに気づいた。その目は何故かキラキラと輝いていてとても今までのモンスターとは思えない和やかな空気を持っていた。
「わあっ、勇者が目を覚ましたぞ!」「勇者だ勇者だ!」「お前小さいのに強いんだな!」
勇者? 彼らの目はきらきらとぼくを見つめている。
まさかぼくのこと?
「ヤンカさん、これどういう、なんでオークがぼくのことを?」
「どういうことって言われても、この森に住むオーク達にとってギリフォンは――」
「ようやく目が覚めたか盗人」
会話に割って入ってきたのは浅黒い肌の女戦士だった。その後ろにも幾人もの屈強な体格のオーク達が付き従っていた。
一瞬、森で相対したオークかと思ったが違った。浅黒い肌の女が物凄い眼孔で睨んできている。
無造作に伸ばされた金色の髪が陽光に照らされ眩い。かなりスタイルがよく胸元がとにかく、こう、何というか目の置き所に困るというか。
革の鎧に身を包んだその容貌はオークというよりはアマゾネスといった言葉がよく似合う女戦士だった。
筋肉質だがすらりと伸びた手足に豊満な胸。ぷっくりと膨らんだ唇に意志の強そうな赤い瞳。
彼女もオークであると分かったのは頭の上から垂れている豚耳のおかげであった。あとは鼻が少し上向いているくらいかな。
あ、でもぼくは全然気にならない。
「ダイク、何を赤くなっているのだ?」
「いや、その、オークといっても中々、その魅力的な方もいるのだなーと……」
ぼくの心中を察したのかゆっくりとヤンカさんの目が軽蔑するように細く鋭さを増す。
ああ、ヤンカさんの視線が冷たく痛い。
そこでふと彼女の言葉に気づいた。
「盗人?」
「下がれアデル」
屈強なオーク達の後ろから声がかかる。
「兄者っ」
兄者?
アデルと呼ばれた女オークが声の主に萎縮しあれだけぼくに感情剥き出しにしていたにも関わらず、しぶしぶ下がっていった。
ただあの怒りに満ちた眼孔はずっとぼくに向けられている。
群衆が割れ、道が開く。そこから一人のオークがこちらに向かってくる。
そのオークは――。
「お、お前はぼくの首を刎ねようとしたオークっ」
「お前とはなんだ! 兄者はこの村の頭だぞ! 無礼者!」
「アデル。引っ込んでいろと言ったぞ」
アデルと呼ばれたオークは、ふんっと鼻を鳴らし憎々しいとばかりにぼくを睨むが、浅黒のオークが視線で勇めると大人しく口を閉ざした。
どうもこのオークがこの群の頭のようである。
兄者と呼ばれたオークは鼻で笑う。
「妹が騒がしくてすまないな。だが、お前の首は繋がっているだろ?」
妹? 全然似てないぞ。
「それは、そうだけどたまたまかもしれないじゃないか」
「それがたまたまだとしたら気絶したときにお前に止めをさしている。しかしお前は生きている」
オークの言葉は確かにその通りだった。首を刎ねるのに失敗したとしてもぼくは気絶していたのだ。いくらでも命を奪う時間はあった。
「ついでに言っておくが、貴様のほうから先に我に攻撃してきのだからな? いきなり攻撃をされれば我も応戦せざる得ない。違うか?」
「――ぐっ」
確かにその通りだ。ぼくだって逆の立場なら同じことするだろう。
ただこっちはモンスターの巣窟である森に身を置いているのだ。そもそも話が通じるモンスターがいるなんて夢にも思わない。
気を許すことは即刻、死を意味するのだ。
今だってぼくは神経を尖らせ目の前のオークの群に注意を払っている。いつでも動けるように。
ただ――隣でヤンカさんが子供オークたちに尻尾などをいじられフギャーとかヒギャーとか威嚇して止めさせようとしているそのやりとりがぼくの緊張感を削いでいくのは確かだった。
「……だとしてもぼくは誤らないからな。どっちにしろぼくは返り打ちに合っているわけだし」
浅黒の肌のオークとの間にピリッと空気が張りつめる。
「ま、まあまあダイク。結果的には助けてもらったのだ。結果よければすべてよし、止めるのだ! ちょっ、尻尾は止めるのだ! 冒険者なんかやっているとこんな強運さえも冒険者にとってみれば、肉球をフニフニするななのだ! 受け入れることこそが長く冒険者をやっていく秘訣なのだ。なっ!」
「ぼくは冒険者じゃありません」
「ふん。別に貴様の謝罪なぞ欲しくもなんともない。我が貴様の立場だったら、例えそれが愚者の選択だとしても同じようにしただろうな。それが戦士というものだ」
浅黒のオークが口の端だけでにやりと笑う。
「――っ」
これじゃあまるでぼくが分からず屋みたいじゃないか。
それにそもそも何故ぼくらをモンスターが助けてくれたんだ?
ぼくの考えを読んだように浅黒のオークが喋り出す。
「何故助けたと言えば答えは簡単。貴様が倒したギリフォンの肉を自分たちの安全を保障するならばとそこの猫人が提供したからだ。交換条件というわけだ。我らは肉が欲しい、お前らはひと時の休息をとる安全な場が欲しい。利害の一致というわけだ。我らは基本、人とは相容れぬ一時の限りの和平条約だ」
なるほど交換条件。それなら納得、ん? でもそんなのぼくらを殺してしまえば肉は簡単に手に入るじゃないか。
なぜわざわざそんな取引に応じたんだ?
話は終わりとばかりに浅黒のオークは取り巻きに合図を告げ背を向けた。
「お、おいっ、なんか用があったんじゃないのか」
「ああ忘れていた。これはお前が狩ったギリフォンの顎だ。お前の戦利品だ。取っておけ」
そう言うと他のオーク達があのどでかいギリフォンの顎を地面にドンっと床に置いた。
「兄上っ、それは――」
「アデル! 我は言ったぞ黙れと。さあ用は済んだ。お前ら行くぞ」
オークの群は背を向け去って行く。
「怪我が全快したらここを立ち去れ」
そう言葉を残して。
「な、こ、こんなのいらないよっ」
ようやく子供たちの襲撃から脱出したヤンカさんが困ったように「やれやれ」とつぶやく。
「なんですかその反応?」
「いやー、まあ素直じゃないなと」
むっ。ぼくのことか? いくら助けられたからといって、大人げないというなかれぼくは今子供である。
ぼくは首を擦り、あの痛みは忘れないぞとその去って行く背中に心中叫んだ。
その背中の向こうに、にぎやかな景色が見えていた。ここがあの危険な森の中だということを忘れてしまいそうだった。それほどに安らぎに満ちた空気がこの集落には流れているように思えた。
ぼくらはとにかく、助かったんだな。
「まあ、そのうち二人でお礼を言いに行くのだ」
ヤンカさんはぼくの肩にぴょんと飛び乗るとそう言ってくれた。
まるで姉というよりは母親のようなそのいい様にぼくはむずがゆいだったりなんとも言えない気持ちになってしまった。
ぼくのほうが実際の年齢は上なのにな。
でも悪い気持ちではなかったかもな。
「ダイク。せっかくだから集落を見て回るのだ」
そんなヤンカさんの提案にぼくは素直に興味をそそられた。
オークの集落。そんな珍しいもの見たい。見たいけど、さっきのオーク達の様子を思い出すと受け入れられているとは言い難い。
ちょっと外に出た瞬間に襲われるのでは? と心配になる。
その心中を察したのかヤンカさんはピョンっとぼくの肩に飛び乗り「ダイク、オークの集落を見る機会なんてもうないかもしれないぞ」
確かにその通りだ。
そう、そうだな。見たい。オークの集落。
「ええ。分かりました。でもその前にこのギリフォンの顎どうしよう」
〇〇〇
森の中の集落。それもモンスター。どんなものだろうと興味津々に歩き見ていたが、なんのことはなく人の営みと大して変わらないように見えた。
小川で洗濯物をしている女オークのグループは何事かにぎやかに会話をしている。
周辺では子供たちが駆けまわり、年老いたオークが日向ぼっこをしている。
ただ先ほどのような屈強な戦士といったオークは見当たらなかった。どうやら森に入っているようだ。きっと食料の調達にでも行っているのだろう。
一つ気になったのは、住居があまりにも簡易的に作られていることだった。
細い枝などを骨組みに大きな葉っぱで覆われている。吹けば簡単に吹き飛びそうな住居だった。
「随分簡易的な住居ですよね」
「ん? ああ、話を聞くとこの辺りに住居を構えたのはどうも三年前ほどらしいのだ」
「そうなんですね……」
三年前?
「ダイク! あっちからいい匂いがするのだ!」
「あっ、ちょっとヤンカさん――、行っちゃったよ」
あっという間に背中が小さくなっている。
追いついた場所では大きな肉が焼かれていた。
肉か……。そういや干し肉は食べてたけど新鮮な肉はごぶさただったな。
あ、さっそく腹の虫が鳴いている。
「ダイク食いしん坊なのだー」
「ヤンカさんにだけは言われたくないですよ」
「あらー、あんた目が覚めたのかい? ちょうど良かった今日はあんた方が狩ったギリフォンを焼いているんだ。たんと食べて精力つけな」
ふくよかなオークの女性が話しかけてきた。
まるで婦人会の主婦のような空気を持った女性オークだった彼女がこの場を取り仕切っているようで、周囲のオークにあれこれと指示を出している。
先ほどのオーク達とは全く反応が違っている。
意外にも彼らはぼくらのことを受け入れてくれているようであった。
その反応にきょを突かれたのか思わずぼくも丁寧に頭を下げてしまっていた。
「すいません、ご、ご相伴にあずかり――、これギリフォンなんですかっ!?」
改めて焼かれている肉の巨大さを見ると納得した。
しかし、ギリフォンのモンスターの肉なんか食べても大丈夫なのか?
「ギリフォンの肉はとても美味しいわよー。ちょっと筋肉質だけど煮込めばホロホロになるしね。たくさん食べな」
「あ、あのヤンカさんでもモンスターなんか食べて――」
「たくさん食べるのだー!」
隣の食いしん坊は特に気にしないようだった。
それに食いしん坊じゃないけど、漂ってくるこの香ばしい匂いが食欲を掻き立ててくるのだ。
それにここは異世界。モンスター肉くらい食えないでどうする!
でも提供した肉をぼくらも食べてもいいのだろうか?
「もうすぐ焼けるからちょっと待ってなよ。ほら今回の主役のお待ちかねだよ! みんなキリキリ働く!」
そうやって檄を飛ばす主婦オーク。
「とは言っても道具の手入れができていないから作業が思うように進まなくてねもうちょっと時間がかかるんだわ。しばらくその辺で時間でも潰して来てちょうだい。父ちゃんにもらった包丁もすっかり刃がダメになっちまっててね。うちの父ちゃんが若い時に仕留めたギリフォンは小ぶりだったみたいだし質があんまりよくなかったんだろね。それでも父ちゃん私に嬉しそうに片方の顎を渡すものだから思わず受け取っちゃってね」
むむ。おばちゃん特有の長い話が始まった気が。
「それでも三年前までは森に住んでたヒューマに道具の手入れをしてもらってたんだけどさ。ほら三年前大変なことがあっただろ? それからそのヒューマとはご無沙汰になっちまってね。生きているのか死んでいるのか……。てこんな話あんた達にしてもしょうがないね」
主婦オークは困ったように笑った。
三年前に大変なことってもしかしてモンスターの大増殖のことか?
それに、やりとりをしていたヒューマ?
ちょっと待て、さっきあの浅黒オーク、ヒューマとは相いれないとか言っていなかったか?
「ええ~。ヤンカ早く食べたいのだー。そうだダイクお得意のDIYで何とかできるんじゃないか!」
急にむちゃぶりしてきたぞこの猫人。
「ヤンカさん。ぼくは何でも屋じゃないんですよ。それに三年前の大変なことって詳しくその話――」
今度はこっちが冷たい視線を向けるターンである。
そう思い冷たい視線を向けようとするが、主婦オークの方があんた何とかできるのかい? といった期待のまなざしを向けてきていた。
ぼくはその視線に耐えきれずに
「はあ~。分かりましたよ。でも何でもできるわけじゃないですから。お約束はできませんから。ちょっとその包丁見せてください」
主婦オークから包丁を受け取り刃の部分を見てみた。
その包丁は黒い刃のものであった。質感は金属ではない。でもかなり硬い。つい最近この材質の物と遭遇してとんでもない目に合った気が……。
「これもしかしてギリフォンの……」
「そうだよ。さっきから言ってるだろ? この集落のオークはギリフォンを狩ってあの立派な顎を武器や道具として使うのさ。これはうちの父ちゃんが若い頃に狩ったギリフォンのだからね。年季ものだからすっかり切れ味が悪くなっちまった。それでも浅層に住んでいたヒューマに頼めば手入れしてくれて使えてたんだ」
なるほど、ギリフォンの顎はそんな使い方をしているのか。あの切れ味を思えば納得しかない。
周囲で食事の用意をしている他のオーク達を見ればその手には黒光りする包丁やナイフが持たれている。
それに話に出ているそのヒューマ。合ったことはないが心辺りはあった。きっと浅層にある小屋の元住人のことじゃないだろうか。三年前のモンスター増殖事件をきっかけに小屋の住人が逃げたか、もしくは最悪結末を迎えたのかとにかくやりとりが無くなったということだろう。
とりあえず刃の状態を見ることに集中する。刃の部分は僅かに刃こぼれが見えている。これじゃあ切れ味も悪くなる。
でもこれぐらいだったらなんとかできそうだ。
ぼくは腰袋に手を突っ込んだ。
『スキル【ホームセンター】を発動』
記憶の棚を展開し目的の物を選択する。
「yes」
取り出したのは砥石だった。
「なっ、あんたそんなもん何処に入ってたんだい?」
「ダイクのスキルなのだ」
「スキル。そ、そうかい。話では聞いたことはあるけど初めて見るね。それでそれをどうするんだい?」
「どうもこうも、この石で包丁を研ぐんですよ。ってそんなことも知らないんですか?」
「私らはほらそういった細かい作業は苦手だろ?」
「いや、知らないですけど」
主婦オークが苦笑いをする。
どうも本当に道具の手入れは人任せのようだ。というかあのオークしっかりと人間とがっぷり四つじゃないか。何が人とは相いれないだ。
ぼくは心中毒づき、砥石に水を含ませ先ほどの包丁を研ぎ始めた。
「はい。出来上がり」
「もうかい?」
「ええ。これで切れ味はだいぶ戻っているはずです」
ぼくは手近な肉を切ってみる。するとスーッとキレイに切れる。
さすがはギリフォンの顎だ。森の木々をあっさりと切り裂いてしまうその切れ味にぼくは改め身震いした。
よく命があったよ。
「す、すごいじゃないかっ。ちょっと貸してごらん」
主婦オークは包丁をまじまじと見つめ、その辺にある食材を片っ端から切り始めた。あろうことかまな板まですっぱりと切ってしまう。
「すごいっ! 本当に切れ味が戻ってる。これなら作業もサクサク進むよ。あんた何者だい?」
「何者って、ぼくはただ砥石で研いだだけ――」
「おいっ、俺のもやってくれよ!」「ちょっとあたしが先よ」「わしの桑もちょっと見てくれんか」
様子を見ていた他のオーク達が目の色を変えてぼくに群がってきた。
「ちょっ――、押さないで、ちょ、やりますから、順番、順――」
〇〇〇
「……これで、ラスト」
オークの戦士が持ってきた剣を研ぎ終わる頃にはぼくはへとへとになっていた。
砥石がかなりすり減っている。
「本来DIYってのは、自分でやるって、ことなんだよ、これじゃあ『ぼくが全部やるじゃないか』……」
「なんの騒ぎだこれは!」
この声は……。
顔を上げるとそこにはアデル呼ばれていた女オークが騒ぎを聞きつけたのやってきていた。
そしてぼくの顔を見つけるとくわっと睨んできた。
「またお前か! まったく忌々しい」
「お嬢、ダイクさんは俺らの道具を手入れしてくれただけ――」
「うるさい! 私は認めないぞ。私の獲物を奪ったばかりか、今度は村の者を懐柔しようとしているな」
獲物を奪う? そういえばさっきもぼくのことを盗人呼ばわりしてきたな。ぼくが混乱していると、そっと主婦オークが耳打ちしてきた。
「この村ではねギリフォンを倒すことが戦士の証なんだよ。お嬢は女だてらそのギリフォンを倒して一人前の戦士として認められたかったんだ。それをようやくこの近辺で見つけたギリフォンをあんたが倒しちまったもんだからお嬢は逆恨みしてるのさ。しかもギースの頭もヒューマの子供でギリフォンを倒してしまった奴がいるって声を弾ませて村のみんなに聞かせるものだから、これまたお嬢は面白くない。本当は女だてらにギリフォンを俺の妹が倒しちまったって言葉が聞きたかったはずだろうから。それにあんたギースの頭から随分気に入れられたみたいだよ。死にかけのあんたを背負って担ぎ込んできて男たちに薬草取りにいかせたり結構大変だったんだ」
「……なっ」
じゃあ、あの浅黒オークにぼくは文字通りに命を助けられたのか?
なるほど。それでヤンカさんは素直じゃないなんてことを言ったのか。
子供のオーク達もそれでぼくを勇者だって言ったのか。そりゃ背格好は彼らと大して変わらない子供の姿だもんな。
「ギリフォンを仕留める者は例え種族が違えど敬意を払うそれが村の慣わしなのさ」
「じゃあ、別にぼくらがギリフォンの肉を提供したから命を助けたってわけじゃ」
主婦オークは何の話だい? と目をきょとんとさせる。
なるほど、だから彼らオーク達はぼくらの命を奪うこともなく助けたのか。そんな騎士道のような精神が、まさかモンスターにもあるなんて思いもよらないじゃないか。
ヤンカさんをちらりと見ると彼女は肩を竦めた。ぼくは頭を抱えた。
「ヤンカさん、後であの頭のところにお礼と謝罪を言いについてきてもらっていいですか?」
「りょうかいなのだ」
ヤンカさんは親指を立てニコリと笑う。
「何をこそこそと話している!」
そう考えるとあの飛んできた槍ってもしかしてこの子がぼくを狙って飛ばしてきたんじゃないだろな。
とにかくなぜこの子がぼくを目の敵にするのか分かった。
「んー。ぼくとしてただの八つ当たりに思えるのだけど、君の気持も分からなくはない。だからこれで手を打ってくれ。これって貴重な物なんだろう? 二つあるから一つは君にあげるよ」
などと、子供の頃によく食べていた二つに割れるアイスを思い出しながら、ぼくはそんな気楽さで持っていたギリフォンの顎を腰袋から取りだし(さきほど試してみたら腰袋に収納できた)片方を彼女に手渡した。
彼女の本来の目的はギリフォンを倒すことだけど、素材として顎を片方譲ることでなんとか彼女の気を少しだけでも治められればと思ったのだ。
それにさっきオークの頭がぼくにギリフォンの顎を譲った時に一人だけ悔しそうだった。
「おっ、お前っ、それがどういうことか分かってるのかっ」
「どういうことって、これ戦士の証で貴重な物なんだろ? 二つあるし一つあげるよ」
「な、な、なっ――」
アデルはギリフォンの顎を何故か震えながら受け取り、顔を真っ赤にさせていた。
「こ、これが貴様のやり方かー! 認めぬ!認めぬぞぉ!」
捨て台詞のような言葉を残し広場を逃げ出すように走り去っていった。
「何なんだ? まあ、これで面倒ごとは避けられた、のかな」
「ダ、ダイク……、お前、あのオークの女にギリフォンの顎を……おにゃーちゃんは許さないのだぞ!」
「ど、どうしたんですかヤンカさんっ!?」
見ればヤンカさんから妙な迫力が噴き出している。一体何を怒っているんだ? ギリフォンの顎を上げたからか? いやそれは関係ないはずだ。だってあれは食べられるものじゃないし。
「ダイクの女ったらしー!」
そう言うと今度はヤンカさんも走り去っていってしまった。
ぼくはその背中をただ茫然と眺めるだけしかできなかった。
「一体、何を怒って……女ったらし?」
それは次の日に判明した。
〇〇〇
「あ、あの、こんなに朝早くに一体、何用で……」
まだ朝日も昇っていない時間である。ようやく小鳥が鳴き始めたくらいか?
ぼくの寝床にアデルがかしこむように三つ指ついて頭を下げていた。
頭には何か綺麗な白い布を掛けている。
そして、その後ろにはオークの頭ギースとその一同も。
「何事、でしょうか?」
ただならぬその雰囲気にぼくは緊張で乾いたのか寝起きで乾いたのかごくりと喉を鳴らした。
「あなたのプロポーズ確かに受け止めました」
「…………は?」
プロポーズ?
後に分かったことだがどうもギリフォンを討伐したオークは戦利品として手に入れた顎の片方を思い人に送り求婚を申し込むのが慣わしなのだそうだ。
そういえば主婦オークのおばちゃんがそんな話をしていたような……。
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